戦闘訓練②
「お前想像出来たんじゃなかったのかよ。」
「まぁ、ざっくりとは想像したけど……。想像と理解はまたちょっと違うって言うか……ね?」
また、おっさんはため息をついて、だるそうに頭をボリボリとかいた。
悪かったな、ざっくりとした想像で。
逆にそれだけで色々と掴めてたら今頃俺はこんな事してないからな。
「アホには話すよりも、体験させるのが1番だと前世でも言われていてな。」
そう言うとおっさんはピーッと指笛を吹いた。
しばらくすると、ハッハッハッと息を切らせながらも嬉しそうに尻尾を振りながら、1匹の黒毛の犬がやってきた。
走ってきた勢いでおっさんに飛びつき押し倒して顔をベロベロと舐め回していた。
そんな犬の頭をこれでもかと言うくらい撫で回したおっさんが、その後も飛びついてくる犬を避けながら立ち上がった。
「すごい、純血の犬だ。俺初めて見た。」
この世界での野生の環境は厳しく、生物の種としてどころか、個としての存続もかなり厳しい。
人間種の様に集団で生息する一部の生物を除いて、殆どの生物は成体になると同時に単独で行動する為、更に生存率が下がるのだと、昔村に来た猟師が言っていた。
だから、弱いほとんどの生物は種の存続よりも個の生存を優先した。
その結果違う種同士が交配し、交配した両方の遺伝子、特徴を兼ね備えた生物が誕生し、2種類以上の遺伝子を持つ生物を一般的にはミックス種と俺たちは呼んでいる。
ミックス種は交配した親によるけど、それぞれの特徴を兼ね備えてる事が多く、自然環境に適応しやすいようで、今ではこのミックス種の方が一般的だ。
そんな中でも数は少ないが、純血種と呼ばれるその種の中だけで紡がれ続けた個体も未だ存在している。噂によればその種だけが持つ固有の能力、つまりミックスでは薄まり消えてしまった本来の能力が極端に強いと言われている。
今じゃそれを求めて、密猟する人が現れ始めて問題になっているんだとか……。
まぁ、ミックスになるのは殆どの場合生存競争に敗れる様な弱い生き物が中心だから、元々強い種族は別の種と交配する事じたい無いみたいなんだけど。
「珍しいだろ?コイツ名前はリク。コイツがまだ小さかった時に保護してな、今は俺が飼ってる。」
俺もしゃがんで手を前にそっと出してみると、その手をリクがスンスンと嗅ぎにきた。
そして、その直後尻尾をこれでもかとブンブン振って飛びかかってきた。
よしよーし、なんて可愛い奴なんだ。
「じゃあ話を戻すけどよ。チエル、お前リクから逃げて見つからない様に隠れてみろ。」
「え?」
「それじゃ、行くぞ。ヨーイ・ドン。」
え?!いきなり?
ちょ、ちょ、ちょ、待って!
おっさんの合図と共にリクが尻尾をブンブン振りながらまた俺に飛びかかってきた。
「うわぁぁぁ、!」
「馬鹿野郎。すぐに捕まったら意味ねぇだろ。」
「い!いきなりすぎるんだよ!」
こんなの、誰が逃げられるんだよ。
「アホか、敵はいきなり襲ってくるもんだろうが。」
い!いや、そうだけど、これじゃ意味も分かんないし、訓練だろ?
「パパ。チエルのレベルじゃ訓練にしても流石にいきなりすぎるアル。分からせるにしても、ここはじっくりする方が効率が良いアル。」
「お前が言うならそうするか、ったく、本当にめんどくせぇ。」
なんか、すみませんねぇ。
「チエル、お前は何をすれば良いのかって聞いたな?」
「う、うん。」
「そのまんまの事だよ。犬ぐらいから逃げきれねぇようじゃ敵どころか借金取りからも逃げきれねぇ。取り敢えず、30分間リクから逃げ切ってみろ。反撃する以外なら何をしてもオッケーだ。範囲は取り敢えずこの森の中だ。1分たったらリクに追わせる。せいぜい、頭使ってみろ。やってみたら自分のすべき事も見えるさ。」
「わ、分かった。」
この時は正直犬から逃げるのなんて楽勝だと思っていた。言っても30分だろ?
これだけ広い森の中で、まぁなんとかなるかな、なんて俺は簡単に考えていた。
まぁ、それも直ぐに間違いだと分かった訳だけど……。
*
「はぁ、はぁ、はぁ、ここまでくれば流石に大丈夫だろ?」
俺はスタート位置から200m程離れた茂みに身を潜めていた。
「チエル、、もうちょい静かにするデシ。」
「分かってるよ。ここまで走ってきたんだから、はぁ、息切れもするよ。」
「はっ、はっ、はっ。」
「お前こそ、走ってもないくせに静かに……。」
と言って顔を横に向けるとそこには、目を輝かせたリクの姿が。
あ、と思った瞬間には飛びかかってくるリク。そのまま服を加えられてズルズルと連行される俺。
な、なんでなんだ?!
あれこれでもう、10回目だ。
逃げた最高時間はなんと2分30秒。
「お前、やる気あんのか?」
煙草をふかしながらおっさんが引きずられてきた俺を見下ろした。
「や、やってるよ、それも真剣に。でもコイツ、直ぐ俺を見つけて、速攻で飛びかかって来るから逃げる事も出来ないし。走っても直ぐ追いつかれるし。木も高くて登れそうに無いし。」
これ、俺無理じゃない?
俺が若干拗ねてるとおっさんが、やれやれと鼻で俺を笑った。
「てか、おっさんは出来るのかよ?!」
「は?お前馬鹿にしてんのか?俺はこれぐらいは朝飯前だよ。」
……本当か?嘘言ってんじゃ無いだろうな?
俺がブツブツ言ってるとおっさんが立ち上がった。
「だか、これで分かっただろ?」
「な、なにが?」
「お前じゃ、一生かかっても逃げ切れないって事がよ。」
はぁ?!分かっててやらせるとか、性格悪すぎだろ?
てか、本当疲れてグタグタだし、やになるなぁ〜。
「だから言ってるだろうが、こんな所で萎えてる時間はねぇぞ。つまり、お前の能力がその程度って事が自分で分かっただろう?今のお前じゃ、頭使ってもせいぜい3分犬から逃げれるかどうかって所だよ。」
「た、たしかに、今になったら川魚って言われても納得できる気がする。」
「川でなら、魚も3分以上逃げれると思うアルけどね。」
「チエルは川だと魚以下デシ。」
「お前もな。」
「って、事を踏まえてだ。どうできてたら逃げられた?」
おっさんが煙草を地面に投げて、それを踏みつけながら聞いてきた。
「どうって、もっと遠くに隠れるとか?」
「ま、まぁ間違いでも無いけどな、お前……やっぱり馬鹿なんだな。」
うっせえな……こんな答えしか出なくて馬鹿で悪かったな、馬鹿で。
「まぁまぁ、チエルにしてはよく頑張った方ネ。つまりアル、一概に逃げて隠れるって言っても、口で言うより簡単じゃ無い事が分かったアル?」
「うん。もっとこう……どさくさに紛れてささっといけるイメージだったんだけどな。」
「それは圧倒的に向こうが弱いか、こっちよりも相手の数が少ない時ぐらいアル。たとえ数が少なかったとしても、相手の方が強い事だってアルネ。」
「たしかに、前の蛇のやつだって逃げようと思っても逃げれたもんじゃ無いしな……。」
「そうアル。まぁ、あれは大概特殊なケースアルけど。最低、チエルにも1人、もしくは1匹以上敵がついた場合チエルはそいつから逃げ切らなければいけないアル。今のままだと、距離を詰められて一撃目で終わりアル。」
「たしかに、リクを敵と仮定したら俺は10回も死んでる事になるもんな。」
「そうアル。敵はしかもいつ襲ってくるかもわからないアル。まぁ、私達と行動してる時は私が感知センサーで数、距離、速度、強さ、後は地形なんかを把握してるからある程度大丈夫アルけど。それでも、万全には程遠いネ。いずれチエルにも敵を感知できるようになってもう……って、この事は置いておいて、先ずはチエルがさっき言ってた通りチエルにたりないのは……。」
「足りないのは?」
「何デシ?!」
「……全部。」
「ぇ゛!?!」
「と、言いたいところアルけど、先ずは体力ネ。」
「体力……。」
「それから、敵の攻撃をかわす為の動体視力と瞬発力、木も登れない様じゃ筋力も無いし、状況を判断する観察力もなければ下手なところに永遠に隠れることになるネ。後は走るのも遅いし、根性も無いアル。」
「分かっていたけど殆どデシ。」
「ダチュラ……もう、何も言うな。」
また涙を流す俺を無視して、オリーブが笑顔を見せる。
「さあ、これから死ぬ気で楽しい特訓アル。まだまだこれは険しい道のりの入り口でしかないアル。安心するネ!特訓は、すればするだけ誰しも成長するアル。今はゴミみたいでもいつかは私みたいな立派なサイボーグになれるアル。」
いや、もうそれは筋トレとか関係ない次元ですから。
気合い入れて行くぞ、野郎ども〜!と、やる気満々なオリーブの横で俺はお先真っ暗な日々を思い描いて、やっぱり虚しくなっていった。
と、言う事で最初の砂浜での状況に戻る。
おっさんとオリーブ曰く、手っ取り早くさっき言った事を伸ばしていく良い方法がある、とか何とかで俺は炎天下の中綺麗な海をバックに決死の逃走をしていたわけだ。
何でも、不安定な砂浜で走る事によって筋力やバランス力なんかも付くし、飛んでくる砲弾を避ける為の動体視力や瞬発力、判断力、体力なんかも劇的に上がる事間違いなしアル!なんて恐ろしい事を目を輝かせながらアイツは言ってきた。
当然俺に拒否権はなく、もはや気づけばダチュラと砂浜に立っていて、気づけば降ってくる砲弾から逃げていた。
最初は冗談だろ?なんて思ってたけど、そんな生温い事は無かった。
普通に俺の立っていた位置にあの鉛玉が落ちてきた。
その時俺は悟ったんだ。
本当に死ぬな、これ。
何が訓練だよ!普通に当たったら死ぬだろ、これ!えっ?
オリーブに視線で訴えても、見えてるくせにアイツは笑顔で玉を構える。
そうして、俺の地獄の特訓は始まりを告げた。
**
「いてててっ。」
「チエル、大丈夫?」
あちこち擦りむいて血が滲む身体に、おっさんが作った塗り薬を塗り込んでいく。
たった1日やっただけでこれだ。
既に怪我とは別で身体の節々がフルフルと震えて筋肉の限界を俺に伝えていた。
俺、明日動けるかな……。
ダチュラもタオルに包まって、ご飯を食べた後直ぐに寝てしまった。
ぶっちゃけ肩の上で叫んでただけだけど、コイツがいたから何とか挫けずに今日を乗り越えれた気がする。気がするだけだけど。
「はぁ、俺明日からやってけんのかな。」
開始1日目にして、既に挫折気味な俺。
やっぱり、強くなるにはそれ相応の努力が必要なんだ。
いかに自分が情けないのか、今日1日でよーく分かった気がする。
「辛かったら、やめても良いんだよ。チエルの分も僕が頑張るからね。」
手の届かないところに薬を塗ってくれていたログが俺にそう言った。
「そんな事言われたら余計にやめられないだろ。」
そうかな?とログは首をかしげるけど、自分だけ楽します!なんて言えないしな。
今思うと、ログもこれだけ強くなるために相当努力したんだなって、尊敬の念を感じた。
それなのに俺は……。
「はぁ、ログは凄いな。本当、カッコいいよ。」
「どうしたの、チエル?もしかして……今晩誘ってくれてるの?」
「何アホな事言ってんだよ。そう言う事じゃなくって、今になってログも努力してきたんだなって尊敬しただけ。」
「ふふっ、今日は相当しごかれたんだね。」
「相当、なんて言葉で片付けられねぇよ。あれは俺を殺す気だったね。」
「チエルならやればできるって分かってたんだよ。」
「どうだかね……。オリーブのヤツ、目が笑ってたからな。」
俺は昼間の悲惨な事を思い出しては、グチグチ言ってると、チュッと音がして頸の辺りに何かが触れたような気がした。
「ん、なんかした?」
「首のとこに埃が付いてたから取っただけだよ。」
俺が振り向くとログはいつものキザったらしい悩殺スマイルを浮かべていた。
へいへい、才能ある奴には凡人の苦労は伝わらないのかね?
その後は俺も疲れていたせいで、いつ寝たのかも覚えてない。
*
次の日からは言っていた通り、ログと交代で訓練が始まった。
ログは護身術としての基本的な剣捌きから体術、組手、受け身なんかを訓練してくれる事になった。
いつものログなのに、やっぱり剣を持てば剣士。
優しい顔して俺は見事にボコボコにされた。
そして合間をぬっての、魔法訓練のはずが……。
なんせ虚しいぐらい俺は魔力エネルギーが少ないらしい。
まぁ、川魚だもんな。
魔力エネルギーは使えば使うほど容量も増えるらしい。
俺たちの体は生きる為に少なからず魔力エネルギーを消費している。
だから本来であれば普通に生きて成長するだけで、そこそこの魔力エネルギーが扱えるようになっている筈なんだとか……。
なんでかは分からないけど、俺は魔力エネルギーが人より極端に少ないらしく、今のところ使えそうな魔法がないらしい。
もはや、1日生きる為のギリギリ量なんだとか。
まぁ、それを言っても始まらない。
とりあえず、体を動かせばそれだけでエネルギー量も増えるらしいから、ある程度この訓練が進んでから魔法訓練に入る事になった。
まぁ、いずれ魔法が使えるようになると考えるとそれはそれでやる気が上がる。
俺といない時はダチュラも特訓しているみたいだ。
おっさん曰く、今まで見たことないタイプのオトモらし、もはやダチュラに何をしたらいいのか分からない、お手上げだなこりゃ、と言う事だった。
ダチュラは自主トレだって言ってるけど、側から見ればひたすらそこらへんにある物を貪り食っているだけなんだけど。
こうしてオリーブ足の修理と情報がつかめるまでの数十日間俺達はそれぞれに己のすべき事に邁進していた。
まさかの初ブックマークに嬉しくて震えました。(照




