1話 転生しなくてもチート級
高校2年となった入江零(いりえれい)に重大な危機が訪れていた。
ネットが繋がらん。繋がらん。おいおいどうしたデジタル社会。インターネットがつながることが売りだったんじゃないのか?
一回、ルーターを再起動してみる。昭和ではテレビを叩いていたらしいが、今の流行はルーターの再起動。ぽちぽち。ぽちぽち。
ーーもう何回ルーターを再起動したことだろう。現実から逃れるように、無心で。
ただの接触不良だろ?そうなんだろ?そう言ってくれよ…。
零の願いと裏腹に一向に直る気配がない。そしてとうとう現実を見る覚悟を決める。零は電話で大家さんに事情を説明した。
「当たり前じゃないか。お前さん一か月前から家賃も光熱費も払ってないだろ。早く払いなさい。このぐうたらオタク」
あ、そうか。そういえば全然お金を払った気がしないな。ははは。笑えないなこれ。
…人生ここで終わるのか。あっけない人生だったな。楽しかったよ、この一年間だけは。零の目には絶望が見える。この一か月、俺はなにをしていたんだろう、と少し回想に耽ってみる。
零は四月におかま店長にバイトを切られた。あの人のことはそれ以来お鎌店長と呼んでいる。切れ味抜群だ。やかましい。
切られた後、違うバイト探そうと思ってはいた。しかし、ラノベたちはそんなことを許さない。行かないでくれ、俺を読んでくれ。そう訴えかけてきた。涙目でアピールしてくる。そんなこと言われたら断れるわけないじゃないか。断る奴なんてアホだろう。それかよっぽどバイト中毒になってるかのどっちかに決まってる。
ともかくそうやって一日、また一日と過ぎていった。そして日に日に重くなる腰はとうとう上がることなく一か月過ぎた。
まあしゃーない。ゲームからラノベに切り替えよう。うんうん。ネットがないなら本を読めばいいじゃない。なんか新しいラノベを発掘するか。今度は異世界バトル系でも読むか。そして零は貯金通帳を見る。5326円。
高校2年生の春、5月、零は生きる意味を見失った。ただただ絶望に打ちひしがれる。このままでは食費で削られ、満足に新刊も買えない。読めない。悲しい。
……学校行くか。死ぬなら学校のほうがいいだろ。多分。
はあ、とため息をついたとき、閃く。
学校?そうか、学校か。その手があったか。零の脳に一閃。身体中に血が巡り始める。
零の学校、霞北学園にはS、A、B、C、Dクラスに分かれている。毎回、テストでの成績で頭のいい順S、A、B、C、Dと振り分けられる。ここで、A、B、C、Dは40人で構成されるのだが、Sクラスは5人しかいない。狭き門だ。
このSクラスは、未来の日本を担うために、早急に優秀な人材を獲得するために作られた制度だ。生徒に競争心を与え、Sクラスになったものには自覚と責任感を持たせる。とても合理的な仕組みだ。
しかし、そんなことは零には関係ない。大事なのは、このSクラスに入ると、なんと、すごいリッチな寮に入れる。
まあ、ぶっちゃけ豪華である必要はない。本命は、そこについているインターネット。
そう、Wi-Fiが飛び回っている。……ああ、なんて都合がいいのか。ほんと。あ、あと毎日一万円支給される。あーラノベとゲームで溺れることができるかも。わくわくてかてか。零の目に生きる活力が見える。
よし決めた。次の中間テストでSクラスに入ろう。
零が現在いるのはBクラス。至って普通のクラスである。だが、「普通」は零にとってとても居心地の良いものだった。
だが背に腹は代えられない。
――こうして、この物語の主人公、入江零は楽園生活に向かうのであった。