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クロスワールド  作者: えりぞう
第2章 歌をなくした人魚
48/50

播種

 

「なぜこうなるのだっ!!」


 あの忌々しいログ達が私の前から姿を消した後、無理やり押し込まれるような形で村長の家に詰め込まれた。

 それだけでも不快感しかないのに、村の現状を聞いてその不快感が怒りとなって爆発する。


 ここの頭の悪い村人達が自分達で巻いた種をこの私に掃除しろと言うのか?

 しかも、あのログと一緒に、、。

 時間もあと少ししか無いときた。

 まさか自分の初任務がこうなるとは思いもしていなかった。


 取り敢えず、明日の戦いに備えなければ話にならない。

 隠密が得意な部下に、残してきた兵の緊急出動を命じた。

 残念な事に、ここには神都に直接連絡を取る手段が無かった。

 今回は小村の護衛任務と聞いていたから約1000人いる部隊の1割しか部下を連れてこなかったのだ。

 こんなことなら後3割程連れてくれば良かった。

 それでも少ないかもしれない。

 何にせよ、ゲート言う物は今の今まで、1度も情報として耳にも目にもしたことがなかった物だ。

 仮に300体ほど魔物が出てくると予想しても、それはあくまで予想でしか無いのだ。

 ましてや今までに見たこともない大きさの物らしい。

 出てくる魔物のレベルも分からないとなると、いくらそこら辺の兵より強いと言っても、自分を含めログやあの女がいたところで、最早頭を抱えるしかなかった。

 ここで抑えきれなければ大量の魔物が他の村や町、国、神都さえ襲うことが目に見える。

 予想の範囲内で済んでくれればそれはそれで良いのだが、それを鵜呑みにして予想外の事で対処出来ませんでした!ではダメなのだ。


 初任務が失敗に終わる、、かもしれない。

 あのログの前で、、?

 奴は大元に別の任務があるようだし、今回村を守れなかったとしても、なんて無いのかもしれない。

 だが、私は別だ。

 最初の階段の1段目、ここを登れなければ決してその上には登れないのだ。


 色々な感情がモヤモヤと頭の中を覆って、それを振り払うように手入れの行き届いた髪を掻き毟る。



 ーーコン、コン。


 鬱陶しくて追い出した、部下のいない自分だけが残された部屋の扉を誰かが叩いた。


「何か用かっ!?くだらない事なら一々報告に来るなっ!!」

 怒りとイライラを含ませた声で扉に向かって声を投げる。


 するとゆっくりと扉が開いて、自分の隊の軍服を着た女性がスッと部屋に入ってきた。

「アレックス様、お茶をお持ちいたしました。」


 こんな時にここの安い茶なんか啜ってられるか!!

 完全に八つ当たりだが、手元にあった意味のわからない魚の置物を投げつけて追い出してやろうと、その隊員の方を見て思わず手を止めた。

 なぜならあまりにもその女性が妖艶だったからだ。


 女性隊員はその美しい顔をより引き立たせている赤い口紅に、柔らかく弧を描かせてこちらに一礼した。


 私の隊にこの様な女性がいただろうか?

 1人1人の情報には目を通したつもりだったが、忙しさのあまりついつい忘れてしまっていたのだろうか?

 そうだとしたら申し訳ないと思うほど、今まで見た女性の中でも一際美しい女性だった。

 赤味がかったゆるく巻かれた髪が、故意に開けられている胸元をよりグラマラスに見せ、大人の女性の魅力をこれでもかと引き出していた。


「ちょうど、喉が乾いていた所だ。こちらに来て用意しなさい。」

 さっきと思っていることは別になったが、これはこれでいい。

 この腐った現場に、これぐらいの褒美がなければ自分が可哀想だ。


 そう言うと女性はゆっくりとこちらに近づいて、隣に来ると手に持った盆の上からお茶の入ったコップをテーブルの上に置いた。

 それを見計らって、すかさず彼女の身体に手を回す。

 びっくりした彼女の頭を強引に掴んで、その赤い唇めがけて彼女を引き寄せた。


「……可哀想。」


 後数センチの所で、彼女がボソッと呟いた言葉にびっくりして身体を話す。

 別段、怯えていたわけでも、悲鳴でも、怒りでもない、自分にふんだんに向けられたその哀れみの様な声に思わず反応してしまった。


「どう言うことだ。」


 すると彼女は今度は自分から近づき、首元に頭を埋め、左手で頬を優しく撫でた。


「言った通りでございます。私は貴方が可哀想で仕方がない。」


「貴様、私を侮辱しているか?」

 誰とも分からない女にいきなり哀れられる程、私は落ちぶれてはいない。

 フツフツと思い出した怒りに任せて、女の首元を締め上げる様に掴んだ。


 結構な力で締め上げたものの、女は身動ぎもせず、そのまま言葉を続ける。


「そんなつもりはありませんわ。何故なら、貴方は選ばれるべき人なのですから。」

「貴様に何がわかると言うのだ。」

「分かりますわ。だって、憎いんでしょう?」

「な、何をいっている、、。」

「妬ましいんでしょう?恐ろしいんでしょう?怨めしいんでしょう?……ログ・ローズライト、それからその仲間、それに貴方の、、、父上。」


 な、なぜその事を知っている、?!

 自分と執事ぐらいしか知り得ないその胸のうちを言いのけた女に思わず手を離してしまう。


 女は乱れた襟元を直しながら妖艶に微笑む。

 そしてそっと私の胸元に手を置いた。


「全て、分かりますわ。私も貴方と同士ですもの。…おかしいと思いませんか?なぜ、自分が選ばれないのか?見るからに自分よりも劣っている物の陰で、それを見ていなければならないのか?」


 そ、それは、、。


「私はそれを許さない。貴方はその様な現状に居るべきではない方なのです。そして、貴方も決してそれを許してはならない。」


 その声にハッとする。

 そうだーーと、忘れていた怒りや憎しみが自分の奥底から湧き上がってくる。

 私は選ばれるべき者だ。


「私達なら、私達だからこそ、貴方の前に立ちふさがる薄汚い瓦礫を排除して差し上げられます。そして、分からせてやればいいのです、ねじ伏せれば良いのです、殺してやれば良いのです。あのローズライトも、その腰巻も、貴方を遮るもの全て!目のくらんだ愚かな者たちに、自分達の本来のあり方を思い出させてあげれば良いのです。なぜなら、それは貴方が選ばれた人だから。」


 そう言われて、プツンと糸が切れた様に今まで抑え込んでいたものが溢れ出す。

 すると胸ポケットにしまい込んで忘れていた小袋から、その溢れた感情に潜り込んでくる様に、何かが自分の中を侵食していく。


「ぅ、うがぁあ、あ、あ゛あ゛あ゛!!」


 暗くなる意識の先で、あの女が怪しく笑っているのが見えたが、それすらも忘れるほどの高揚が全身を覆い、意識を手放した。




「終わったかい?」


 気を失ったアレックスの体を倒れない様に椅子に戻した女に、背後からスッと現れた1人の男が声をかけた。


「えぇ。」

 そう言って女は男と同じ黒いフードを深々と被り込んだ。


「それは良かった。君にしては随分とお優しい様子だったけど。同情でもした?」

 少し小馬鹿にした様な言い方で、男はアレックスの顔を覗き込んだ。


「煩いわね、そんなわけないでしょ。物事は何にでも、始めが肝心なのよ。」


「ふーん。……あ、じゃあそれだけ手をかけるって事は今回は当たりかな?!」


「どうかしら?でも、せっかくだから良いものを実らせて欲しいわね。」


「そうだね。美味い実は良い樹から、良い樹は良い土から。僕達は良い土壌に種を蒔くだけだもんね。」


「そうね。私たちの中で最も力となるのは己を見失うほどの負の感情。そんな最高の苗床にあの子はなれるかしら?」


「もしなれたら、迎えてあげようね!僕達“キャンサー”の仲間にさ。」

 男はキャッキャッと子供がはしゃぐ様にその場で跳ね回った。


 ーーコンコン。

「隊長!よろしいでしょうか?!」


「おやおや、そろそろおいとましないとね!そう言えば、“あの子”はうまくやったのかな?」


「今のところ問題なさそうだけど、まぁどうあれ、あの子なら心配いらないでしょ。」


「なら良かった。じゃあ僕は先に戻るから、後よろしくね!」

 そう言い残して男はサッと姿を消した。


「ーー隊長!」


 ドアの向こうで未だに呼びかけてくる隊員をドア越しに一暼してから女は微笑んだ。

「それじゃ、始めようかしら。世界を終わりに導く素敵な舞台を。」


 女もそう言い残して、スッと姿を消した。




 ーードンドンドンドン!

「隊長?いらっしゃいますか?!」


 ーー私は、気を失っていたのか?


「隊長!!」

 ……あ〜、頭がガンガンする……。

「静かにしろ!」

 煩い声が頭に響いてイライラする。


「し、失礼致しました!村の残りの物資について報告が、、それから村長が話したい事があると、いかがなさいましょうか?」

 許可を出すまで扉を開けるなと言っていたからか、扉の向こうから要件を話してくる部下。


「今は忙しい後にしろ、下がれ。」

「ハッ。」

 そう言うと、部下はすぐに持ち場へと戻っていった様だ。


 ……そう言えば、あの女は、、いない?

 部屋を見渡してもさっきの女はいなかった。


 “貴方は選ばれた人なのです”


 フッーーと思い出した女の言葉に、ドクンと体が反応する。

 すると、自分の中の黒く染まった感情が溢れ出して今まで感じたことのない様な膨大なエネルギーを感じた。

 それはまるで根の様にどんどんと体の中に侵食し、更に大きな力を求める様に乾きを与える。


「ククククッ、フハハハハハッ!悪くない、悪くないぞ!私の前にいる物は全てねじ伏せて、殺してやる!この古臭い村なんてどうでもいい、犠牲者がいくら出ようと、元凶の人魚さえ殺せば全て片付くのだから。ついでに、ログ、貴様にも地獄を見せてやるぞ!さあ、始めようか、私の為の戦いを!」



 **


「ーーって言う事なんだ。」


「なるほどネ。」

 俺は早朝にあった事を2人に話した。


「確かに、そのセドが言ってる事と僕達が聞いた話じゃ辻褄が合わない事があるね。」

 俺の前で2人とも難しい顔をした。


「それにしても、その話が本当なら、確かに加護が切れて100年経った今更ゲートが現れるのは不自然だね。」

「それに、それほど前に加護が切れてたなら、ましてや人魚が村を襲っていると主張した加護切れの村人が今も生きているのもおかしな話アル。」

「だろ?」

「この村が特殊なのか、それとも何か事情があるのか、興味深いアル。」

「確かに、、それに、そもそもゲート自体を発生させている原因も分からなくなったという事にもなるね。」

「だから、人魚をいきなり殺すのはやめてほしいんだ。」

 もしかすると、人魚は無関係かもしれないんだから。

「まぁ、チエルが心配してる事はとりあえずは安心するアル。私達の元々の目的は人魚アル。殺してしまったらあっちへ行く手がかりを自分から潰すことになりかねないネ!」


 あ、それもそうだよな。

 ……良かった。


「オリーブの言う通り、僕達の本来の目的は人魚だ。だから、もしこの戦いで魔物を対処仕切れないと僕が判断した場合、人魚の捕獲を最優先にして、捕獲次第即時撤退する。」


 ……え?

「ちょ、ログ、それじゃこの村の人は?!無理だっら見捨てるのか?」


「まぁ、そう言われるときついんだけど、その為にアレックスが来てるんだから、完全に見捨てるってわけじゃないよ。それぞれに与えられた役割の問題だよチエル。だから、この村と人魚にどんな関係性があるかは分からないけど、どっちにしろそんな事は僕達には少しも関係ないからね。大丈夫だよ、エレナにも許可は得てるしね。」


 そんなの、あんまりだ。

「少しも関係ない事なんてないだろ?!それにログだって助けるって……。」

 確かに任務は大事だけど、そこで自分達が撤退するって事は見捨てることに等しいじゃないか。

 そんな人たちを見捨てて行くなんて、、。


「気持ちは分かるけど、僕達は僕達の事をしなくちゃ。それに、ここの村の人の為に僕達が必要以上に尽くす理由もないしね。チエルも分かってるでしょ?」


 そう言って俺の肩を掴んだログの手を力一杯振り払った。


「ーーチエル?」

 それでもなんでもない様にニッコリと笑ったログに猛烈に腹が立った。


「ーーログは、最低だ……。」

 このままだと思いっきり殴ってしまいそうだったから、俺はオリーブの制止の声も無視して部屋を出た。



 *


「本当、バカアルネ。」


「……煩い。」


 チエルが出て行った後の部屋で、オリーブは大きくため息をついた。


「最初から村の人の言う事なんて聞いてなかったくせに、期待させる様な事を言うからアル。それに明日の戦いだって、どっちにしろ頃合い見て捕獲したら撤退するつもりだったんでしょ?」


「チエルのことだ、明日その場で撤退って言っても、絶対に言うこと聞かないのは目に見えてる。ましてやこっちの状況が悪ければ悪いほどチエルは引かない。それなら先に言っとくべきだよね。」


「はぁ、、言い方の問題アル。わざわざチエルが怒る様な言葉を並べなくても良かったネ。チエルはそこまでバカじゃないから自分がそこまで戦いで役に立てない事を分かってるアル。それを承知でログに期待してたはずネ。」


 オリーブはチエルからさっきの話を聞いた時点で、なんとなくこうなる事は分かっていた。

 ログがどう言う決断をしてるのかも分かっていたからこそ、こうはなって欲しくなかったが、目の前の男はやっぱりバカだったと思い知らされた。


「別に、そんなつもりはないよ。僕の本心を言っただけ。僕はこの村なんて本当にどうでも良いんだから。こんな村のためにチエルが傷つくぐらいなら、僕がこの村を先に潰しても良い。それに、僕は僕の目的の為に動くだけだよ。……君だってそうでしょ?」


 自分だって人の事を言えるほど義理の高い人間じゃないのは分かっているし、他人から見ると冷たい人間だと思う。

 それでも当たり前のことを言うかの様に、とんでもないことをサラッと言いのけるログに心底呆れる。


「はぁ、やっぱり昔のログのまま変わってないアルネ。……確かに、私はログにとやかく言える様な立場じゃないアル、けどネ、そんなんじゃ愛想つかされても知らないアル。」


「君に僕とチエルの関係をどうこう言われる筋合いはないよ。あれは僕のものだ。」


「そんな事どうでもいいアル。……私、やっぱりアンタが大嫌いネ。合わないアル。」


「君も昔から変わらず僕にキツイね、、。あ、でも僕は以外と君の事は好きだよ。仲間だしね!」


「キモいアル。鳥肌たったネ!」


「君寒さには強いでしょ?」


「バカ、これは生理的嫌悪感から来るものネ。」


「酷いなぁ。」


 お願いだから明日まで引きずらず、任務にだけは支障をきたさないで欲しいと願うオリーブだった。

活動報告の方にも書いてますが、第7部に少し文を追加してます。


最後の方にほんの少しですが、もし気が向けばみて下さい!



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