パパに紹介
なんとも気が抜けるような声で鳴く海鳥の群れを、カンカンと照りつける陽の下でどれぐらい眺めていただろうか?
早朝から家を出て近場にある釣り場に糸を垂らして、気付けばもうお日様が真上に来ていた。
なぜか分からないが、今日も悲しいくらい当たりがない。
まぁ、最近ははこんなもんなんだか……。
いっそ、20mほど海の先に浮いている海鳥を取ってやろうか、なんて村の青年セドは思い出した所だった。
「おい見ろ!まただ、奴が現れたぞ!」
今まで静かだった泉に突然巨大な岩が投げ入れられたように、1人が叫んだ声で村の空気は一変した。
「畜生が!全員戦闘体制につけ!」
「女、子供は避難所へ急げ!」
皆んなが急いで家から飛び出てくる。
緩やかだった時間は突如に動きを加速し、村の様子を慌ただしいものに変えていく。
セドも慌ててセットしていた釣竿と容器を持って家へと引き返す。
家から親父の形見である弓を手に取り、他の男達が集まる入江に向かう。
すでに浜で戦闘体制を取っている村長達の裏手に位置する林に身を潜めて、自分も援護の体制に入る。
セドは昔から運動が苦手で剣術など以ての外だった。でも、なぜか村の誰よりも視力が良かった。
特に、遠くの物がよく見えたおかげで、弓を使い出すと瞬く間に村で1番の弓の使い手になれた。
そのおかげで、自分は男のくせに役に立たない非戦闘員と言われることも、戦闘の前線に送られる事もなく弓の名手として比較的安全な後方支援を任されることになったのだ。
茂みの間から、精神を集中させて沖の方をグッと見据える。
岩に跳ね返って飛び散る波飛沫がキラキラと光に反射し、セドの瞳に彼女をさらに酷く、濃く映し出す。
あぁ、今日もまた、あの瞳に吸い込まれる。
そして、彼女の海の色を淡く写した瞳がゆっくりと深海へと沈んで行くのと同時に、セドはゆっくりと弦を引いた。
✳︎✳︎✳︎
ログのお父さんとお母さんの勇姿を見届けた俺達は、オリーブの家に向かって町の外れまで来ていた。
「それにしても、思ったよりもオリーブの家遠いね……。」
「あ、暑いデシ……。この前だと芋虫の干物になるデシ。な、なんでこんなわざわざ町の外れに家があるデシ。」
町の外れにある森に入ってからは、木陰のおかげでほんの少し暑さがましになったけど、それでも空気自体が熱せられたこの空間じゃ影なんてあって無いようなもんだ。
「オリーブのお父さん人付き合い苦手だもんね。」
ログがさらっと言ったけど、それぐらいでこんな外れの森の中に建てるか普通……いや、娘改造してる時点で普通じゃなかったんだった。
「そもそも避けてるのは町の連中アル。」
あ、やっぱり皆んなから避けられてたんだ……。
「で、でもログのお父さん達とは仲良さそうだったじゃん?」
さっき浮き輪を直してもらったとか言ってたし。
「この辺じゃパパを構いに来るのは仕事の依頼か、ログ家ぐらいアル。私から見たらログ家の方かよっぽど異常ネ。」
ま、まぁ、ログん家も確かに激しいけど……。
「ログの家がこの国の貴族になってからだいぶ変わったアルけど、理解の外にある存在や物を人は時として決して受け入れないアル。誰も、面白半分でこんな身体にしたわけじゃないアル……。」
そう言ってオリーブは一見には分からないほど綺麗な機械仕掛けの自分の手をギュッと握りしめた。
「……オリーブ。」
「自分と違う物や考え、思想、初めて見るものを警戒するのは生き物としての本能だからね。でもそれが悪いものか、良いものなのかどうかなんて、一見しただけでは分からないのも確かだからね。でも、その為に人はそれを理解する為の知能や理性を持ってるんだから。……僕はオリーブやオリーブのお父さんの発明は凄いことだと思うけどね。」
「お父さんには会ったことないけど、俺もオリーブを見てたら避ける理由も嫌いになる理由も何も無いと思うよ。皆んなちゃんと知らないだけなんだよ。」
「普通に優しい女の子デシ!」
「皆んな……ありがとアル。」
そう言ったオリーブは赤く染まった頬を隠すようにさっと前を向いた。
「そろそろ着くアル!」
オリーブが指をさした方を見ると、綺麗な森の中にまるで正反対の人工的な鉄の荒々しい建物が見えてきた。
森を切り開いたその場所は網目状になった固そうな塀で周りを覆われて、上の方は棘のついた棒が登って侵入するのを防いでいるみたいだった。
「な、なんなんだ……ここは。」
「正面に見えるのは工場ネ、その後ろに私の家があるアル。」
そう言って、オリーブが正面に備えられた入り口の横に取り付けられた機械を操作すると門の上に付けられていた赤のランプが緑色に変化した。
なんだか見たことない塀だなぁ。
どうなってるんだ?
俺が柵に触ろうとするとオリーブがその手を止める。
「触ることはオススメしないアル。ここには高圧電流が流れてるアル。黒焦げになりたかったら触っても良いアル。」
な!?こ、高圧電流……だと?
よくは分からないけど、黒焦げになると聞いた時点で良くない事は確かだ。
なんて恐ろしいものを置いてるんだ。
どんな家なんだよ。
慌てて手を引っ込めた俺を見て、オリーブはクスリと笑ってから敷地の中に入っていった。
「こんな物を作っちゃうから皆んなから嫌われちゃうんだよね……。」
掌を上に向けてログが肩を竦めた。
確かに……そりゃ知らなかったら触るよ。
工場は鉄柱で組み立てられて、その周りを覆う壁も、自然には存在しない様なゴツゴツしい作りのものだった。
中には見たこともない様な鉄の塊や配線、機械がごちゃごちゃと置かれていた。
一見してみるとゴミ屋敷にしか見えなかった。
「なんか、凄いのか凄くないのか分かんないデシ。」
「た、確かに。」
俺とダチュラが見とれていると、オリーブが言った。
「分からないかもしれないけど、パパは凄い発明家アル。この世界では考えられなかった様な技術を沢山生み出して沢山の物を開発しているネ。」
確かに、見るからに見たこともないもんで溢れかえっている。
「ここが玄関アル。直すまでゆっくり寛いでくれたら良いアル。あと、パパは口よりも先に手が出るタイプアル。特に私が連れてきた男は見境なく殴られる事があるネ。ちなみにパパの好きな食べ物は虫アル。」
「え?」
「え゛?」
「大丈夫アル!私が上手にパパに紹介してやるネ!」
そして、俺とダチュラが止めるよりも先にオリーブが扉を開いた。
「ただいま。帰ったアルー!」
ほ、本当に大丈夫なのか?
リュックの上でガタガタ震えるダチュラ。
「大丈夫だよ。ちょっと気難しいけど、面白い人だからね。パンチもエリアス程じゃなかったから。」
お前も食らったことあるんかーい!という俺の心のツッコミ虚しく、ログが微笑んだ。
「おお、帰ったか。もうちょい早いかと思ってたぞ。」
家の奥から声が聞こえてきた。
ゴクリと生唾を飲み込む。
一体どんな奴が出てくるんだ?
なんだか、恋人の親に挨拶に行く男の気持ちが、嫁を貰うわけでもないのに分かった様な気がした。
家の奥から出てきた人影がゆっくりと玄関に出てきた。
「あぁっ!」
「え?!あ、あんたは……。」
俺とダチュラの様子を見てオリーブとログが首を傾げた。
「どうしたネ?」
いい、いや、だって嘘だろ?
「こ、この人がオリーブの父さん?」
出てきた男は眠そうな半開きの目を擦りながら、だるそうに俺達を見た。
「あ゛?なんだガキ?ケンカ売ってんのか?オリーブは嫁にはやれねえぞ。」
「またそれアルか?パパ。」
「あたりめぇだろうが。この世の中、どこに自分の娘を嫁にやりたい父親がいるんだよ。」
い、いや、そんな事じゃ無くて……。
「あ、あの時の酔っ払いのおっさん!」
「あぁ?出会い頭に人に向かって酔っ払いのおっさんとは教育が必要な様だな……って、ん?お前はたしか……。」
そう言って顎に手を当て俺をじーっと見る親父。
そうだよ、ローラリンで俺が絡まれた時にリーダー達をボコボコにして金を巻き上げてたタチの悪い酔っ払いがまさかのオリーブの父さんなんて思いもしないだろ?普通。
「お前……レベル5!」
……む、ムカつくなぁ。
散々顔を覗き込んどいて、1番に出てきた言葉がこれかよ。
「まさか2人が知り合いだなんて、世間は狭いね。」
本当に、全くだよ。
「本当にビックリアル。パパは興味ない人や物は覚えない性格なのにネ。」
「田舎から出てきたクソ弱えガキが、美味そ、いや、珍しいオトモ連れて、絵に描いたようにチンピラに絡まれてる所を俺が助けてやったんだよ。逆に忘れたくても忘れられねぇよ。」
「その言い方なんか複雑なんですけど。あってるけど、全力で否定したくなる。」
「いいいい、今美味そうって言ったデシ!…言ったデシ!」
「チエルには人を惹きつける魅力があるんだね。嫉妬しちゃうな。」
だから、絡まれてたって言ってるだろ馬鹿野郎。
「まぁ、立ち話もなんだから上がれよ。オリーブからだいたいの話は聞いてるからよ。勝手にあちこち触んじゃねぇぞ野朗ども。」
そう言って、おっさんは中に入っていった。
「まぁ、殴られずに済んでよかったアル。散らかってるけど、どうぞ。」
本当だよ全く……と、思いつつ暑い中ヘトヘトになって歩いて来たクタクタの身体に、オリーブの家から溢れる冷たい空気に引き寄せられる様に俺たちは家に上がり込んだ。
「それじゃ、お邪魔します。」
「お邪魔しまーす。」
「お邪魔するデシ。」
✳︎
リビングらしき場所に案内された俺たちは、信じられないくらい涼しい空間でフカフカのソファに埋もれながら、これまた信じられないぐらい美味い飲み物を飲んで寛いでいた。
「ここは、天国か?」
「極楽デシ〜。」
「最高だよねー。」
普段着?俺のあまり見たことないタイプの服に着替えたオリーブが部屋に戻ってきた。
「だらしない顔になってるアルね。」
「俺は理想郷についに到達したのかもしれない。」
「おかしな事を言うアル。」
玄関に入った時から思ってたけど、確かにここはある意味別世界だ。
見たこともない機械が、魔法とは違うけど信じられない様な空間を作り出していた。
さっき気づいたんだけど、天井の辺りにあるあの四角い機械から涼しい空気が出てきて部屋を冷やしている。
棚の上に置かれた機械からは美しい音楽が流れてくる。
その他にも色々あるけど、極め付けはコレだ。
最初は置物かなんかかと思ってけど、四角く布で覆われていて中にゴツゴツとした硬いものが入っていたそれは、しっかり触ってみると、玉の様な物が4個付いていて、端っこについていたボタンを押すとそれが振動して動き出した。
ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン。
と、止まることなく動くそれをどう扱っていいのか分からずに戸惑ってるとログがそれを取り上げてソファの背もたれの所に置いた。
そして置いた所をポンポンと叩いて俺を呼ぶ。
え?座れってこと?
恐る恐る座って振動するそれにもたれかかった。
「き、気持ちいい。」
動く4つの玉が絶妙な力加減と振動で俺の疲れた背中と腰の筋肉をほぐしていく。
「それ気持ち良いよね。僕もここに来た時はそれ使わせてもらうんだよ。」
「なんだろうな、コレ。すっげえいい。作った奴は天才か?欲しいなぁコレ。」
するとオリーブが入ってきたのとは違う扉からドヤ顔のおっさんが入ってきた。
「ようやく俺の凄さを理解した様だな。」
「え?!これおっさんが作ったの?」
「それ以外に誰がいるんだよ。後おっさんはやめろ。」
嘘だろ?と思ったけど、オリーブ作ったのもこのおっさんなんだから、考えたらそうなるかと腑に落ちてしまった。
「じゃあ、酔っ払い?」
「オリーブのお父さんだから、お父さんでいいんじゃないかな?」
ログが笑いながら言った。
「殺すぞログ。」
「ふふ、冗談だよ。ノウチ博士。」
「誰が父さんだ。テメエらに父さんと呼ばれる筋合いはねぇよ。」
そう言って、おっさんはローテーブルを挟んだ向かいのソファにドサっと腰掛けた。
ん?ノウチ?どっかで聞いた様な?
もしかして……。
「え?ノウチ……ノウチって事は、ノウチユウト?!」
俺が勢いで立ち上がると、ビックリしたようにおっさんは身を引いた。
「お、おぅ、そうだが、お前よく俺のフルネーム知ってたな。」
やっぱりか、まさかこれもこのおっさんだったなんて。
ローキンスさんに前にもらった目に入れるなんて殺人的なレンズ(入れても痛くもなんともなかったけど)も作ったのがこのおっさんだったとは。
やっぱり世間は狭いな……。
「前に知り合いの人におっさんが作った目に入れるレンズを貰ったんだよ。名前はその時に聞いてた。それにしても、目に直接入れるなんて普通思いつかないよ。いざ入れるまでどれだけ葛藤したか……。」
あの時の無駄に過ごした半日を思い出す。
「お、お前……あのレンズを入れたのか?」
おっさんがまたビックリしたように俺を見た。
「もっと説明書に痛くないよって記載をして欲しいね!半日無駄になったんだから。俺の度胸があったからできた事だったな、アレは。でもアレあんまり使えないんだけど。」
俺がやれやれと話していると、おっさんが大きくため息をついてから言った。
「ばっかやろう!お前、アレがどれだけ価値の高いものなのか分かってねぇだろ?」
「え?そ、そうなの?」
「まぁ、お前には分からんだろうが、アレはまだ殆ど世に出回っていないもんなんだぞ。相手のレベルを知るには鑑定の魔法を使って見る事も出来るが、この魔法は結構魔力を消費する。それに比べてこのレンズはほぼ魔力を使わずに自分より低い相手のレベルを感知できるし、半永久的に使用できる。試作段階とは言え、オリーブとリーフナイトの中の一部にしか渡してない物なんだぞ。そ、それを、お前が……。」
え?そんな凄いものなんて、俺聞いてないですけど。
「別にいいんじゃない?そのうちチエルだって強くなるでしょ?それに、人に渡した時点で誰にそれを渡そうと、そして使おうと博士が文句を言う筋合いはないでしょ?」
「ロ、ログゥ〜。」
チエルだしねっ!って私情を入れまくっているログのフォローも今の俺には暖かく感じでしまった。
「それもそうだが……。せっかくの俺の発明を無駄にするなよ。」
おっさんがまた大きくため息をついた。
「ま、すぐに俺だって強くなってやりますよ。」
俺は場に便乗して力強く今後の希望を述べた。
投稿遅くなりすみませんでした。
まさかの書いた原稿が消えてしまい、書き直しに手間取りました。
後は、お盆休みを満喫しておりました。




