エレナ・ウィルラベンダー
俺たちはシーバル博士から届いた情報を元に早速チカカに向かっていた。
って言っても、転移魔法陣が使えるので国から国まではあっという間に行けちゃうんだけど……。
「おっさんは来ないの?」
んじゃ、お前ら頑張れよ!なんて言って玄関で当たり前のように手をひらひらと振っていたおっさん。
「パパは家で情報収拾を続けてくれてるネ。もしかしたら今回の情報だって空回りに終わる可能性だってあるアル。情報は出来るだけ欲しいアルからネ。」
「た、確かに……。」
ここだけの話、めんどくさくて来なかったんじゃなかったのか……なんて思ってしまった自分がいた。
「博士も噂って言ってたし、もしかしたら人魚に見えた魚とか、人って可能性もあるよね。なんせ伝説上の生き物なんだから。でもまぁ良かったなぁ……。チカカの海も綺麗って聞いたことがあるからチエルと浜辺デート出来るね。人魚がいれば尚、ロマンチックだなぁ〜。」
「はいはい、海は皆んなで眺めような。」
「噂が本当のことを祈るネ。」
いつもの様に軽い冗談を交えつつ、あっという間に俺たちはチカカに到着した。
チカカ王国。
マザーホワイトの北に位置する、南北に流れる大河に沿って栄えている小国だ。
首都はマザーホワイトの根元あたり、大河の上流に栄えるロックフェラー。
マザーホワイトの根と共生して生える巨大な植物の根が複雑に絡まりあって川の上に広がり、その中の隙間に隠れる様に首都は広がっている。
外からは分かりづらく、巨大な根は自然が作り出す要塞の役目を果たして、外敵である悪魔の侵入を阻止しているそうだ。
自然に溶け込んだ、どちらかと言うと原始的なこの街は見た目に反して魔法の開発や研究を中心に栄えてるらしい。
ここで編み出された魔法や魔道具なんかが神都へ送られて騎士たちを中心に普及されていく。
勿論街を守る兵もいるが、どちらかというと研究者の様な、いかにも非戦闘員的な人の方が目につく。
「結構ガラッと雰囲気変わるんだなぁ。俺は結構こういう所嫌いじゃないけど。緑に囲まれててなんだか落ち着く。」
街の下を流れる川の音や涼しい風がなんだかオレージー村を思い出させて俺は結構この街を気に入っていた。
「この国は自然との調和を大切にしている国だからね。出来るだけ自然の形を崩さない様に建物なんかが作られているんだよ。」
「自然と調和かぁ……。」
「だから私やパパみたいなメカニックには結構風当たりのキツイ国の1つネ。」
「ふふ、言わなきゃバレないよ。」
「ところでさ、ログの知り合いってどんな人なの?この街にいんの?」
なんとなしについて来たけど、これから行く人のことについてそう言えば聞いてなかった。
「そう言えば、バタバタしてまだ言ってなかったよね。」
信用してのこのこついてく俺も俺だけど、こいつらは何かと説明を省いてくる事に最近気づいた。
「今から行くのは僕の友達の家だよ。」
「へぇ、、アンタに一応友達とかいたアルね。」
寂しいこと言ってやるなよ……、と思いつつ俺も少しだけ思った事は黙っておこう。
「酷いなぁ、、。って言っても、もう何年も会ってなかったから僕も久しぶりなんだけどね。……今から向かうのは、南北に伸びるチカカの丁度中心地にある街、ボーン。そこに僕の友達の、エレナって子がいるんだ。」
エレナ、なんだかどこかで聞いた事のある様な……。
「そうそう、ルイスが居候してた所だよ。」
あ、そう言えばルイスがそんな事を言ってた気がする。
「ボーン……私一度行ってみたかったアル!」
オリーブもなんだか嬉しそうだ。
「それは良かった。僕も、だいぶ前に来たきりで、久しぶりだな。ここからは川を降ってボーンまでの船が出てるから、まず船付き場に行こう。」
そう言って、ログは街の下にある、船着場に俺たちを案内した。
船とか初めてですごいテンション上がるんですけど……!!と、思っていた30分前の自分を呪いたい。
「オェェェェ〜……。ウップッ…。」
俺はログが借りたネッシー船の窓から顔を出して、盛大に川の魚に餌をやっていた。
そう、ログの借りたこのネッシー船、名前の通りネッシーという川に住む首の長い水中獣に船体を引いてもらって移動する船だ。
ネッシーは知能が高いらしく、正確に目的地まで運んでくれて、尚且つ温厚で人間とは共存関係にある生物だ。
俺も初めて見たとき、テンションがグングンに上がった。
これに乗れるのか!と1番に船にのりこんでから5分……。
知能が高いとは言え、今の俺から言えば魚の進化系。
目的地に進んでいるのは確かなんだけど、魚を見かけてはフラフラ、鳥を見かけてはソワソワし、その度に船はいろんな方向に揺れる。
そしてあっという間に、こみ上げる吐き気。
乗り込んで10分を過ぎてからは、窓際から離れられず、朝ごはんを垂れ流していた。
残念なことに、俺の吐いたそれに魚が寄ってきては、その魚にネッシーがソワソワ、キョロキョロしまた船が揺れるという地獄ループにはまっていた。
「オエェェェェッ〜……。し、死ぬ。」
「ち、チエル大丈夫?ご、ごめんね、こんなに酔っちゃうなんて。船に乗らないと今日中にエレナのところにつけないんだよ……。」
窓縁でぐったりしている俺の背中をログがさすってくれる。
「あ、ありがとう……。だ、大丈……オエェェェェ〜…。」
「この薬草を噛むといいアル!少し楽になるアル。」
オリーブも荷物の中から出した薬草を持ってきてくれた。
まさかこんな事になるなんて……。
もう2度と、船には乗りたくないな。
そんなこんなで、揺られる事半日。
途中で気がおかしくなって川に飛び込もうとした俺をオリーブが殴って気絶させたらしく、気づいたらボーンの船着場に到着していた。
「まだ気持ち悪い……。てか、めちゃくちゃ頭が痛い。」
俺が頭を抑えているとオリーブがおどおどしながら俺の横を通り過ぎる。
「で、でもあっという間についたネ!終わりよければ全て良しアル。ハハハハハ。」
殴って気絶させた罪悪感か、オリーブの目が泳いでる。
でも俺からすれば気絶させてくれてありがたかったんだけど。
「全然終わりは良くないけど。でも助かったよ、ありがとオリーブ。」
「ボーンはそんなに広くないけど少し歩くから、僕が荷物守ってあげるよ。」
そう言ってログは俺の荷物を持って歩き出す。
「チエルは情けない男デシ。」
「う、うるさいな、、こればっかりは仕方ないだろ?」
暮れ始めた日がのどかな街を照らし終えてきた頃、俺たちは街の端にひっそりと立つ古い大きな館の前に着いていた。
「なんか、灯も少ないしこれ人いる?」
別にビビってるってわけじゃないぞ?確認だからな、確認……。
「いるはずなんだけどね……。」
ログが門の所にあるベルを鳴らして中の人を呼ぶ。
「それにしても、結構古い建物アルね。だいぶ前の物みたいアル。」
オリーブも建物を観察して回っている。
「おばけが出たりするかもデシよ?チエル。」
「ちょ、お前変な事言うなよ!」
ダチュラのしょうもない冗談も、この館の前だとなんだか本当に出そうな気がしてちょっと背中が、寒くなったような気がした。
「やっぱりビビってるデシ?」
「お前こそビビってるんじゃないのか?」
「お、俺様はび、び、びびってなんか、な、ないデシ!」
そんな事を言い合ってると、ギギギギィと錆びた大きな門がゆっくりと開いた。
「「ひぃぃ!」」
思わず2人で飛び上がる。
「ログ様お久しぶりでございます。皆様もこの様な遠いところまで良くおいで下さいました。私、ここでエレナお嬢様にお仕えしております、執事のロバートと申します。さぁ、どうぞ中へお入り下さい。お嬢様もお待ちでございます。」
そう言って、ろうそくを持った老執事がぬっと門の隙間から出てきた。
「お久しぶりです、ロバートさん。お変わりない様で安心しました。」
「ログ様もご立派になられましたね、この様な辺境の地にまでお噂は届いておりました。」
「まだまだ、大したことではありませんから。」
それにニコリとロバートさんは微笑み、俺達が通れる様にさらに門を少し開いて招き入れてくれる。
「じゃあ、お邪魔しよっか。」
「そ、そうだな。」
一応、ちゃんとした人が出てきてホッとしたなんて事は黙っておこう。
「足元にお気をつけください。」
俺たちはロバートさんの後について古い館に足を踏み入れた。
館の中は殆ど明かりもなくてポツポツと置かれている蝋燭台に灯った明かりと、ロバートさんの持ってる明かりぐらいしなくて、言っちゃ悪いけど気味が悪い。
ダチュラもさっきから俺の首の後ろにピトリとひっついて離れない。
「申し訳ございません。魔物の襲来により、先日から村に明かりを灯す魔力装置の魔力を結界に回しておりますゆえ、夜は館全てに明かりがつけられないのです。村にはそれ程魔力を持つ者がおりませんので、魔力石に昼に溜まった魔力をなんとか夜に回してやりくりしているのです。」
それでこんなに館が、というよりは村中暗いのか……。
「じゃあ、僕が後で魔力を足しておきます。」
「よろしいのですか?それならばとてもありがたい限りです。」
「全然大丈夫ですよ。」
「では、後で案内致しますのでよろしくお願い致します。皆様はこちらの部屋でお待ちください。」
古いけど高価そうなテーブルやソファが備えつけられた客室に案内される。
部屋にあるテーブルに置かれている蝋燭台で淡く光る蝋燭がぼんやりと部屋を照らしていた。
俺がソファに腰掛けると、皆んなも荷物を降ろしだした。
「じゃあ僕は早速魔力を補充しに言ってくるから、皆んなはゆっくりしてまっててね。」
「ありがとうございます、ログ様。すぐにお嬢様もお呼びいたします、皆様それまでごゆっくりお待ちください。」
そう言ってログとロバートさんは部屋を出て行った。
するとオリーブもスタスタと扉の方に歩き出した。
「えっ、オリーブどこいくの?」
「私もちょっとトイレに行ってくるアル。」
「えっ?ちょっ、ちょっと!」
俺が喋り出す前にオリーブは部屋を出て行ってしまった。
だだっ広い部屋に1人……と、1匹。
べ、べ、別に怖いとかじゃないからな!
「ふう、それにしても今日は疲れたな。なぁ、ダチュラ。…………ダチュラ?」
話しかけても返事がない……と言うか、さっきまで首元にいたのに見当たらない。
「え?ちょっと、ダチュラさん?おーい。ダチュラ〜。」
呼んでみても返事がない。
ーーガタッ。
「ひっ、!」
カーテンの閉められた窓からいきなり音がした。
風か?それともダチュラ?
「ちょ、ダチュラ、お前やめろよ。いいってそう言う事……。」
ーーゴトッ。
次は窓とは反対側の棚から音が鳴った。
「ヒッーー。」
お、落ち着け、落ち着け、落ち着け。
もうすぐ皆んな帰ってくるし、、なんて思いつつ部屋を出ようと扉を開けると廊下は真っ暗で出ることもできない。
とりあえず、蝋燭の灯った1番明るいソファ付近に戻る。
だ、大丈夫、、。
ーーゴン!ゴン!
いきなり何かを叩く様な音がなって俺は飛び上がった!
次はソファの下から足の裾を引っ張ってくる。
アイツほんとに、しょうもないいたずらするやつだな!
「いい加減にしろよダチュラ!俺もそろそろ怒るぞ!」
俺が大声を出すと、ソファの上に置いた俺の荷物の隙間からダチュラが眠そうにゴソゴソと出てきた。
「せっかくいい気持ちで寝てたのにそんなに大きな声を出さないで欲しいデシ……。」
「えっ、お前なんでそこに、、てか、え?お前じゃないの?」
「だから何がデシ?」
そ、それじゃ……。
クイッ、クイッ。
やっぱり何かが俺の足の裾を引っ張った。
冷たい何かが背中を駆け抜けた、と同時に俺はゆっくりと顔を下に向ける。
膝の高さぐらいの人形が足元で俺の裾を引いている。
「・・・・。」
カタカタカタカタカタカタカタカタッ。
ーーギュルン。
エメラルド色の髪をなびかせて、人形の首があらぬ方向を向きながら、俺を見上げた。
同じエメラルド色の人工的な瞳と目が合った。
「…………っ、ギィャァァァァ‼︎‼︎‼︎」
俺は足元の人形を振り払って、一目散に部屋を飛び出した。
で、でででででで出た!!
ほ、ほんとに出た!!
俺は真っ暗な廊下を無我夢中に走り抜けた。
ど、どうしよう、ダチュラ置いてきちゃった。
ハッとして足を止める。
「てか、ここ、どこだ?」
……カツカツカツカツ。
後ろの方から足音が聞こえてきた。
もしかして、ログとロバートさん?
た、助かった。
2人にとりあえずダチュラを助けてもらわないと……。
「お、おーい、出たんだよ!た、助け……」
後ろから聞こえる足音に向かって角を曲がる。
角の向こうから暗闇の中浮かぶ、ぼんやりと怪しく光った目が2つ。
「・・・・・、ギャァァァァ!」
俺が叫ぶと同時に、それは恐ろしく目を見開き俺に向かってすごいスピードで迫ってくる。
ここここ、怖い!なんなんだ?この館は?!
俺は泣きながら廊下を走って引き返す。
足を踏み外す事も御構い無しに、なだれ落ちる様な階段を降りて玄関口に向かって最後の角を曲がった。
「……うわっ、ど、どうしたのチエル?!?」
曲がった瞬間思いっきり何かにぶつかった。
勢いは俺の方があったのに、逆に跳ね返された俺を驚いた顔でログが受け止めた。
「……っ、ロ、ログ!!」
「ど、どうされました?!」
泣きべそをかいてる俺をみて2人とも逆にギョッとした顔をしていた、けどそんな事今の俺には関係ない。
「ででででで、出たんだよ!」
「出たって?何が?」
「お、お化けが……。」
なんだかいざ言葉にするとちょっと恥ずかしくなった……が、本当のことだ、そんなの関係ない。
「お化け?」
「そうだよ!」
そうなんだよ聞いてくれよ、ちっさい緑の人形と、目の光ったバケモンが居たんだよ!
てか、そいつ追いかけてきてんじゃ、、。
「め、め、め、の光った化け物が、、」
「チエル、落ち着いて。目の光った化け物?」
「そうだよ!こう、いきなりカッ!っと見開いてすごいスピードで……」
「ちょ、一体どうしたアルか?」
オリーブの声がした方を振り向くと、さっきの目の化け物がこっちへ向かってきた。
「ギャァァ!」
俺は震えながら目を閉じてログにしがみついた。
いゃぁ、そりゃもう全身全霊をかけてしがみついたさ、恥ずかしいぐらいに。
「チエル、僕的にはすごく嬉しいんだけどさ、落ち着いて。よく見て見なよ。」
ちょうど目を開けると同時に館に明かりがついた。
どうやらログの補充した魔力で明かりが戻った様だ。
「あ、あれ?……オリーブ。」
そこにはオリーブしか居ない。
「どうしたネ?廊下で会うなり急に叫んで走っていくからびっくりしたアル。それに今もネ。」
「え?だって目のお化けが……。」
だってほんとに居たんだもん……。
「目のお化け?……プフッ。もしかしてこれの事アル?」
そう言ってオリーブは手で丸を作ってメガネの様に顔に当てた。
すると手の影からオリーブの目がぼんやりと光った。
あ、これって……。
「流石にこれだけ暗いと明かりをつけたくなったアル。私の目は眼球を通して光を出す事もできるアル。光のレベルは色々調節も可能ネ。ハイテクノロジー最高アル!」
「な、なんだよもう……。」
「チエルすっごいビビってたアル。プフフ。」
「うっさいなぁ、そんな目知らなかったらびっくりするだろ、普通。」
「ふふ、ごめんアル。」
気持ち落ち着いた所で、しがみついてたログから離れようと、手を緩める。
ん?
な、なんか、逆にものっすごい力で肩を抱かれて離れないんですけど。
「ち、ちょっと、ログさん?」
俺が見上げると、ログはもう片方の手も腰に回して完全なホールド状態に入った。
「今回は僕からじゃなくてチエルからでしょ?自分からしてきたくせに、僕がすると逃げるなんてせこいよ。」
「せ、せこいってお前……。」
「僕にこんなにいきなりだきつける人なんて早々いないんだからね。だから今回は僕が納得するまでこうしてる。」
うぐぐ、な、なんか、そう言われると今回は言い返せない。
「そ、そう言えば、それよりもダチュラが!」
「ダチュラがどうしたアル?」
「こ、こっちは本当なんだよ!部屋で出たんだよ!俺アイツ置いてきちゃって……。」
皆んな居る安心感であいつの事すっかり忘れてた!
「こう、ちっさい、ひ、膝ぐらいの大きさの緑の目の緑の人形が……!」
俺がそう言うと、ロバートさんがハッとしたような顔をして俺に頭を下げた。
「チエル様、大変申し訳ございません。」
「へ?ど、どう言うこと?」
*
「あーはっはっはっはっ。」
ロバートさんに謝られた後、とりあえず説明すると言われて部屋に戻ることになった俺たち。
恐る恐る。ロバートさんの開ける客室を覗き込む。
若干ログが、引っ付いている分安心できたのは内緒だ。
部屋を見るといきなり甲高い笑い声が響いた。
な、なんなんだ??
ロバートさんが部屋に入るなり、声の主の方へ寄っていく。
「お嬢様!いたずらはおやめください。それにその笑い方はお下品でございますよ。」
お嬢様と呼ばれたその少女は、笑いすぎて目尻に溜まった涙を人差し指でぬぐいながら、腰掛けていたテーブルから立ち上がった。
「この反応が見られるからいたずらはやめられないんじゃない。」
「お嬢様!!」
そう言って、フリフリのレースであしらったボリュームのあるドレスと、黄金に輝くカールされた長い髪をなびかせた少女が俺たちを見た。
頭の左右についた大きなリボンが、髪と同じ色の瞳と合わせて揺れる。
「チエルって言ったかしら?ふふ、あなた、最高ね。……久しぶりの顔もいるけど、ようこそバーンへ。そして、私がこのウィルラベンダー家の当主、エレナ・ウィルラベンダーよ。」
俺よりも遥かに幼い少女は、そう言ってニコリと微笑んだ。
最近蚊が物凄く多い気がします。




