シャスタへようこそ
部屋を出た俺達は第1オアシスに向かっていた。
なんでも、これから向かうオリーブの実家のあるシャスタ王国に転移できる魔法陣がそのオアシスにあるらしい。
聞くところによると、離れた場所に転移する場合、1つの魔法陣から1つの目的地にしか行けないんだとか。
それに、神都襲撃があってから神都への出入りが規制されて、直接神都の中へ繋がる転移は一部の例外を除いて全て外に移されたらしい。
ルイスもこれから自分の国へと帰るらしく、俺達のもう1つ先にある第2オアシスにある転移魔法陣を目指していた。
俺達の見送りは、そのついでも兼ねているようだ。
「そう言えば、ファングは?傷はもう大丈夫なの?俺、お礼も言えてなくって。」
「傷は殆ど癒えたよ。今日は先に第2オアシスまで行って待ってるんだ。その気持ちだけで十分だ。俺からもファングに言っておこう。」
「うん、ありがとう。」
ずっと気にはかけていたけど、あの騒動の後からファングに全く会えてなかったから、元気になったようで本当に良かった。
神都から出て、舗装された蔦の道を少し下っていくと案外すぐにオアシスの入り口が見えた。
穴の中にある神都とは違って、ここは殆ど穴の縁に近い場所だけあって、殆ど見渡せるんじゃないのかって程、景色がいい。
あんまり、下は見ないようにしてるけど。
神都に近いからか、簡単な食堂小屋と兵の駐屯所、後は荷物車を引いてくるオトモの休憩場所として少し広めのスペースがとられているくらいだ。
外から覗き込むと、意外と食堂の中は人が多くて賑わっていた。
どちらかというと、少しガラの悪そうな人が多くて、あれが雇われた冒険者だろうか?
「チエル、こっちだよ。」
景色に見とれていた俺に、ログが声をかけた。
すでにオリーブは転移魔法陣のある駐屯所の兵に通行手続きに行っていた。
なんか、神都に来たのもあっという間だったな……。
最後に殆ど小さくなって見えなくなっている城を見てから、俺もみんなの後を追って駐屯所へ向かった。
「はい、確かに確認しました。オリーブさん、ログさん、チエルさんですね。」
俺が着くとちょうど手続きが終わったようで、魔法陣のあるであろう部屋に続く部屋の扉が開けられた。
「それじゃあ、色々ありがとうな。」
「こちらこそ。俺も自分の国の事を確認したら、色々と情報を集めてみるよ。それまで、お前達もやられるんじゃないぞ。」
「それはこっちの台詞アル。私達も旅をしながら、集められる情報をできるだけ集めて回るネ。」
「また何かあったらいつでも言ってよね。僕達が助けに行ってあげるから。」
「それこそ、こちらの台詞だ。」
そろそろ向かおうと、3人かルイスに背を向けると、ルイスが俺達に叫んだ。
「ログ!俺は竜に誓って、お前達を信じてるぞ!」
一瞬ログが驚いた様な顔をしてから、にこりと笑ってログがヒラヒラと背を向けたままルイスに手を振った。
そ、それだけで良いのか?とも、思ったけど、ルイスの顔を見るとホッとした様な顔をしてたから、俺も手を振ってルイスと別れた。
もう散々見慣れた転移をあっさり済まして、俺たちは一瞬でシャスタ王国までやってきた。
シャスタは北にあるルイスの国とはマザーホワイトを挟んで反対側に位置する小国の1つだそうだ。
部屋を出るなり俺たちを見て、警備をしていた兵が慌てて頭下げた。
ログがにこやかに軽く手を挙げてさっと建物から出る後を追う。
そういえば、ここはログの実家もある国だったっけ?
忘れてたけど、ログはこの国の貴族の坊ちゃんだったな、、。
建物から出てると、外の眩しい光と、むわっとする様な熱い空気の層が俺の体を包んだ。
「ようこそ、チエル。シャスタ王国へ。」
「おおぉ!!!」
目の前は白い砂浜に透き通った青い海!!
直視はなんとなくできないけど、オシャレというのか、泳ぎやすさを重視しているのか……なんとも露出の多い色々な柄の服を着た女の子達が海や浜で遊んでいた。
砂浜には雨も降ってないのに大きな傘のような物が何本も建てられていて、その下で家族連れが各々の寛いでいた。
暑いのもあって、男の人もズボン一枚で歩いでる。
建物もなんだか個性的で、白を基準とした石を積み重ねて作ったお洒落な石の家が海側からずっと奥の方まで続いている。
大通りらしき道には沢山の屋台が出ていて、花や、カラフルな小物、アイテム、果物なんかが大量に並べられていた。
建物と建物の間の上の方にはロープが張られていて、そこに玉のような物がぶら下げられていてなんだか綺麗だ。
「なんだか、すっごい楽しそうな国だなぁ!!旅行気分になってくるよ!」
「ここはシャスタ王国の首都メンドシーノアル。メンドシーノは観光で有名な所アルよ。」
「か、観光!!」
「なんだかいい匂いがするデシ。」
いい匂いにつられて、リュックの中で寝ていたダチュラがもそもそと起きてきた。
「お前、やっと起きたのかよ。」
「あまりに寝心地が良くて爆睡してたデシ。それにしても、この良い匂いはなんデシ?!」
「どうぞ。」
ログが俺達に黄色の串に刺さった果物を渡してきた。
食べる前から甘酸っぱい匂いがして、よだれが出そうになる。
「あ、ありがとう。美味そう!いただきます!」
う、うまい!!美味すぎる!
ある意味、リゴンアメより美味しいかもしれない。
「うまいデシ〜。」
「これは、ここの国の特産品、パパイナップルアル。」
なんかシャスタって思ってたよりも良いところだなぁ……。
最初ログが魔物が良く攻めてくるって言ってたからもっと荒れた所かと思ってたけど。
「あら、ログとオリーブちゃんじゃない!」
砂浜沿いをオリーブの家があるという方向に歩いていると、海の方から甲高い声で誰かが2人を呼んだ。
で、デカイ!!
見るからに体に対して……というか、胸に対して使われている布の量が足りてない!と、言わざるを得ないようなハレンチな格好でこっちに手を振りながらこっちに駆けてきたのは、日にしっかりと焼けた小麦色の肌とデルフトブルーの髪をなびかせた女の子。
白のフリルであしらった下着のような格好でこちらに向かってきた。
てか、胸がでかすぎる割に、顔立ちは幼めで顔と身体のバランスが俺の背徳感を刺激した。
わらで作って花を添えたつばの広い帽子と、無駄に大きい黒のメガネがなんとも言えないマダム感を出している……が、顔が幼いから着せられた感が、凄い。
「ハニィー!待ってよーん。」
その後ろからも、同じように日に焼けた健康そうな肌のおっさんが追いかけるようについて来た。
ちょっと気持ち悪い。
「母さん、それに父さんも!」
え゛?!
か、母さん?と、父さん?
ログがその2人を見ていった言葉にびっくりする。
「ログったら、もう神都から帰ったの?帰ってくるなら連絡ぐらいしてよーん。」
「そうだぞ!そう聞いてたら父さん張り切って漁にでたのに!そうだ!今から漁に出よう!」
「すぐ行くところがあるから、また今度ゆっくりよるよ。ちょっと任務でね、こっちまで戻ってきたんだよ。」
「そうだったのね!オリーブちゃんもいるし、それにこの子は?」
「一緒に任務についたチエルだよ。」
「は、はじめまして、チエルです。」
俺はログの母さんと父さんに圧倒されながらも挨拶をした。
「…………いやーん!可愛い!」
「ブウフッ!!!」
ジィ〜っと俺を覗き込んだログの母さんがいきなり俺を抱きしめた。
巨大な胸に押さえつけられて窒息しそうになる。
意識が遠のく寸前で急に離されて、次はオリーブを抱きしめる。
オリーブは慣れていたようでその瞬間に、「呼吸モード変更……。」と、ボソッとつぶやいて、どうやったのか窒息ハグを回避していた。
「ダメだよ母さん!気持ちは分かるけど、ハグは5秒までって約束したでしょ?」
倒れ込んだ俺を起こしながらログが母さんに言った。
「あら、そうだったかしら?」
「ごめんね、チエル。改めて紹介するね。僕の父さんと母さんだよ。」
「改めまして、私がログのパパのロバート・ローズライトでーす。」
「ログのお母さんにのマリア・ローズライトでーす。」
ジャジャーン!と、2人の後ろに効果音が浮かび上がってきそうなテンションに若干目が絡む……。
すると、俺の肩に手を回すログを見てお母さんのテンションがまた1つ上がった。
「あら、やだっ!パパ!ログったら私達に恋人をついに紹介しにきたんだわ!」
え゛?
「な、なんだと?……じゃあ、もしかして彼が?」
「い、いやいやいやいやいや!違いますよ!」
「母さんはやっぱり鋭いなぁ!」
え?えええぇぇぇぇ!!
コイツやりやがったな!!
「だと思ったわ!なかなか恋人どころか、お友達も連れてこないログがそんなに心を開いているなんて、お母さん初めて見るもの!唯一女友達のオリーブちゃんには、ログの事を生理的に無理って断られたぐらいだから、もう無理なんじゃないかと思ってたのに!」
「いやいや!違いますって!話を聞いて!」
「人はやはり1人では生きてはいけないんだな。私がハニーと出会って幸せを掴んだように、ログにもついに大切な人ができたのだな!……こうはしてられん!今日はメンドシーノをあげてのお祭りにしよう!」
や、やばい……!
この人達も人の話を聞かないタイプだ。
ログの奴め!
「悪いんだけど、今日は無理だよ。僕達には任務があるんだ。任務が終わったらまた帰ってくるから。」
「そ、そうなのか……。」
見るからにしょんぼりするログの母さんと父さん。
「今から先に私の壊れた足を治しに家に帰るアル。」
「あら大変!それは早くしないとダメね。ユウ君なら今朝、浮き輪を治してもらいに行った時に家に居たから、今も居るんじゃないかしら?」
そう言いながら、街の外に見える森を指差して言った。
「ハニィ〜!ユウくんなんて呼んだらパパ嫉妬しちゃうよーん。」
「あら、パパはそれぐらいで私の愛を疑うのね?」
「そんなわけないだろ〜、ごめんねハニィ〜。」
こんな親に育てられたなら、好きな奴への接し方が過剰になるのも少し頷けた俺だった。
「じゃあ、そろそろ行くね!」
「また今度遊びに行くアル!」
「さ、さようなら……。」
そうして、オリーブの家を目指す俺達は2人と別れた。
「また皆んなでいらっしゃあ〜い!」
「気を付けてなぁ!」
✳︎✳︎
再び、砂浜沿いをオリーブの家目指して歩き出した俺達。
「ログのパパとママは相変わらずアルね。」
「まぁ、僕を拾ってくれた時からあぁだから、今更だけどね。」
「でも、優しそうな人だったデシ。」
「そうだよな。勘違いは甚だしいけど、なんだか貴族って事を感じさせない気さくな人達だったよな。」
俺もマークルに聞くまでは、貴族についてあんまり知らなかったけど、話を聞くに貴族って平民とはあんまり馴れ合わない見たいだから、想像していた人物像とはだいぶ違って驚いた。
まさか、あんな皆んなのいる海で、一緒に泳いで遊んでるなんて普通思わないだろう。
「あんな父さんだから、こんな楽しそうな国をつくれるのかな?」
「あんなに遊んでで羨ましいデシー!!」
「そうだね。あんな父さんだから……かもね。」
そう言うと、なんだかログの表情が少し切なくなった様な気がした。
ウイィィィィィン!!
ウイィィィィィン!!
いきなり、穏やかな街に大きな警報音が鳴り響いた。
「な、なんだ!??」
「魔物が出たんだ。」
え?魔物?!
「あそこアル!」
オリーブが指をさしたのはさっきログのお父さんとお母さんと話した辺りの砂浜だった。
みると、海の中から魚から人間の手足が生えたような気味の悪い魔物が、地面を這って砂浜に上がってきていた。
見ただけでも20体以上いる。
「ログ!お前のお父さんとお母さんが!助けに行かないと!」
俺はまたオレージー村の事を思い出して、焦り出す。
あんな所にいきなり魔物が来たら人なんてひとたまりもない。
あせって走り出す俺の手をログが掴む。
「チエル、落ち着いて!」
「で、でも!」
「大丈夫だから。」
すると、砂浜でいた人達の何人かが武器を取り出し魔物に斬りかかっていった。
鎧はきておらず、あのズボンの様な格好のまま武器だけ持って戦っている。
町からも武器を持った人達が砂浜に集まってくる。
観光客かと思ってた人たちの何人かは、この国の兵士だったのか?
さっきオリーブから聞いたビキニという水着を着た女の人も避難誘導と、先頭で戦う兵士の援護魔法を同時にこなしていた。
「す、凄い。」
「前にも言ったでしょ?ここの国は魔物の襲撃、出現頻度が多くてこうした事態は結構頻繁にあるんだよ。」
俺の村の時とは違って、統率のとれた動きと鍛えられた戦闘員。
日頃から備えられているとこれだけ違うのかと、光景に圧倒された。
みると砂浜にいた魚の魔物は全て倒されていた。
「今回は早かったみたいだね。」
ログも、一応収まりつつある事態に胸を撫で下ろした。
「いや、まだアル!」
オリーブが叫ぶと、海の沖の方で大きく波が立った。
飛沫の中で巨大な魚のヒレのような物が海面を叩くのが見えた。
「な、なんなんだあれは……。」
砂浜から兵士たちがその魔物に向かって魔法を打っているが、距離が遠いこともあってイマイチ攻撃が通っていないみたいだ。
しばらくするとその魔物が海面から浮かび上がってきた。
顔の大きさから、推測するに10mはありそうだ。
異様に目が大きくて不気味なその魚の魔物が、ゆっくりと兵士たちが攻撃をする海岸の方にその顔を向けた。
そして顎が外れた形で、顔の2倍ほどの大きさまで口を開ける。
ま、まさかそのまま泳いで岸まで行って皆んなを飲み込むんじゃ……。
と思った瞬間、口の中が光って魔法陣が浮かび上がる。
「アレはちょっとやばいアル!」
オリーブが叫んだと同時にその魔法陣からものすごい勢いで巨大な水柱が発射される。
同じ水のはずなのに、物凄い力で発射されたその水柱は海面を削り取って浜辺に向かう。
そして一瞬のうちに物凄い水飛沫と砂浜の砂を巻き上げて浜に激突した。
い、いや、ちょっとじゃねぇよ……。
巻き上がった砂を水飛沫が吸収してすぐにに景色が晴れてきた。
「あ、あれは!!!」
観ると砂浜から海に向かって波が街を守るように反り立ち、水柱を相殺していた。
そしてその水の障壁を皆んなの先頭で張っていたのは、あのログのお母さん……みたいだ。
魔物は攻撃が防がれたのを見て、更に何発も同じ水柱を発射してくる。
「我らが偉大なる海の神よ。全てを飲み込む広大なる水よ。契約に従い、今こそ我が力となりて、我らが敵から民を守る水の聖壁を築き給え。」
お母さんが詠唱すると、海の水が引き寄せられるように、その水の障壁が更に分厚くなる。
水柱が撃たれるたびに減っていく障壁は、すぐに海水を引き込み元の厚さに修復される為、全く魔物の攻撃を通さない。
「なんなんだあれ、す、凄い。」
すると、ログのお母さんの横にログのお父さんが出てきた。
さっきみたいな優しくて、おちょけたような雰囲気は無くなっていて、町を襲う魔物に荒々しい怒りを放っていた。
「私が任されている大切な町を、人を傷つけようとする奴は決して許しはせん!」
そう言って、右手に漁師が魚を捉えるために使う銛を握りしめて、グッと後ろに反り返り構えた。
「全てを飲み込む広大なる水よ、我が力となりて纏、我が敵を穿つ槍となれ。」
詠唱と同時に構えた銛に巻きつくように水がまとわりつき、やがて銛よりも長く大きな水の槍へと姿を変えていった。
「ーーっぬんっ!!」
水の槍は一直線に飛んで魚の魔物を貫通し、魔物は絶命する。
頭を貫かれ、ブクブクと泡をあげながら魔物は海の中に沈んでいく。
そして、町や浜から皆んなの歓声が上がる。
「さすがはログのパパと、ママアルね。」
「まさか、あのログの父さんと母さんが……。」
「びっくりしたでしょ?」
「びっくりなんてもんじゃねぇよ!」
「まぁ、普段あんなだけど父さんも母さんも自分達の国を守ろうと頑張ってるんだよ。」
「あんな父ちゃんと母ちゃんがいたらこの町も安泰デシね。」
「そうだと良いんだけどね……。実際は中々そうも行かないんだよ。」
「どういう事なの?」
ログは砂浜で町の人達に囲まれて感謝を告げられている両親を見た。
「元はと言えば、この土地は別の貴族が納めてたんだよ。でもその貴族は自分達の都合の良いようにしか動かず、魔物が攻めてきた時も1番最初に逃げ出したんだ。」
「そ、そんなのひどい……。」
「元々この街で漁師をしてた父さんが、仲間を集めてようやく魔物を倒すと逃げ出した貴族が帰ってきてそれを自分の功績として神都に報告した挙句、街よりも自分の住む敷地内の整備を町の人に言いつけたんだ。そこから魔物が攻めてくるごとに国も街も厳しくなっていって、その度に税も上がっていったんだよ。ただでさえ、魔物が来るんだ。役に立たない貴族のために死んでいくのが嫌だった町の人達と手を組んで父さんは内戦を起こした。そして、前の貴族を殺して今地位にいるんだよ。」
「で、でも、それは仕方のない事だったんデシ?しょうがないデシ。」
「前の貴族と根が深かった者や、一部の人達には人殺しなんて言われて恨まれてるんだ。でも、最近ようやく少しずつだけど認められるようになってきた所なんだよ。」
なんか、あんな人達にも一見には分からない内情があるんだな……。
「ここの町は海に面しているからなのか、海から魔物が攻めて来ることが多いアル。だからログのパパとママはすぐに駆けつけることができるように暇さえあれば海にいるアル。」
「た、ただ遊んでるだけじゃなかったんデシ……。」
「まぁ、遊んでることには変わりないけどね。」
「それでも凄いな。町の皆んなの為にそうしてることには変わりないだろ?勇敢な父さんと母さんなんだな。」
「……そうだね。でもこの話をした事バレると2人とも怒るから、2人の前では聞かなかったことにしてよね。」
「ふふふっ、ログのパパとママらしいアル。」
少し落ち着きを取り戻し始めた浜辺を見て、俺達はもう少し先にあるオリーブの家へと足を進めた。
✳︎✳︎✳︎
殆ど日の入らない薄暗い階段を、1人の男がゆっくりと下っていく。
やがて壁の隙間から溢れていた光もなくなり、目の前が何も見え無くなっても男は明かりをつける事もなく同じ歩幅で階段をおりて行く。
人の感覚では、最早どこにいるのか、進んでいるのか、戻っているのか、立っているのかさえ分からなくなりそうな闇の中でも男は迷う事なくその足を進める。
そして、やがてその先で一筋の光にたどり着く。
縦に伸びたその光の両端に手をつき、男はゆっくりと重たい両開きの扉を押しあけた。
扉を開けた先は、今まで闇の中を通って来たことが嘘のように頭上から光が降り注ぎ若木や草花が美しくそして静かに咲き誇っていた。
入ってきた扉以外に出入り口はなく、巨大な幹の中をくりぬいた空間の中で、小鳥や小動物も自然のままに生息している。
ジャリッと、今まではなかった土を踏みしめて男は更に歩を進める。
少しして、一際明るく開けた場所にたどり着いた。
「よく来てくれたね、トゥト。」
広場に置かれた、所々に苔の生えた石で作られた巨大なテーブルとそれを囲う様に置かれたイス。
その1つに腰掛けていた黒いフードを被った人影が、差し込んだ光から顔を隠す様な仕草を取りながら、この部屋へ来た彼を歓迎した。
トゥトは声をかけられると同時にその場に膝をつく。
「相変わらず、君は堅苦しい男だね。」
そう声をかけてもトゥトはそのままの体勢を崩さない。
「そう言えば昨日は苦労をかけたみたいだね。ありがとう。それにしても、君が殴られてやるなんて随分寛大な事をしたもんだね。」
「隣にヤツがおりましたので、色々気付かれて邪魔をされては困りますから。3人は神都を出発致しました。」
フードを被った影はクスリと笑った。
「……そうだね。」
「所で、1人素性のわからない物が任務に就いておりましたが、構わなかったのでしょうか?不要であれば、即座に排除致しますが……。」
「いいんじゃない?面白い子だけど、僕たちにとっては取るに足りないものだよ。そう言えば、彼女は無事神都を出たのかな?」
「そちらも大丈夫そうです。元から、逃げる準備は十分な程にしていたようですから。」
「そうか、それは良かった。彼女には死んでもらっては困るからね。だからと言って好き勝手にやらせるつもりもないけど。」
そう言ってフードを被った影は、椅子から軽やかに降りてテーブルの奥にある小高い丘を登る。
「トゥトはさ、本当にいいの?」
「……それは、私が貴方につくという事を……ですか?」
「まぁ、そうだね。」
「私はただ、貴方に従うまでです。この魂を得て、肉体を持った時から、私の全ては貴方の物なのですから。」
「……ありがとう。」
そう言って人影は、丘の上に立つ2本の樹を見上げた。
幹も葉も漆黒の小さな若木の成長を、まるで押さえ込むように、マザーホワイトと同じ白い樹が絡みつきそびえ立っている。
そして、人影は苦しそうに埋もれて生える漆黒の若木に愛おしそうに頬を寄せた。
「マザーホワイトが封印できるのもあと僅かだろう。時間は動き出したのだから。」
「はい。」
「神器を収集するまでヤツらから目を離すな。ヤツらに神器を渡すわけにはいかない。……そして、完全に封印さえ解けば……後は僕がこの世界を終わらせるだけだ。」
長くなり、すみません(汗




