母の愛
気づいたらログの整った顔が信じられないぐらい近くにあった。
さらに距離を詰めようとログの腕に力がこもる。
「…………っ、ぁ……ぁあっぶね!」
そう言って俺はギリギリくっつく事の無かった俺とログの顔の間に手を滑り込ませた。
「ぅ、チ、チエル〜、酷いよ……。」
「酷いよ……じゃないよ!ほんと油断も隙もないな!危なっ。普通あの話の流れでこうなるか?!ほんとオリーブの話思い出して良かった。」
そうだ。
さっきオリーブと会った時に、去り際にオリーブが言ってたんだ。
「もしログと会ったら、2人きりであんまりくっついていない方が良いネ!それに襲われたくなかったら自分からログに触らない事アル!常にアーマーを発動させて置く事をオススメするアル。夜になると男は野獣になるってパパが言ってたからネ!」
つっこみ所しかなくてあの時は無視してたけど、あの一瞬で思い出して本当に助かった。
なんとなく、経験と本能が危険を感知したのか、俺はあの一瞬でアーマーを発動させる事に成功したのだ。
おかげでアイツに俺のファーストキスを奪われることなく、発動させたアーマーのおかげで俺とログの体は博士の家にあった磁石とやらの様に相手を反発して厳密にはひっついてもいない。
思いっきり殴られるぐらいの力だったらきっと体まで到達してただろうけど、そんな勢いで流石にキスしてくるやつなんていないから本当便利なもんだ、魔法ってやつは。
そして、これからはもう少し間に受けてオリーブの話を聞こうと思った。
「こんなことになるならやっぱりチエルに魔法を教えるんじゃなかった。」
「いいや、こうなるから俺は良かったね!」
ついに諦めたログが俺の横に座りなおしてうなだれた。
いや、そうなりたいの俺だから。
俺だったら好きな女の子にこんなことできないけどな。
やっぱイケメンだからそこら辺の常識が俺とは違うのかも。
「てか、お前はあの彼女が好きなんじゃないの?」
そうだよ、今も……復讐しようとしてるぐらいなんだから。
俺にこんな事してる場合じゃないだろ。
「僕は……どっちも好き。」
「……は?」
は?なんて?
やっぱりイケメンだからか?
特定の女?男?なんていないっすよ〜ってやつか?
俺とログとの間に大きな常識の差を感じた瞬間だった。
「だから、どっちも好きなんだよ。」
なんか自信満々にそう言って、目をキラキラさせているログを見るとだんだん俺の中で憐れみの念が込み上がってきた。
「そ、そうなんだ。」
もはや第三者にでもなって返事をした気分だった。
「て、てか、どっちにしろ俺は嫌だからな。特にそんな強引なやつは嫌いだ。前もおんなじ事言わなかったっけ?」
「ご、ごめん。」
「……ったく。」
そろそろ1発殴ってやってもいいんじゃないか?
当たる保証はないけど。
まぁ、今回の魔法で、これからの身の安全が保障されたからもういいや。
なんかもう、いちいち気にしてたらキリないな。
「ねぇ、チエルはなんか僕に相談とかない?」
「え?」
は?いやいや、未遂でも襲った相手に、それをこのタイミングで聞くか?
ますます頭が痛くなる。
「強いて言えば、仲間に俺を襲ってくるやつがいる……。」
皮肉を込めてそう言ってやると、ログはハッとしてまた謝ってきた。
「ご、ごめん。」
「普通このタイミングで聞くかなぁ?」
「い、いや、今のはまぁ、僕が悪いんだけど。僕もチエルに話聞いてもらったし、1人で村を出て、任務に就いて、訓練も頑張ってるしね、仲間として、しんどくなってないかなって心配してたんだよ。あんまりチエルは直接弱音吐かないから。」
そう言われて、ちょっとだけ嬉しくなった。
そ、それだよ、俺が欲しいのは。
タイミングだけ本当おかしいけど。
「ありがとう。まさか、そんな事ログが聞いてくれるなんて。」
「これでも任務に関しては、いろいろログより先輩だからね。」
そう言ってまたログはニコリと笑った。
ぶっちゃけ、村を出てからここまできつかったのは事実だ。
わからない事だらけに次々と変わる環境。
村にこもってた俺からすれば、精神をすり減らして毎日を過ごしていたから。
今まで、まともに友達にこんな風に打ち解けた話をしたこともなかったから、ログにそう言われて俺は今まで溜まっていた愚痴やら弱音やら、うっぷんを全部吐き出した。
いざ言ってみると、次から次に溢れてくるもんだ。
全て言い終わるまで、ログは頷きながら真剣に話を聞いてくれた。
「ありがとう、……なんか言ったらスッキリした。」
「良かった。僕で良かったらいつでも言ってね。仲間なんだから。それにチエルのことは僕が1番知っていたいんだ。」
「はいはい、気が向いたらな。」
俺が素っ気なく返事をしても、ログは嬉しそうにしていた。
本当よくわからないなぁ。
「それに、チエル最近よく夜に魘されてたからね、もっと早く聞いてれば良かったよ。」
そう言われて、少しドキッとした。
たしかに最近辺な夢をみる。
あの影の夢だ。
起きた時には覚えてるんだけどすぐに記憶が曖昧になっていく。
でも本当に、またこの夢かーーぐらいの頻度で見るようになっていた。
「疲れてるのかな、最近辺な夢をよく見るんだよな。」
「ーー変な夢?」
あんまり覚えてないけど、その夢のことをログに説明してみた。
「ーーって訳でさ、なんか黒いのが俺に話しかけてくるんだけど、なんて言ってるのかもあんまり分かんないし、それ以上は何もしてこないし、まぁ、夢だし。あんまりこういうのって気にしない方が良いのかな?」
そう言ってログの方をみると、ログは固まって目を見開いていた。
げ、俺なんか変なこと言ったか?
慌てる俺の様子にログも我に返ったようだ。
「ご、ごめん、変な意味じゃないよ。」
「い、いや、俺こそ夢の話とか、何言ってるんだろ……。」
今更恥ずかしい。
「ーーでも、耳を傾けちゃダメだよ。」
「……え?」
「夢の話ーー、何か話しかけてくるんでしょ?それは、聞いてはいけないものだよ。出来るだけそれを意識しないで。」
ログが急に真剣な目で俺を見据えた。
何故だか、俺はその目が妙に冷たくて怖いと思ってしまった。
「う、うん。」
「呪詛、呪いの中にそうやって夢から少しずつ入り込もうとするものもあるんだ。もしその類だったら面倒だからね。」
そう言われてゾッとした。
「え?俺呪われてるってこと?」
「僕たちじゃ、分からない。チエルの魔力に特に変わりもないし大丈夫だとは思うけど。何かあったらすぐに僕に言ってね。オリーブにも一応僕から言っておくよ。」
「あ、う、うん。」
なんか、急にめちゃくちゃ怖いんですけど。
俺の顔が青く変わっていくのをみて、ログがまたニコリと笑いかける。
「大丈夫だよ。強力な呪いならとっく僕たちの誰かが気づいてたから。心配するほどのことじゃないと思うよ。あ、そうだ、怖かったら僕が一緒に寝てあげよっか?」
「遠慮しとく。」
もしかして、俺と寝る口実を作るためにコイツが俺を呪ってるんじゃーー、なんて事を横でニコニコするログを見ていて思ってしまった。
「言っとくけど、僕じゃないからね。」
顔にでてたか……。
「……そろそろ話は終わったデシ?俺様流石にそろそろ眠たくなってきたんデシ。」
完全に存在を忘れてたダチュラがもそもそと足元に寄ってきた。
「ごめん、そうだな。そろそろ戻るか。ログも戻る?」
思ったよりも長居してしまった気がする。
「……僕は、もう少しここにいるよ。」
そう言ってログは微笑んだ。
「了解。まぁ、いろいろありがとな。じゃ、おやすみ。」
そう言って俺は、ダチュラを肩に乗せて、屋敷の方に向かって下ってきた丘を登り始めた。
まだ吹いている風が来た時と同じ様に、また美しい花びらを巻き上げながら俺の背中を押した。
「……ごめんね、チエル。」
表情の落とした、色のないログの瞳が俺の背中を捉えながらそう呟いた言葉は、風の音に紛れて俺には全く届かなかった。
**
早朝、出発準備を整えた俺たちはバーンの船着場にいた。
エレナとロバートさんもわざわざ見送りに来てくれていた。
「私はついていけないんだから、しっかりお兄ちゃんの事守んなさいよね、ログ。後、私の家の名前だしてるんだから、しっかり仕事してくる事!」
「もちろん、分かってるよ。」
「お兄ちゃん!気をつけて行ってきてね。任務早く終わらせてね。」
そう言ってエレナが俺に抱きついてきた。
俺はその頭を優しく撫でる。
「ありがとう。頑張ってくるよ。」
まぁ、早く終わるかどうかは状況と、俺以外の働きに期待するしかないんだけど。
「若いのは朝から元気じゃのう。本当に羨ましいわい。」
そう言って少し遅れてシーバル博士がやってきた。
と言っても船が出るまではもう少しあるんだけど。
「君達、サイズはどうじゃ?ゆうくんが送ってきてるから大丈夫じゃとは思うんじゃが。」
そう言って俺達を見渡す。
そうだ。なんと、あのおっさんが俺たち3人に新しい戦闘服を作ってくれたんだ。
元々戦闘服なる物を考案して開発したのはおっさんで、それを神都が取り入れる様になったらしい。
今思うと、ほんとあのおっさんすごいな。
ほとんど形は変わらないものの、前よりも良い素材を使ってあるとかで軽く、丈夫で防御能力が飛躍的に高まったのだとか。
なんと、あの木をへし折るオリーブの蹴りをそのままの威力で受けても、軽い打撲で済んだくらいだ。
そう、ーー無傷で済む事を保証するアル!って自信満々に言うから渋々受けたのに、、、。
20m程吹っ飛ばされた後にオドオドしながら、ーーあ、あの威力の蹴りで、だ、打撲と鼻血で済むなんて天才的発明アルネ!アハ、アハハハハハハ!って言いながら目をそらしたオリーブをさっき1発しばいたばっかりだ。
服の色は白からガラリと変わって、的に見つかりにくい暗い緑色に変わって地味になっていた。
まぁ、俺はこっちの方が落ち着いてて好きだし、周りに溶け込みやすくて万々歳だ。
なんたって、白って目がチカチカするんだよな。
俺とログは長袖、オリーブは腕の変形を邪魔しない様に半袖になっていた。
それにどう見てもオリーブの細部のデザインだけ妙に凝った作りになっているのを、俺は見ないふりをした。
「俺はぴったりです。」
「僕も丁度でした。ありがとうございます。」
「パパが私のサイズを間違えるはずないネ!」
出発前に気分も上がって良い感じだ。
「皆さん、それではそろそろ船を出発させます。ご乗船ください。」
荷物を運び終えて準備を整えた船頭が俺達に声をかけてきた。
「じゃあそろそろ行こうか。」
「そうだな。」
「皆様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
ロバートさんが深々と頭を下げた。
「ロバートさんもいろいろありがとうアル。」
「とんでもございません。またいつでもお越しください。」
「お兄ちゃん!」
そう言って俺にしゃがむ様に手で合図するエレナ。
なんだ?とエレナの近くにしゃがみこむ。
ーーチュ。
「……え゛!?」
俺のほっぺに柔らかい感触がして、ログのなんとも言えない声が聞こえた。
さっと離れたエレナがニコリと俺に笑いかけた。
「気をつけて行ってきてね!お兄ちゃん。それから……本当に、出来るだけ早く帰ってきてね。」
「お、お、お嬢様!異性にその様なことはまだまだお早いですぞ!」
「ぼ、僕だってまだしてないのに……!」
「はいはい、めんどくさいからサッサと船に乗るアル。」
「若いっていいもんじゃのう〜。」
「ありがと、エレナ。出来るだけ早く終わらせて帰ってくるからその時はまた遊ぼうな。」
そう言って頭を撫でると、エレナはとても嬉しそうに笑った。
船に乗り込んだ俺はほっぺを抑えながら、船着場で大きく手を振るエレナ達に手を振り返した。
本当に、、後10歳年を取っていて欲しかった。
俺、なんでこんな子供にばっかり……と、思いつつ素直にとても嬉しい気持ちになる。
また、この街にも帰って来なければと、2人の顔を見て思ったのだった。
***
「お母様!お母様ぁ!」
屋敷に響く甲高い声。
「あら、……エレナ、まぁ!…どうしたの?その格好は、ロバートまで…ゴホッ。」
「お母様!大丈夫!?」
「奥様!大丈夫でございますか!?」
「えぇ、……もう大丈夫よ。ゴホッ。」
「お母様!」
ひどく心配した様子の大事な1人娘をセレナはギュッと抱きしめた。
骨の浮くほど痩せた体に、決して血色のいいとは言えない肌、誰が見ても彼女の先が長くない事を感じさせる。
そんな事は彼女自身が1番わかっていたが、唯一、まだ幼い自分の娘にだけはそれを悟らせない様に彼女は美しいラベンダーの瞳を濁らせる事なく力強くそれを娘に向ける。
ーーまだ、大丈夫。
ーーまだ、あなたのそばに私はいる。
娘に言い聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか、もう分からなくなってきた。
でも、少しでも長く娘と一緒に居たい。
その気持ちだけで彼女は死という運命から必死にあがいていた。
ーーこれは呪いだ。
誰がかけたのか、いつから呪われているのか、どうすれば解けるのかも分からない。
ウィルラベンダー家。
チカカの最高位貴族であり、昔からこの家に受け継がれる唯一の力、ーー命渡し。
それは命ない者に自分の命を与え使役する魔法。
今こそ、生き残りは自分と娘の2人になってしまったが、大昔は大勢の血族が自分の寿命を代償に、それぞれに大量の兵を生み出し、他国からも恐れられていた。
しかし大きな力は諸刃の剣でもあり、やがてその力にこちら側の命が追いつかなくなったのだ。
やがてそれは血族の命を搾り取り当家は衰退した。
この家には、大量の血族と命の枯れた“それら”の屍の上で立っている。
しかしそれは呪いの様に、今も力の衰えた私達の意思とは関係なく彼らに渡される。
つまり、生きているだけで無条件に無生物に命を渡してしまうのだ。
故に、一族の者の寿命は長くて30年。
旦那はこの子を授かってすぐに死んだ。
そして、セレナは今年で27歳になった。
「エレナ、……それよりその格好はどうしたの?」
娘のひどく汚れた服装に心配な気持ちがこみ上げる。
「村の友達がね、店の果物を取って来れたら友達になってくれるって言ったの。失敗しても、村の1番高い橋から川に飛び込めたら一緒に遊んでくれるって!」
恐ろしい事をキラキラした目で私に報告する娘。
「先程、橋の上で飛び込もうとしているところを私が止めたのです。その際に近くの水溜りで足を滑らせ汚してしまいました。申し訳ございません。店の店主には私が先程と詫びに行ってまいりました。」
「お店は失敗しちゃったけど、私は飛び込むぐらいなんて事ないから大丈夫だって言ったのに。ロバートったら思いっきり引っ張るんだから。」
そう言った娘の頬を思いっきりセレナは叩いた。
久しぶりに力を込めた腕と、怒り、娘への罪悪感で息が上がる。
「……はぁ、はぁ、はぁ。」
「お、……お母様…。」
「……奥様。」
勢いでエレナが床に倒れ込み、ロバートは目を見開いている。
「やめなさい。……自分の存在を軽く扱うのはやめなさい!」
「だ、だって……。そうしないと、友達になってくれないんだもん。私だって皆んなと遊びたいだけなのに。うちは呪われてるからって、私の命は人より軽いって、遊んでくれないんだもん!」
そう言って大声で泣きだすエレナにつられて、自分の頬にも大量の涙が溢れでる。
自分もそうだったから、本当は知っていた。
寂しい思いをさせてる事も。
でも、まさかこんな事になっているなんて事は知りもしなかった。
「ごめん、ごめんね……。本当にごめんね……。」
そう言って自分もベットから飛び降りてエレナを抱きしめる。
この子に伝えておかなければならない事がある。
それが、今母としてできる残り少ない事の1つだと確信した。
「聞いてエレナ、お母さんも、あまり友達がいなかったの。だからいいアドバイスは出来ないと思う、でもね聞いて。……確かに、私達はほかの人達より早く死んでしまうかもしれない。でもそれは、決して友達から避けられる理由にも、遊んでもらえない理由にもなりはしないわ。ましてや、店のものをふざけてとったり、川に飛び込む理由にもならない。」
「で、でも、どうしたら、、。」
「少なくていい。1人でもいい。あなたの事を本気で大切に思ってくれる人を見つけなさい。」
「そんな人、どうやって見つけたらいいの?どこにも、いないよ!」
「いつかきっと貴方も前に現れるわ。それに、どこにもいない事はないわよ!お母さんもロバートもいるじゃない。」
「……それは家族じゃない!」
「そ、そうね、でも家族でもいいじゃない。もしかしたらお母さんみたいにその人が家族になるかもしれないんだから。」
「わかった、お母さんみたいに、私の事を本気で怒ってくれる様な人がいたら、家族にするね!」
「……なんかちょっと違うような…。」
「「ふふふ、ふふふふふふっ。」」
「あ、そうだわエレナ。貴方にプレゼントがあるの!これをーー。」
*
「ゴホゴホッ、ロバート……あの子はもう寝むったかしら?」
「はい、アイビーと一緒にスヤスヤと眠っておられました。」
「そう、良かった……ゴホ。」
「あの日以来、奥様にアイビーを貰ってからはずっと持ち歩いている様ですよ。」
ロバートが優しくセレナの身体に布団をかけ直すと、セレナは濁った弱々しい瞳を向けて微笑んだ。
「……ロバート。」
「はい、奥様。」
「エレナの事、私やあの人の代わりに……守ってあげて。ゴボッ、そして…できる事ならこの呪いを解く方法を、、ゴホゴホッ、、。」
「奥様っ!」
「私では、…見つけてあげられなかった。もし、見つけられなくても、ゴホ、最後まで……あの子のゴホッ…隣にいてあげて。」
「分かっております。」
「……もうすぐ、あの子はこの力に目覚めるでしょう。そして、、その力に刻まれた歴史を、、運命を知るでしょう。でも、1人じゃないって事を……私やお父さんが近くにいるって事を……ゴホゴホッ!」
ロバートは震えながら持ち上げられた、弱々しいセレナの手を握りしめた。
「もう、私の身体は、命は、、。だから、少しでもあの子の近くに、居ようって……だからアイビーを……。あの人が、貴方に、、、渡した様に…………。そうすれば…あの子の、そばに…………。」
「……っ、奥様ーー。」
ゆっくりと閉じられた瞳。
震えすら止まったか細い彼女の手を握り締めながら、本来であれば流すことなどできながった涙を人形は流した。
「……呪われているのは、貴方達だけではありません。こんなにも心が痛むのであれば、私は命など、……欲しくはなかった。」
あまりに早く、ゆっくりと終わりを迎えたセレナの体から彼女がわずかに残した命がキラキラと浮かび上がった。
それは1本の線となって彼女の部屋から抜け出る。
そして、大好きな娘の腕の中に収まった。
そっとエレナの部屋の扉を開けたロバートは流れる涙もそのままに静かに頭を下げた。
「奥様、せめて安らかにおやすみください。私達の命は、貴方や旦那様の思いなのですから。……そして、ご誕生おめでとうございますアイビー。……この呪われた世界に。」
そう言われて緑の髪の人形は、その美しい瞳に初めてこの世界を映した。
***
チエル達がさった船着場で、エレナは小さくなる船を見送っていた。
「行ってしまわれましたね。私達もそろそろ屋敷に戻りましょう。」
「……ねぇ、ロバート。」
「なんでございましょう?」
「もし、私が死ぬまでにお兄ちゃん達が帰ってきてくれたら、私……もう一回諦めずに頑張ってみようと思う。足掻いて、何とかしてこの呪いを解く方法を探してみせる。」
「そうですね。……でも、彼らはきっとすぐに帰ってきてくれるでしょうから、今からでも早くはないですよ。お嬢様には私供が付いております。」
「私ね、ただ貴方達に命を渡して死んでいくわけにはいかない。貴方達のために、生き抜いてみせる。…だって私が先に死んじゃったらロバートや、アイビーや他の子達が寂しくて泣いちゃうもんね。」
さ、アイビー達が待ってるし、帰るわよ!と言う懐かしい光を目に宿らせた主人の言葉に、後を追うロバートは涙を悟らせない様に答えた。
「……つ、そうですね、お嬢様。」
自分で書いたくせに、読み返せばログがクソ野郎ですね。
いつか、挽回させてやりたいです。
そして最早、題名をスンドメ!!とかに変えようかと迷い始めました笑




