絶望という名の女神
オリーブが腕を振り下ろしたと同時に、蛇の頭部が灰になりながら焼き潰れていった。
や、やっと終わった……。
死ぬかと思った、本当にあの3人がいてくれて良かった。
張り詰めていたプレッシャーが解けて、ヘナヘナと地面に座り込む。
「なんとか倒せたな。オリーブがいてくれて助かったよ。」
ルイスも同じように地面に座り込む。
「あ〜、頭がまだ痛い。今回僕いいとこ無しだね。」
ログもヨタヨタと起き上がってきた。
「まだ毒が抜けきってないんじゃない?無理すんなよ。」
俺が心配してログの背中を支える。
「そうかもね。チエルが解毒剤を口移しでくれてたら全開してたかも。そうだ、解毒剤が届いたらそうして……」とログが全てを言い切る前にオリーブがログの頭を殴った。
「それだけ冗談言えたら問題ないアル。それとも本当に頭、毒でやられたアルか?」
「酷いよ、オリーブ。」
「お前がしょうもない事言ってるからだろ。」
「俺も、同感だな。」
「皆んなまでそんなこと言うなんて……酷いなぁ。」
皆んなボロボロだけどこんな風にまた冗談を言えた事がこんなに安心できるなんて。
でも、とりあえずは飛ばされたダチュラや逸れたマークルを探さないと。
ん?そう言えば、何か忘れてるような……。
「ねぇ、そう言えばさ。蛇を倒したら結界って消えないの?それに、最初なんか女の人の声が聞こえた様な気がしたんだけど?蛇って、もしかして喋れるのか?」
そう言った途端に俺以外の3人が、ハッと慌てて立ち上がった。
そして、剣を握り戦闘態勢に入る。
「え?ど、どうしたんだ、急に。」
「チエルの言う通りだよ。」
「俺とした事が、本当に情けない。」
「え?え?何?」
「チエル言う通り、蛇を倒して結界が消えないって事は、結界を張ったのは蛇じゃないアル。」
「え?じゃあ、まさか……。」
「あぁ。別にこの結界を張って蛇を入れた奴が残ってるって事になるな。」
「基本結界って言うのは、特殊な状況をのぞいて、自分を外敵から守るためにはるものなんだよ。だから、結界があれば殆どの場合その中に結界をはった本人がいるって事なんだ。こんな高度な結界なら、なおさらね。」
パチパチパチパチパチパチパチパチ。
いきなり、1つの乾いた拍手が広間に響いた。
なんだ?と、声の聞こえる方を探して辺りを見回す。
「うふふふふふ、お疲れ様。目も開いていない半端物とは言え、あの子を倒してしまうなんて、中々見所のある方々ですわね。今回もあの子のお腹に収まっていくのを見ているだけかと思いましたのに、とても素敵な余興でしたわ。」
崩れた祭壇の瓦礫の上で、黒いフードを被った被った女が俺たちを見下ろしていた。
フードの端から左右に出る、ゆるく編まれたチェリーピンクの髪と、血の様に赤い瞳と唇。
「誰だ、お前は?!何が目的でこんな事をしたんだ!!」
ルイスが女に向かって叫んだ。
「もぅ、私大声で怒鳴る男は嫌いなの。」
女は腰掛けたまま、足をブラブラと揺らしてフード越しに耳を抑える素振りをした。
「ここまで皆を混乱させたんだ。悪いが、拘束させて貰うぞ!」
ルイスが女に向かって駆け出し、剣を振り上げた。
ーードスッ。
「だから、うるさい男は嫌いって言ってるでしょう?」
ちょうど、俺達とあの女の中間地点にルイスが差し掛かったとこだ。
いきなりルイスが倒れこんだと思ったら、その周りがどんどん赤く染まっていく。
「あら、貴方すごく綺麗な血の色しているのね。うるさいのは嫌いだから、喉を潰して持って帰ろうかしら?」
未だ瓦礫の上に座っている女が、自分の真っ赤に染まった左手を太陽の光にかざしながら、うっとりとした目で眺めた。
「ルイスッ!!」
俺が叫んだのと同時にオリーブが女に向かって突っ込んでいく。
「よくも皆んなをっ!調子にのるんじゃないネ!」
オリーブが女の頭めがけて、蹴りかかり、その衝撃波が空気の塊となって俺の所まで届いた。
「なっ……!」
女はその場から一歩も動いておらず、右手の甲でその蹴りを止めてみせた。
そして左手で口元を押さえて、わざとらしく欠伸をする。
「遅すぎて、眠ってしまいそうですわ。貴女こそ、調子に乗っているんじゃないかしら?」
「かかったアル。私に触れた物は全て私のスキル=エレキボディの餌食アル。麻痺して動けなくなってから地面で吠え面かくといいアル!」
オリーブがそう言った途端に、女の体に黄色い閃光がバチバチと走り出した。
「残念だけど、この程度のスキルじゃ私には効かないわ。」
涼しそうな顔でそういった女が、足を止めている右手で、そのまま足をコツンと小突き返しただけでオリーブが結界の端まで弾き飛ばされていった。
結界にぶつかって、崩れ落ちたオリーブの左足は破壊されて無くなっている。
う、嘘だろ……。
あれだけ強いオリーブですら一瞬で……。
ど、どうすれば。
再び震え出した体を必死で傾けて、ログの方を見る。
「ロ、ログ、どうすれば……。」
「うふふ。どうもできないのよ。」
「チエルっ!」
ハッと気がつくと目の前に突き刺さる様な冷たく美しい赤い瞳。
それと同じくらい赤く艶めく唇が緩く弧を描いたのをうっすらと見た瞬間、身体が引き裂かれ、爆発してしまったのかと言う様な衝撃が俺を襲う。
自分もあの女に吹っ飛ばされたのだと気がついたのは、結界にぶつかり地面に身体が沈んだ後で、その凄まじい衝撃が痛みだと気付いた時だった。
「ぁ゛…あ゛ぁぁぁ゛。」
衝撃のあった左腕は痛みを通り越して感覚すらない。
それでも身体中が痛みに悲鳴をあげ、震える唇から小さく悲鳴をあげる。
赤く染まった視界の先でログが女の足元で倒れているのが見えた。
ログの倒れた体の下から滲み出てくる赤い血が決して軽傷でないことを物語っていた。
やっぱり、ここで俺は……皆死ぬのか?
「そう言えば、忘れる所だったわ。」
女がスタスタと、頭の焼き潰された蛇の元へ歩いて行った。
そして横たわる蛇の腹に腕を突き刺した。
突き刺した部分から出る体液が死して尚、溺れ落ちた地面を伝い側にあった死体の肉を溶かしていく。
それほどの毒にもかかわらず、女は腕を突っ込み、何かを探る様に腕を動かした。
「あ、あったわね。」
そしてズルリと体液で紫色に染まった腕を引き抜くと、その手には体液と同じ紫色に鈍く光る玉が握られていた。
「一応持って帰らないと、あの子煩そうだし。」
そう言ってローブのポケットにその球をしまい込んだ。
「じゃあ、哀しいけれどそろそろお別れの時間ね。魂の巡り行くその先で、また会えるのを楽しみにしているわ。」
そして、前に突き出した掌を下に向ける。
「うおおおぉぉぉぉ!!やらせるかぁ!」
もはや、この広場で立っているのはあの女しかいない……そんな状況の中で、普段あまり見たくないと思ってたやつが雄叫びをあげながら女に向かって走っていった。
その後に続く4人の影。
「リ、……リーダー。やめ……。」
あのリーダーと、取り巻きチンピラ達が一斉に女に向かって剣を振り上げた。
女は何もしていないが、5人一斉に弾き飛ばされる。
ログの近くに弾き飛ばされたチンピラAが、ログを抱えて女とは逆方向に走り出す。
残りの4人はそれを守る様に女の前に立ちはだかった。
「いったい何のつもりなのかしら?」
「それはこっちの台詞だぜお嬢さん。なんとかして、あのスカし野郎は守らせてもらうぜ。腹はたつが、俺たちにはこれから先アイツが必要なんでな。」
リーダー……意外とやってくれるやつだったんだな。
で、でもどう見たって勝ち目なんか無い、お願いだから逃げてくれっ。
そんな事を痛みで少しずつはっきりしてきた意識の中で思ってる間に、取り巻き達がやられて倒れていく。
最後に残ったリーダが、抱えて走るチンピラを背に剣を振り上げたが、いつのまにか女が手にしていたボロボロで錆びた小型のナイフに腹を貫かれてその場に倒れた。
そして必死で走るチンピラの方に向き直った。
ーーまた俺は結局何もできなかった。
守られてばかりで、なんの役にも立たなかった。
でも、死にたくない。
行っても何もできない。
無駄死にじゃん。
待ってくれてる人がいる。
俺は帰らなきゃいけない。
友達を見殺しにしてでも。
友達を見殺しにしてーーでも?
分かってる、そんなのダメだ。
動け、俺の身体。
後少しで良いんだ。
どうせこのままだと全員死ぬだろう。
どうせダメなら、どうせ死ぬなら、誰かの為に……。
ーーグサッ。
「う゛っ……つ。」
「お、お前……。」
かろうじて動いた足で、足がもつれて倒れこんだチンピラとログの上に俺は飛び込んだ。
2人をかばって出てきた俺を見てチンピラが涙を浮かべた目で俺を見た。
そして、倒れこんだ衝撃で意識を取り戻したログが、自分の上でかばう様にナイフで刺されている俺を見て、大きく目を見開いた。
刺された肩口から垂れた俺の血がログの頬を伝う。
「な、なんとか……間に合っ……た。」
「チ、チエル……。」
「飛び込んでくるなんて勇敢ね。思わず刺しちゃった。」
肩口を貫通した小剣が抜かれると同時にログの上に落ちる身体。
「しっかりしろ、坊主!」
だんだんと浅くなって苦しくなる呼吸の音の向こうで、チンピラが必死に俺の肩口をちぎった袖口で抑える。
「残念だけど、この刀で刺されたら助からないわよ。この刃の毒は解毒不可能。後2.3分で完全に筋が弛緩しきって楽になれるわ。」
「な、なんだと……、おい!坊主しっかりしろ!」
「それじゃ、そろそろ他の方も逝ってもらうとしましょう。少しでも多い方が寂しくないでしょう?」
「ちくしょう……ここまでかっ……。」
「絶望と共に、さようなら。」
女の掌の上に真っ黒い玉が出現し、フヨフヨと液体の様に揺らいだ。
そして、その玉を女が握りつぶすと、そらはあらゆる方向に飛び散り、壁や木や人に触れた途端に黒い煙を上げ蒸発した。
「おえっ、げえぇぇぇ、。」
「ぐうふぅぅ。う、う、う、、。」
特に多く飛び散った所長達の集まっていた場所で、ぐったりとしていた兵士達が急に激しく嘔吐や痙攣し始めた。
「うふふふふふ。あははははは。」
狂ったように笑い出した女の赤い瞳が恐ろしげに光った。
「ヒュー……ヒューッ。」
最早息も思うようにできなくなりつつある俺はふと、俺を抱くログの腕に力が入ったのを感じた。
今できる最後の力を振り絞って瞼を開け、ログの顔を見た。
ーーそこにいたのは、悪魔だったのかもしれない。
なんか、くどくて読みづらいと思います(汗
文章力無くてすみません。




