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15話 平穏な日々は入江零には来ない

「それにしてもまさか5人で体育をすることを経験するとは思わなかった」


 そう、現在Sクラスの5人でバレーのレシーブの練習をしている。


「そりゃあ学校の指導要領的に体育もやらなきゃいけないんじゃないかな」


 大宮は運動が得意なのもあってとても楽しそうだ。


「私は体が強くないので本当はやりたくないのですけどね」と言うのは高宮。いつもおしとやかな様子で体も弱いと聞くので、てっきり運動はできないし苦手なのかと思っていたが、意外にもそうではないようだ。


「それにしてもここまでポカポカしてると眠くなってくるねぇ~」


 音宮の場合はいつも眠そうだけどな。そして音宮も運動はそつなくこなす。


「沙彩、寝たらだめですからね。体育ぐらいはちゃんと起きててください」


 そして雨宮はもちろん運動神経も抜群である。彼女には本当に欠点が見当たらない。しいて言うなら、案外恥ずかしがり屋、ってところかな。


 5月の陽気に包まれながら、4人とも適度に体を動かしているさまは本当に目の保養になるな。

 そんなことを考えていたのが見透かされていたかのように大宮にスパイクをぶつけられた。




「――少し休憩にしますか」


 体育はさすがに5人に先生が指導するのも窮屈な感じだからなのか、先生は遠くで急病者が出たらすぐ対処できるように見ているだけだ。そのため、種目以外は俺たちの好きにできる。


 ――バレーコートの横の芝生で一人で休憩していると、日傘をさした高宮が俺の横に座った。


「おお、高宮か、どうした」

「私たちの方に座らないのですか?」

「女子が4人いるところに座っても気まずいだけだからな。一人の方が気楽でいい」

「そうでしたか」


 そして気まずさの到来だ。俺はこの雰囲気が苦手なのだ。この雰囲気は俺に二つの疑問を与えてくる。果たして相手は俺に何か話すように求めているのか、それともこの沈黙を楽しんでいるのか。


 俺は大体の場合、こういう時になると無言を貫く。何か話さなければと思って話すことは基本おもしろくなくて、さらなる気まずさを呼んでしまうのが俺という男だからな。


「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」


 今回この沈黙に耐えかねたのは高宮の方だった。いや、高宮はそんなに沈黙を嫌っているような雰囲気ではなかったが。


「ん?なんだ?」

「入江君って...何者なんですか?」


 零は急に顔を真面目に変えしばし沈黙を貫く。


「何者、とは?」

「あ、その深く考えなくても良いのですが…どうしてそんなに能力があるのか、そして何故それを隠そうとするのか。気になりましてね」

「――別に、何者でもないぞ。ちょっと勉強ができるだけだ」

「ちょっと…ね。入江君のそういうところは嫌いではないですね」

「それはどうも」

「では、質問を変えますね。


 ――いつか私たちに本当のあなたの実力を見せることはあるのですか?」


「…本当も何も全部出し切っていると言わなかったか?」


 俺は少し語尾をやわらかく包んで高宮に言う。慎重に、丁寧に。


 高宮は俺の顔を見て少し満足気に前を向く。 


「そうですか。本当に何も明かさないんですね、入江君は。


 でも、一つ覚えておいてください。私たち4人には…もう少し信頼をおいてもいいと思いますよ?」


 少し間が空いてから零は答えた。


「…よく言っている意味がわからんが、とりあえず聞き入れておくとするよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「じゃあ、とりあえずあいつらのとこに行こうか」

「そうですね」高宮は軽く笑ってうなずいた。


「あ、あと一つ」零は付け加えるように言う。


「なんでしょう?」


「…余計な詮索はするなよ」

 零は低く冷たい声で高宮に言った。


 高宮は返事をしなかった。





 今日も今日とで勉強会。目の前には雨宮がいる。


 大宮は勉強会に混沌をもたらす者として参加を禁じられている。俺からしても、大宮がいろいろとちょっかいをかけてきたり、昨日のようなことが起こすことは勘弁してほしいのでこれでよかった。


 最近、なんだか様子がおかしい雨宮も、集中し始めたら元の雨宮に戻る。元の、と言っても俺の知っている雨宮、ということだが。


 ――そういえば、今日は下駄箱に入っているラブレターの数は一枚しかなかった。昨日が3枚で今日が1枚なのだから、自然かもしれないが、一応感謝の意味も込めて、雨宮が一緒に帰ってくれたおかげだと考えることにした。


 しかしながら、相変わらず、といっても昨日からだが、学校にいると女子からうわさされるのが聞こえる。あれが入江くんね、みたいに。どうも、これが入江くんです。頼むから早く幻滅してください。モテたいわけじゃないんです。もっと平穏な毎日を送らせてください。




「じゃあ今日はこれくらいで終わりますね」

「おお、もうこんな時間か。お疲れ」

「いえいえ、今日もありがとうございました」


 そう言った雨宮が急にもぞもぞし始める。これが最近おかしい雨宮である。なんだ、トイレか?とか気になるほど急にそわそわしだす。


「どうした?自分の部屋に戻らないのか?」


 昨日に引き続いて今日も夕食の後に勉強会をしていた。時刻は20時35分になっている。普段から寝るのが早そうな雨宮にとってはそろそろお風呂にでも入る時間じゃないか、と思って聞いてみる。


「いえ…その…今日の分のお礼をまだしていませんので…」

「あ…」もじもじしていたのはこれか。零は一人で勝手に納得する。


「べ、別にいらないんじゃないか?その..前みたいなことがあっても困るしな」

「いや…でもお礼はしないといけないと思いますので……」


 これは雨宮の悪いところかもしれないな。やたら律儀なところ。いや、それも美徳なのだが、今回ばかりはよくない方向にはたらいている、というだけだ。


 零は少し考えてから雨宮に提案をする。


「じゃあ肩だけでいいから!それなら何も起こらないし、な?」

「肩だけでは授業料払えていない気もしますが…すみません、お言葉に甘えさせていただきます」

「おお、すまん、じ、じゃあ頼む」

「はい」


 雨宮が俺の後ろにやってきて肩を揉んでくれる。


 本当に気持ちがいい。どこかで整体師でもやってたんじゃないか、というくらいにうまい。実際、このためだけに授業ができるくらいだ。雨宮はああやって言っているが、本当にこれで十分。


 はあ~落ち着く、そう思っていた次に瞬間、雨宮が背中に寄りかかってきた。いや、正確にはあの柔らかい「やつ」が寄りかかってきた。


「あ、あの?雨宮?」後ろを振り向けない俺は動揺したまま雨宮に声をかける。しかし、何の返事もない。


 ちょぉぉぉっと待てい。俺の理性のHPをすぐさま確認する。うむ、赤色のゲージまで来ておるな。瀕死じゃ。


「あ、あの、雨宮さーん」


「……え!?」


 ようやく気が付いてくれたのか、声を出してすぐ背中から離れる。


「あ…あの…すみません!!」

「い、い、いや、いいんだが…どうした?疲れてるのか?」

「い、いえ…な、な、なんかその…入江くんの背中を見ていたら安心してしまって…ってなに言ってるんだろ私!?ご、ごめんなさい!忘れてください!」


 雨宮の顔はもう真っ赤っかだ。俺もさすがにあんなことを言われてしまって顔が火照る。


「わ、忘れるから!」

「あ、ありがとうございます!し、失礼します!」


 急いで雨宮は俺の部屋を出ていく。そして俺には捨てられた男みたいなみじめさが残る。


 雨宮に振り回されっぱなしの零であった。


たくさんのブックマークと、感想ありがとうございます!本当に励みになります!

また、先日、誤字の報告をしてくださった方、ありがとうございました!とても助かりました!

今後ともこの作品をよろしくお願いします!


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