116話 次は全国
「なあ、大宮」
「うん? なに?」
スパイクを脱ぎかけている大宮に零が物申す。
「お前……跳びすぎなんだよ!」
バサバサッとどこかでカラスが驚いて飛び去る。暗い闇に紛れていく。
――そう、現在は7時過ぎ。
競技が終わったのは1時間前のことで、その時からすでに闇が落ち始めていた。
「いやー、今日は調子がよかったんだよねー!」
ふふっと笑う大宮だが、本当に嬉しそうだ。その笑いは記録を更新できた達成感だろうか。
「だから跳びすぎなんだって。応援に来るこっちのもにもなってくれ」
「応援に来ている人が記録の更新を応援しなくてどうする!」
笑ってツッコミを入れる大宮。上機嫌なところを隠さない。
「まあ、本当に零くんのおかげだよね!」
「そうか? 俺は途中から落ちることを願ってたけど」
「ひっどいなー!」
そう言いながらも笑顔。よほどプレッシャーがかかっていたのだろう、と零は思った。
「そんな零くんにはお仕置きだっ! えいっ!」
「お、ばかっ、やめろっ!」
「ふふふー!」
だから、終わった安堵感からどこか深夜テンションみたいになっている。
そうでなければ、まだ人目がある中で零に飛びついたりなんかしない。
ふくよかな胸が零に当たって鼓動を早める。
だが、それ以上に鼓動を早めているのは、大宮が両手に針の付いたスパイクを持ったまま抱きついてきたことだ。
「おい、まて、動くな! 刺さる、刺さるから!」
「うふふー、零くんったら! そんなに私と抱き合っていたいなんて!」
「おいばか!」
抱きしめる腕が強くなることによって、スパイクが零の方へ向かう。なんとかぎりぎりで避ける。
「あっ」
ふと、何かに気付いたように大宮がパッと手を離す。それによって零は命の危機から解放される。
「あ、汗が……さっき拭いたからいいとは思うけど……」
「おい、そこかよ」
もう少し他のことを気にしてほしかった。付き合ってもいない男に胸を押し付けていたこととか、スパイクを持ったままだったこととか。
「ほら、早くいくぞ。あいつらが待ってるから」
零と大宮以外がここにいないのは、先に祝勝会の会場に行っているからだ。
祝勝会といってもそんな大きなものでもなく、ひっそりとした和食屋さんでご飯を食べるだけだが。
「よーし、今日はうなぎを食べるぞー!」
「だから叫んでないで早く片づけをしてくれ」
スパイクを突き上げて宣言する大宮をたしなめる零。
何故かスパイクを離さない大宮に、恐怖を感じたのだった。
寮に戻ると、美月が不服そうに零を睨んでいた。
「兄さん、帰ってくるのが遅いです! 夜遊びですか?」
「何故妹のお前に門限を設定されなきゃならんのだ。というか、普通に大宮の応援に行った帰りにご飯を食べただけだ」
「ご飯要らないなら連絡ぐらいしてください」
「お前は俺の嫁か」
こう言っているのは、多分、零と美月がいつも一緒にご飯を食べているからだろう。
昨年までは寮の食堂には、不文律で学年ごとに食べるテーブルが決まっていたが、今年から美月が零たちと一緒に食べていることによってそのルールはなくなった。
そのためか、1、2年生で合同で食べていることも多い。
……題材の半分以上は美少女に囲まれる零に対する文句だが。
「とにかく、絶対に連絡を入れてくださいね」
「分かった分かった」
たしかに零を待っているばっかりにいつまでたってもご飯が食べられないのは申し訳ない。
そう思って、いつまでも兄離れが出来ていないことには目を瞑った。
「まあ、とにかく飛鳥が全国大会に出れて良かったですね」
「うん! これからもっと頑張るから全国も応援に来てよね!」
今回は、前回の記録を7センチ更新。
今度はいつまで待たされるのだろうか、と零は途方に暮れた。




