信用と経過
「完治アル〜!」
おっさんの家に居座ってそろそろ30日。
訓練もそろそろ慣れ始め……るはずもなく、未だに毎日ヒーヒー言っている俺。
今日もいつもの通り、家の前にある森の少し開けた場所でログと剣術の訓練をしていた時だった。
突然響いたオリーブの嬉しそうな声にびっくりした隙を突かれて、(まぁ、隙しかないらしいんだけど……)見事に急所に入ったログの振るう木の枝が、俺を地面にのめり込ませた。
「なっ、大声でいきなりなんなんだよ……。」
「ご、ごめんチエル。僕もビックリしてつい身体が動いちゃった。」
「だ、大丈夫……。」
ログが俺の手を引いて起こしてくれる。
起き上がって膝についた土を払っていると、オリーブがものすごい勢いでこっちに走ってきた。
「えっ?オリーブその足、治ったの?」
見るとオリーブの足が綺麗サッパリ治っていた。
見ただけじゃ機械だなんて全くわからない綺麗な足が、短めのズボンからスラリと伸びていた。
「やっと動きやすくなったネ!やっぱり、足はこうじゃなきゃダメアルね。」
……まぁ、皆んなは普通こうには、なんないんだけどな。
オリーブは足をいろんな方向に回したり、木を蹴り倒してみたり、飛んでみたりして新調した足の調子を確認している様だった。
「不具合はねぇか?」
目の下にクマを作ってげっそりした様子のおっさんがヨロヨロと家から出てきた。
大丈夫なのかよ、おっさん。
「前よりもいい感じある。さすがパパ。ありがとうネ。」
オリーブが、ニコリと笑いかけるとおっさんはげっそりしながらも嬉しそうに頭をかいた。
おっさんも流石に娘の笑顔には弱いんだな……なんて思った瞬間だった。
「とりあえず、オリーブの足が治って良かった。これで一安心だな。」
「そうだね。」
「ご心配をおかけしたアル。」
オリーブがまたニコッと笑うと、おっさんがあくびをしながら言った。
「素材自体を変えて強度もあげているが、あんまり無茶はすんなよ。てか、俺の身がもたねぇ。とりあえず俺は一旦寝る。流石に最終調整での3日徹夜は人間にはきつい。」
そう言って、フラフラと家に入って行った後、玄関で倒れこむようにしておっさんは眠りに落ちた。
「最終調整はかなりシビアな作業になるから、毎回パパはああなるネ。一旦パパを布団に運んでから、情報のすり合わせをそろそろした方がいいアル。」
「そうだね。オリーブの足も無事治った事だし、そろそろ本格的に任務に移行しようか。」
*
「遅くなってゴメンアル。」
俺達が寝室に連れて行くって言うのをオリーブは、自分のためにこうなってるパパぐらい面倒みてやるアル!ってまるで荷物のように担いで行く背中を見送って5分後、そう言ってオリーブが部屋に入ってきた。
「全然待ってないよ。」
ログも俺の横でニコリと笑って頷いた。
オリーブが正面のソファに腰掛けると、先にログが口を開いた。
「僕は実家に帰って、国内を中心に魔物に関する情報を調べてみたんだけど、これと言って目新しい情報は掴めなかったよ。ただ、半年前と比較すると魔物の襲撃回数や個体数は少なからず上がっていたよ。それにルイスが言っていたように、最近ではこの前見たような大型の魔物が小型の魔物を引き連れて襲撃するパターンが増えているみたい。」
やっぱりそう簡単には情報は集まんないか……。俺は何にもしてないから何も言えないんだけど。
俺が黙って聞いてると、オリーブがログの方を鋭く覗き込む。
「前から思ってたアルけど、ログ、本当に知ってる情報はこれだけアルか?」
「どういうこと?」
ログは動じず優しい顔で返事をする。
「前に、リザって神官がログも知ってたって言ってたネ。なぜ、皆んなが知らない情報を先に知ってたアル?他にも知ってる情報は本当にないアルか?それに、私が知る限りログと言う人間はこんな任務につくよくなやつじゃないアル。この先の任務、自分の信じられないような奴と一緒に行く気にはなれないアル。」
たしかに、俺達にあった時にリザさんがそんな事を言ってた気がする。
そ、それにしてもなんだか思ったよりも不穏な空気。
やけにピリピリしてると言うか……。
てか、俺は一応信用されてるって事で良いんだよな?
無理やり連れてこられたようなもんだし。
てか、こんな事する人間じゃないって、あいつ本当はどんな性格してんだよ!?
オリーブの視線に負けたように、ログかふぅーと息を吐いた。
「本当、僕って信用されてないね。特に、君には。でもそろそろ、話とかないとだめかな……。」
そう言って、ログがゆっくりとの飲みかけのコーヒーカップを机に置く。
俺も一応、手に持っていたカップを机に置いた。
「僕がこの任務を受けたのは……僕にはどうしても、成し遂げなければいけない事があるからだ。」
「それは……何アルか?」
ログはゆっくりと肺にある息を外に吐き出して、そして僕たちを見た。
「僕の大切な人から全てを奪った男を……殺す事だよ。」
なっ、?!こ、殺すって……。
そう言ったログの目はその相手をひどく憎んでいるように、その怒りを露わにさせた。
「それが、この任務にどう関係あるネ?」
「こんな僕が言うのもなんだけど、情けない話ソイツは普通には殺せない。そいつは、普通の武器じゃ壊せないような結界を張っていた。確実に消し去る為には……。」
「神器が必要……って事アルか?」
オリーブがそう言うと、ログはコクリと頷いた。
「で、でもそれじゃあ、魔神の封印が……。」
「こっちの神器は残り2本あるし、1本しか見つからなくても、先にそいつを殺せれば問題ないでしょ?」
そんな事してもいいのか?なんて聞くよりも早くログは言葉を続ける。
「そ、それはそうだけど……。」
「実際に神器が存在してるってわかってからは、それを手に入れる為に僕の知ってる中で1番情報が集まりそうなエリアスに極秘で相談して情報を集めてたんだよ。お陰で、リーフナイトで今後はこき使われる事になったんだけどね。そしてその中で知ったのが、もう1つの世界。調べたくても中々表立って調べられないし、情報不足で困ってたんだけど、この任務の話が出た時にエリアスが僕を推薦してくれたんだ。」
「なるほどネ。でも、神器でなければ倒せないような奴って一体誰アルか?」
たしかに、そんな奴がいるならそれこそ2体目の魔神じゃないか。
「分からない。僕が最後に見たときは、黒のフードをかぶった男って事しか分からなかったんだ。」
「で、でも仮に神器を手に入れられてもそいつを見つけ出す事ができるのか?黒のフードなんて、街でたまに見かけるし……。」
流石に無茶過ぎないか?
「僕は見たんだ……あの時、そいつは人為的に魔物を生み出していた。」
「「な、なんだって?!」」
流石にビックリしすぎて、俺もオリーブも椅子から飛び上がった。
「ちょ、ちょっと待つアル!それじゃ、」
「まぁ、先に僕の話を聞いてよ。その時、僕が見たのは今の魔物とは似ても似つかない物だった。と言うか、魔物のなりそこないの様な物だった。この世界に侵略している魔物と関係があるのか、何のために魔物を生み出していたのかも僕には分からない。でも、この先の任務で情報を得られる確率は高い、前よりも公に動きやすいしね。」
「確かに、そいつが魔神の手先で、魔神を復活させる為に魔物を作り出している可能性もアルネ。そいつを追っていけば向こうの世界に行く手がかりもあるかもしれないアル。そうじゃないにしろ、そんな奴をほっても置けないアル。」
「まだこの話はエリアスにしか話したことのない極秘情報だ。出来ればだれにも言わないでほしい。神器の事はともかく、そいつについては僕個人の因縁だから、2人は任務優先でやってくれたら良いよ。勿論、僕も真面目に任務もこなすしね。」
そう言って、ログがいつもの柔らかい表情に戻った。
「そんな大事な事、何でさっさと言わないアル!信用してないのは、ログの方ネ。これから私達は同じ任務を遂行する仲間アル。仲間は皆んなで助けて支え合うものアル。」
「そうだよな。頼りにはなんないかもしれないけど、仲間の俺達を信用してくれよ、ログ。」
「ありがとう。2人には敵わないね。」
思ったよりも、ビックリなログの告白に、俺は殆ど頷くぐらいしかできなかった。
オリーブがある意味ログを疑ってた事も、ログにあんな目的があった事も俺はさっぱり気づく事ができてなかった。
ってか、普通できないよな。
ただログの話を聞いて思ったのが、神器でしか倒せない様な強大な敵がいるとか、魔物を生み出してるかもしれないとか、そんな事じゃなくて……ログの大切な人って誰なんだろう?全てを奪われたって、殺されたって事なのか?
あいつは復讐するために、今生きてるのか?
なんだかよく分からない考えと、気持ちが入り混じって俺はあまり言葉を発する事ができなかった。
その後、オリーブも昔から取り組んできた異世界研究の為にこの任務を受けた事を、照れながら教えてくれた。
この前の話で大体察しはついてたけどね。
勿論、俺は知ってる通り強制連行の様なものなので大層な理由はありません。
「それにしても、情報がなかなか掴めないのも確かなんだよね。オリーブは何か掴めた?」
「パパの知り合いで、魔物について研究している知人が何人かいるアル。その人達からの報告が明後日届くアル。今はそれにかけてるネ。」
って事は、結局これと言った情報は上がって来てないって事か……。
とりあえず3日後にもう1度、情報の共有と、ダメだった場合の情報収集方法の見直しを検討する事になった。
ちなみに、ぼちぼちと体力のついてきた俺は、なんと明日から魔法の訓練をする事になった。
✳︎✳︎✳︎
「見て、ログ!……わぁ、なんて綺麗なの。」
そう言って、淡い光にキラキラと反射する美しく大きな瞳を輝かせながら、彼女は僕の手を引く。
この地域ではそこらへんに咲いている青く小さい花の蕾が、広い野原のあちこちで今かと花開く時を待っていた。
せめて咲いていれば感動したかもしれないけど、蕾だと周りの葉の緑に負けて、なんでそこまで嬉しそうにできるのか分からない。
「そんなに引っ張るな、い、痛いだろ。」
「ログが遅いからでしょ?あ、ほらあっちにも。ね?行きましょ。」
俺が言ったことなんて聞こえてないかの様に、またグイグイと手を引いて彼女は歩き出す。
いきなりしゃがんだかと思うと、そっと蕾に触れて、優しく微笑んだ。
その姿に、なんだか今までに感じたことない鼓動の高鳴りを感じた。
一体なんなんだ、これは?
俺はどうしたって言うんだ……。
「私、こんなに暖かい気持ちになれたの初めて。私、この世界が好き。私、知ってるのよ、貴方はこの花みたいに人を暖かい気持ちにさせる、優しく素敵な人だって事を。」
「はぁ?!な、なに、言って、、」
「大好きよ、ログ。」
そう言ってまた微笑んだ彼女の顔を見た時に、俺はこの気持ちの意味に初めて気付いたんだった。
✳︎✳︎✳︎
この前の話し合いで言ってた様に、次の日から俺の魔法訓練が始まった。
俺の思っていたよりも、魔法って言うのは複雑で、自分の中にある魔力エネルギーを自分の身体と詠唱を通して臨む形に変えるものらしい。
身体を魔力エネルギーで包み込む様なイメージで……。
「ふんぬぅぅぅ……。」
こ、このままじゃ全然足りない、もっと、もっとたくさんの魔力を絞り出さないと……。
「もっと気合いを入れるアル!」
「チエル頑張って〜!」
「頑張るデシ〜!!」
う、うるさい。
「そのままアルー!!」
「チエル頑張って〜!」
「男を見せるデシ〜!」
……うるさい。
「もう一踏ん張りネ〜!」
「フレフレチエル!」
「気張りすぎてウンコちびったんじゃないデシ?」
ーーパンッ!!
風船が弾けるような音がして俺は尻餅をついた。
「またダメアルね。」
「さっきよりも良かったんじゃないかな?」
「チエルは本当に下手くそデシね。」
2人と1匹が好き勝手にそれぞれグチグチと言い出した。
「ーーっ、お前ら横でうるさいんだよ!集中できないだろ?!」
「私達は応援してただけアル!」
「自分が出来ない事を虫のせいにするデシ?」
そ、それもそうだけど……。
「もうちょい静かに見守るとかしてくれよ!」
そんなわけで俺は今、防御魔法“アーマー”の練習をしていた。
戦闘に関する初級魔法だ。
体内の魔力エネルギーを硬質化して身体にまとう事で防御力を上げる魔法らしく、戦闘になった時には必須なんだとか。
上級者になると殆ど意識せずに普段から発動させているらしく、勿論2人もそうだ。
鍛えれば、ある程度の上級魔法を食らっても殆ど無傷で済むレベルになるらしい。
さらに鍛えれば、相手の攻撃をそのまま反射してくれるようなリフレクション効果を出す事も可能なんだとか。
魔力で体を包み込む、または鎧を着るようなイメージって言われたんだけどなかなかコツがつかめない。
体から魔力エネルギーを絞り出すだけで精一杯で身体に纏うまで追いついていないのが現状だった。
なんたって、つい最近身体の表面なら被えるぐらいまで魔力量が増えたばっかなんだから。
本当にできんのかなコレ……。
俺がはぁ〜、とため息をついて座り込むとオリーブが何だかんだと肩にタオルをかけてくれる。
動いてもないのに身体中から汗が噴き出してくるから、その汗をタオルで拭き取る。
「コツさえつかめば結構簡単にできるようになるネ。それまでは少し頑張るアル。」
「ありがとう。」
「そうだね。この魔法ができるようになったら、さらにその纏ったエネルギーを薄く遠く広げてその中の対象を認識する探知魔法に応用できるから、それまで頑張ろうか。ま、コレがまた難しいんだけどね。」
「なんか遠いなぁ……。」
「ふふふ、オリーブの言う通りコツだよ。」
詠唱さえすれば簡単に火の玉が出る、みたいに考えてた自分の頭を若干呪った瞬間だった。
ちなみに、ダチュラは虫のくせに俺より魔力を使うのが上手いらしく、発動させたアーマーに自分の分泌した毒を混ぜ込んで触れたものに毒状態を付与するポイズンアーマーなる物を習得していた。
虫のくせに。
皮肉にも、俺は前に蛇女から受けた毒で耐性がついたのか、ポイズンアーマー状態のダチュラを肩に乗せてもへっちゃらだった。
俺の人生初スキル、猛毒耐性が発動した瞬間だった。
猛毒耐性までつくことは珍しいらしく、だいたいは毒耐性までらしい。
いやぁ……あれだけ毒くらって吐いて刺されただけあったわぁ。
オリーブに、コレで腐ってるものでもなんでも食べれるアルね!って言われたけど全然嬉しくない。
スキルは俺の無意識下で発動しているようで、俺自身は何も変わらずピンとも来ないのが現状だけど、スキルと聞いて内心はしゃいでいた自分がいた。
最近、一狩り行こうぜ!と連狩りしております。




