122話 兄妹のハグ
「俺は一体どうしたというのだ」
「どうしたんですか兄さん。いきなり」
学校を休んで梓のところへ行った零は、帰ってくるなり美月の部屋へ行った。
「というか美月、なぜお前まで休んでいる」
「それは、まあ仕方ないじゃないですか。今回の話を聞くためにも仕方のないことです、うん」
自分で自分を納得させるように話す美月。そのかわいらしい自慢の妹はやはり愛おしく、何者よりも、何物よりも優先するべきことのように思える。
だからこそ、アメリカに行くことに異議はないはずなのだ。アメリカに行けば良いことずくめで、美月は自由に暮らせる。
「はあ……。『妹さえいればいい、』を読めば分かるのかねえ」
「何ですか。よくわかりませんがしゃきっとしてくだはい」
キャベツの千切りをしながら美月が言う。
本家の方でも妹はたしか料理ができたはずだ、とぼーっとしていると美月が近づいてくる。
「話はお昼ご飯を食べた後できちんと聞きますから、それまではきちんとしていてください」
美月に言われてソファで横になるのをやめて起き上がる。そして食欲をそそるような香ばしい匂いの方向に引き寄せられていった。
「それで、結局ニーナさんは何の用だったんですか」
「ああ、アメリカに来いと言われた」
「アメリカに兄さんが⁉」
思わず大声を出してしまう美月に、零は細かく説明を入れる。
高校卒業と同時にアメリカに来てニーナの父親の仕事を手伝うこと。そのニーナの父親がどうやらアメリカの政治家で日本ともコネクションを持っていること。それにより叔母の梓が、零と美月がアメリカに行くことを許したこと。そしてアメリカへは高宮だけが付いてくること。
あらゆることを説明した。
そして最後に、
「なんか、最近自分の感情が理解できない」と一言だけ。
零が話している間、美月は相槌を打って聞くだけ。途中で質問をしたりすることすらなく、黙って零の話を聞いていた。
だが、最後の一言だけには反応を示し、
「兄さんらしくないですね。いえ、それで良いのですが」
と含みを持たせた返しをしたのだった。
「なあ、実際俺はアメリカに行くべきなんだろうか」
唐突に、核心に迫る質問を美月にしてみる。
「え、ええと、ですね。それを私の口から言うのは少しずるい気がするんですよね」
だが、どうやら美月にはその質問にイエスかノーで答える準備はできているようだった。
「もちろん私の立場からすれば行くべきだと思います。そうした方が私にとってはメリットずくめですしね。兄さんとずっと一緒に居られるし、兄さんだって日本にいるよりも居心地はいいと思います」
ふむふむと頷きながら聞く零。たしかに美月の立場からすれば行かない選択肢というのはないだろうし、美月自身だってアメリカに興味があってもおかしくないのだ。
ですが、と美月は続けて話す。
「それ以上に私は兄さんの幸せが一番嬉しいです。兄さんが日本に居たいならいてください。もしアメリカに行きたくても妹が邪魔だというのなら私を置いていってください。どんな決断でも兄さんが幸せなら私も幸せです」
と、少しの寂しさを湛えながら言うのだった。
だから、零は思わず美月を抱きしめる。
「えっ、ええっ⁉ ちょっ、ちょっと兄さん!」
「そんなことはない。俺だって美月のことを第一に考えている。だから、頼むからそんな寂しいことを言わないでくれ」
動揺して顔を真っ赤にする美月に関係なく、零は抱きしめる腕を強くする。
その腕の温かさを美月は暫く堪能した後、
「大丈夫です。私はいつでも兄さんのそばにいますから」
と耳元で囁いた。
「それに兄さん」
そして、零の抱擁をいったん離したあとに一言アドバイス。
「何も相談する相手は私だけではないですよ?」
その言葉に零は沈黙する。
相手がだれかなんて零も当然分かっている。
――やはり覚悟を決めて話すべきだ。
妹に背中を押されて、零は雨宮たちに相談することを決意した。
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本編はもうすぐ完結いたしますが、最後までお付き合いいただけると幸いです!




