126話 デート(大宮)その2
午後の競技は競技性よりエンターテインメント性を意識した種目が多かった。
綱引きや玉入れのような誰でも参加して楽しめるような競技だ。
その一つにあったのが、体育祭の風物詩とも呼べる借り物競走である。
「じゃあわたし行ってくるから!」
「おー、気を付けろー」
いつの間にかショートパンツからきちんとした体操着に着替えている大宮。それなりに気合が入っているらしい。
そして、なぜ大宮が出ることになっているのかと言えば、単純に知名度があるかららしい。中学校の先生も参加したりしていて、とにかく盛り上がるのを優先しているようだ。
「はいっっ、それではルール説明をします!」
1人の女生徒が高揚感を隠さずにそのままのテンションで解説を始める。
「この箱の中にはそれぞれ異なったお題が書いてあります。それを1人一枚ずつ引いていただいて、1分のシンキングタイムのあと一斉にスタートです!」
溌剌とした声とともに箱の前へ競技者が集まる。
大宮は生来の親しみやすさからか、それとも知り合いが多かったのか周りの人間と話している。
そしてその一歩後ろから妹が話す機会を窺っているのも見える。
「美月なら誰から構わず突っ込んでいくところだが……」
とりとめのないことを考えていると、次は大宮が引く番。
「うーん……」
迷っても意味のないのに大宮は体を捻ってあれこれ手探りしている。
「よいしょ!」
そして引いた紙を広げて内容を確認すると困ったような顔をする。
腕を組んで下を向き、顔を膨らませたり萎ませたりしながら思案すると、やがて何か一つ思い当たったようにぱっと顔を明るくさせた。
「……っ! 何か嫌な予感がするのは俺だけか……?」
得体の知れない恐怖を感じてテントを後にする零。別に帰るわけではなく、避難の意味も込めて自動販売機に向かうだけだ。
空砲の音が遠くに聞こえる。スタートしたらしい。
音楽が雰囲気を盛り立てて、会場は軽い躁状態になる。そして時折、大きな声が会場全体に響いていて笑いを誘っていた。
それを校舎の近くの石階段で遠目に眺めていると、その中を走っている大宮と目が合った気がした。
「はっけーーんっ‼︎」
ーー目が合った。
こちらを指差すと一目散に走ってくる。
全国優勝の大宮の名は伊達ではない。零が気圧されている間に一気に距離を詰めて、零の腕を引っ張る。
「こらー! どこ行ってたんだー! ついてこーいっ!」
「えっ、ちょっ、急に」
「いいから来なさーい!」
問答無用で腕を持っていかれる零。大宮は零のためにスピードを落とす……わけではなく、むしろ加速してゴールへ向かう。
そしてーー
「ゴールっ! 一着は我らが昼高の先輩にして生徒会長の撫子さんの姉上、大宮飛鳥せんぱいだー‼︎」
けたたましいほどの実況席の盛り上がりと共に大宮がゴールテープを切り、零は足がもつれないように慎重に後を続いた。
ゴールテープを引きずったまま10メートル、20メートルと走っていき、ようやく止まる。
「やったー! 一位だよ、零くん!」
ピースサインを出してニカっと笑う大宮。その表情に零は不覚にも動揺させられてしまい、思わず顔を背ける。
「……一位になったのはお前だけだろうが。別にペア競技じゃないだろこれ」
「細かいことはいいから! はい、ハイタッチ!」
手を開いてあげる大宮を無視して零はその場を離れようとしたが、大宮が強引に零の手を捕まえてパチンと音を鳴らせる。
その手は思ったよりも小さく、運動したばかりなのに冷たい。そして瑞々しい。
普段触らない女子の手が自分の手に触れた感触がどうにも気まずく、気恥ずかしかったので、零は適当に話題を作る。
「そういえばお題は何だったんだ?」
クラスメイトとか同僚で仲が良いとかその辺だろうと軽い気持ちで聞いた零だったが、それに対する大宮の反応は予想するものとは違った。
「うん? あー、これかー。ほいっ」
つとめて何気ない風に大宮がお題の書かれた紙を渡すので、気軽な気持ちで開けて、そして内容に呆然とする。
『いま一番欲しいもの』
唖然として大宮の顔を見返すと、そこにはしたり顔の大宮がいた。
だがその顔に恥ずかしさが含まれていることに気がついた零は。
「……からかうなよ……」
と吐き捨てるように言って、テントに戻っていく。
そしてその様子を見ていた大宮は、満足そうに零の後ろをついていった。




