135話 デート(雨宮)その3
「あの、その」
「言うな。とりあえず何も、言うな」
「は、はい……」
ちょこんと隅で背を丸くしている雨宮の横で零も落ち着かない様子。それは無理もなくて、雨宮の緊張がこちらにも伝わってくるのだ。
「「…………」」
高度がまだ高くないので外の景色について話すこともできず、かと言って全く関係のない話題を出すにも急すぎて抵抗がある。
そう思ったふたりの結論は高くなるまで待つことだったが、その考えを裏切るようにゆっくりと穏やかに上っていく。
ーーガタンッ!
「きゃっ!」
雨宮が突然の音に驚いて思わず零の方へ飛びつく。
「ちょっ、いきなり動くと」
「きゃー! なんか揺れてますーっ!」
「お前がいきなり動くからだろうが!」
観覧車は上で固定されているだけなので激しく動くと左右に揺れてしまう。
自分の起こした揺れに自らが驚く雨宮に零は嘆息を漏らす。
「ったく、こんなところで動いたら揺れるに決まってるだろうが。あと……早く離れてくれ」
「えっ、あっ! す、すみません……」
今の体制は雨宮が零の体に抱きついている状態。柔らかい部分があちこちに当たって、零としても気恥ずかしいというか、いたたまれない状況にあった。
だがそれでも、雨宮が体を離すとなんとなく名残惜しさを覚えてしまうあたり、やはり零も男であって人間である。
「? 零くん、どうしました?」
「いや、なんでも」
「その割には……って見てください!」
急に晴れやかな顔になる雨宮。外を指差す。
そこには海の広がる、壮大な景色が広がっていた。
駐車場に停まっている車が小さく点になるほどの高さ。
「見てください! あのスチールドラゴンさんが下にあります!」
「いや、スチールドラゴンさんって」
雨宮の幼い言い方に思わずツッコミをいれる。
ただ窓に貼り付いている雨宮には聞こえなかったようで、外の景色を見て感動している。
「零くん」
とそこで外を見ながら雨宮が零に話しかける。
「本当に……ここに来て良かったです」
感慨深そうに目を細めながら、雨宮は話し始める。
「実は私、お恥ずかしながら遊園地というものに来たことがなくて、ですね……」
えへへ、と笑っているようだったが零から雨宮の顔は見えない。
「それで行く機会もなかったですし、どうせならと思って今日は零くんを巻き込んだわけです」
少し申し訳なさそうな雨宮。それでも零は口を挟まず話を聞く。
「だからデートというよりは私のわがままなんですよね」
だけど、と続けて。
「零くんと来たかったっていうのは本当です。初めてこういうところに来るってなったとき、最初に思い浮かんだのは零くんと一緒に話しながらジェットコースターに乗るのを待っている情景でした」
雨宮の話し方に熱がこもる。
「もちろん玲奈さんとか飛鳥、沙彩とも来たかったですが……。それでも零くんと来たいっていうのが一番だったんです」
それは何故か。どうしてなのか。
雨宮の中で答えは出ていた。少し前に友達に教えてもらっていた。
「私は零くんのことが好きです。かっこいいところも、少し抜けているところも、色々ぜんぶ引っくるめて、零くんのことが好きです」
そこでようやく振り返る雨宮。その顔はとても赤く、目は水気を含んでいたが、それでも真っ直ぐと零のことを見ていた。
そして鼓動を必死に抑えながら、雨宮は最後に強く一言。
「付き合ってください」
感情をできるかぎりシンプルな言葉にまとめて、放つ。
それに対する零の返事はもう決まっていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
次回、最終話となると思います。
今まで付き合ってくださり本当にありがとうございました!




