121話 零の困惑は募るばかり
ニーナからアメリカへの誘いを受けた翌日、平日であったが零は学校に行かなかった。
神宮家、つまり実家を訪れるためだった。
無論、これはアメリカに関する話を叔母の梓から詳しく聞くためである。
「よく来たわね、零。元気そうでなにより」
「叔母上こそ、お変わりのないようで」
ただの社交辞令で大した意味はない。というか、梓に対する認識は零の中で最悪に近いので、意味など微塵もない。ただ話の導入にちょうどいいだけ。
ただ本題に入ろうと気持ちが急いでしまっていたのか、梓に「お茶でも」と宥められた。
急いでも零のペースに合わせてくれるような人ではないので、零もはやる気持ちを抑えた。
「それで、キャンドル嬢の話だったわね」
一段落して落ち着いてから、梓が零に話を聞く。
「はい。叔母上も話をお聞きになっているとは思いますが」
「そうね。彼女が日本に着く前にーー大体1ヶ月前かしら、零をアメリカに連れて行きたいという旨は聞いてるわ」
鷹揚に頷く梓。零は問いを続ける。
「美月が同伴するのも許可したと聞きましたが」
「ええ、そちらも了承しましたね。元からあの子は貴方がいないとどうしようもない子でしたから」
別に零と美月がまだ仲を深めていない頃から美月は優秀だった、と反論したかった零だったが、言っても「そうだったかしらねぇ」などと意にも介さないに違いないので質問を続けた。
「どうしてアメリカに俺を?」
これは分かり切っている話ではあったが、自分の知らないところで話を決めたことへの当てつけだ。
まあ、それでも梓は顔色一つ変えずに、
「零にも海外に行かせてあげたかったから」
などと嘘を吐いた。
海外に行かせたいのならとうの昔に行けている。あそこまで自由を束縛する家にいて、まさか海外に行かせたいがために今回の話を取り付けた訳がないことは誰でもわかる。
それでも今回の話を魅力的に思えるものだから、零としては立場が悪い。
「……話を戻しますが、それでは自分がアメリカに行けば美月は自由になるということでよろしいですね」
「ええ、貴方がアメリカに行けば、ね」
それじゃあ、と零はつけ足す。
「前に、……結婚の話がありましたが」
一度零が退学になった時、復学するタイミングで梓から「雨宮たち4人のうち誰か1人と結婚すれば美月を解放する」と言ったことについて尋ねると、
「ああ、一応真剣に考えていたのね。偉いわ」
「……いえ、美月のことですので」
健気だと微笑を浮かべる梓に零はバツの悪さを感じたが、
「あの話は冗談よ。気にしないで頂戴」
ということであった。
それでも、零がその話題を出したのは理由があって。
「あの時は随分と雨宮や大宮たちのことを評価していたようでしたが」
彼女たちについては用済みなのか、ということが聞きたかったのである。
だが、思いのほか質問を重ねてきた零に、梓は困ったように人差し指を手に当てる。
「零がそこまで気にするとは、意外だわ」
「……気にしているわけでもありませんが、一応です」
「そう?」
実は零にもそこまで気にしているという自覚はなかった。あくまでついでという意識のもと聞いているのだった。
「まあそうね、いずれ結婚するならあれくらいの子がいいわね。もちろんキャンドルのお嬢さんでも良いわよ」
「………………」
だが、この前感じたもの。アメリカに来るのは高宮だけと聞いた時に湧いた感情と、雨宮たちを気にする感情は実に近しいものであった。
今だって、彼女たちと結婚することを強制していないという梓の言葉に対し、むしろ抵抗があった。
「……それでは失礼します」
自分でも分からない感情に戸惑いを覚えつつ、零は梓の元を去った。




