異変の端
村を出てから思う事がある。
俺の今までいた世界って本当に狭かったんだな……と。
当たり前だと思っていた常識、生活、価値観、そんなものをで木っ端微塵に砕かれていく日々。
もうそろそろ、そんな世界に慣れて来たと思ってたけど、俺の世界はまだまだ小さかったらしい。
俺の目の前で、光を鈍く反射する黒刀へと腕を変形させ自慢げな顔でそれを掲げてみせる女の子に、また一つ俺の常識は壊される。
「どうだ?私の凄さがわかったアルか?」
「信じられない。魔法でもこんなの見た事ないぞ。本当に人間なのか?と言うことはゴーレムでもないんだよな。」
「私のベースは人間アル。これは魔法と科学の粋を集めた結晶ネ。そんじょそこらのゴーレムと一緒にされては困るネ。」
「僕も昔、学校の宿題で初歩のゴーレムを作ったのですが、捏ねた土に微精霊を宿しただけの簡易的なものでした。そう考えるとオリーブさんは全く異なる物のようですね。凄いです!」
「自分でこの力を制御しているのか?最早神の領域だな……。」
「厳密に言うと少し違うけど、私の意思あって制御してるのは確かアル。フフフッ、もっと褒め称えるがいいネ!」
褒められて気分が良くなったのか、オリーブはさっきよりも打ち解けた様子で話し ている。
ぶっちゃけ、凄いんだろうなと言う認識はある。
でもあまりに凄すぎることは、無知な人間からすると、理解する事が出来ずにただただ受け入れる対象になってしまう。
そう、こんな風に全く話についていけない。
神の領域?俺からすれば、魔法の使えるマークルでさえ神の領域だよ。
さすがに、マークルとオリーブでは天と地ほど差があるのは分かる。
でも、ログや、ルイス、オリーブに関しては俺の中では一括りにしかできないんだ。
そう言うものなのだ。
「ところでオリーブ。今回は珍しく君が来たんだね。また先生が呼ばれてるのかと思ったよ。」
「パパは今回別件で調べる事があるから、私が仕方なく来たアル。」
変形させた腕を元の状態に直して、オリーブは椅子に腰かけた。
「先生も君も大変だね。」
「誰のせいだと思ってるアル?」
「やだなぁ、今回は僕から何も頼んでないでしょ?」
2人とも同じ国出身って言ってただけあって、よほど付き合いがあるみたいだ。
そしてさっきから、気にしないようにはしてたんだけど、なんとなくルイスがソワソワしてるような気がする。
アイツもしかして、オリーブに惚れでもしたんじゃないか?
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるネ。」
オリーブがいきなり真剣な表情になって俺たちを見た。
「私は今回ちょっと寄るところがあって、オアシスを通ってここまで来たネ。」
「え!?あのオアシスから来たんですか?やっぱり、凄いなぁ。」
「あんな道、私からすれば一日あれば登れるアル。それよりも、オアシスに関して、何か報告は上がって来てないアルか?」
俺もマークルとおんなじ事突っ込もうとしたけど、そんな事どうでも良さそうだ。
あんまり出しゃばるのやめよ。
「どうしてそんな事聞くんだ?」
ルイスもさっきと違って、真剣な表情で聞き返した。
「聞いてるのはこっちアル。まぁ、でも……。私が感じたのは些細なことアル。いつも鬱陶しいぐらいにレーダー反応に引っかかる木霊が一体も引っかかって来なかったアル。それと、一定レベル以上の強力個体モンスターも、レーダーに引っかかりはしても奥から出てくる気配がなかったアル。神都の連中が何かしてるアルか?」
凄い。レーダーって何か分かんないけど、やっぱり木霊っているんだ……。
それも鬱陶しいぐらいに……。
珍しく、ログも真剣な顔になってるので、空気の読める俺は、何も言わずに話の流れを見守ることにした。
「僕の所には何も上がって来てはないね。神都側が木霊の通り道に何かするって事も聞いて無いかな。でも、それじゃ不自然だね。言い方的にルイスは何か知ってそうだけど?」
ログがそう言うと、皆んなが一斉にルイスを見る。
ルイスはその視線に観念したように、咳払いを一つしてから話し始めた。
「この話は、不確定事項が多すぎて神都内では公にもなっていない。その為秘密事項なんだか、お前達相手では仕方がない。他言は今のところしないでくれ。」
え?これ俺も聞いて大丈夫なの?と思ったけど、すぐにルイスが話し始めたので便乗する事にした。
「先日昼過ぎ、第2オアシスへ警備兵が向かったところ、そこで異変があってな。オリーブはモンスターや木霊が見当たらないと言ったが、そこではまるごと居なくなってたんだよ……。」
「まるごと?」
「あぁ、第2オアシスとその周辺のモンスター含め、亜人や人間、そのオトモもがまるごと消えていた。」
「ちょ、それって結構ヤバいんじゃ……。」
「あぁ。それから、交代に出向いた警備兵がオアシスの入り口付近の茂みで、任務についていた警備兵を1人発見したんだが、意識がない状態らしい。なんでも猛毒状態で簡単に治癒もできないらしくってな。だから、何かあって皆んなで逃げたのか、それとも何かに襲われたのか今のところ何も分かっていない。この事態と関係あるのかも分からないんだ。」
じゃあ、俺が昨日市場で見たあの人達ってこの話の警備兵ってことか?
「そんな馬鹿な!私が第2オアシスを通った時は、昨日の朝方だったけど人で溢れてたアル。半日であれだけの人が消えるなんておかしすぎるアル。それにあそこにはレベル200越えのカイル・ウィズリーもいたアル。何かある前に公表した方がいいアル!」
「だから、逆に公表できないんだね……。」
「あぁ。現状、情報が少なすぎる。不確定な情報だけで公表しても、人々を混乱させるだけだからな。ましてやそのカイルからなんの連絡もない事が、事態の大きさを指していると言っても良いだろう。現在、木霊の通り道は全面封鎖して見張りを強化しているが、今のところ追加で情報は上がっていない。」
確かに、レベル200越えの兵も消えたとなると、普通の兵じゃ対処できない可能性の方が高い。一般民にしてもそうだ。
ちょっとこれ、新人兵になった俺達にとってヤバい話なんじゃ……。
エリート3人ならまだしも、俺やマークルなんかじゃ、場合によったら即死、無駄死にコース……。
隣で青ざめているマークルも俺と同じ考えに至ったらしい。
「ちょ、ちょっと良いですか?もし、それが凶悪な魔物なり、モンスターだとしたら神都に来る可能性もある訳ですよね……。だとしたら、僕達ヤバイんじゃ……。来ていきなり死ぬのだけは嫌なんですけど……。」
「その可能性を完全に否定することはできないだろうね。でも神都の周りには強力な結界が張られているんだよ。内側から招かない限り入るのはかなり難しい。もしそれを突破してくる相手なら、残念だけど僕達の命の保証はできないね。」
「そんな相手なら諦めるしかないアル。」
「そ、そんなぁ〜。」
まだ彼女もできたことないのに……と、嘆くマークル。
「だかまぁ、ログの言った通り、神都の結界が破られたことは記録には無いほど強力なものだ。それに新人兵をその様な不確定な場所にむやみに配置する事もないだろう。」
そうだと嬉しいんだけど、どちらにしろ今の俺じゃそこら辺の獣にも負ける可能性がある。
最早、俺の問題はそこなんだ。
少しでも早く訓練して強くならなければ、どっちにしろ死ぬ。
今回の順位をみて確信したんだ。
俺はやっぱり弱い……。
友達もできた、帰りを待ってくれている人達もいる。
出来る限りの事はしたい。
「まぁ、少しでも情報があれば皆んなで共有しよう。他言は今のところ控えて貰うが……。何があれば俺が上に掛けあおう。」
「それでいいんじゃない?今のところはあんまり情報ないみたいだし。心配しすぎても、状況は変わらないしね。」
強いヤツってやっぱり肝が座ってるよな。
俺もマークルもきっと、今晩は寝られないだろう。
「しょうがないから、お前達にこれをやるアル。」
オリーブが小さなカプセルを1人に1個ずつ投げわたした。
「解毒カプセルアル。見つかったヤツが猛毒状態だったなら、毒に関する対策を持っていてもいい筈アル。猛毒となれば解毒できないけど、状態を緩和する事は充分に出来るアル。とりあえず持っとくといいネ。」
俺は無くさない様に胸のポケットにそれを入れる。
使う時は来て欲しくないけど、正直ありがたい。
「すまない。珍しい形の解毒薬だな。小さくて持っておくには最適だ。これは量産されてる物なのか?他の兵にも持たせられないだろうか?」
「それはダメアル。これはパパが開発したもので、まだ研究段階の物アル。勝手に分析したり、作られるといろんな意味で困るネ。口外はしないでほしいネ。数も4つしか持たされてないアル。」
「分かった、約束する。だか、オリーブの分は良いのか?それならば、私の分は返すのだが……。」
ルイスが申し訳なさそうにカプセルをオリーブに差し出した。
「問題ないアル。私には毒は効かないアル。」
「そ、そうか……。なら、遠慮なく貰うとするよ。」
そんなのありですか?
俺もサイボーグになりたくなってきたな。
そんなこんなでこの話は終り、その後は皆んなの故郷の話や、自分の話なんかをしてパーティーで過ごせなくなった時間を埋めるように過ごした。
その途中で、門番のおっさんが口の周りに食べ物をいっぱいつけて泣いているダチュラを肩に乗せてやってきた。
食べるのに夢中になって、気づいたら皆んないなくなっていたらしい。
会場の隅で泣いているダチュラを見つけたおっさんが、ここまで連れてきてくれてたようだ。
そう言えば、また忘れてた。
ごめんダチュラ。
さっきの騒ぎを聞いたおっさんは、会場の酒と食事も一緒に持ってきてくれたので、最終的にはダチュラとおっさんも混じって日付が変わるまで皆んなでワイワイとして過ごした。
ーーパキンッ。
ひときわ煌びやかなパーティー会場の2階テラス。
ここは、貴族や名の知れた家系の騎士などだけが使用出来る、いわゆるVIP専用会場。
テラスから見える神都や城は夜になるとライトアップされ見るものを夢の世界に誘い、ステージ上で演奏者の奏でる美しい楽器の音色が極上のひと時を約束する。
その中でも、さらに多額の料金を払わなければ利用できないテラス外側の一角を、アレックスはさも当たり前のごとく占領していた。
革製の高級感あふれる大きなソファの真ん中に座る。そんな自分の両サイドにエルフ特有の尖った耳を持つ美女が座り、己の手に持つグラスに酒を継ぐ。
彼女達が身につける高級な香水の匂いが鼻をかすめるたび、アレックスは自分のあるべき姿を再認識できるのだ。
アレックスにとってこの優越感はあって当たり前の感情であり、状況なのである。
自分は生まれるべくして生まれた存在。
カイラス王国第1貴族レモンポール家長男、アレックス・レモンポール。
彼は生まれながらに力、地位、権力、金、全てを持っていた。
なぜなら、自分は選ばれた存在だからだ。
だから今回、王に貴族の権威を取り払った、貧民と同様のこの収集に応じることを命じられた時には、ついに王もここまで落ちたのかと落胆したのだ。
だが、こうやって高級な酒と最高級の女に囲まれていると、荒れていた心も幾分か落ち着いていくのが分かった。
「アレックス様に来て頂けたのですから、もはや神都の安全は保障されたという事になりますね。アレックス様に守って頂けるなんて素敵。」
ただでさえ胸元がはだけたドレスを身にまとっている美女が、その豊満な胸を押しつけるようにアレックスの腕にすがりつく。
「そのとうりだよ。君達のことはこの私が命に変えても守ってみせよう。」
「そんな事言われると私達、本気にしちゃいますよ?」
そう言って美女がアレックスの唇に自分の唇を重ねた。
「もぅ!2人だけでズルいんだから!私もアレックス様とキスしたいんだから。」
もう1人の少し幼い顔立ちの美女もアレックスの腕にしがみついた。
その時、演奏者のいるステージ上に映像が映し出された。
そして獣の耳を生やした女が今日の順位の報告を告げる。
あるべくしてある私は当然1番であると確信していた。
そして順位が写し出される。
ーーパキンッ。
映し出された自分の順位に目を疑う。
反射的に握りつぶしたグラスからこぼれた酒が血と一緒に服の裾を濡らした。
きゃっ……と言う女達の悲鳴も耳には届かない。
慌ててハンカチで手と血をぬぐいに来る女達を突き飛ばし、テラスを後にする。
誰も通らない廊下まで来たアレックスは怒りに任せて、植物を植えてある高級そうな花瓶を蹴り壊す。
「あ、ありえない。この私が4位だと……?ルイスならまだしも、拾われ貴族のクズと何処ぞの馬の骨とも分からないゴミが私よりも順位が上だと?ふざけやがって。覚えておけ、いつか地に落として誰が上に立つ存在なのかを教えてやる!」
地の底に響くような声でそう言った後、アレックスは誰もいない廊下の向こうに消えていった。
もちろん、アレックスが壊した花瓶は後に見つけたスタッフが適切に処理しました。




