108話 高宮の相談
「玲奈さん」
「こんばんは、京華さん。夜分遅くにすみませんね」
そう言うと、玲奈さんは深々と頭を下げた。彼女が頭を下げることは滅多にないので違和感を覚えたが、外で話すのも外聞が悪いのでとりあえず私の部屋の中へ招き入れた。
「お茶は要りますか?」
「いいえ、夜遅くですので」
玲奈さんは感じ良く断ると、食事用の机へ向かった。
玲奈さんはパジャマ姿で、普段はあまり見せない素肌を多く見せていたので、少しドキッとしたけどとりあえず腰掛けてもらうように促した。
「…それで夜に来たというのには、やはり理由があるのでしょうか」
単刀直入に私は聞いてみた。
玲奈さんは合理的な行動が多いため、無意味に夜という時間を狙って訪ねてくるとは思えなかったからだ。
「ええ、もちろんです」
「ということは飛鳥や沙彩、それに零くんにも聞かせられないような話でしょうか」
彼女たちが寝ているであろう(沙彩は夜更かしすることが多いので分からないが、少なくとも飛鳥は寝ている)時間に来たというのは、つまりそういうことだろう。
私が質問すると玲奈さんは満足そうに微笑みを浮かべたあと、「さすがです」と口にした。
「まあ1番聞かれたくないのは、零さんですけどね」
「零くん?」
そうだとすると、話は零に関することだろうか。それとも女性ならではの話だろうか。
いわゆる、こ、恋バナとか⁉︎
どちらにしても心の準備をしなければならないだろう。
「それで、零くんたちに聞かれたくない話というのは、一体何なんでしょうか?」
どうにも推測だけでは先へ進まないような気がしたので、思い切って尋ねてみた。
すると、玲奈さんは口の端を吊り上げ微笑みながら、次の瞬間、爆弾発言をしたのだった。
「京華さんにね、私と零さんが恋仲になるのを手伝っていただきたいの」
月並みな言葉だけど、一瞬玲奈さんが何を言ったのか分からなかった。
玲奈さんと、零くんが? 恋仲?
こいなか?
ーーこいなかっ⁉︎
「そ、そ、それは、本気で言っているのですよね?」
「もちろん」
とんでもないことを言ったのに、玲奈さんは落ち着いて脚を斜めに流している。
むしろ言われた私の方が落ち着きもなく動揺しているが、そんなことはどうでもいい。
「こいなか……」
たしかに玲奈さんは零くんに積極的にアピールしていたけど、まさか本気だとは……。ただ玲奈さんのお眼鏡にかなったから親しくしているだけだと思っていた。
「こいなか……」
つい繰り返し口にしてしまった。
恋仲ってなんだろう……。
零くんと玲奈さんが恋人同士になっているところを想像してみる。
――何故かは分からないが嫌な気分になった。
嫌な気分と言うとストレートな感じになるが、そこまで直接的に表現できるほど確実な感情ではなく、なんとなくもやもやするといった感じ。
やっぱり私、零くんのこと……。
「京華さん?」
「は、はいっ」
意識が別のところへ行っていたところに、玲奈さんの声で呼び戻される。
「それで返事の方はどうですか?」
あ、そうだ、返事を出さなければならない。
でも迷うことはないはず。中学からの大事な友人と高校にできた友人(?)が結ばれることはとても喜ばしいこと。
なのに。
「ダメでしょうか……?」
玲奈さんが不安げな目でこちらを見る。それは演技とは到底思えないほど心理を純粋に表しているように見えた。
そのことに罪悪感を覚え、そしてさらにその先にいわれのない疑いをかけられることを危惧して、
「分かりました。……協力します」
こう言い切ってしまったのだ。




