傷跡
巨人は満足そうな顔をして振り上げた剣を振りかざしたーー。
「グオオオオオオオオオォォォォ」
ドンッーー。え?
ズバッーー。ゴトッ。
死んだと思った…。
でもその瞬間、いきなり人影が前に出てきて俺を突き飛ばした。
振り下ろした剣は俺じゃなくて目の前の陰を深く切り裂いた。
倒れていく陰に炎の光が反射する。
優しく微笑んでる。大好きな笑顔。
「そ、そんな。なんで、嘘だろ?……婆ちゃん!!」
頭の中が、目の前が真っ暗になっていく。
巨人はいきなり飛び出してきた婆ちゃんを不思議そうに眺めたが、どうでも良さそうにすぐに俺の方に態勢を向けた。
さっきと同じ様にまた剣を振り上げる。
巨人の足元で血を流して倒れている婆ちゃんしか見えない。
何も考えられない。頭が熱い。暗い。
許さない。ーーアイツを……殺したい。
自分の中の全てが黒く染まった瞬間、俺と巨人は黒と白の光の粒子に包まれた。
自分でも何が起こったのかなんて、わからない。
巨人もびっくりしたようで、持っていた剣を落としてしまった。
そして巨人はよろめき膝をついた。
巨人は動かない。
光はだんだん淡くなり、幻だったかのように消える。
や、やったのかーー?
しかし、
「グオォォォォ」
なんともなかったかのように、また巨人は立ち上がってきた。
ダメだ、もう身体が動か、ないーー。
「ファイア・ボール!」
「グオオォッ」
目の前がピカッと光ったかと思うと、あっと言う間に巨人は燃え上がりーー絶命した。
また、何が起こったのか分からない。
誰かが遠くで俺の名前を呼んでる気がする。
でも今の俺は体の痛みと強烈なだるさで、その顔を確認する前に意識を闇の中に落としたーー。
チュン、ピピッ、チュン。
鳥の鳴き声がする。
ーーここは?
ボヤてけていた視界が少しずつクリアになっていく。
知っているけど、見慣れない天井。
微かにオレージーとパンの焼ける匂いが鼻をかすめる。
「チエルッ!目が覚めたのね、良かった。」
いきなり強く抱きしめられる身体。思わず、グエッとカエルが潰された時みたいな声が出た。
「どう?身体に痛みはない?」
ミーナさんが目に涙を浮かべながら、ゆっくり俺の身体を起こしてくれる。
「は、はい。身体もちょっとだるいかなぁぐらいです。」
ミーナさんが動くたびに爽やかで優しい香りがして、ポーッと幸せな気持ちになる。
「本当に良かった。あなた、まる二日間眠っていたのよ。この前の夜の事……覚えてる?」
そう言われた瞬間、モヤモヤしていた頭の中が急に晴れて記憶が鮮明に浮かび上がる。
燃える家、泣き声、鋭く光る巨人の瞳、そして大好きな婆ちゃんの顔と血しぶきーー。
「そ、そうだ!婆ちゃん、婆ちゃんが」
慌てて起き上がろうとする俺の身体をミーナが押さえる。
「チエル、落ち着いて!急に動いたら…まだ、貴方回復しきってないわ。」
「でも、婆ちゃんが!俺行かないと……」
その時、ガチャリと音を立ててオレージーの木で作られた扉がゆっくりと開いた。
「良かったチエル、目が覚めたんだな。」
俺と違ってあちこちに包帯を巻いたルーチルが杖をつきながら入ってきた。
「ルーチル、俺、婆ちゃんが!」
「あぁ、分かっているさ。後で婆さんの所に連れて行ってやる。」
良かった。助かったんだ、とミーナさんの方を見ると、下を向いて身体を小さく震わせていた。
ーーえ?
見るとルーチルも下を向いている。
「ま、まさか……。」
「すまない、見つけた時には、もう……。」
「ごめんなさい、チエル。ごめんなさい!」
ミーナさんは俺の膝の上で、うわぁぁんと大粒の涙を流した。
頭の中が真っ白になって、なんだか胸にポッカリと穴が空いたような気持ちになる。大泣きするミーナさんを見てると、なんでか涙は出なかった。
「俺たちはお前に助けられたのに……本当に、本当にすまん!」
ルーチルは杖を置き、泣きながら床に頭をつけて俺に謝った。
そんな二人の姿を見てると胸の中が熱くなって、
「謝らないでよ。ルーチル達だけでも無事で良かった。」って、自然と言葉が出た。
二人が落ち着くのを待ってから、俺はもう一度二人に言った。
「婆ちゃんに会いたいんだ。連れてってくれよ。」
ルーチルはミーナさんに言う。
「チエルを婆さんのところへ連れて行こう。ミーナ、身体を支えてやってくれ。」
「はい。」と言ってミーナさんは俺の身体を支えてくれる。
家の外に出るとほとんどの家が燃えて灰になっていた。無事な家はここと少し離れて建っていた数件だけだ。
畑も燃えたか、ぐちゃぐちゃで特産品のオレージーはほとんど残っていなかった。
動ける村人が何人か壊れた家の木材を集めたり、片付けたりしているけど、作業はあまり進んでいなさそうだ。
本当に、ここはオレージー村なのか……。
たった一晩で、村は大きな傷を負った。
オレージー村の外れにある小高い丘に、何十本ものお墓が建てられていた。
ミーナがそのうちの一つに、持ってきていた白い花で作ったリースをかけた。
「お婆ちゃん、チエルが来てくれたわよ。」
そしてお墓の前まで俺の手を引いていく。
「お婆ちゃん……チエルが中々帰ってこないって……私はあの子のたった一人の親だから守らないとって飛び出して行ったの。私はミザリーの時も貴方に任せてしまったのに、あの人をとめることができなかった。私は母親失格ね。……少し二人きりになりたいわよね。私は少し村に戻ってるわね。」
そう言って、墓の前でしゃがみ祈りを捧げて村に戻って行った。
ミーナさんが村に戻ると、ここには婆ちゃんと俺一人になった。
村も、家も、婆ちゃんも居なくなって俺にはもう何もないのに、まるで何も変わってなんかいないかのように、丘にはいつものように心地いい風が吹いている。
「婆ちゃん……。」
その風が墓に掛けられた花を揺らしているのを見ると、今まで抑え込んでいた気持ちが涙と一緒に溢れ出てきた。
本当に、死んだんだ。
墓を見るまで生きてるんじゃないかって心の何処かで思ってたのかもしれない。
どれぐらいの時間泣いたかもわからないけど、自分の中で納得するまで泣いたら少し落ち着いたのか、スッと言葉が出た。
「婆ちゃん、守ってあげられなくて、ごめんな。ありがとう……おやすみ、母さん。」
きっとこの傷が消えることなんてない。
傷跡になって、俺の心に残り続けるんだろう。
でも、婆ちゃんが守ってくれたこの命を無駄にはできない。
だから俺はまたこうやって立ち上がれるんだ。
その後俺は、迎えにきたミーナさんと一緒に村に戻った。
村の入り口だった場所で、ルーチルが待っていた。
「もう良いのかい、チエル。」
「うん。みっともなく泣いたけど、ちゃんとお別れできたよ。ありがとな。」
「みっともなくなんて無いさ。ところでチエル、これから時間あるか?チエルに会いたいって人がいるんだ。」
「俺に、会いたい人?」
「やぁ、はじめまして。君がチエル君だね。」
個人的に婆ちゃんの事が好きだったので長くなってまいました(汗
これからはもう少したんたんと話の方を進めたいです^^
すみませんが、投稿は2、3日ペースになりそうです。書けたら書きます!