125話 デート(大宮)その1
7月の某日、零と大宮は2人で近場の中学校に来ていた。
からっと晴れた天気で、不快感のない絶好の運動日和だった。
そんな中、何故2人が中学校に来ているのかといえば、運動会があったからだった。
「いやー妹が見に来いってうるさいからさー! こんな暑いなか!」
誰かに言い訳しているかの様に言う大宮。
これは零が暑くて滅入っているのを見ての台詞だった。
「なんで女子と2人で体育大会を見に来るんだよ……」
「まあまあ! たまにはゆっくりとするのもいいじゃないですか! デートって言ったら買い物とかのイメージだけど、そういうの嫌でしょ?」
「まあ……歩き回らないで済むのは正直助かる」
2人は保護者がたくさん入っているテントから少し外れた小さなテントに入った。
「ここは?」
「いやさー、わたしのお母さんがここの学校と仲良いから、こういう気の利いてるような利いていないようなことをしてくれるんだよねー」
あはは、と笑っている大宮にはどこか呆れが見える。
なぜなら、衆人が見えるところに設置されているからだ。
零はかなりのイケメンだし、大宮はその容姿に加えて有名なため、否や応にも目を引いてしまっているからだ。
「友達と来るって言ったのになー。前はお母さんと同じテントに入れられたのに……」
「その大宮の母はどこにいるんだ?」
「ほら、あの奥のテントで憎たらしい笑顔を浮かべて手を振ってるあの人だよ。幅広な帽子を被ってる」
大宮の指差す方向を見ると、たしかにまだ若い綺麗な女の人が手を振っていたが、零と目線が合うとお辞儀をされた。
その後、隣にいる旦那さんと思われる男の人の肩を叩いて嬉しそうに話す姿に、これとない疲労感を覚えてしまう2人。
とりあえず彼女たちを連れて意識の外に置くため、零は別の話を振った。
「そういえば、妹がいたんだな。知らなかったぞ」
「ああ、まあ4つも離れてるからね。あんまり話題に上げる機会もなかったのだよ」
「お前たち4人ともひとりっ子だと思ってたから驚きだ」
「まあ、わたし以外の3人はひとりっ子なんだけどね」
たしかに兄弟の話はあまりしていなかったな、と思い返す零。兄弟の話なんてそうそうするものでもないのだと思うが。
とそこで、会場全体に大きな音楽が流れ始める。
吹奏楽部のラッパの音に合わせて、整列した中学生が行進をする。
腕がしっかり伸びて高く上げている様子を見て、思わず感心する2人。
「中学生は凄いな。よくあんなところまで腕が上がるもんだ」
「わたしもあれやってたはずなんだけどねー……。やってた気がしない」
2人で目を丸くしていると、国旗を広げた4人が緊張した面持ちで先頭でグラウンドへ入ってくる。
「あ、あの目つきの少し悪い子が、うちの妹」
先頭の外側を指差して大宮が教える。
4人の中で1番緊張しているのが目に見えて分かり、なんだか微笑ましかった。
「あんまり似てないんだな。顔も似てないし、性格も……似てなさそうだな」
「ちょっと、どこ見て言ってるのそれ⁉︎」
「第一印象だ第一印象。ぱっと見ってやつ」
「性格を外見から判断するなー!」
だが性格のことはさておいても、妹が姉に対してどう思っているかならたしかに分かる。
姉を意識したショートカットや、姉の前へ来ると一段と顔を引き締めているところを見るに、姉を慕って尊敬しているのだろう。
「きゃー撫子ちゃーん! 頑張れー!」
「たぶんそれ、よりプレッシャーをかけてるんじゃ……」
姉が無邪気に応援することで、妹の顔が緊張感に支配される。なんともかわいそうな布陣である。
こうして、運動会が始まった。
昼の休憩、大宮が作ったという弁当をテントの中で2人で食べていた。
「む、意外に美味しいな」
「ちょっとー、意外は余計でしょ!」
「ああ、すまん……」
思わず本音が漏れてしまったなんて言ったら怒られると思った零は、素直に謝る。
「いや、でも美味いぞ。この卵焼きとか、大宮が作ったとは思えん」
「どういう意味かなぁ!」
「あらあら、仲睦まじそうにやってるわね〜」
大宮が零の肩を少し強めに叩いていると、思わぬ来訪者が現れた。
「お母さん……」
その人は先ほど噂をしていた人物だった。
「あ、すみません。飛鳥さんと仲良くさせてもらってます、入江零です」
「あらあら、ご丁寧にどうも〜。飛鳥の母です〜」
なんだかマイペースな人、というのが第一印象。
「たしかに、随分と仲が良いみたいね〜」
大宮といえば、有名なスポーツブランドの日本の社長だったはず。ということは零の生い立ちも知っているはずだが、邪険にするような感じもない。
と、そこへ、大宮の母が手招いて零を呼ぶ。
零が大宮の母のところへ向かうと、ひっそりと耳打ちで、
「それで、飛鳥とはどこまでいったの?」
なんて聞いてくるものだから、零は思わず吹き出しそうになる。
「あ、あの、自分と飛鳥さんはそのような関係では……」
「またまた、隠さなくてもいいのよ〜? うちは自由に恋愛させる方針だし〜?」
まるで女子高生のような食いつきだ。今どき、女子高生でもここまで恋愛脳な人も珍しいぐらいだろう。
返す言葉に困窮していると、慌てて大宮がやってくる。
「ちょっとお母さん! 何話してるの! 絶対ロクなことじゃないでしょ!」
「いやいや、私たちは未来のことについて話してるのよ〜?」
「もうそれだけで何話してたか分かっちゃうし! ほら、さっさと帰った帰った!」
大宮が手でしっしっ、と追い払うと、大宮の母は渋々とテントから出て行く。
「小僧! 私の飛鳥に手を出したら承知せんぞ! 覚悟しておけ!」
「は〜い。あなたは大人しく帰ってね〜。次に変なこと言ったら……また……」
「は、はいっ……! すみませんでしたっっ!」
最後に大宮家の力関係も分かったところで、大宮夫妻はテントから離れていった。




