狂気の芽生え
ダヴィさんに頼まれて村から少し離れた後方の救護所の手伝いをしていた俺は、ようやくひと段落つきつつある現場に額の汗を拭った。
森の中の隠れた洞窟に大量の治療薬や仮設ベットを運び込むだけで夕方近くまでかかった。
そこから円滑に治療が行える様に、治療班の支持通りに配置したりしているとあっという間に日がくれていった。
戦闘時ここが襲われない様に洞窟の周りに隠蔽用の魔法をかける隊員は交代しながらも、まだまだ忙しそうに動き回っていたけど、救護班長のお言葉に甘えて休憩を取らせてもらう事にした。
「チエル君ありがとうねー!本当にここ人手不足だったから助かったよ!良かったら明日もまたよろしく〜!!」
元気がいいお姉さん班長がポニーテールを揺らしながら大きく手を振った。
俺も手を軽くあげて答える。
「また何かあったら言ってください。じゃあお先に失礼します。」
そして俺は救護所を後にした。
ーー忙しすぎて、あれからすっかり忘れてたけど、朝の間にログと喧嘩したことを思い出した、、。
その時よりは幾分マシになったとは言え、どんな顔して帰ろうかと、暗い道を村に向かって歩く。
考えたけど、結局その時になってみないと、どうなるかなんて分からないわけだし、意外にアレックスの連れてきた部下の人達はみんなしっかりとしていて、頼りになる様な人達ばっかりだった。
きっと皆んなが力を合わせればなんとかなるはず、、。
それに、ログだって本当は優しくて頼りになる奴だ。
き、きっと大丈夫、。
普通に、ごめんって謝って、、仲直りすれば良いだけ。
あー、ちくしょう、
こんな喧嘩なんてしたこと無いから、変に緊張するな、、。
ソワソワする気持ちを落ち付けようと深呼吸をしながら歩く。
ーーガサッ。
ん?
なんか音がしたか?
探ってみるけど、魔物の気配は感じられない。
動物、、それとも隊員か?
一応腰にさしている、ナイフに軽く手を置いて音のした方を睨みつける。
「やぁ、遅くまで大変だった様だな。」
「ーーえ?」
木の陰から出てきたのは、まさかのアレックス本人だった。
なんで、ここに?
「私は隊を預かる立場なんでね。指示を出した各担当区域を見て回っているのだよ。明日の作戦に支障をきたさない様にな。」
俺の表情を察してか、アレックスから聞いてもいない説明がきた。
なるほど、、それでこんな所に。
て言うか、なんか朝の時とはちょっと雰囲気が違うような、、。
「あ、そ、そうだったんですね、、。じゃあこれから救護所の方に行くんですか?もう殆ど、準備は終わりましたよ。」
気まずいけど、無視という訳にもいかないから、適当に話を合わせて早々に切り上げる算段をつける。
さっきから声のトーンとは裏腹に鋭く光る眼光が俺を睨んでる事に、若干気持ちが後ずさる。
気まずいなぁ、、なんで俺に話しかけてくるんだ。
ダヴィさんの話を聞いた後とは言え、そんな早くに他人の印象を塗り替える事なんて、ぼっちだった俺に出来るわけがなかった。
「……あ、あぁ、そうだ。今からそこに向おうと思っていた所だ。」
「やっぱり、じゃ、じゃあ俺はこれで失礼します……。」
長々と引き止めても悪いしな、俺ももちろん最近からそんなつもりもない。
軽く頭を下げて村へ続く道に体を向ける。
「……待て。」
「へ?」
完全に別れる流れだったにも関わらず、踵を向けたアレックスに手首を掴まれた。
妙に力が込められたその手にビックリして振り返る。
「ーーチエルと言ったな。、、お前、私のモノになれ。」
そう言ってアレックスはそのギラついた目で俺を見据えた。
ーーは?
ーーん?
ちょっと状況が分からない。
これは、、
「ーーあの、それは俺に貴方の部隊に入れと言う事ですか?」
そう聞くと、アレックスはフッーーと笑ってから答えた。
「……あぁ。私のもとに来るのならどんな形だろうと構わない。」
「……知ってると思うんですけど、俺使い物にならないですよ。何もできないんで。それに俺には俺の任務があるんで、、。」
「使える使えないは今更どうでも良いのだ。お前が居なくても、他に使えるものはいるからな。」
ーーこ、困ったな。
それじゃ、俺スカウトされる意味なくない?
てかどう言う事?
「お前が、私の元に来ると言う事に意味があるのだ。」
すいません。
何一つ意味が分からないんだけど。
「……す、すいません。俺は仲間達と、やらなくちゃいけない事があるんで、貴方の部隊には入りません。」
ややこしい事になる前に早く離れた方が良いような気がして、掴まれていた腕に力を込める。
するとそれに対抗する様にアレックスの腕にギリギリと力が入った。
「……っ、痛。」
流石にちょっとムカついてきたから、自分より身長の高いアレックスを睨みつけて文句を言おうと見上げる。
「……っ。」
そこには朝見たような恐ろしい眼をしたアレックスがいた。
「お前、私の命令が聞けないと言うのか?私よりもログをとると言うのか?ログの方が優れていると思っているから、そんな事を言うのだな?!」
「そ、そんなつもりじゃない。別にアンタとログを比べたりなんかしてない、、よっ!」
「では、私のモノになれ。」
その間もアレックスの握る手に力が入り続ける。
「あー、もう話し通じないなぁ。だからそれは無理だって。お断り、ぃ゛!」
最後は殆ど叫び声になっていた俺の言葉を言い終わる前に、アレックスの拳が鳩尾に入った。
完全にカッとなっていたため、ろくにアーマーも発動させていなかった。
それに汗に濡れて、繋ぎになっている隊服の上は腰まで下ろして結んでいたから、上半身はシャツしか着ていなった。
突き刺し響くような腹の痛みに、膝から地面に落ちる。
手首が握られたままで、うずくまりたいのに中途半端な体勢になって、それがまたつらい。
「……ゔぅ。」
「口を慎め。」
お、お前がな、、!そう言いたいけど、情けない事に出るのはくぐもった息の音だけだ。
なんなんだよ、もぅ。
すると、アレックスが握っていた手を離して、身体をひっくり返すように胸を蹴り上げた。
背中からひっくり返った俺の胸を踏みつけてアレックスが言った。
「最終通告だ。どうだ?私の元にこい。」
これで、行きます!って人がいるのなら逆に見てみたいわ!
「っ、ゴホッ、俺はログと、、いく。」
そう言って精一杯睨み付ける。
「なら、仕方ない。真の価値の分からないものに生きている意味はない。だから、死んで私の役にたってもらおうか。ありがたく思え。」
踏み殺してやろうとでも言うかのように胸に乗せていた脚を大きくあげたアレックスが、唇を釣り上げたと同時にその脚を踏み降ろした。
*
「チエル、遅いアルね。もう完全に日も暮れたアル。」
「さっき副隊長がきて、救護所の手伝いにチエルが行ってるって聞いたよ。少し時間がかかってるのかもね。」
「早くご飯食べたいデシ。早く帰ってくるデシ、チエル〜。」
「そんなこと言って、本当は帰って来づらいだけなんじゃないアルか?誰かさんのせいで、、、。」
オリーブかログをスンと睨みつけた。
「そ、それを言われると言い返せないなぁ、、。でも言ってる間に帰ってくるよ。そしたら皆んなでご飯にしよう。」
そんな感じで、それぞれの準備を終えていた2人と1匹は部屋でチエルの帰りを待ちながら、各々得た情報の整理をしていた。
魔物の気配はしないし、チエルの居場所も聞いていたから誰もそこまで心配することも無く、束の間の休息を過ごしていた。
ーーバッ!!
「……。」
「ダチュラ、どうしたアル?」
今までお腹が減ったの、どうのこうのでグチグチ、クネクネしていたダチュラが急に頭をあげて固まった。
何かを探るように大きな眼をキョロキョロと動かし出した。
流石の2人もギョッとした目でダチュラを見てしまった。
そして焦るようにダチュラの体の色が変わりだす。
「……ダチュラ?」
「やばいデシ!!!チエルが危ないデシ!!」
「「!!!」」
それを聞いたログが、一瞬でダチュラを抱えて建物から飛び出した。
「襲われてるのか、怪我をしたのかはわからないけど、だいぶ怪我をしてるデシ!!……またデシ!!」
チエルとダチュラは2人も気づかない間にお互いある契約を交わしていたため、繋がれたチエルの危険をダチュラが感じ取ったのだ。
ダチュラの体から本能的に毒が滲み出す。
それを気にも留めず、ダチュラを抱えたままログは森を見据えた。
「確か、救護所の方だったね。」
チエルは元々魔力が低く、身を隠す訓練をしただけあって、ログですら離れていると気配が分かりづらかった。
魔物の気配がない上、これだけ部隊員がいる中で襲われる危険性の低さを過信しすぎた自分を心底呪いたくなったログが、チッーーと舌打ちをして、森に向けて家を飛び越えた。
*
地面が砕ける音がして、それと同時に土煙が舞い上がった。
間一髪、身をひねってアレックスの下から抜け出した。
砕けた地面を見て、あぁなっていたのは自分だったかもしれないと、ドクドクと脈打つ心臓に合わせて息が乱れる。
煙の隙間から覗くアレックスの顔から笑みがこぼれていた。
な、なんだ、あれ?
少しずつおさまる煙とは逆に、アレックスの胸から黒いモヤモヤとした影が纏わり付いているのが見える。
そういえば、朝も一瞬見えた気がしていたような、、と記憶を思い返してみる。
「クックックッ。よく避けたものだ、貧弱だか、アーマーも使える様になっているとはな、、。腕が折れるだけで済むなんて凄いじゃないか、チエル。」
そう言われて、さっきの鳩尾の痛みが気にならないほど激痛の走る左腕を抑える。
くそっ、何が凄いじゃないかーーだ。
クックッと笑っているアレックスを横目に、なんとか動く右手に自分のナイフを構える。
「そんなになっても私に向かってくる気があるのか、、。なかなか見所があるじゃないか!」
そう言ってアレックスも腰にさした剣を抜き取った。
向かってくる気がある?ふざけんなよ。
アホか!
ナイフを握ったのだって、気持ち程度のものだ。
どう見たって力の差は歴然。
見なくたって最初から分かっていたことだ。
しかも既に自分の腕は片方折れていて、息で揺れるだけでも痛い。
出すぎたアドレナリンで涙が出てないのが凄いぐらいだ。
……か、考えろ。
ここはちょうど村と救護所の間ぐらいの場所だ。
助けを求めるとすれば、ログ達のいるであろう村側だろう。
幸い、今は日も落ちてる上、森の中。
うまく行けば身を隠しながら村に逃げ込めるかもしれない……。
でも、目の前のコイツを撒ける気が全くしない。
一瞬、腕から流れる血のせいかグラッと揺れた視界を見逃さないとでも言うようにアレックスが踏み込んできた。
「…っく!」
振り下ろされた剣をナイフでかろうじて受け流した。
「ほう。ログにそこそこ教えられているようだな。だが、いつまで持つかな?」
アレックスは遊んでいるのだろう、無造作に剣を振り回しているようだ。
それでも俺はそれを受けるので精一杯。
腕の痛みやらなんやらで、思うように集中もできない。
「あぁあ゛!、ゔぅ、、つぅ、。」
アレックスがさっきよりも勢いよく踏み込んで剣を振ったその衝撃で、受けたにも関わらず踏ん張りの効かない体は弾き飛ばされて後ろにあった木に打つかる。
飛ばされた身体と幹の間に挟まった左腕が、ミシリと音を鳴らした気がした。
「もう終わりかな?」
痛い、痛い、痛い、痛い。
それしか考えられない。
でもだんだんと近づいてくるアレックスの気配に、恐怖が込み上がってきて身体が震える。
ーー僕がチエルを守るよ。ーー
フッといつもログが言っていた言葉を思い出した。
戦いは甘いものじゃない、分かっていたつもりでも、そんなログの言葉が今更になって頭に響いた。
「……そ、そう言うなら、本当に来てくれよっ、、、。」
ついに涙がポロポロと溢れて出てくる。
「泣いているのか?可哀想に。素直に私のモノになっていればこうならなくてすんだのになぁ。私から奪っていくアイツのモノを奪えればそれで良かったが、、、。直接奪うのも、殺して奪うのも大差ない。死んだお前を見てアイツが今のお前みたいな顔をして泣いてる所を想像するだけで、どれだけ気が晴れることか!!クックックッ、フハハハハハ!!!」
く、狂ってる、、、。
目の前のアレックスを見てそうとしか思えなかった。
アイツの感情の高鳴りに合わせてまとわりつく靄が濃く長くなっていく。
「そろそろ私の糧になってもらおう……っがぁぁっ!!き、貴様!!」
長々と喋ってくれるおかげーーと言うか、自分よりやばい奴を見ると逆に冷めると言うのか、少し冷静になれた俺は咄嗟に握りしめた土をアレックスめがけて投げた。
このまま、こんな奴に殺されてたまるか!と倒れ込んだまま、眼を覆うアレックス足元を蹴り崩し、それと同時に走り出す。
もう、どっちが村かも分からない。
とりあえず、アイツから離れる事を考える。
少しでも冷静に、距離があるうちに自分の魔力を薄くして気配を消す。
「貴様ぁ!殺してやる!!」
後ろから聞こえるアレックスの声がだんだん近くなるような恐怖に耐えながら、走り続ける。
「う、嘘だろ、、。」
あまりにも闇雲に走りすぎた、、と言っても今の俺には仕方ない。
でも、、。
目の前の途切れた森と、その先にある断崖絶壁の崖とその下で荒波を巻き上げる海。
とてもじゃないけど、この怪我で飛び降りたらひとたまりもない。
崖の縁で海を見下ろす俺の背後から、低い声が響いた。
「私とした事が、時間をかけすぎた。苦しみながら死ね!!」
しまっーー!!
振り向くと同時に肩に走る衝撃。
親指ほどの太さがある濃色の針が肩を貫通して刺さっていた。
「クック、それはこの世界でもトップクラスの猛毒を持つと言われる、猛毒獣サソリアナコンダの牙だ。解毒方法の見つかっていないその毒を食らって生ていられる生物などいない。激痛の中死にたえるが良い!!」
グラリと大きく揺れた視界の隅に悪魔のように笑うアレックスが見えた。
もはや身体を支えることもできなくて、俺はそのまま何も考える事も抗う事も出来ずに白波が立つ海に落ちていった。
全体的に狂ってる文ですいません。
チエルもボロボロにしてごめんない。




