入隊式と誓いの儀式
「あ、頭が痛い〜。」
少し前にも、酒場で体験したこの感じ。
頭痛と吐き気、そして胸焼け。
重たい瞼を開けると、そこはやっぱり俺の部屋の天井。
昨日の晩、おっさんが合流してからがやばかった。
片っ端から皆んなに酒を注いで、自分も浴びるように飲むのだ。
親父という生き物はどうしてこうも酒を馬鹿みたいに注ぐのだろうか……。
そう言えば、4杯目を注がれたあたりから記憶がない。
だるい身体を起こすと身体中が痛い。
床でそのまま寝ていた所為なのか、昨日のテストが響いているのかは分からないけど、信じられないぐらい身体中が痛い。
見ると隣、部屋の隅、テーブルにもたれ掛けるようにして、おっさんとマークルとルイスが寝ていた。
皆んなそのまま潰れたようだ……否、1人を除いて潰されたようだ。
「おはよう、チエル。目が覚めたんだね。」
寝室の方からログが出てきた。
手には水の入ったコップを持っている。
「おはよう。頭が痛い。身体が痛い。記憶がない。」
そのままの自分の状態を伝えると、ログはフフフと笑ってコップを差し出してきた。
「僕も今さっき起きたとこだよ。目が覚めた時にオリーブもそこで寝てたから流石にまずいと思ってね、今向こうに寝かせに行ってたところ。次にチエルも運ぼうと思ったんだけど、目が覚めたんだね。」
渡されたコップを受け取る。
流石に俺たちと同じ様に女の子が床で寝てるのはダメな気がする。
彼女が襲われることはないと思うけど……。
「そうだったんだ……。ありがとう。はぁ、それにしても2日酔いってほんとにキツイ。こうなるって分かってるのに飲んじゃうんだから、俺も馬鹿だな。」
「身体がしんどかったら、僕がそれ飲ませてあげようか?口移しで。」
そう言って、ニヤリと笑ったログが、瓶に入っている水を口に含ませ迫ってきた。
そんなログの顔を、コップを持っていない方の手で押さえながら、持っているコップの水を飲み干す。
「いいよ!ほらっ、それぐらい自分で飲めるし。てか、うわっ!お前ちょっと口から水漏れてんじゃん。汚ねっ、やめろよー!」
そんな攻防を繰り広げていると、俺たち以外の野郎共も目を覚まし始めた。
「お、俺はこんな所で寝てたのか。お前達朝から元気だな。おはよう。」
「おえぇ。気持ち悪い。は、吐きそうです。」
「お前ら、朝からうるせえぞ!頭に響くだろうが!!」
「それはログに言ってくれよ!ちょっ、マークル、吐くなら洗面台に行って、うわっ。ルイス!見てないでコイツをどうにかしてくれよ!」
……ガチャリ。
「もぉ〜、うるさくて眠れないアル。」
「「「「あっ。」」」」
ログが思いのほか体重をかけてきたせいで、俺は耐えきれずに押し倒される形で倒れ込んだ……のは100歩譲って仕方ない、と言うかしょうがない。
が、俺の手に持っていたコップがその衝撃で手からすり抜け、目をこすりながら扉を開けたオリーブの頭の上に落ちた。
なぜが白地のTシャツしか着ていなかったオリーブの胸元は、水をかぶったせいで下着が……透けて見えた。
「ピンクの……リボン……。」
そう呟いてから、ハッとする。
マークルが赤面して倒れた。
ルイスも珍しく固まって動かない。
「眼福!眼福!」
おっさんはまだ酔っている様だ。
「やぁ、オリーブ。起きたんだね、おはよう。見ての通り僕は忙しいから、そのコップは流し台に置いといてくれるかな?」
あ、コイツは死んだな。
オリーブが俺たちを見回した後に頭のコップを取ってから、ゆっくりと自分の胸元を見た。
「……っつ。このボケカス供がぁ!消し炭にしてくれるネ!」
「ログのせいだからな。」
「とんだ、とばっちりだな。」
「ボボボボボクは何も見ていませんっ。」
「皆んなそんな怒らなくても、もう終わった事でしょ?それに皆んな満更でもなかったんじゃない?」
「もう1発殴られたいアルか?それともお前の頭私のFMJでブチ抜いてやろうか?」
これから行われる入隊式の為に食事を終えた俺達はホールへと来ていた。
勿論、全員頬っぺたに綺麗な掌マーク付きだ。
何かあったのか?と不審な目で俺達を見る周りの目が辛い。
まぁ、本当に頭ぶち抜かれなかっただけ良かったのかもしれないけど。
「いててて、チエル助けてよ。オリーブが酷いんだ。」
もう1発オリーブに殴られたログが頬っぺたをさすりながら俺に寄ってきた。
「お前がデリカシーに欠けているのが悪いアル。ほんと、顔だけマシに生まれたからって、何でもしていいと調子に乗ってるとはっ飛ばすアル。」
あ、それだよそれ。
俺もコイツにずっと言ってやろうと思ってた言葉だ。
イケメンが得をする世界は反則だと思います。
「ログが悪いだろ……。ちゃんと謝っとけよ。」
「う゛ぅ〜、……ごめん。」
「フン、分かればいいアル!」
オリーブがログからの謝罪の言葉を聞けて満足したところで、2階バルコニーからアンドレアス所長が出てきた。
「皆、注目せよ!!」
この前と同じ台詞が聞こえ、その後ろに同じ2人が並ぶ。
今回違ったのは、そのさらに後ろにモナさんを含めた指揮官(教官)達が30人程ズラリと並んでいた。
その多くは何かしらの獣の特徴を持った姿している獣人で、早い話……可愛い子がすごく多い。
男女両方いるけど、人間に近い外見から獣に近い外見の獣人まで様々だ。
アンドレアス所長が1歩前に出る。
「これから入隊式及び誓いの儀式を執り行う会場へ転移する。場所は城前にある泉の広場だ。転移が完了した時点から式は始まるので、厳粛な態度で式に望む様に。式にはこの育成所以外の新人兵も参加する。そして、入隊式後の誓いの儀式における神器授与だが、ここの育成所からは代表としてログ・ローズライトを任命する。以上だ。」
所長がそう言い終わると、毎度の様にその近くで掲げられた杖が光る。
その眩しい光が消えていくと……ほら、あっという間に転移完了。
毎度思うけど、この魔法本当に便利だよなぁ。
見渡すと、ここは泉の中央にある城と陸を繋ぐ橋の中間地点に作られた広場の様だ。
周りを泉に囲まれている円形状のこの広場は、城の外見と合わせたのか、白く綺麗な石畳になっている。外周部分には手入れされた木々や花が植えられていて、人が座れるようにベンチなんかも設置されていた。
城からは一段低い場所にあるこの広場は、街を眺めるにも、城を眺めるにも抜群のロケーションだ。
きっとフォンさんがリンさんにプロポーズしたって言ってたのはここの事だろう。
確かにここの雰囲気だけでも、OKしてしまいそうだ。
そんな事を考えていると、俺達の団体の左右にも同じように戦闘服をきた集団が現れた。
これが言っていた、別の訓練所の新人兵なんだろう。
そして今日のために用意したのか、城への橋が架かる手前の場所に祭壇が設けられていた。
と言っても、少し高い壇の上に白に銀の装飾が施された剣、槍、ハンマーが、立てかけられているだけだんだけど。
その壇の下に所長を含め指揮官達もずらりと並んだ。
「では、これより新人兵入隊式及び誓いの儀式を執り行う。」
そして、別の育成所に所長らしき人が前に出てきて、堅苦しい挨拶を始めた。
それはそれは、ついつい眠ってしまいそうなほど長い話だ。
暇になった俺は、隣で話を聞いていたルイスに小声で聞いた。
「ねぇ、ルイス。誓いの儀式ってなんなの?ログがやる神器授与って何?」
真面目に話を聞いていたルイスは、俺に声をかけられて少し驚いた顔をしたけど、周りの様子を見て大丈夫そうだと悟ったのか小声で答えてくれた。
要するに誓いの儀式って言うのは、侵略してきた魔族に対してこの世界を守る為に、この体が滅びるまで戦う事をマザーホワイトに誓う儀式の事らしい。
俺たちはある意味正式な兵ではないから、任期が終わるまでって事になるけど、一応形として行うらしい。
そして、大昔にこの世界を侵略しにきた魔神と戦い打ち取ったと言われる伝説の武器=神器があって、それが前の祭壇で飾られている剣=クラウソラス、槍=グングニル、ハンマー=ニョルニルらしい。
まあ、飾られてるのはレプリカらしいけど。
それを兵に授けることで魔族殲滅を誓い、この世界の加護を受けられる事を約束される、と言われているそうだ。
まぁ、要は皆んなで世界のために頑張ろうぜ!と言うのを、堅苦しくやっていると言う事らしい。
俺がなるほど……と、理解した頃に長かった話とともに入隊式が終わり、今聞いた誓いの儀式が始まった。
儀式が始まると、さっきまではいなかった白地に銀の装飾が施されたローブを身にまとった神官が1人、城の方から降りてきた。
その神官が祭壇に上がり神器に向かって頭を下げると、各育成所所長が代表者の名前を呼びあげる。
ログの他にカール、アリーと呼ばれた男女が出てきて、ログを中心に祭壇前に並んで跪いた。
すると神官がゆっくりと3人の方に向き直る。
「我らが世界、我らが神、我らが母なるマザーホワイトに誓い魔族侵略を阻止せよ。そして、その偉大なる加護を受ける証としてこの神器を受け取り、その身、その魂の全てを捧げよ。」
そう言った神官が手に持つ杖を高く掲げると、その背後にあった神器がふわりと宙に浮かび、3人の目の前へと移動した。
「今こそ、その神器を手にし己の身命を賭せ。」
そして最初にカール、その次にアリーが神器を手にした。
最後に残ったログがゆっくりと神器に手を伸ばすーー。
「うふふふふ。くだらない、実にくだらないわ。」
ログの手が神器に触れる直前、何処からか声が響いた。
ーーん?なんだ?
「そんな事よりも、もっと胸の高鳴る楽しい事をしましょう。」
次の瞬間、広間全体を球状に赤い光の壁が覆ったーー。




