113話 役者は揃った
すみません、珍しく長くなってしまいました。
昼食を取った後はウォークラリーが企画されていた。
簡単に言えば山の中を歩く中で所々にチェックポイントが存在し、そこに教員が立っていてクイズを出題される。
そのクイズの正答率と、全ての地点を巡ってゴールするまでのタイムによって順位を決定するというものだ。
今回の遠足のメインイベントともなっており、誰もが熱量の差はあれど楽しみにしているイベントだった。
しかし、零たちのグループ、つまり優勝候補には異変が起きていた。
「あれ、京華ちゃんは?」
「トイレかねえ〜?」
「こらさーちゃん、デリカシー!」
大宮と音宮は雨宮の不在を、少し席を外しただけだろうと軽く考えていて、零もそんなものだろうと思っていたのだが。
「京華さんは体調が悪いから部屋で休みますとおっしゃっていました」
高宮の言葉に零たちは驚きを隠せない。
「えっ、京ちゃんが?」
「朝とか元気そうだったのに」
みるみる元気が萎んでいく2人。
その2人とは逆の意見を零が出す。
「でもたしかにさっきからおかしかったもんな。食べる時も喋ってなかったんじゃないか?」
「おかしかった、とは?」
「いや、なんか変なことを聞いてくるっていうか」
その零の言葉を聞いた高宮は、顎に手を当てて真剣な顔になる。
零と大宮、音宮が彼女の次の出方を待っている中、やがて何か分かったのか険しい顔で零に詰め寄る。
「具体的に何を聞かれたのか教えていただいていいですか? あちらの方へ行きましょう」
高宮がなぜ零だけを呼んだのか分からなかったが、いつも笑っている高宮が笑っていないことで、誤解をすることはなかった。大人しく零は付いて行くし、大宮と大宮はその場で待つことにした。
念のために2人きりになったかどうか確認し終えた高宮は、零に話を聞く。
零も雨宮の言ったことは余さず答えた。高宮や大宮、音宮に恋愛感情があるかどうか聞かれたこと。そしてその後の様子も。
ちなみに零がそれに対する返事まで報告しなかったのは、高宮が「それだけで十分です」と言ったからだ。
「で、なんか分かったか?」
「まあ、そうですね。分かったと言えば分かりました。京華さんは単純ですからね」
高宮は無垢な子供に向けるような笑みをこぼしていたが、零にはさっぱり意味が分からなかった。
「そうか、じゃあ頼んだ」
それでも高宮がなんとかしてくれるという確証だけはあったので、零は彼女を送り出したのだった。
コンコン。
「高宮です。入ってもよろしいでしょうか?」
玲奈さんがいつもの涼しい音色で声をかけてくる。
「大丈夫です」
私が返事をすると、玲奈さんは失礼しますと私に一礼をしてからこっちへやってくる。
「どうですか、調子の方は」
「大丈夫です」
と言ってから、何をトリガーにしたかは分からないが大事なことを思い出す。
「って、もう始まってませんか⁉ 何してるんですっ⁉」
「まあまあ、落ち着いてください」
落ち着いてくださいって、それどころじゃないでしょ! もうウォークラリーは始まってるはずなのに、こんなところで悠長にしている場合じゃない。
それなのに玲奈さんは微笑みを崩さず、ゆったりと私の寝ているベッドに座った。
「少し話をしましょう」
それから、話題を迷っているかと思うとわざとらしいポーズと共に、
「あっ、そういえば零さんからお話を聞きましたよ? なんでも零さんに好きな人がいるのかお尋ねになられたとか」
「ーーえっ‼⁉」
なんて唐突に爆弾を落としてくるのだから、玲奈さんは意地が悪い。
「それに、私のことが好きなのかとか聞いたらしいではないですか」
「うっ…………」
最後にはとどめを刺すように1番痛いところを突いてくる。
そんな意地の悪い玲奈さんに対して、目で抗議の意を示す私だけど、すぐに気がついた。
言いたいことがあるのは玲奈さんの方だ。こういう言われ方をしても当たり前だ。
それよりむしろ私には玲奈さんに抗議する、責める権利なんてない。
「……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
ほとぼりが冷めたのを確認してから謝ると、存外にも玲奈さんはさらっと許してくれた。笑顔付きで。
「ーーというか、仕方のないことなんじゃないですか?」
「えっ?」
それから、思いもよらないことを言い出した。
仕方ないってどういうこと?
聞き間違いかと思って玲奈さんの次の言葉を待ったが、その意に反するようにたっぷりと息を溜めてから、玲奈さんは言葉を継ぐ。
「だって京華さんーー零さんのこと好きなんでしょう?」
「ーーへっ?」
待って、なんでそれを知ってるの⁉ というかまだ私でもしっかり認められてないのに、なんで玲奈さんが⁉ 私言ったっけ⁉ 言ってないよね⁉
「そんなの分かるに決まってるじゃないですか。好きな人がいるかどうか聞くのは、その人のことを好きな証拠です」
「そ、そんな好き、好きって」
「いやーとうとう京華さんも零さんのことが好きになってしまいましたか。また恋敵が増えますね」
言葉とは裏腹に楽しそうな玲奈さん。
慌てる私。
その対比に恥ずかしさを覚えながら、それでも否定できない。零くんのことが好きだということを。
「まあ、恋する乙女が1人増えただけですから。戻りましょう、京華さん」
「ちょっ、ちょっと、私は行きません」
「どうしてですか? 零さんを見ると我を忘れてしまうからですか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
私をからかうことができて嬉しいのか、からからと笑う玲奈さんに、ますます私は怒る。
「……分かりますよね? 飛鳥や沙彩に顔を合わせられないんです。合わせる権利がないんです。私は飛鳥たちを利用してしまったんですから……」
私は彼女たちを使って優越感に浸った。玲奈さんも含め彼女たちを蹴落とそうとしていた。
だからもう友達って言うことすら許されないようなものなのに。
「何がいけないんでしょう?」
玲奈さんは心底疑問の顔を向ける。
「だって、私は玲奈さんや飛鳥たちを……」
「それくらいでどうだと言うのでしょう?」
今度は否定の顔。
「私だってよく飛鳥さんと喧嘩してますし。沙彩さんが零さんにちょっかいをかけようものならすぐ説教です」
突然物騒なことを言い出したが、いつかのことを思い出しているのか玲奈さんは楽しそうに微笑んでいる。
「特に私と飛鳥さんは相当言い合いましたね。あの人って隙を見つけたらすぐ零さんに飛び込んでますからね」
たしかに、飛鳥と玲奈さんが言い合っているのはよく見た。
「で、でもそれってよくないことなんじゃ……」
「いえいえ。他人を蹴落としてでも彼女になりたいっていう気持ちは分かりますからね。飛鳥さんの気持ちも分かりますからお互い承知の上ですよ」
それに、と玲奈さんは付け加える。
「飛鳥さんのことも大好きですから。嫌がるようなことは本気でしません」
まあ嫌がらせはしますけど、とも。
「だから京華さんもどうかそこまで落ち込まないでください。私たちにとって今回のことは『敵が一人増えた』ってだけですから。私も飛鳥さんも気にしていません」
私の目を見て、両手を私の頬に当てる。
それは包み込まれるような温かさだった。
「それに零さんに好きな人がいないことくらいは分かりますから。そこまでショックでもありません」
「えっ、零くんそんなことまで言ったの⁉」
「いえいえ、多分そう言っただろうな、と思いまして。なにせ、伊達に零さんのことを見てきていませんから」
それは宣戦布告とも取れる発言。恋心を自覚した雨宮京華に、自分の方が上だと真っ向からたたきつけられたように思えた。
だけどそれでも、その言葉は彼女の手と同じくらい温かった。
「――はあ、これでようやく役者が揃いましたね」
玲奈さんが最後に呟いた言葉が私の耳に届くことはなかった。




