11話 波乱の1日目、終了
「す、すまん、動けないんだが…」
しばらく見つめ合ってから、どうにも耐えかねた俺が雨宮に声をかけた。胸がぷにぷに当たってきて、俺の理性が劣勢になってきたのと、雨宮があまりに驚いて動けなさそうだったからだ。
「あ、あ、あの…すみませんっ!!」
雨宮はようやく正気を取り戻したかのように上体を起こした。顔は真っ赤に染まって、とても恥ずかしいようだ。雨宮がベッドを急いで下りようとして、零の腹を思いっきり蹴ってしまう。
「あふっ」と悶えている間に雨宮は荷物を持って部屋を出て行ってしまった。
当たっていた胸の感触などは、踏まれた衝撃でそれどころじゃなかった。ある意味、冷静になれて良かったのかもしれないくらいだ。痛いけど。
――一日目からこんなハプニングか…先が思いやられるな…。
とりあえず腹が痛くて動く気がしなかったので、食事を部屋にもってきてもらうように連絡を入れて、とりあえずベッドに横になる。そうして、一人で落ち着いて深呼吸をしていると、甘い香りが鼻に入る。その瞬間、雨宮のやわらかな胸や艶やかな唇が思い出される。
いかんいかん、変なことを考えるな、俺。あんなのは大したことじゃない。雨宮もあわてて部屋を出て行ったけれど、突然のことに驚いただけで、今頃は気にせず勉強をしているだろう。
――とりあえず恵ちゃんに癒されてくるか。
零はラノベに手を伸ばして、なんとか動揺を抑え込むのであった。
「入江様、料理をお持ちしました」
寮で出迎えてくれたメイドさんがそう言ってご飯を持ってきてくれた。
「自分のほうが年下なので、『様』はやめてくださいよ。せめて『くん』とか『さん』でお願いします」
「では、入江君、ご飯を持ってきましたよ。冷めないうちに食べてくださいね」笑顔でそう言ってくれるメイドさんは天使のようだ。俺はありがとうございますと言って、すぐにご飯を食べた。
ご飯を食べ終えたとき、時計は20:30を示していた。今日は自分でお風呂を沸かして入ろうと思って、自分の部屋の浴槽を使った。さすがにあの大浴場は落ち着かない。
お風呂に浸かって今日のことを振り返る。今日は災難だったな。朝からごたごたして、昼には注目を浴びることになって、夜はとどめの雨宮の蹴りだからな。今日は占いだと最下位だな。占いは信じてないけど。
――しかし、4人のおかげで朝も助けられ、昼の食事で知らない間に学校での地位も復活した。まだカンニングや不正を疑う者はいるだろうが、だいぶマシになるのではないか。本当にありがたいものだ。
はあ、と一息をついて、疲れを血に任せて流そうとしていると、なにやら音が聞こえる。
とんとん、すみません、部屋に入ってもいいでしょうか。
――ちょ、ちょっと待ちなさい。絶対雨宮の声だよね?なんだなんだ、今日の勉強の時間はもう終わったし、あの件なら事故だぞ?慰謝料を払えと言われても嫌だぞ?
とりあえず、ちょっと待ってるように言って、急いで風呂を上がる。
「お風呂に入っていたのですか…」雨宮が何故か顔を赤らめてそう言う。
「そ、そうだが何か?」
「いや、別に…」
なにか恥ずかしそうにしている。まあそんなことはどうでもいい。
真剣な声で尋ねる。
「そ、それで、何しに来たんだ?」
「あ、それは…その……」
「なんだ?」
「……ごめんなさい!本当に悪かったと思ってます!すみませんでした!」
ん?雨宮がなぜ謝る?
というかそれどこではない。雨宮が謝って近づいてくると、そこからお風呂上りの匂いがするのだ。シャンプーの匂いなのか、すごくいい匂いがして、思考を邪魔する。
「あの…すごく怒ってますよね?」
「い、いや?」
すごく怒っている。無防備で俺を無意識に誘惑してくる雨宮に。パジャマなので、生地が薄く、でっぱりがいつもより露わになる。こんなの、近づいてくる雨宮を直視できんぞ……
「あの、本当にすみません…本当はあの時に謝るべきだったのですが…」
「だ、だからな、雨宮、なんでそれで俺が怒るんだ?」
「蹴ってしまって、そのあと謝りもせず…本当に申し訳なく思っています……」
雨宮はこちらの質問を全く聞き入れず、ただ謝り続ける。
零は、これ以上雨宮有罪で話が進むことに申し訳なさを感じ、動揺している場合ではないなと思って冷静に戻って、話をあるべき方向に戻す。
「謝るのは俺の方だと思うんだが?」
零がそう言った途端、雨宮は謝って下げていた顔をゆっくりと零に向けて不思議がる。
「あの…その…言ってる意味が分からないのですが……。怒ってるんじゃないんですか?」
「だから、どうして俺が怒ってると思ってるんだ?」
「それは…あんな失礼なことをしてことに対して…それでご飯の時も食堂に来なかったんじゃ?今も全然目を合わせてくれなかったですし……」
「雨宮、それは全くの勘違いだぞ。全然関係ない。食堂に行かなかったのは、単純に行くのが面倒だっただけだ。むしろ、あんな事故が起きたのは俺が勝手に動いたのが原因だからな。その…すまん。そして目が合わせられなかったのも関係ない」
「それでも、私はなにもされてないじゃないですか。入江君が謝るのはお門違いですよ。」
「いやな、だからな?」
「はっきり言ってください」
ここで理由をあやふやにしてしまうと、雨宮は納得しないだろう。そう思った俺は言ってしまった。そんなことを言うのは間違いだと誰にでもわかるのに。
「――む、胸とか、意図的でないとはいえ、押し付けることになっちゃっただろ!?」
痛恨のミス。セクハラだ。訴訟起こされる。もう諦めて示談金を稼ごう。ああ、示談金をいくらもらっても許してくれないだろう。なんだか刑務所が身近に感じられる。
「あ、あの…何を言ってるんですか!?」
そう言って雨宮は汚れたものを見るようにこっちを見て、距離をとり、胸を隠すしぐさをして、顔を赤くしている。それがなんだか余計にエロかった。もうだめだな。逮捕されよう。自首しよう。
「あ、その…今のは失言だ。忘れてくれ」
「急に冷静になってもだめですよ」
必殺、なかったことにする作戦も失敗、形勢逆転だ。これは俺の思い通りであり、思い通りではない。もうここまできたら腹をくくろう。さあ、俺を討て、雨宮。
――だが、雨宮は思った以上に怒っていなかった。
「ま、まあ、その…こっちも蹴ってしまった罪がありますし…おあいこということでこの話は済ませましょう」
雨宮様の寛大な処置を賜った。神様、仏様、雨宮様。そうだ、雨宮教に入ろう。
俺は拝むように雨宮の方に手を擦り合わせる。
「あまり変なことをしていると許しませんよ」
「はい、すみません」
「よろしい」
いろいろあったが、なんだかんだ俺のよく見る雨宮に戻ってくれたようで良かった。
「それでは、私は自分の部屋に戻りますので」
「了解であります、雨宮大佐」
「軍事裁判で懲罰しますよ」
「勘弁してください」
雨宮は笑って部屋を出て行った。あんな笑顔を見るのは初めてだ。
やっぱり雨宮はかわいい。笑うとさらに、だな。
――普段からあれだけ笑えばいいのにと思いながら、そんな笑顔を見れたことをラッキーに思いつつ、ゆっくりとベッドに横になった。
たくさんのブックマークと評価、感想ありがとうございます!
日に日に一つの話の文字数が増えていってしまいます…(笑)