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129話 デート(音宮)その2

「いや〜思った以上に面白かった〜!」

「だろ! だから言っただろ、面白いって」

「はいはい、オタク乙オタク乙」


 映画を見終えた2人は同じショッピングモール内にある喫茶店に来ていた。


 暗い色のインテリアでまとめられた店内は照明も最低限に抑えられていてとても落ち着ける雰囲気の店だった。


 そんな中で大興奮してるのが布教に成功した零で、音宮はそんな零に苦笑い。いつもと立場が逆転しているようで、不思議な光景であった。


 2人は注文していたサンドウィッチを頬張りながら、映画内の話に花を咲かせる。


「いや〜テレビシリーズでも結構感動したんだけど、映画版はまた一味違う良さがあるっていうか、ストーリーもそうだけど細部まで作り込まれているところに感動したっていうか」

「あ〜結構きれいに描いてあったよね。動くものとかもCGだけじゃなくきちんと描かれてたし、画角の端の方までしっかり描かれてて」

「お、すごいな音宮。目の付け所がいいぞ。もしかしてお前もこういうアニメとか見るのハマるんじゃないか? オタクの才能があるぞ」


 零が意味分からないことを口走っているのを見て、やっぱり零もこういうマニアックな話をできる友達が欲しいんだなと思った。オタクは語り合ってナンボ、ということかもしれない。


 楽しそうに話している零をなんだか子供のように思ってしまう音宮は、ふとあることが疑問になった。


「そういえば、なんで零っちはオタクになったの? 何がきっかけでそういう世界に入ったの?」


 何気なく聞いた軽い質問だったのだが、零の顔からふっと笑みが消える。


 その貌は悲しそうでもあり、切なそうでもあった。


「あ、ごめん。聞いちゃいけなかったかな」

「ん? ああ、別にそんなに深いことがあるわけでもないんだが」


 と零は言うが、音宮にはそうは思えなかった。寂しそうな雰囲気を出す零を見て、そう確信していた。


「差し支えがなければ、当たり障りのない範囲で話してくれるとうれしい」


 音宮には純粋な興味があった。


 ライトノベルやアニメと言ったら、現実にないような夢物語のファンタジーだったり、他愛もない日常風景の中に男女が恋をするといった、言ってしまえば何の意味もないコンテンツである。


 零のような英才教育を受けてきた者には、到底理解し得るものではないと思ったし、何の価値もないと切り捨てられるようなものに思えたからだ。


 ただその純粋な好奇心に、零も話さなければいけない状況が生まれる。


 そして、苦笑いをしながら遠い思い出のように語る。


「あれは、高校入学を目前にした中学3年生の3月だった。叔母に条件つきで一人暮らしが認められて、なんとか家を飛び出したんだけど」


 少し照れ臭そうに話し始める零。


「新しい環境で、今までと違うものが見てみたかったんだよな。友達とカラオケ行ったり、ゲーセン行ったり、料理してみたり、時には散歩してみたり」


 子供じみたことをしているという自覚によって顔を赤らめる零。


「とにかくやったことのないものを片っ端からやってみようって、まあそういう時期で。バイトを始めたのもその時期かな」


 まああれは辞めたけど、と笑って話す。何か思い出すものがあるのかもしれない。


「まあそういう中で、ふとライトノベルに手を出そうと思ったんだ。今まで読んできたのはもっとかたい小説で、面白かったんだけど一般文芸みたいなものに手を出してみたくて。最初に表紙を見た時、こんなの小説じゃないだろ、とか思ったけど」


 始めはただの気まぐれだった。どうせ、その時にやっていたゲーセンでの遊びみたいに面白くなくてすぐに飽きるだろうと。


 期待することもなく、ただなんとなくで選んだライトノベルだったが。


「気付いたらハマってた。月並みな言葉になるんだけど、ライトノベルで描かれている世界は色づいてて。絵はもちろん文章も全部世界を引き立たせるためにあって、そこにキャラクターが生きてるように感じた」


 最初に買ったのは確か青春もののラブコメだったはずだ。


「高校生活ってこんなに輝いているのかって期待が高まって、興奮して。中学以前では考えられないような世界がそこに広がってて、興奮して嬉しかった」


 今まで得られなかった自由を、零はライトノベルの中で手にしたのだ。誰にも邪魔されない世界を見つけることができたのだ。


「たぶん普通の生活ってのに憧れてて。普通って言ってもただダラダラと生きるとかじゃなくて、部活に打ち込んでみんなとファミレスで話し込んで、馬鹿騒ぎをするみたいな」


 まあ結局叶わなかったんだけど、と話す零。彼が苦悩をしていたのは、自由の利かなかった中学時代より、理想を下手に見つけてしまった高校1年生なのかもしれなかった。


「だから、なのかもしれないけど」


 だからこそ、そういう期間があったからこそ。


「……2年になってからの学校は、楽しかった」


 こうやって素直に認められるくらい、零にとって音宮達との時間は彩りがあったのかもしれない。


「ありがとな」


 音宮には、零が自分たちのおかげで幸せな時間を過ごせたという事実が、なによりもたまらなく嬉しかった。

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