16話 休日を破綻させる音宮
今日は土曜日。もちろん学校が休みの日である。俺はこの時をとても楽しみにしていた。
高校一年の間はバイトが土日に入っていたため、休日と言っても平日の延長に過ぎなかった。
しかし、Sクラスとなったいま、本当に毎日1万円が支給され自分の口座に入っている。月収30万円で生活費も食費もタダなのだから、働く意味など全くない。それどころか、好きなゲームやラノベが好きなほど買える。
だから今日は新しいラノベやゲームを買いに行こうと決めていた。4月と5月に新たに発売されたラノベはまだ買えていないからな。午前中に買いに行って、午後はじっくりそれらを消化していこう。一日じゃ読み切れないかもしれない。明日も休みなのだから今日は夜更かしもできる。にやにや。おっと、口許が緩んでしまうな、どうしても。
――だが、零はSクラスに入ったこと、つまりこの寮に入ったことの意味が理解できていなかった。たしかに、平日は大変だ。雨宮の勉強会に、無駄に邪魔をしてくる飛鳥など、彼女たちに付き合っているととても疲れる。
しかし、いくら平日に疲れたからといって、じゃあ休日くらいはゆっくりさせてあげますよ、といったホワイトな環境ではないのだ。そこを零ははき違えている。
「おーい、入江くん入江くん、中に入ってもいいかい?」
この声は…音宮か?なんだ?土曜日の朝から。とりあえず、扉のところまで行く。
「なんだ?」扉を少し開けて音宮を見る
「曲を作ってみたので聴いてほしいのです!」と音宮は敬礼をしながら言ってくる。
たしか、音宮はたぐい稀な芸術のセンスを持っている。小学生の頃から、音楽、美術、そういった分野において、賞を取りつくしてきたような人らしい。そんな人が作った曲なら、すごく楽しみだ。
「ああ、いいぞ、じゃあ入ってくれ。」
「それでは失礼するぞ~!」
「はいはい」
いつも眠そうな雰囲気とは逆に、とても生き生きしている。こころなしかその青い髪まで踊っているように見える。今の時期には多少暑そうなパーカーを着ていて、なぜか子供っぽさみたいなのを感じる。
「入江くんの部屋は面白みがないねえ…もっと派手に飾り付けちゃおっか?」
「大宮にも同じようなことを言われたが、遠慮しておく。普通がいいのさ」
「あはははは!入江くんは普通じゃないのに?」
「お前より普通である自信はあるぞ」
「なかなか面白いことを言うね!それより私の曲を聴いておくれ!」
音宮はそう言ってパソコンを開く。どうやらパソコンの中に俺のお目当ての曲が入っているようだ。
「そういえば、なんで俺に曲を聴かせに来てくれたんだ?」
「そりゃ、曲を作ったら、誰かに聴いてほしいじゃん」
「それなら、雨宮とかでいいんじゃないのか?」
「いや~恥ずかしい話だけど、みんなには断られちゃったんだよね~」
「みんな忙しかったのか?」
「ま、ま、まあ、そんな感じかな?」
嘘だ。明らかに目が泳いでいるし、口許が少し震えている。
何故だ?音宮のようなやつが作る曲を聴いて悪いことなどなさそうなものだが。しかし、俺も何か嫌な予感がする。
「どのジャンルの曲を作ったんだ?」
「うーん、とねえ、聴けばわかるよ?」
「おい、こら、言え」
「ろ、ろ、」
「早く」
「ロックです!」
――この流れ、なんか読めてきた気がする。
「まあ、とりあえず聴いてみてください!」
音宮は強引に俺の耳にイヤホンを付けて、すぐにパソコンのボタンを押す。
ギュピードコンドコンバシバシ
な、なんだこれは?騒音?聴いていて、すごく不愉快な気分になる。確実に俺の知っているロックではないと言える。
すぐにイヤホンを外してこのロックから逃げる。こんなのは長い間聞いていられるものじゃない。
――だがしかし、イヤホンを外した瞬間…
「あーひどい!最後まで聴いてくれないの!?」
すかさず音宮が不平を言う。
「聴けるかあんなの」
俺は正直に言う。あれは俺に適当な嘘をつく気さえ奪っていった。
「――やっぱ…そうだよね…」
音宮の顔が悲しそうなものに変わる。目が少しうるんでいる。
「別にそんな顔をしなくても…」
「あ…ごめんごめん……」
とても気まずい空気になってしまう。これではまずい。なにか話をしなければ。
「いつもロックを作るのか?」
なんとも言えない微妙な質問だなこれ。
「そうなんです…いつもロックを作っては、大体こんな感じに引かれてしまうんですよね。みんな最初は期待して聴いてくれるんですけど、反応はみんな入江くんのした反応と同じです」
これか、これで俺の方に音宮のロックを聴く係が回って来たのか。
「クラシックとか、そういうのならもっとうまく作れるんですけどね!どうしてもロックばかりは…」
「じゃあ、なんでロックを?」
「それは、だって自分が作れないジャンルだからに決まってるじゃないですか。作れないものが作れるようになりたいのは当然でしょ?」
見上げた志だ。これが芸術界に君臨する音宮という人物か。その比類ない向上心で今のスキルやセンスを獲得したのだろう。
――雨宮にしたって、大宮にしたって、多分高宮にしても、このような向上心とそれに伴う莫大な量の努力でそれぞれ突き抜けたのだろう。常人には到底理解できないほどのものであるはずだ。本当に尊敬する。
だが、今回の場合はどうしたものであろうか。本人がロックを作りたくて、事実たくさん作ってきたようだ。その努力は認められていいと思う。覚悟を決める。
「じゃあ、しょうがない、続きを聴いてやる。イヤホンを貸せ」
音宮は涙ぐんでいた目を拭いて「はい!」と晴れやかな笑顔でイヤホンを渡してくる。その笑顔はとてもかわいく、輝いていて、不覚にももう一度見たいと思ってしまった。
――そうか、雨宮達が音宮の曲を聴かなかった本当の理由は、聴きたくない、というよりは、聴きたくなくても聴かなきゃならない状況に追い込まれることが分かっている、からか。それで門前払い、という結論だな。
見事な判断だ。俺も次回からそうさせてもらおう。生きていられれば、の話だが。
俺はイヤホンを着けて再び戦場へと赴く。
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