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136/136

136話 10年後

「零くん、零くん、起きてください!」

「んあ?」


 視界がぼやけている。うっすらに見えているのはドレス姿の……。


「雨宮?」

「京華、です」


 寝ぼけているのか昔の呼び名で呼びかける零を冷ややかな目線とともに指摘する雨宮。


「何時だと思ってるんですか、零くん」

「あ? 4時?」

「6時です」

「じゃあまだいいじゃないかよぉ」

「午後の」

「え」


 そこで急に意識が覚醒する零。眼前には頬を膨らませた雨宮が。


 そして次いで時計を確認する。幸い今日は休日だが……。


「今日はみんなとご飯食べる予定じゃないですか」


 そういう予定である。


「あはは」

「まさか忘れていたとか」

「ま、ま、まさかな。そ、そんなはずがない、だろ?」

「疑問形にされても困ります」


 雨宮との会話にすっとぼけつつ、もう既に布団を出てカッターに袖を通している零。危機感はきちんと覚えているようだ。


「場所はどこか覚えてますか?」

「ああ、たしか高宮がスポンサーをやってるっていう」

「ええ。近い場所ですが時間もそんなにありませんし急ぎましょう」


 零のネクタイを少し直した雨宮はそのまま自分のポーチと零の鞄を取って急いで外に出る。


 そこから高宮が用意してくれた車を使って会場まで行く。


 今回の会場は高級ホテルの中にあるレストランで、高宮が会場にとセッティングしてくれたところだった。


 高級ホテルの中にあるということもあってそれなりのVIPしか呼ばれないところで、ドレスコードも厳しいために2人はきちんとした身なりで臨む。


「もうだいぶ暗くなるのも早くなったな」


 零がアメリカ、ニューヨークの夜景を窓越しに見ながら話す。


 あちらこちらで英語のロゴが点灯しているのを見て、否応なく海外にいることを思い出させる。


「まあもう11月も後半ですからね。冬と言っても差し支えないですから」


 そんな話をしているうちに、目的のホテルの前に下ろされる。


 すると、バタン、という音が2人の前方でして、次いで赤色のドレスに身を包んだ女性が1人降りてくる。


「おっ、零くん、京華ちゃん、やっほー!」

「ああ、大宮。久しぶりだな」

「久しぶりです」


 黒い高級車から現れたのは大宮。続いて、音宮も顔を現す。


「ひっさしぶり〜。おふたりさん」

「沙彩も変わってないですね……」

「まあなんとなく予想はしていたが」


 大宮と対比するように青色のドレスを身に纏う音宮。見た目はいくつか大人っぽくなった節はあるが、中身はそのままのようだ。


 まあ変わっていないと言えば、この中で性格が変わった人間はいない。


 見た目は大人っぽくなり、雨宮や大宮などは耳にイヤリングをつけるなど女の子というより女性、という成長をしたが、それでも中身は相変わらずであった。


「このまま立ち話もなんだし、高宮も待ってるだろうから早く中に入るか」


 ホテルのロビーで高宮に招待されていることを告げると、そのままエレベーターに案内された。


 海外風、とも呼ぶべきか装飾は外連味さえ感じるほどの豪華さだったが、4人ともそこまで気負うこともなく進む。


「そういえば、美月ちゃんは?」


 エレベーター内で大宮が問いかける。


「ああ、美月なら日本の友達に少し用事を頼まれて帰国している」

「少し用事って、また何億も絡むような話じゃないでしょうねー?」

「さあ」


 美月から詳しいことを聞いていたが、お金に関する話をするような場ではないと思い零はとぼける。


「またこっちに戻ってきたらお世話になると思う。そのときはまた美月を頼んでもいいか?」

「おっけー! また美月ちゃんと暮らせるなら、こっちとしても嬉しいし!」


 雨宮が渡米し、零と雨宮が同棲を始めるにあたって、美月を大宮の家に預けてもらえないかと頼んだのであった。


 もちろん美月はひどく反対したが、美月と3人で暮らすというのもよく分からない話だし、美月が雨宮を嫌っていたので止むを得ずそのような運びになった。


『兄さんはわたしの、ですから!』


 美月が涙ながらに雨宮にそう言った時には、さすがの雨宮と言えども反応に戸惑ったというものだ。


 ーー今では笑い話だが。


 そんな話に花を咲かせていると、間もなくエレベーターが25階で止まる。


 そこから赤いカーペットの敷かれた道を行くと、程なくして目的地のレストランに着いた。


「お久しぶりです、零さん。それにみなさんも」


 恭しく一礼をするのは純白のドレスを着た高宮。真っ黒の雨宮とのコントラストが、二輪の花を思わせるような鮮やかさを持っていた。


「久しぶりだな、高宮」

「お久しぶりです。さあさあ、こちらです」


 店の従業員の代わりに高宮自らが案内をしてくれる。


 店内はゴシックな雰囲気のもとで決して華美にならない飾り付けとなっていた。シャンデリアも控えめの明るさしか出していない。


 その分、夜景が明るさのアクセントになっており、その一面に敷かれている窓ガラスから100万ドルの絶景が見られた。


「では、こちらに座りましょうか」


 貸し切り状態にある店内のうち始めから見繕っていた場所へ案内されると、各々座っていく。ここでしっかりと高宮が零の横をキープしているのは、学生時代からのクセかもしれない。


 ーーまあ、しっかりと逆側の隣に雨宮も座っているが。


 大宮と音宮は、店内の雰囲気がお気に召したのか、テンションが上がって騒いでいた。やはり変わっていない。


「それでは、まずはご飯にしましょうか」


 高宮の目配せでコース料理が配膳され始めた。




「それにしても、これって自分で言うのもなんだけど、かなりVIP対談だよね」

「あはは、言えてる~」


 ご飯を食べ終わってゆっくりしてから自分たちを客観的に分析できるようになったのか、大宮がそんなことを口にした。


 ――東京大学の法学部を首席で卒業し財務省に所属していた雨宮。


 ――世界陸上で日本人初の100メートル走で金メダルを獲得した大宮。


 ――世界でトップ100に入る事業家と呼ばれてその名が世界に知れ渡っている高宮。


 ――大ヒット曲を多数作曲しディズニーの音楽も手掛けている音宮。


 そして、零。


 研究者としての一面も持ちながら、アメリカの上院議員の下で働き、政界に居る者だったらその名前を知らないほどの存在。


 数年前に起業したベンチャー企業は、上場を果たし新進気鋭の企業としてアメリカ中で取り上げられている。


 知る人が見れば、この集まりは聞くだけで恐縮してしまうような集まりだったのだ。


「とはいえ、みんなこの街に住んでますけどね」


 と言いつつ、全員ニューヨークに住んでいる。


 雨宮と零は言うまでもないが、大宮は練習拠点がニューヨークにあるということで住んでいるし、音宮はみんながいないと不安だとここになり、高宮に至っては完全に私情(零に会うため)である。


 だが一緒の町に住んでいるのにもかかわらず会う機会が生まれないのは、この5人の多忙さを表している。


「まあ忙しいことはいいことです。退屈では人は死んでしまいますから」

「私は退屈くらいがちょうどいいんだけどな~」


 雨宮の言葉に音宮が反応する。多忙になっても人の性格とは変わらないものなのか。


「そんなことより、零くんと京華ちゃんだよ」


 と、そこで大宮が話を大きく変える。


 少しアルコールも回ってきて舌に脂が乗ってきたかもしれない。


 雨宮は自分たちの話題になった瞬間に恥ずかしがって顔を逸らしたが。


「この人たち、ようやく同棲を始めたと思ったら、まだ何も進展してないんだって」

「え、ほんと~?」

「ほんとほんと、ちょっと京華ちゃんに探り入れてみたらあっさり吐いたわ」


 零が冷ややかな目を雨宮に向けると、それからも雨宮はすすーっと目を逸らしていく。


「ということは、まだ私にもチャンスがあるんですね? 零さん、私の家に住みましょう」

「そ、そんなチャンスなんて、あ、ありませんからっ! 零くんは、わ、私の、ですからぁっ!」

「おい、京華。高宮のちょっかいに乗ってどうする」


 高宮はからかっただけだが、雨宮は本気だととらえて酷く動揺してしまっている。


 だが、それよりも高宮たちには気になるフレーズがあった。


「ほう」「京華」「あら~」


 3人してにんまりとしていることに気が付いた零は、初めてみんなの前でファーストネームで呼んだことに気が付いた。


「いや、これはだな、アメリカの風習に慣れてきて」

「うんうん、いいね二人とも。進展は多少なりともあったみたいだ」

「話を聞け、大宮!」


 零がムキになって返すが、大宮は満足気に頷くだけだった。




「次に会うのはいつになりますかね」


 ひとしきり騒いだ後、急に高宮が静かな声でそうつぶやいた。


「一番忙しいやつが何言ってるんだ」

「ふふ、すみません」


 零が冷静にツッコむが、雨宮も高宮と同じ気持ちだった。


 雨宮は特にずっと4人と離れて日本にいたため、その気持ちはなお強い。


 寂しさを覚えてしゅんとしている雨宮に零は、だが、と付け足す。


「まあ、なんだ。俺はお前らと会うことが一番大事だと思ってるからな。予定が決まったら真っ先に空けとくから」


 恥ずかしそうに頬をかきながら言う零に、雨宮は思わず相好を崩す。


 次いで大宮も。


「私も! 大会以外なら絶対来るから!」


 そして音宮も。


「まあ私は自由にスケジュール組めるからね~。いっつもフリーだよ」


 さらに高宮。


「私も、その時は適当に嘘でもついて業務をすっぽかしてしまいますよ」


 3人とも笑ってそう言う。


 ――みんな、この5人を一番大切にしてくれるんだ。


 そう実感できた雨宮の目には、涙が。


「ちょ、なんで泣いてるの京華ちゃん⁉」

「まったく、京華さんは昔から泣き虫なんですから」

「あ~、零っちが京ちゃん泣かした~」

「えっ、おれ⁉」


 何故か4人が騒いでいる姿が、高校時代の自分たちと重なった。重なったように雨宮に見えた。


 そして、その中に自分がいることが、たまらなく嬉しい。


 この5人は多分、いつまでたっても変わらない5人のままなんだろう。


 変わらず笑いあって、変わらずふざけあって。


 誰一人欠けることなく、この先も。

これにて本編、完結となります!

ここから先は気ままに彼らの日常を各タイミングで書いていくだけになると思います。本編に関わる内容はほぼ出ないと思いますので、それはよろしくお願いします。

本編に関わる裏の話や反省点については活動報告に載せておきます。あとがき、みたいなものですので暇つぶしに読んでいただけるとありがたいです。

長々と書かせていただきましたが、最後に改めて。本当に本作をありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレムエンドと言うべきか、雨宮エンドと言うべきか......悩ましい終わり方です。 高宮エンドもありだと個人的には思っていましたが......愛人もありなのか? とまあ色々妄想が膨らむ終わ…
[一言] 本編完結おめでとうございます。とても面白い作品でした。 次回作も期待してます
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