青の世界
「気分が悪くなったらいつでも言ってね、お兄ちゃん!」
「うん、ありがとうな。」
皆んな俺の意見を尊重してくれて、ベットを囲んで今から話し合いをする事になった。
って言っても、俺はもうなんともないんだけど、エレナがそれを許してくれなかった。
こんな年下に心配されて俺って本当、情けないな……。
俺でも頭が痛くなりそうな細かい字の書かれた報告書らしきものをエレナが腕に抱えて、その中から地図を1枚ベット横のローテーブルに広げた。
眼鏡をかけて、書類を持つエレナはパッと見誰も駄々っ子なんて思わないだろう。
さすが、貴族の御令嬢だ……。
「まずは、アンタ達から聞いてた人魚についてね……。」
「何か分かったアルか?」
「まぁね、調べさせたら人魚の目撃情報がいくつか上がってきたの。時期は3ヶ月ほど前から。最初は海岸に近い村ならほとんどの村で目撃情報が上がってたみたい。だけどここ1ヶ月は1度も目撃されてないわ。」
「な、なんじゃと?!では、人魚はもう……。」
「慌てないでおじいちゃん。確かに、人魚の目撃情報はなくなった……ある1つの村を除いてね。」
「……ある村デシ?」
そう言うと、エレナは地図に書かれたチカカの領土を指差した。
「チカカはマザーホワイトから南北に伸びる細長い国よ。そのチカカが面する海はこの北の海だけ。チカカを二分するように流
れる大河の河口付近にある村があるの。」
そしてエレナは河口付近に書かれた村を指し示した。
「グ、グナデ……村?」
「うん、別名人魚の住む村。」
「なんと、人魚の住む村……噂通りと言うわけなのじゃな。」
「噂ってどうゆう事なんです?博士。」
皆んなの視線が博士に集まる。
博士はエレナに目線を向けると、エレナはこくんと頷いた。
「グナデ村、ここには昔からある噂が流れておったのじゃ。それこそ、さっき聞いた人魚がおると言う噂じゃ。だが、誰も人魚を見たものはなく、沢山の学者が昔は足を運んだんじゃ。じゃが、そこの村にはある掟があっての、部外者が村の土地に侵入する事は禁止とされているのじゃ。わしも1度訪れた事があったが、話も聞いてもらえなんだ。それにの、本当かはわからんが、そこの村の民は人魚から恩恵を受け、皆健康で長生きすると言う噂もあるんじゃ。確か、村長は人間のはずじゃがそろそろ200歳を超える頃じゃ。」
「ま、まじで……?」
人間で200歳?!それが本当ならすごい話だ。
「とても信じがたいね……。入村を禁じているあたり、何か怪しい気もするね。ラベンダー家でも管理できないのかい?」
ログがエレナを見た。
お前、子供にそんな事言ってやるなよ、大人げないな……。
「だいぶ昔からの決まりだから、中々私じゃ介入できないのよ。それに、噂はまだあって、無断で村に侵入した者は人魚の怒りに触れ、溜め込まれた病災をその身に受けるという話があるの。私達は一応国の管理上、10年に1度1人だけ公式に村を視察させてもらえる事になってるの。その時の報告によると、村に怪しいことは特にないと書かれてあったわ。中にはもちろん無断で侵入した者もいるわ。それにこちらも初めのうちは何人か偵察に出したみたい。でも帰ってすぐに、病気で死んだわ。1人残らず。だからこっちも中々手がつけられないのよ。」
「こ、怖いデシ……。」
え?ちょ、それじゃ、俺らも死んじゃうんじゃない?このまま行ったら……?
「面白いネ、中々調べ甲斐がありそうアル。」
「人魚の怒り……興味がありますな……。」
「どっちにしろほっとけなさそうな話だね。問題はどうやって村に入るかだね。」
え?ちょ、皆さん??もう行く事になってるんですか?
展開早くない?即断即決ですか?
俺がオロオロとしてる間にも、話はどんどん進んでいく。
ヤベェ、治ったはずの吐き気が込み上げてきそうだ。
「ふふん。そんなアンタ達に吉報よ。」
エレナがニヤリと笑ってさっきの報告所を出してきた。
「これは?」
「今日の午前中に受けた話よ。まさかのまさか、そのグナデ村から魔物侵略による救助要請が届いたの!」
「なんじゃと!?」
「ついてるアル!」
「アンタ達ならいくと思って、派遣員としてチカカからはアンタ達を正式に送ることを伝えといたわ。」
「話が早くて助かるよ。」
え?ちょ、ちょ、ちょ、話が早くてって早すぎない?それ午前中に決めたんだよね?所謂俺らの要望を先読みしてたって事だよね……、な、なんて子なんだ……。恐ろしい。
「ですが、今まで頑なに入村を拒んでいたのに急にですな……。」
「確かに、でもそれを蹴ってまで要請しに来たって事はよっぽどアル。」
「かなり危険な魔物がいる可能性もあるね。」
「行って確めるしかありませんな。」
「ほんとはこっちからも送りたいんだけど、チカカは魔物襲撃まで内戦が激しかったから兵の数も少ないの。一応神都に報告して、兵をよこしてくれないか聞いてはいるんだけど。」
「いや逆に助かるよ、ありがとうエレナ。」
そしてログがエレナにニコリと微笑みかけた。
「キモいからやめて。まぁ、最初にアンタからこの話を持って来られた時に、なんとかして村にほり込む代わりに魔力装置に魔力を足してもらう話をこぎ着けようと思ってたのに、来て早々に足しちゃうんだもん。」
ほんとにこの子、子供か?
エレナの容姿に似合わぬ会話ぶりに、だんだんと胃が痛くなってくる。
その時、ーーガチャリ、と誰も触ってない扉が開いた。
ビクっとなった次の瞬間、エレナの足元にアイビーがやってきた。
……な、なんだ、アイビーだったのか。
なかなか慣れないんだよなぁ…これ。
「どうしたの?みんなと遊んでおいで。私も後で行くからね。」
エレナがそう声をかけると、アイビーはエレナに1枚の封筒を渡した。
「これは……神都からね。」
フムフムとエレナはその手紙を読んでいく。
「神都からはなんて?」
皆んなの視線がエレナに集まる。
「神都が救援要請を受諾したみたい。部隊の派遣をしてくれるみたいよ。」
「そ、それは良かったんじゃない?」
やっと俺にとっての吉報が舞い込んできた。
「部隊を率いてくるのは、……アレックスね。」
……え?アレックスってアイツだよな。マークルに悪絡みしてた。
「まぁ、戦力としては申し分ないんじゃないかな?」
「私がいれば大概のことは片付くネ。」
「オッホッホ、心強いのぉ。」
なんでお前らはそんなにポジティブなんだよ。
「じゃぁ、明日の早朝からここを出発って感じでいいかな?」
「問題ないアル。」
「今日は早めに寝ようかのう。」
結局こうなっちゃうんだよな。
「チエルどうしたの?大丈夫?お昼に伸ばそうか?」
ログが俺の顔を覗き込んで心配そうな顔をした。
はぁ、全くコイツらは……って言っても今更しょうがないんだけど。
「……なんでもない。了解。」
*
ーー君を愛している。
僕にはもう、それだけなんだーー。
*
俺も今日は早めに寝ようかなぁ〜。
昼間も皆んなに迷惑かけちゃったし。
でも、そのあと寝たせいかあんまり眠くないんだよなぁ、どうしよっかなぁ〜。
って事で、俺は眠くなるまで気分転換としてエレナの屋敷をダチュラとグルグル散歩していた。
流石に灯りもついたし、見慣れてきた屋敷を歩くぐらいもうほとんどなんともなくなってきてる。
またに、廊下を歩いてく人形にビクっとするぐらいで、慣れって恐ろしいもんだ。
なんとなく風に当たりたくなって、屋敷の外に足を向ける。
今日は月も出ていて外がやけに明るく感じる。
「あ、チエル。」
庭の方からヒョッコリとオリーブが出てきた。
「うわっ、お、オリーブか、ビックリした。」
まさかオリーブがいるとは思ってなくて普通にビビる俺。
「そんなにビビるぐらいなら、練習がてら魔力感知を張る練習をするアル。」
そう言ってふふふと笑うオリーブ。
確かに、、。
「オリーブも眠れないのか?散歩?」
なんだかんだ言ってオリーブも明日の事でびびって……ってそんなわけないか。
「あぁ、私はログが外に出てくのが見えたから、ちょっと虐めてやろうと思って後をつけてたアル。」
お、お前……。暇だな。
「ま、そんな気失せたけどネ。」
「ど、どういう事だよ。」
「プププ、気になるならチエルも行ってみるといいアル。面白いものが見れるかもアルよ。」
なんか、悪い予感が……する。
「チエル知ってるアル?この屋敷、結構古いけどきちんと手入れしてあるネ。庭もそうアル。屋敷の裏庭の奥に綺麗な野原があるアル。1回行くことをオススメするネ。じゃ、おやすみネ!」
そう言ってオリーブは屋敷に入っていった。
扉を閉める前に何やら意味のわからないことを言ってたけど、それは無視した。
でもまぁ気にもなるし、俺も何だかんだ暇だしとりあえずオリーブの言っていた裏庭に向かうことにした。
「ほんとに綺麗にしてるんだなぁ。」
昼間、庭で花に水やりをしていたロバートさんを思い出す。
「花のいい匂いデシ。」
執事の人って結構器用に何でもこなすよな。
やっぱそうゆう教育を受けてくるんだろうな〜。
俺にはよくわからないけど、綺麗な花が何種類も植られた庭の小道を進んでいく。
しばらく歩くと、1番奥まで来たのか屋敷を囲う外壁の所まで来た。
「行き止まりだな……。」
「チエル、あっちに出入り口があるデシ。」
ダチュラが言う方に向かうと、人1人がやっと通れそうな小さな勝手口の様なものがあった。
「これ、勝手にいっても良いのかな……。」
「ちょっとくらいなら大丈夫デシ。」
「その根拠はどっからくるんだよ……。」
と言いつつ、すでに扉に手をかけてる俺。
なんかちっちゃい頃にやった探検みたいでワクワクしない?
「…………うわぁ。」
ーーザァ。
風が吹いて目の前の野原に敷き詰めて咲く、小さな青い花の花びらが舞い上がる。
それが月の光に反射して俺は言葉を失った。
「綺麗なところデシーー。」
「うん。」
こんな綺麗な場所があったなんて、オリーブもなかなか良いことを教えてくれるもんだ。
村からは森が邪魔してここが見えないようになっているみたいだ。
向こう側は小高い丘になっていて先が分からないからとりあえずそっちに歩いていってみる。
時々吹く風がほんとに気持ちいい。
丘の上まで登ってみると、目の前には月明かりに照らされたマザーホワイトがキラキラと月の光を反射し光って立っていた。
ちょうど穴の正面で、神都の光がわずかに見える。
「絶景だなぁ。世界にはこんな景色もあるのか……。」
「世界は俺様達の知らない事で溢れてるデシ。」
「そうだな。」
……ん?
ふと下をみると、ちょうど丘の下に湖があってそこにせりだすように小さな広場が見えた。
あれは、、、。
「あっ、ログデシ、あんな所にいたんデシね!いってみるデシ!」
「え?行くの?」
ダチュラにそそのかされる形で俺は丘を湖の方へ下っていく。
広場も誰かがたまに手入れしているのか、隅にあるる花壇に、同じ青い花が植えられていた。
広場の真ん中には水の枯れた噴水後がしすかにマザーホワイトん見上げていた。
その噴水台に腰掛けてログがマザーホワイトを見上げていた。
遠目からログを見てハッとする。
……あいつ、なんて顔してんだよ。
今にも泣き出しそうな見たこともないような切ない表情でログはマザーホワイトを眺めていた。
な、なんか、帰った方が良いかもな……。
空気の読める俺はそう考えてゆっくりと足を来た向へ向けた。
「え?!チエル帰るデシ?俺様はまだいるデシ!」
そう言ってダチュラが肩から飛び降りてログの方へ向かい出した
ちょ、お前、、!空気を読めないのか?
虫だから無理なのか?!
「ちょ、お前、ダチュラ!待てっ……」
「おーい、ログゥ〜〜!俺様達が来てやったデシ〜〜!」
俺の言葉も聞かずにダチュラがログに向かって叫んだ。
ログがビックリして俺たちの方に振り返った。
「ダチュラ、それに……チエル。」
こうなっては仕方ないから、俺も2人の方に歩いていく。
俺の気づかいは5秒で虚しく散った。
「お、おう。散歩してたらオリーブがさ、ここの事教えてくれたんだよ。まさか、ログもいるとは思ってなかったけど。」
俺がそう言うとログはさっきまでの表情が嘘みたいに、いつものようにニコリと微笑んだ。
「そうだったんだね。」
ログが隣をポンポンと軽く叩いてきたのから、俺はそこに腰をかけた。
ダチュラは周りの花畑に入って草を食べていた。
「アイツほんとにずっと食べてるな……。」
「成長期なんじゃない?」
「え?虫に成長期とかあるの?!」
「さ、さぁ……。」
な、なんだよ、適当かよ。
「それにしても、こんな所あったんだな。」
「チエルは来るのが初めてだもんね。」
「ログはよく来るの?」
そう聞くとログは首を横に振った。
「ずっと前に少しの間住んでたんだよ。」
「そっか。」
それでエレナとも何だかんだあんなに親しいのか。
ログとエレナの様子を想像して、なんだか笑ってしまいそうになる。
するとまた風が吹いて無数の青の花びらを巻き上げた。
目の前に広がる景色にただただ見入ってしまう。
本当にそれぐらい、ここが世界で1番特別な場所のように感じた。
「本当に、綺麗だ。」
俺が無意識にそう言ったのをログが切ない表情で見た。
「ごめん、なんか変なこと言った?」
俺が聞くとログはハッとして、手をブンブン振った。
「ごめん、ごめん。」
なんかやっぱり、いつものログとは様子が違うみたいだ。
「チエルはさ、ここをどう思う?」
ログが膝に落ちた花びらを掴んで見ながら急に俺に聞いてきた。
「え?凄く、綺麗な所だと思うけど。どう思うかって聞かれたら……うーん、そうだなぁ。今までいろんな綺麗な所とか見たことあるけど、なんて言うかここは別格。なんかずっとここにいてこの景色見てても良いんじゃないかって思っちゃうよな。ログは?」
こんなの綺麗だなぁ〜以外に思うこととかあるのか?
「僕はね、ここが大嫌いなんだ。」
え゛、そうなの?!
まさかの返答に少しばかり戸惑う俺。
「初めてここに来た時も、綺麗だなんて思わなかった。何も感じなかったんだよ。」
「そ、そうなんだ。」
「でも……あの時も彼女は俺の隣でこの景色を見てただただ綺麗と言ってた。」
彼女?あ、もしかして……。
「それって、この前言ってた大切な人?」
俺が聞くとまたログは切なそうに微笑んでコクリと頷いた。
「彼女が僕の前から消えたのもここだった。ずっとここで、この景色を見たいって言ったのに。僕は、彼女を守ることができなかったんだ。僕ね、本当はこの世界を綺麗なんて思った事なんてないんだ。こんな世界じゃなければ、僕はこの世界が大嫌いなんだ、僕なんて生まれて来なければよかった……ってチエル?!」
ーーツゥ。
「あ、ご、ごめん。なんか、。」
なんか分からないけど、ログの話を聞いてたら気づかないうちに涙が出てきていた。
どんな気持ちでここからあの木を眺めていたんだろうって思うと、ものすごく胸が痛くなったんだ。
「なんか、……辛い話させてごめん。」
「気にしないで、僕が自分から話したんだから。」
そう言って、紳士のようにハンカチをさりげなく俺に渡した。
ここら辺ができてるんだよな。
「でも、その彼女の事大切だったんだな。」
「……うん。」
そう言ってまたイケメンスマイルで頷いた。
なんか友達の悩みをを聞いてるようだ。
ルーチルがミーナさんに惚れてから毎日聞かされていたあの暑苦しい話とはまた違う感覚だ、うん、悪くない。
とは言っても、その彼女は今いなさそうだし、俺まで切なくなるんだけど。
なんて考えてると、ログが慌てだした。
「あ、でもちゃんとチエルの事も大切だよ!チエルとなら僕はこの景色をずっと眺めていたいし。」
「……お前、そう言うフォローべつに求めてないから大丈夫。」
ここがコイツの残念な所なんだよな。
それでも……。
「それにさ、俺も大切な家族だったばあちゃんが死んで悲しかったけど、そのおかげであの村を出て今の仲間に会えた。魔法も少し覚えて、こんな景色も見れた。お前に比べたら、俺の知る世界は小さくて比べようも無いかもしれない。でも、今はこれが俺の全てなんだ。だから、こんな任務についても俺の出来ることをしようと思えたんだと思う。なんだかんだ言って、俺はこの世界が好きなんだと思う。」
「……チエル。」
「てか、俺はお前に偉そうな事も、上手な慰めとかもさできそうに無いけどさ、俺は少なくともお前と出会えて良かったって思ってるよ。だからさ、そんな事言うなよ。」
そう言ってログの背中をバシンと叩いた。
言い切った後でちょっぴり恥ずかしくなったからだ。
でも友達相談とか乗った事もない俺にしてはなかなか上手く言えたと思うんだけどな。
これ以上のクオリティーは無理だ。
って……ん?
ログが下を向いたまま動かない。
……強く叩きすぎたか?
慌てて叩いた場所をさすって誤魔化してみる。
「おーい、ご、ごめん。ログ〜。」
ーーあ、そう言えば、、。
そう思った瞬間、肩を強い力で掴まれて引き寄せられる。
目の前に広がっていた青と、月に照らされた白は、一瞬のうちにログの顔で見えなくなった。
ソワソワ。




