105話 幕間 零の人生
彼はおおよそ人間と呼べるものではなかった。
彼の家はおよその人間がするべき教育を施さなかった。
生まれてすぐに行われる教育は睡眠のコントロール。
赤ちゃんが健やかに眠る姿などその家では見られない。
人間が実際に脳を休めていると言われるノンレム睡眠は、正味1時間強しか存在しない。
他はレム睡眠と呼ばれ人間には不要なものだとされている。
ならば、その不要でありながら睡眠の大半を占めているレム睡眠を省けばその時間は鍛錬に当てることが出来る。
そう考えた神宮家は独自の方法で、生まれてから1年かけてこれを習得させる。
しかしこれをわずか1か月で会得してしまった男の子がいた。
彼はその家で史上最強の男と呼ばれ手厚く指導された。
眠る時間を削って乳児がやるべきものではない勉強をさせられ、すぐに立てるように強制され運動能力の底上げも始まる。
泣くたびに感情をすり減らしながら、彼は言われるがままに必死に努力した。
そんな中、彼が生まれて1年後。彼には妹が出来た。
生まれて1年で生きることを苦しいことだと悟ってしまった彼にとって唯一の生きがいができた。
妹が同じように教育をされているところを見ると心が痛む。だから彼は努力を続けて彼女を助けようとした。助けられる人間になろうとした。
そうしているうちに、だが皮肉にも彼は妹からは遠ざけられるようになった。
家は彼の才能に惚れ込み、わき目も振らず修練させた。
彼の妹は彼の才能を恐れ、彼から無意識に距離を取った。
だけど彼にはそれで良かった。
妹のことは陰から守ると決めていたから、直接的に関係を持とうなんてそんな傲慢な願望は持ったことがない。
そうして孤独に成長を遂げた彼がその能力を発揮したのは中学3年生。
彼の妹は孤立していた。
彼が気付いた時には彼女はすでに病んでいて、そのことを彼は悔やみ、そして怒った。
人生で感じたことのない程の怒りに我を忘れた彼は、暴走。
妹に対していじめを行っていた女の子の家族を破壊した。
親にありもしない汚職を作りそれを会社に出すことでリストラ。
それによって二次的に引き起こされた離婚から、母親は精神的に病んでしまい子供に虐待。
家族の絆を完全に引き裂いてボロボロにした。
しかしそのことは決定的に彼とその妹を変えてしまった。
妹は彼に対して異常なまでの信仰心を持つようになり、それと同時に他の人間とは話せなくなった。兄離れできない体になってしまった。
兄は自分を縛る鎖として、妹への罪悪感を抱き続けた。
彼らはいびつな兄妹関係を築いてしまった。
だが。
変わるきっかけをくれる人間が現れた。
クラスメイトの4人。零を友達として扱ってくれたそんな彼女らが、なかなか当事者たちだけではできない変化をもたらしてくれた。
彼女たちとの学校生活はあと1年しかない。
今度は零が彼女たちに恩返しをする番だ。




