12話 雨宮と零の異変
「おはよう、雨宮」
「あ、お、おはようございます、入江くん…」
朝ごはんを食べに来た雨宮の様子がどこかおかしいような。気のせいか。
「おはよう、大宮」
「おはよー!入江くん!京華ちゃん!」大宮が俺と雨宮を見る。すると、雨宮の様子が変わったことに気が付く。
「…ふむ。京華ちゃん、もしかして昨日入江くんとと何かあった?」
さすが大宮。雨宮のささいな変化に簡単に気が付くことができる。もちろん雨宮との付き合いが長いからっていうのもあるだろうが、大宮は人の変化に敏感、という感じがする。
「べ、別になんでもないです!ね?入江くん!」
「ま、まあ、そうだな」明らかに動揺している雨宮に俺はそう答えるしかなかった。別にあれは過ぎた話でお互いに水に流そうって合意した話なんだから、そんなに動揺しなくてもいいのに。
「ふーん」そう言って大宮は俺のことを疑うような目で下から見てくる。
「まあ、昨日一緒に勉強してるときに少し体が当たっちゃってな、雨宮も気まずいんだろ」
「なるほどぉ…」大宮は雨宮の方をちらっと見る。雨宮はさっきからずっと顔を赤くして、下を向いている。
「これは、ふむふむ、なるほど」大宮が悪い顔をして、にやついている。
「――そういうことなら、私も勉強会に参加しようかなー!」
「…はい?」思わず頓狂な声を出してしまった。
「ちょ、ちょっと待て、お前はそんなに勉強する必要もないだろ。頭いいんだし。」
「でも、京華ちゃんも頭いいのにやってるよ?」
「そうだけど…なにより、俺たちは放課後すぐに勉強会をしている。部活があるお前には無理だろ。」
「ほー…じゃあ勉強会を夜ご飯の後にすればいいじゃん!そうでしょ?」
「そんなこと言ったって…」
「いいでしょ?京華ちゃん?」
ここで急に雨宮に話を振る。雨宮の方を見ると...怒ってる?大宮に?
「ちょ、ちょっと…なんのつもりなんですか?飛鳥!」
「いやー私も勉強しなきゃなって!」
「嘘でしょ!」
「まあまあ、ほんとはちょっとおもしろそうだな~ってさ!」
「むぅ…」そう言って今度は雨宮が大宮を疑うような目で見る。
まあ、こちらから見ても大宮に何か別の魂胆があるのはわかるが…何を考えているのかまではわからない。
「まあいいじゃん!別に減るもんじゃあるまいし!京華ちゃんの力にもなるからさ!」そう言って大宮は雨宮の視線を零の方に誘導する。
「飛鳥!私と入江くんは本当になんにもないですから!」
「はいはい、わかってるわかってる~」
「絶対にわかってない...」
「ということで京華ちゃんにもOKもらったことだし、今日から私もよろしく~!」
「私は承諾した覚えはありません!」
――そうだった、変な奴は雨宮だけではなかった。
大宮飛鳥、本当に何を考えてるのかわからん。というかあの4人とも何を考えているのかわからん。
ため息をこぼしながら、俺は自分の前にあるゆで卵のからを剥き始めた。
俺は始業時刻の15分前に教室に入った。さすがに昨日のこともあって、俺の席に違うやつが座っているということもなかった。そして、今日の俺は昨日までの俺ではなくなっていた。
どうやら、昨日の昼ご飯のあと、俺、すなわち入江零が四宮と仲良く話していたことはあっという間に学校中に広まる。そして俺の評判は一変する。実は入江は超優良物件なのではないか、と。
たしかによく考えれば零という男は頭がめちゃくちゃ良くて、その実力は四宮に認められるほどだ。そして、顔もよく見ればかっこいい。なんせ、入学当時はとてもモテてたほどだから。しかし、オタク過ぎてそのブームは去ったのだが、これだけの物件ともなれば、オタクであることを上回るほどである。ブームが再来するのは当たり前なのだ。
そして、そのブームは一夜にして爆発的に展開される。女子のラインで、どうやら入江といういい男がいるらしい、と。そうして生まれたのが零に対するとてつもない量の視線と、下駄箱に入る3枚のラブレターだ。
人間、不思議なもので、どれだけかっこよくて、性格がよくて、頭が良くて、運動もできる、というような人でも、自然に自分の周りに居れば、死ぬほどモテるということにはならない。どれだけの人でも。
しかし、その分、急に現れた人には一気に心を奪われる。正確には零はずっとこの学校にいたのだが、告白を断った一件以来、日の目を見ることはなく、ずっと埋もれていた。それが急に、現れたのだから、女子としてはどうしようもなく惚れてしまう。こうして零のモテ期の到来だ。
だが、実際のところ、零にはこれ以上になく面倒であった。これではおちおちラノベを読むこともできないし、そもそも目立つことは好きじゃない。
「入江君、おはようございます。すごい評判ですね」透き通るような声であいさつをしてくる女子がいる。
こいつだ、こんなことを引き起こした一番の原因は。許すまじ、高宮玲奈。ふふふとか笑いやがって。
結局、この4人といると平穏な日々など訪れないのだ。
零はSクラスに入ったことをこの時初めて後悔するのであった。