出発
俺はルーチルを探していた。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
ちょうど広場の前を通った時、村の人達が何人か集まっているのが見えた。
気になって近づいくと、ちょうどミーナさんがいた。
「あら、チエル。話はもういいの? 」
「うん、まあね。」
「そう。さっきルーチルが深刻な顔して出て行ったから少し心配だったの。」
「えっと。どこに行ったか知ってる?」
「避難小屋の点検にローキンスさんと行ったわよ。」
「そっか、ありがとう。ところで……これどうしたの?」
目の前の地面に全長二メートルはある、熊イノシシが捕獲されてのびていた。
「カイさんが狩に行ってとってきてくださったのよ!こんな大きいの初めて見るわ!今晩は使者様達の歓迎会をかねて皆んなでご馳走になりましょう。」
腕を振るうわよー!とミーナさんは腕まくりをして意気込んでいる。
確かにこんな大きいのは初めて見た。熊イノシシはオレージー村の周辺によく生息している獣で、食べるとめちゃくちゃ美味い。大きくても一メートルくらいの熊イノシシしか見たことがなかったから俺もビックリだ。
あの人あんなちっこいのに凄いな。
人は見た目で判断してはいけないのだ。
さっそく夜が楽しみになってきた。
俺はルーチルの居場所もきけたし、会話もそこそこに避難小屋に向かうことにした。
小屋に向かう道の途中で、向こうからルーチルとローキンスがちょうど点検から帰ってきた。
「おぅ、チエル。こっちまで来て、なんかあったのか?」
「あー。うん。二人に話したいことがあって。」
「話したい事ですか?」
「あのさ、やっぱり俺が神都にいくよ。」
それを聞いてルーチルが少し怒ったように言う。
「お前、さっきの俺の言葉忘れたのか?俺はもうお前を傷つけたくないんだよ。」
ルーチルの優しさは分かってる。
「忘れてなんかないよ。でも、やっぱり村にも、ミザリーやミーナさんにも、ルーチルが必要だよ。俺と同じ様にしちゃダメなんだ。」
「で、でもな……。」
「嫌々行くんじゃない。俺が自分で考えて決めたんだ。俺に行かせてよ。覚悟は、出来てるんだ。」
俺の言葉を聞いてルーチルは下を向いた。
「分かりました、チエルさん。貴方の覚悟を受け取ります。ルーチルさんもそれで良いですよね?」
ローキンスは優しくルーチルの背中を叩きながらルーチルの顔を覗き込んだ。
「すまないな、チエル。お前には助けられてばかりだ。お前が決めた事なら俺も、もぅ何も言わないよ。」
と言って、ルーチルは呆れた様に笑った。
夕日で村がオレージー色に染まる頃、俺たちは広場に集まってどんちゃん騒ぎをしていた。
まぁ、俺は騒いでないけど。
ミーナさんの言っていた、使者様の歓迎会というやつだ。
女の人たちが次から次へとせわしなく、料理を運んでくる。もちろんメインはカイさんの取った熊イノシシだ。お酒も少しだが残っていたものがあるみたいだ。
ルーチルとマルトスは気が合ったらしく、肩を組みながら顔を赤くして歌っている。
アイツら……相当飲んでんな。
俺は少し離れた木陰で熊イノシシのソテーを食べながら、皆んなの楽しそうな様子を見ていた。
「チエルさんは向こうで踊らないんですか?」
少し顔の赤いローキンスが串に刺した熊イノシシを差し出しながら聞いてきた。
「俺は、いいんだ。もともとあんなはしゃぐタイプじゃないし。」
そうですか……と言ってローキンスは俺の横に座る。
「不安ですか?」
「まぁ、ね。でも不安半分、期待半分って所かな。」
「そうですか。七日後に神都で今回集まった人達の入隊式があります。この村から歩いて三日の街に神都まで行ける転移魔法陣がありますので、先ずはそこに向かってください。それとこれを。」
そう言ってローキンスさんは小さなカプセルを渡してきた。
何だこれ?
「これは、ノウチ ユウトという発明家が発明した物です。これは試供品みたいな物ですが旅に行く前に使ってみてください。」
良くは分からないけど、とりあえず受け取っておく。
「俺、今まで村の外なんか狩に行く時ぐらいしか出た事ないから実はちょっといい機会だと思ってるんだよね。あ、それとずっと気になってたんだけど、この前の巨人ってローキンス達が倒してくれたのか?」
これは何だかんだずっと気になっていた事だった。
「ええ、そうですよ。ちなみにあの巨人はトロール言われる魔物になります。侵略が進んでいる地では、たまに目にする魔物ですね。」
「あんなのがやっぱりまだいるんだ……。でも、ローキンス達がくるのは次の日だった筈じゃなかったっけ?」
「まぁ、お察しの通り僕は少々魔法を使えるので。魔物の気配を探知したので急いで来たんですよ。」
そう言って杖を出してきた。
「この杖には下位魔法の威力上昇の効果が備わっています。それにこの赤い玉には下位魔法の詠唱破棄の効果が備わっているのです。なので、トロールも僕でもなんとか倒せたんですよ。」
凄い。
俺の知らない世の中にはこんな物まであるのか……。
俺も早く魔法を使えるようになりたいもんだ。
そんなこんなで話をしているうちに時間は過ぎて皆んなそのまま眠りについた。
次の日の昼前、俺は少しのお金と、とりあえず三日分の食料、ローキンスさんに貰ったいくつかのアイテムを詰め込んだリュクを持って村の入り口にいた。
そう、これから出発するんだ。
見送りにルーチル、ローキンス、ミーナさんと、ミザリーが来てくれていた。
「ここからの道だと魔物も出て来ないでしょう。ですが一応気をつけてくださいね。休むときは背の高く大きな木が所々にあるのでそこで休んでください。魔物が苦手な香りを出しているので安全ですよ。」
と言ってローキンスはニッコリ微笑む。
「ありがとう。」
「じゃあ、気をつけて行って来いよ。」
ルーチルがバシッと俺の背中を叩いた。
「痛っ、行く前に怪我したらどうすんだよ!」
皆んなが笑っている。
「じゃ、行ってきます。」
みんなに背を向けた時。
「チエルっ!!」
ミーナの後ろにいたミザリーが俺の足にしがみついてきた。
「あ、あのね。この前は助けてくれてありがと。まだお礼言えてなかったから。」
俺はしゃがみこんでミザリーの頭をポンポンと撫でる。
するとミザリーが、
「しょうがないから……チエルが帰ってきたら、私がチエルのお嫁さんになってあげる。だから、早く帰ってきなさいよね。」と言って、俺のホッペにキスをしてミーナの元に帰って行った。
俺はホッペを押さえながら、後10歳ミザリーが年を取ってたら良かったのに……と純粋に思って悲しくなった。
みると、ルーチルはショックで気絶しているが気にはしない。
そんなこんなで、俺は神都に向けて出発した。
*
「……なぁ、ローキンスさんよ、、。あのトロール少しおかしくなかったか?」
チエルも出発し、村の人々はそれぞれに村の修復へと取り掛かりに戻って行った。
村の入り口の前でチエルの見えなくなった背中を未だに眺めていたローキンスに、カイがタバコをふかせながら問いかけた。
「勤務中にタバコはダメですよ。ふっ、……流石ですね、カイさんはやはり気づいておられたんですね。」
その言葉を何も気にする風もなくカイも答える。
「今は休憩中だよ、、。まぁ、これでも、地元ではそこそこの冒険者としてやってたんだ。魔物の下位種の中では上位に位置するトロールが、ファイアボールの一撃で死ぬのは流石に見たことが無いからな。たとえあんたレベルの魔法使いでもな。」
「手厳しくも、正確な判断ですね……。」
「まぁな、村の者の様子を見るにも、あの一撃で死ぬまで追い込める猛者がいたとも考えられない。元々手負いだったのか、それともただただ信じられないくらい弱い個体だったのか……。」
そう言って、問い詰めるようにカイはローキンスを見た。
「私も本当の事は分かりません。ですが、、私の放ったファイアボールがあのトロールに当たった時、すでにトロールは死んでいました。」
「なっ、なんだって?!」
「絶対とは言えませんが、僕が魔法を放った時ダメージを与えた、、と言うよりも、ただ物を燃やしただけの感覚に近かったと思います。貴方の言う通り、元々手負いだったのか、、それとも……。」
そう言ってローキンスはチエルの去って行った道を見据えた。
「まさかあの死にかけてた坊主が?!それは無いだろ?」
「ふふふっ、僕には分かりませんが、何にせよ、この戦いを生き延びた彼に、僕は期待してるんです。この世界を元のあるべき形に戻すために。」
「ご苦労なこったな。」
「いえいえ。」
次話、ちょっとした試練が待っております。