118話 来訪者
「留学生のニーナ・キャンドルさんです!どうぞ!」
「ステイツから来ました、ニーナ・キャンドルです。わたしのことはニーナと呼んでください」
三日月に紹介され、翡翠の眼を覗かせる女の子がお辞儀をする。
金色の髪を腰まであろうかという所まで流した、可憐な女性。華奢な体つきは多少心もとない気もするが、スタイルが良いとも言える。
それでも、美女というよりは可愛いと形容する方が近い。少なくとも零はそのように感じた。
「質問はありますか〜?」
「はいはーい!」
前から質問を用意していたのか、はたまた今思いついたのかは分からないが、待ってましたと言わんばかりに大宮が手を挙げている。
「質問質問! あ、でも日本語で大丈夫?」
「大丈夫です。すこし下手なところがあるかもしれませんが、大目に見てもらえるとありがたいです」
「おっけー!」
たしかに発音で所々苦労していたようだったが、おそらくは舌の都合によるものである。それ以外は綺麗な日本語だった。
「それで私は大宮飛鳥ね! 飛鳥って呼んで!」
「分かりました。わたしもニーナでお願いします」
「じゃあニーナ、質問なんだけど……やっぱり彼氏はいるの?」
あまりの直球で下世話な質問に零と雨宮は頭を抱えた。高宮と音宮は多少興味の目を向けていたが。
だが意外なことに、質問をされた当の本人は爛々と目を輝かせていて、
「いえ、特にそのような人はいませんが、アスカはいるのですか?」
などと逆に質問を返す始末である。
これには零も驚きを禁じえなくて(ニーナに彼氏がいなかったことにではなく)、思わず目を見張った。
「え、私⁉ 私はねー……内緒っ!」
「むぅ……ズルいですね、アスカは」
あははは、と2人で笑い合っている。意外と馬が合うのかもしれない。
「じゃあ詳しいことはまた後で聞いてくださいね〜! 授業やりますよ〜!」
留学生に良いところを見せようと気合の入っている三日月の声で、ニーナは自分の席に着いた。
「ニーナちゃんって本当に頭いいんだね〜」
「サーヤ、あんまり褒めないでほしいわ。照れるから。あと……ちゃん付けはやめてっ!」
「う〜、かわいい〜」
すっかり音宮とも打ち解けた様子のニーナが照れ臭そうにしながらご飯を口に入れる。
折角日本に来たのだからと和食ランチを頼んだニーナだが、箸の使い方も正しく綺麗であった。
「ニーナさんは日本に来られたことがあるのですか?」
だから、高宮がこんな疑問を持つことも至って自然なことで。
「わたしのお母さんの方のグランマが日本人でね。一通りの礼儀作法とか日本語とかは彼女に教わったのよ」
「なるほど」
そう返すのにも、一同には納得であった。
だから、そこに不信感を覚えたのは零くらいだっただろう。
(日本のこともよく知っているのに留学生……? どちらかというと、何かを学びに来るというより、学んだことを活かしに来ている方が近いんじゃないのか……?)
例えば、実は留学以外に本命の任務があって、それを遂行しに来ているような。
「零くん、どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
雨宮に言われて思考にストップがかかった。
考えすぎかもしれない。過剰に警戒してしまっている自覚はある。
単に日本が好きだから、訪れるために留学というシステムを使っただけかもしれない。多少の疑問は残るが。
「浮かない顔ですね」
「いや、本当に何にもない」
それでも雨宮には零が考え込んでいるこの状況に、どことなく不安を感じさせられるのであった。
ニーナがいないところで5人で集まるのもニーナに悪いということで、これからの1か月間は勉強会を無しにしようということになり手持ち無沙汰気味の零は、美月の部屋を訪れていた。
「兄さんは最近妹をないがしろにしすぎです」と美月から零に文句があったが、それでも快く部屋に迎え入れた美月に、零は留学生の話をした。
それを聞いた最初の一言。
「その人はかわいいんですか?」
である。
一体美月が何の心配をしているのか、と疑問には思ったが「まあそれなりには」と返してみると、どうやら失敗だったようで何故か怒られた零。
「兄さんの女好き」
「女好きって……あれはかわいい部類に入るとは思うけどな」
「変態」
「変態っ⁉」
心に傷を負った零だったが、そんなことを話しに来たのではない。
「なんか……不自然なんだよな」
まさか雨宮に言うこともできないので相談相手として美月を選び、零の考えていることを余すことなく美月に伝えると、美月は茶柱の立ったお茶を見ながら色々と思索にふける。
こういうところで変に茶化さずに考えてくれるところが妹のいいところなんだよな、と見当違いなことを考えながら待っていると、一応の結論は出たようで美月が喉を鳴らした。
「そうですね……兄さんの懸念は正しいと思います。何をしたいのか……ということまでは分かりませんが、ただの留学である確率は限りなく低いんじゃないでしょうか」
「やっぱりそうか」
「はい」
妹も同じ意見だということに安心感を感じながらも、同時に考えなければいけないことは増える。
零にとって一番気にするべきことは美月に対する、そして雨宮達に対して何かをしようという動き。
アメリカの人間が関与できることがあるのかは分からないが、万一にも、ということはある。
そして逆に言えば、それ以外のことであるならば零がどうこうするものでもないこともまた事実だった。
「とりあえずは、そのニーナっていう人の動きを待つしかないんじゃないでしょうか」
「そうなるな、ありがとう」
真摯に兄の悩みに向き合ってくれたことに感謝し、「また来るよ」とだけ言って美月の部屋を出た。
「――レイ。話があるので、少し付き合ってください」
だが、出た直後に待っていたのは、先ほどまで話に出ていた当事者のニーナだった。




