128話 デート(音宮)その1
「おーい、音宮。はぐれるなよ」
「こら〜、人を子供扱いすんな〜」
大宮のデートの日から3日後、零は音宮と一緒に最寄りのショッピングモールに来ていた。
零たちは夏休みで休みだが、世間的にもこの日は日曜日だったのでたくさんの人でごった返していて、背の小さい音宮とはぐれてしまうと見つけるのが大変難しくなる。
「はぁ、もう、零っちったら歩くのが速いんだから」
「普通に歩いてるだけだぞ」
身長差は歩幅にも現れており、音宮は零のあとを続くように早足で歩いていく。
「それに、こんなことになったのはお前が朝寝坊をしたせいだぞ」
「あ〜、それは言わない約束〜」
映画のチケットはすでに取ってあり上映時間が決まっているのにも関わらず音宮は寝坊で10分ほど遅刻してきたのでこのようになっている。
悪いのは自分だと音宮も分かっているので、言い返すのことのできない音宮は零の服の裾を掴んで迷わないように付いていく。
「音宮、重い」
「重くないし! 本当に失礼だぞ〜!」
音宮は頬を膨らませながら映画館の方へ向かう。
2人で映画を見れることに少し高揚感を覚えながら、ポップコーンとジュースを買った。
零と音宮の2人が見ているのは、「轟け、サクソフォン」という吹奏楽部をメインに話が進むアニメ映画だった。
零がテレビシリーズから見ているお気に入りの作品で、音宮から「何の映画が見たい〜?」と聞かれた時にこの作品を選んだ。
音楽を基調とした作品の中に高校生らしい青春が詰まっているストーリーラインで、自然と感情移入してしまうのがこの映画の魅力で、公開初日からかなりの評判。
テレビシリーズから入った人はその映画ならではの絵や音楽に圧倒され、映画から初めてという人はそのストーリーに心を揺さぶられる。
テレビシリーズから見ている零は、そのオリジナルストーリーの出来にも驚くが、それ以上に絵の緻密さに度肝を抜かれるという、なんともオタクらしい楽しみ方をしていた。
その一方で、音宮は神妙な面持ちでこの映画を見ていた。
ーー音宮沙彩という人間は天才肌でここまで何かに夢中に取り組んだことはなかった。
音楽に関しては他のものに比べて楽しく打ち込めて、かなりの熱量をもってやったが、この映画のように同じ志を持つ人と一緒になってやり込んだことはない。
結局、他人と競って成長するなんていうものは綺麗事でしかなくて、ひとりで黙々と練習することでしか成長はないと思っていた。
だから最初映画のあらすじを零から説明された時、この映画について懐疑的だった。
現実にないもので作ったものが本当に面白いのか。見ていて逆に冷めてしまうのではないか。
だけど、この映画を見て思い出した。
雨宮や零に勉強を教えてもらった日々を。
体育祭に向けて大宮に走り方を教えてもらったことを。
高宮にたくさんの知識をもらった瞬間たちを。
身近にあれだけの天才が、自分が霞むほどの天才がいたのに、音楽に関しては自分に並ぶ者が誰もいないと思うなんて、どれだけ自分は傲慢だったのだろうと恥ずかしくなる。
音宮は映画を見ていながら、不意に現実に引き戻されてそんなことを考える。
おそらくは一番の天才である、隣に座っている男を見てそう思う。
(自分は京ちゃんたちのように零っちのことが好きなわけじゃないけど……)
少なくとも恋愛感情ではないと断言できるが、それでも零と離れることに寂しさを感じていた音宮。
だが同時にこんなことも考えるのだ。
本物の天才が伸び伸びと羽ばたく瞬間を見てみたい、と。
きっと遠くへ行ってしまうのだろう。高くへ行ってしまうのだろう。
でもその時、自分も横に並べる存在でありたい。同じクラスメイトだったと誇りを持ってもらえるような存在になりたい。
ーー私ももっと頑張らなきゃいけないな。
後に日本を代表する音楽家と呼ばれるようになる音宮沙彩の心に情熱が燻り始めたのは、この時かもしれない。




