噂
「一体どう言う事なんだ!ふざけやがって!」
神都にある王族・貴族専用住居が立ち並ぶエリア、いわゆる貴族街。
その一角に立つ派手な黄色の屋根が一際目立つ豪邸がレモンポール家の所有する私邸の1つである。
怒鳴り声が聞こえた部屋の扉の前でシェバは、はぁ……とため息をついた。
レモンポール家の執事となって40年。
次期当主であるアレックスの第1執事になって22年。
彼が生まれた日から忠誠を尽くし、そばにいる。
今回も神都に収集の任を受けた主人についてここまで来たのだ。
「失礼いたします。」
ノックをしてからゆっくりと扉を開ける。
「お茶をお持ちしました。あまり、大声を上げられてはお身体に触りますよ。」
軽く一礼し、ベッドの上に座り見るからにイライラしているであろう主人の元による。
首から布で吊られ、ぐるぐる巻きにされた腕が痛々しい。
先日、いつも通りの様子で入隊式に向かう主人を見送り業務をこなしていた矢先、神都襲撃の話を聞いてどれだけ主人の無事を祈った事か。
こんな姿で運ばれてきた時はまさかと思ったものの、命があった事にどれだけホッとしただろう。
プライドに関してはマザーホワイトよりも高いであろう主人は、腕の骨が折れているのだが自分の前でさえ痛そうな素振りは見せない。
「大した怪我でもないのに、こんなにグルグル巻きにされては皆に笑われる。恥ずかしい事この上ない。だからシェバ、今すぐこれを外せ。今すぐにだ。」
「申し訳ございません。それはできかねます。」
私がそう言うと、主人は舌打ちし横を向いた。
こんな時、私が折れないのを長年の付き合いで主人も分かっているのだ。
「それにしても、先程はどうされたのですか?随分と大きな声が聞こえてきましたが。」
一応、これも長年の付き合いから突っ込まない訳にはいけない流れなので、カップにお茶を注ぎながら主人に話をふる。
「さっき部屋の掃除をしにきたメイドが言っていたのだ。あの拾われゴミ貴族と訳の分からん平民が神官に呼ばれたと言う噂があるらしい。なぜ私ではなくあいつらごときが神官に呼ばれるのだ?!」
そう言うと主人は私が渡したティーカップを強引に受け取り一気にそれを飲み干した。
「あぁ、その噂は私もつい先程メイド達から耳にしました。」
「あのお方達はなぜ、あんなゴミどもに……。なぜ、私ではないのだ!」
「私が思うに、逆にアレックス様の様なお方には任せられない任務だったのではないでしょうか?ルイス様の名前がない事からも危険の多い、言わば捨て駒に選ばれたと言う事ではないでしょうか?死にに行くような任務でも、神官から声をかけられれば名誉にもなります故に、死に土産には持ってこいだと私は思いましたが。」
本当の事など知らないが、とりあえず主人の機嫌の治りそうな方向に話を持っていく。
プライドの高い主人は、よくこうして機嫌を損ねては周りにあたる悪い癖がある。
若さゆえか、性格的なものか、昔からなかなか治らないのだ。
それに主人が機嫌を損ねる殆どの原因になっている彼、ログ=ローズライト。
主人もこんな性格だが、戦闘や勉学、その他諸々と何をしても優秀な方なのは確かなのだ。
同じ小国貴族に彼が迎え入れられてから、彼の方が何かと名が上がる様になった。
それからだ、酷く彼に主人が張り合う様に食ってかかる様になったのは。
少し仕方ない気もするが、人生の年長者として、上に立つであろう者のあり方としては少しまずい気もする。
なので、こうなった時はプライドを刺激しないようにしながら、良い方向に主人の手綱を握らなければいけないのだ。
「だ、だかな、、、」
なかなか腑に落ちない主人に、手の内にある最良の餌を差し出す。
「これも形は違えど、あの方達の確かな意向ですよ。」
そう言って主人宛の1枚の高級な封筒を渡す。
「上からの伝令書です。貴方には貴方にふさわしいお役目がおありでしょう。」
「……アレックス=レモンポール、貴殿に三国連合隊、第1部隊隊長を命ずる。第1部隊、隊長……私が?」
中身を確認した主人の顔から苛立ちがどんどんと消えていくのが分かって一先ずホッとする。
「フフフフッ、その様だな。やはり、私にはそれ相応にふさわしい役目が与えられるものなのだ。よし、この任必ずや全うしてみせよう。そして皆に、奴にこの私こそが真に上に立つべき者であると分からせてやるのだ。」
傷が完治するまでの約1ヶ月、このまま主人のモチベーションをどれだけあげられるか、また忙しくなりますね……そんなことを思いながらまたカップにお茶を注いだ。
**
専属執事のシェバが頭を下げて出て行った後、もう1度伝令書を読み返す。
「フフフフフッ。ふははははははは!」
自然と笑いがこみ上げてくる。
ようやくだ、ついに私の方が優れているとあのお方達も理解できた様だ。
初めて貴族会で顔を合わせた時から奴が気に食わなかった。
拾われた身でありながら、私よりも目立ち、当たり前の事をしただけでもてはやされていたアイツ。
周りも皆奴に釘付けだった、。
だが、ついに私こそが認められるべき存在であると知らしめることができる。
必ず俺の下に跪かせてやるぞ、ログ=ローズライト。
ーーコトッ。
何か音がした様な気がして小棚の方に目を向ける。
そこにおいてある部屋には似つかわしくない小さな黒い小包みに手をのばした。
これは確かーー。
そうだ、襲撃があった時私はすぐにあの巨大な蛇に立ち向かったのだーー。
奴と目が合った瞬間、目の前が真っ暗になって、気づけば地面の上に身体が横たわっていた。
そして押し寄せる吐き気の中、まばゆい光と共にあのラーマイル様が見えた。
すぐに事態は収束し、私は横たえたまま救護班を待っていた。
まだ少し混乱が残る中、
「お身体は大丈夫ですか?もう安心して下さいね。」
透き通る様な声が聞こえた。
「良く戦われましたね。私は知っています。本当に素晴らしいのは、認められるべきは誰なのかを。貴方の前に立ちはだかる物などあってはならない。そうでしょう?私はそれら全てを取り除いて差し上げられます。忘れないでください。貴方は認められるべき存在なのですよ。そして、それを邪魔するものは……」
思い出そうとしてもぼんやりとしか思い出せない。
綺麗な声が聞こえた様な……顔も分からない。
そしてまた意識が遠くなって、気づけば手の中にこの小包みを握りこんでいたのだ。
捨てようと思ったが、何故かいざ捨てようとすると捨てる気になれないのだ。
中身を確認すると、なにやら種の様なものが数粒入っている。
「結局なんだったのだ、これは……。」
少し疑問にも思うが、今は届いた伝令書をまた強く握り、自分の輝かしい未来に思いをはせるのだ。
***
「す、すごいアル!」
「たった1日で凄いよ、チエル。」
「あ、明日は雨でも降りそうデシ。」
俺は2人と1匹の前で堂々と仁王立ちして、全身に纏わせた魔力、アーマーを披露した。
「まだまだ完成は遠いところにあると思ってたのに、ちょっと信じられないアル!私の予測データが外れるなんてなかなかないネ!」
「ふふん、もっと褒めるがいい……。」
久しぶりに俺に向けられた黄色い声がさらに俺の態度を大きくさせた。
「それにしても、本当に良くできたね。どうやったの?」
ログが、パチパチと胸の前で拍手しながら訪ねてきた。
「まさか、、、変なもん食ったデシ?」
「違うよ!どうして変なもん食ってできるようになるんだよ!?」
朝起きた時、まだ夢の中の世界でいる様な起きている様な……そんな底に沈んだ意識が浮いてくる様な感覚の時、体を包み込んでるこの感覚に身を任せてみたら気付いたらできちゃってたんだよな……。
「なんか、昨日までは体の中にある魔力を必死で絞り出そうとしてたんだけど、1度落ち着いてリラックスした状態でやってみたら以外にすんなりできたんだよ。ログの言った通りコツなんだな。」
本当なんで昨日はできなかったんだろう?って疑問に思うぐらい普通にできる今が自分でも不思議だ。
「でもいいことアル!これで次の段階にいけるアル。」
「そうだね、このままサクッといっちゃおう。」
「俺、今ならなんでもできる気がする…。」
「それは調子に乗り過ぎデシ。」
この野郎……と、ダチュラをしばいてやろうと思った時にバタバタと足音が近づいてきた。
「おい、お前ら!ちょっとこい!」
勢い良く開いた扉から、寝間着にボサボサの頭そのままのおっさんが出てきた。
「お、おはよう、ございます。どうしたんですか?そんな急いで……。」
それよりもこの俺の素晴らしい魔法を見ます??
そう言おうとした矢先におっさんが言った。
「前に言ってた知人から返信がきた。もしかしたら、なかなかビンゴかもしれねぇ。とりあえずお前らすぐに来い。」
いまいちビンゴって意味は分かんないけど、雰囲気的に何か情報をつかめた様だ。
俺たちは顔を見合わせて慌てておっさんについて行った。
*
「こんにちは〜……。」
おっさんの作業部屋にある大きなモニターに、見るからに背のちっさいお爺ちゃんが映し出された。
白衣を着て顔からはみ出る程の大きな眼鏡をかけたそのお爺ちゃんは、これまたゆっくりと消え入りそうな声で俺たちに挨拶をしてきた。
「こ、こんにちは〜。」
とりあえず俺もぺこりと頭を下げておいた。
「シーバル博士、最近なかなか連絡がないから、ついにくたばったのかと思ったじゃねぇか。」
年長者に失礼なことを言うおっさんだな……。
「ホッホッホ。儂はまだまだくたばりゃだせん。……知りたいことが山ほどあるんじゃ……。死んだとしても死にきれんわ。」
「そりゃ、違いねぇな。所で、わざわざ連絡くれるとは、何か掴んだのか?大丈夫だと思うが、俺たちもあまり時間がなくてな。」
「……お前は、本当にせっかちじゃの。その発明といい、お前の時間に世界はまだ追いついておらんと言うのに、またそんなに急いでいるんじゃの。」
「事態が、事態なんでな。」
「……なるほどの……。」
するとお爺ちゃんは髭のない顎を二本の指でスリスリとすりながら、ゆっくりとそして、ハッキリといった。
「噂じゃが、人魚が現れたのじゃ……。」
「な、なんだって?!」
「ほ、本当アルか??!」
その言葉におっさんとオリーブが驚きで固まった。
そ、そんなに驚くことなのか?ってか、人魚とか伝説上の生き物でそりゃ驚くのもわかるけど、今、人魚発見の報告??
俺が首を傾げていると、お爺ちゃんがまたじゃべり始めた。
「……そこの見ない2人は分からんじゃろう?」
「たしかに、人魚は大昔に絶滅したと言われてる伝説上の生物ですが……。」
ログもあまりピンとはきてない様だ。
「儂は、昔から訳あって人魚の研究をしておってな……。その中でそこのゆう君と知り合ったのじゃよ。」
「じゃあおっさんも人魚について調べてたって事ですか?」
「まぁ、そうだな……。情報や残ってる資料なんかが少なすぎて博士に丸投げしたけどな。」
「そうじゃな、人魚についてなんて研究しとるのはもう儂ぐらいしかおらんからの。」
「それにしてもなんで人魚なんです?」
それは俺も思ってました。
「人魚はな、この世界の生き物じゃない、別の世界からきた生き物と考えられているからだ。」
「えっ!それって……。」
「ゆうくんから魔物の魔力エネルギーについて聞いたかの?人魚と思われる一部を研究したところ、人魚もこの世界の生物とは全く異なったエネルギーを持っていたことが判明したんじゃ……。」
「じゃあつまり……、、」
「別の世界が存在し、そこから人魚が来ていたとすると、人魚はその次元を渡るすべを持っている可能性があるって事だ。たが、肝心の人魚は絶滅していて、少ない情報からあさるには俺には効率が悪すぎて無理だったのを、、まさかその人魚が現れたとは……。」
「やっぱり、もう1つの世界や魔物が関係してるのかな……?」
「可能性は充分ある。」
まさかのまさかだな。
本当にいきなりあたりかも知れない。
本当に現実味を帯びてきたもう1つの世界に俺は胸がなんだか高鳴った。
「んで、その人魚はどこにいるアル?」
「マザーホワイトより北の地、チカカ王国……。儂もそこまでしかまだ情報を掴めておらん。」
「チカカか……とりあえず行ってみるしかねぇな。」
「それなら、僕の知人がいるから先ずはそこで情報収拾が良いかもね。」
「儂も、すぐに向かおうと思っておる。その知人を紹介してもらえると嬉しいのじゃが……。なにせ、チカカに知り合いがおらんでの。」
「それなら、僕に任せてください博士。連絡を入れておきますので。」
みるみる話は進み、明日にはここを出てチカカに向かうことになった。
今更なのですが、場面を変える時に*を使って場面切り替えにしてます。
ガッツリ場面が変わるほど*の数を増やして区別してる感じです。
分かりづらくてすみません。




