117話 不穏な気配
6月末にあったテストも終わったことで、零たちのいる霞北学園は緊張感が一時的に解けていた。
受験生である3年生にとっては本当は気を抜いてはいけないのかもしれないが、それは人間の性であるからにしてしょうがない。
だが、テスト週間が終わったということもあり部活が再開する。
そうなると必然的に生徒会の仕事も再開されていた。
「せっかくテストが終わったんだからゆっくり休もうよ~」
「溜まっていた分の仕事も片づけなければいけませんし、遊んでいる時間はありませんよ」
どことなく雨宮達って音宮に厳しいよな、と思いながら零は各部活の予算をチェックしていた。
「今年は飛鳥さんが頑張っていますから、陸上部の部費を上げた方がよろしいでしょうか」
「でも実質大宮だけなんだろ? 別に上げる必要もないだろ。それに陸上ってそんなにお金がかかる競技じゃないしな」
「そうですか。零さんがそう言うならそうしましょう」
零と高宮が協力して部費の整理をしている。これは、来たる9月の生徒会の引継ぎのために予算調整をある程度済ませようという雨宮の考えのもと、行われているものだ。
「そのあすっちは大会に向けて練習してるからいないし~」
「いいんです。その分沙彩が頑張ればいいんですから」
「ひぇ~。鬼だ~」
そう言いながら大宮の分の仕事を雨宮が率先して引き受けているのだから音宮は文句を言わずに手を動かす。こういうところが雨宮の憎めない所だ。いつかいい上司になる。
「……零くん。必要のないことを考えていると、作業を増やしますからね」
「鬼だ」
いや、鬼だった。
「そういえば」
と、話題の無くなった生徒会室に雨宮が話を始める。
「今日の昼に校長先生からお話を聞いたのですが、なんでも7月の初めに留学生が来るそうです」
「留学生?」
留学生という普段は耳慣れない言葉を口にする雨宮に、零が眉をひそめる。
「留学生です。歳は私たちと同じ高校三年生」
「こんな時期に高校三年生が留学するのか。ずいぶん珍しい話だな」
「私もそう思いましたが、校長先生にも確認しましたし、確かです」
高校3年生ならば零たちと同じように受験を控えている身。一分一秒を惜しむような時期に留学というのはかなりレアなケースだ。
「ちなみにどこの国からくるの~?」
「アメリカらしいです」
「アメリカか~。いいね~」
「何を期待してるんですか」
零たちが不審に思う中、一人場違いなテンションをしている音宮に雨宮が冷たい視線を向ける。
その合間を縫って高宮が疑問を投げかける。
「クラスはどうするのでしょう? この学校は成績順ですし、人数が変われば学校としても対応が忙しいでしょう」
「それなら私たちのクラスに編入するらしいですね。なんでもかなり優秀な方らしくて。それに寮ならわざわざお金を家を探す必要もないですし」
「そうですか」
零の中に疑問がいくつかあった。
この時期に留学してくること、かなり優秀なのに飛び級もせず同じ高校三年生であること。
何より、この学校に留学してくるということ。
霞北学園はたしかに優秀な生徒が集まりやすく、現に零たちの代はそれこそ黄金世代といっても差し支えのない程の面々である。
だがそれでも、わざわざ留学するほどの高校だとは零にはどうしても思えなかった。
「どうにも何かある気がしますよね」
「ああ、そうだな」
不安めいたことを言う雨宮だったが零はどうにも否定する気にはなれなかった。
音宮だけは能天気なことを考えているようだったが、高宮は零たちと同様に考えに耽っていた。
「高宮は何か聞いてないのか?」
「いえ、本当に今回のことは今のが初耳です」
高宮がらみではないのだとすれば、今不在の大宮ももちろん何も知らないのだろう。
「まあ気になるところだが、実際に会ってみるしかないな」
零にしてはなかなかにお手上げな発言だったが、ひとまずは保留になった。
だが、この留学生がその後、零たちの高校生活、そして人生を大きく変えることになるのだった。




