影
ーーん?
ここはーー何処だ?
確か前にもこんな事があったような……。
……あ、夢だ。
あんまり覚えてないけど、なんだか凄く怖い夢だった様な気がする。
あれ?
それにしてもなんで、俺こんな所に居るんだっけ?
あたりは白くモヤモヤした空間で、まるで水の中に浸かっているみたいに、あんまり頭もはっきりしない。
なぜか物事を深く考えようとしてもできないんだ。
ふと、向こうの方から声が聞こえてきた。
良かった。俺だけじゃなかったんだ。
白いモヤモヤの中を声のする方に進んでいくと、何処かで見たことのある白い石畳の広場に着いた。
白の戦闘服を着た人達が、前に立って何やらスピーチしているのを皆んな眠そうな様子で聞いている。
俺もとりあえず、その集団の1番後ろ端に入り並ぶ。
程なくしてスピーチも終わり、祭壇の前に代表の3人が出てきた。
2人の青年と、1人の女性。
よく分からないのに何故だか、その中の青の瞳に吸い寄せられる様に釘付けになった。
ーーダメだ。
どうしてそう思ったのかは分からない。
でも、心が、体が、本能がそれ以上はダメなんだと警報のサイレンを鳴らす。
進行を止めようとした。
でも、声が出ない。
身体も動かない。
残る最後の彼が手を伸ばすと、一瞬であたりは黒く染まり、突如現れた巨大な怪物に次々と皆んな飲み込まれて行く。
白かった石畳は血で赤く染まり、空気の中に人々の悲鳴と恐怖が入り混じる。
゛皆んな!逃げろっ!゛
それでも身体は動かない。
声も出ない。
皆んなが俺の存在を認識していないかの様に、俺を除いた世界で状況は進行していく。
゛ーーなんでなんだっ、、。゛
ふと、一際激しい音がする方を見ると青の瞳の彼が全身をボロボロにしながら赤い悪魔と戦っている。
彼はどれだけ傷付こうが、己の身体を奮い立たせ悪魔に向かっていった。
゛どうしてそんなになるまで戦ってるんだよ……。゛
ふと見ると、彼の後ろに震えて蹲る1つの影があった。
あ、あれは……。俺?どうして……?
もしかしてアイツ、俺を護ってくれてるのか?
全然状況はわからないけど、なんとなくそんな気がした。
そしてついに、彼は赤い悪魔の前に倒れた。
目標を変えた悪魔は震える俺に近づく。
やめろ!と必死に叫ぶ。
が、やっぱり身体も動かないし、声も届いていない。
自分が殺されるところを見るなんてまっぴらごめんだ。
悪魔が向こうにいる俺の目の前にまできた。
もうダメだ……と思った瞬間、悪魔がクルッと振り返り俺の方をじっと見た。
そしてその悪魔はとても優しい微笑みを浮かべたのだ。
なんで、そんな顔で……。
それにもしかして、見えてるのか?
そう思った瞬間、悪魔は目の前で震える俺の胸を貫いた。
貫かれると同時に思い出した記憶。
そうだった、俺はさっき胸を貫かれて……。
悪魔は消え、目の前には胸に風穴の空いた俺が倒れている。
どうすることもできずにその場で立ちすくんでいると、倒れた自分の身体がピクリと動いた様な気がした。
近づいていくと、開けられた風穴から黒いドロドロとした影がどんどんと溢れ出してくる。
゛な、なんなんだよこれ、、。゛
その影はだんだんと大きくなり、やがて倒れた自分を侵食し飲み込んでいった。
影は鈍くゆっくりと立ち上がって俺を見た。
いつの間にか空いた俺の胸の穴に影が手を伸ばす。
゛ーーひっ。゛
恐ろしくて、反射的に後ろに飛び退き走り出す。
チラリと後ろを振り返ると、影はゆっくりと俺を追いかけてくる。
゛た、助けて。誰か助けてくれよ!゛
白いモヤモヤの空間に引き返し、あても分からず走り続けた。
影はある一定間隔以上離れず、少しずつ少しづつ俺に惹かれる様に追ってくる。
もうダメだ、走れないと足が止まりかけたその時、先の方で風に揺れる葉音が聞こえた。
なんとかとの音のする方へ駆け込むと、マザーホワイトの様に幹と葉の白い木が丘の上に1本立っていた。
影は丘の下まで来ている。
慌てて幹をよじ登る。
ようやく太い枝にたどり着き、腰掛けた。
影は右の周りをウロウロしているが、登ってこれない様でホッとする。
゛ふぅ、何とか助かった。ーーえ?゛
安心に胸を撫で下ろしたその時、枝に腰掛けてぶらぶらしていた足を何かに掴まれた。
枝にしがみついて足を見ると、腕を細く長く伸ばした影が俺の足首をつかんでいた。
゛うわぁぁぁぁぁぁ!!゛
物凄い力で引き摺り下ろそうとする影。
゛ーーダメだ、落とされる!!゛
そう思った時、木が眩く光を発し影を吹き飛ばした。
水の塊が弾け飛ばされた様に影はバラバラになり、丘の周りに散らばった。
ドクドクと激しく打つ鼓動がうるさい。
俺は、見たんだ。
いや、そう感じたんだ。
俺の足をつかんだ瞬間、なぜかあの影がとても無邪気に笑ったのを。
光に散ったあの瞬間、なぜかあの影がとても寂しそうに揺れたのを。
そして、俺はいきなり襲ってきた睡魔に引きずり込まれる様に身体を幹に預け瞳を閉じた。
ーーーーーー
「ゔゔぅ〜ん。重い。く、苦しい。」
「おぉ!!チエルが起きたデシ!おい皆んな、チエルが起きたデシ!」
「な、何だって!?本当ですか?!」
浮上した意識の向こうで、よく知っているうるさい声が聞こえる。
まだぼんやりする視界の向こうで気持ち悪い色の幼虫が俺の顔に擦りついてきた。
足元にもマークルが縋り付いて泣き出した。
「うおぉぉぉぉん、チエル、俺様心配したデシ〜。」
涙なのか、分泌液と言うのかは分からないが、ダチュラの瞳から流れ出る液体が俺の顔をベットリと濡らす。
「僕も心配したんだから。良かったぁ〜。」
「ちょ、ダチュラお前ちょっとストップ。俺の顔、お前の謎な体液まみれにする気か?!」
「良かった!やっと目を覚ましたアルね。身体は大丈夫アルか?もう死んだかと思ったアル。」
「うおっ?!!」
今まで気づかなかったが、俺のベットサイドに置かれた椅子に腰掛けてたオリーブも俺に飛びついてきた。
とんでもない力で、抱きしめられる。
「し、死ぬ。今死ぬ!女の子に抱きしめられて死ぬまでは良いけど、このままじゃ顔の上でいも虫ももろとも潰されて超グロテスクに死ぬ!ぐ、グェッ。」
「オリーブ、嬉しい気持ちは分かるが、その辺にしておいてやれよ。チエルも病み上がりなんだからな。」
「わ、わかったアル、、。」
ルイスにそう言われてオリーブは腕の力を緩めた。
し、死ぬかと思った。
「お前らもちょっと離れような!」
顔についているダチュラと、足元のマークルも引き剥がして俺はベッドに腰掛ける。
それにしても、皆んなあれから無事だったのか。良かった。
「今聞くのもどうかと思うが、体調はどうだ?」
ルイスがオリーブの横に来て俺の顔を覗き込んだ。
身体のあちこち触ったり動かしたりしてみる。
「まぁ、痛い所は無いかな……。」
「そうか。良かった。」
「皆んなこそ、無事で良かったよ。……てか、俺死んだと思ったんだけど、確か最後に俺、胸を貫かれて……。ここあの世とかそんな落ちじゃないよな?」
「何馬鹿なこと言ってるアル。ここは現実アル。」
「まだ寝ぼけてるんデシね。」
皆んなの様子的にここは現実みたいだな。
でも、それじゃあ誰かに助けられたのか。
「その話なんだが、俺達はその時すでに奴によって倒されていたから知らないんだが、ログもお前と同じ様にチエルが胸を貫かれたから治療をしてくれって医療隊が駆けつけた時に言っていだそうだ。たがな、医療班が見た時も、俺達がその後見た時もそんな形跡何処にもなくてな。」
そ、そんな馬鹿な。たしかに俺はあの時あの悪魔に胸を貫かれたはず。
しかも、猛毒の剣で刺されてたのに間に合ったなんて、自分でも信じられない。
服の隙間から胸元を覗き込んでみると、確かにそんな後はない。
どうなってるんだ……?
「もしかしたら、2人とも毒で幻覚でも見てたのかもしれないと、医療班にも言われたよ。」
「げ、幻覚……。」
「幻覚は高位の物だと五感全てが惑わされてしまうネ。貫かれた幻覚を2人とも見て体験したのかもしれないアル。」
あれが幻覚だったなんて、そんな事があるのか?
「ちなみに、毒は俺様が吸い出してやったデシ!!」
俺達の微妙な空気感を壊す様に、ダチュラがえっへんと前にズリ出てきた。
「えっ、吸い出したって、嘘だろ?」
「恩虫に向かって失礼なやつデシ。なかななかアレは美味しかったデシ〜。」
「美味しかったって、お前……毒を食ったのか!?」
「意外に毒は甘いジュース感覚でいけたデシ。」
「僕達の毒もダチュラが吸い出してくれたんですよ。僕それがなかったら死んでたと思います。」
コイツ、何でも食うと思ってたら毒も食べれるのかよ。
確かによく見ると、ダチュラの背中の紫の模様が若干濃くなった様な気がする。
まさか、ダチュラに命を救われる日が来るなんて、複雑だ。
「あ、ありがとう、ダチュラ。」
「チエルが無事ならいいんデシ。」
話をきくと、俺が倒れた後すぐに増援が駆けつけたらしい。
何でも、守護神が2人も来たとか。
結局悪魔には逃げられたらしいけど、結界は無事に解除されて生き残った兵の解毒も済んだんだとか。
1万の新人兵と指揮官や所長含めその中の3000人が命を落としたらしい。
たった数十分の出来事でこんなにも人が死ぬなんて……。
あいつらは一体何だったんだ……。
俺は死んだ人たちに向かって祈りを捧げた。
「でもまぁ、本当に皆んな無事で良かったよ。無事と言っていいのかは分かんないけど。」
「それはこっちのセリフネ!生身はこれだから不便アル。」
「不便って、……てか、オリーブ足どうしたんだよ!」
見るとオリーブの左足がなくなってズボンがしなっている。
「破壊されてしまったアル。でもまたパパにつけて貰えばいいアル。」
つ、付けてって……なぁ?
「機械とは言え、女の子の君にそこまで重症を負わせてすまなかった。俺にもっと力があれば……。」
「そんな事ないアル。ルイスが居なかったらもっとやばかった。皆んな無事で良かったアル。」
「そんなこと言い出したら僕なんて何もできてませんよ!命あって何よりですよね!」
マークルがそう言うとオリーブはニカッと太陽の様に笑った。
「そう言えばさ、ログはどっか行ったの?アイツ大丈夫だよな?」
さっきから心の隅で思っていた事をみんなに聞いてみた。
ログなら何だかんだ皆んなと一緒に居てそうなのに。
ふと、皆んなの顔を見ると下を向いて黙り込んだ。
「えっ?み、皆んなどうしたんだよ。」
誰からの返事もない事が、俺の嫌な不安を溢れさせた。
梅雨時期は色々忙しく、投稿遅れ気味で申し訳ありません。゜(゜´ω`゜)゜。




