ログ・ローズライト
「う、嘘だろ?」
「よろしく。チエル。」
軍服(……まぁ、今は軍服じゃないから元軍服だけど、)は、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いてこっちに向き直った。
「え、なんで……。」
「おっ、お前ら顔見知りか!ちょうど良かったじゃねえか!」
おっさんが俺の肩をポンッと叩いて言った。
「いや、いや、いや、いや!よ、良くないですよ。そうだ!部屋、部屋を変えてください。お願いします!」
俺は泣きながらおっさんにすがりつく。
コイツと同じ部屋とかきっと良くないことが起こるに違いない。否、コイツが起こすに違いない。
「いきなりそんな事言うなんて、ひどいよチエル。」
なんて言いながら誰でも悩殺スマイルを崩さない軍服。
「部屋を変えるってお前、そんなこと言われてもな。それなら隣の部屋の奴にでも自分で交渉してみろ。そこまで面倒は見きれねぇよ。」
良かった。何とかして隣の奴に交渉して……。
俺はそのままの勢いで、部屋を飛び出し隣の部屋の扉をドンドンと叩く。
「すいませーん!開けてくださーい!」
すると扉の向こうから声が聞こえた。
「たくっ、うるせぇぞ!ぶっ殺されてぇのかクソが!」
そう言って出てきたのは、いつぞやのリーダーとその取り巻きチンピラB。
「「……あ。」」
そうゆう事に……なってるんですね。
「てめぇ!何でこんなとこに……。丁度良かったぜ。昼間の借りを返してやるよ。」
「うわぁぁぁ〜。」
慌てて元の自分の部屋に戻る俺。
部屋に入った所で追いついたリーダーに首根っこを掴まれる。
「逃げたって無駄なんだよ。これでお前もあの世い……き……。」
そこでリーダーが部屋でコーヒーを飲んでいる昼間の軍服に気がついたようで、驚愕のあまり俺を掴んでいた手を離した。
いや、気持ちは分かるよ。
「な、あんた、なんで……。」
「やぁ。僕の忠告忘れた?指の骨、粉々にして欲しいのかな?」
「す、すいませんでしたあぁぁ!!」
そう言いながら、リーダーは脱兎の如く自分の部屋に帰っていった。
結局、最初の状態で部屋に立っている俺とおっさん、そして軍服。
「まぁ、俺は自分の仕事もあるから戻るわ。後は自分達でなんとかしろ。明日遅刻すんなよ。じゃあな坊主。」
そう言って、無慈悲にもおっさんは部屋から出て行ってしまった。
そ、そんな……。
ガタッ。
「ーーヒッ。」
「そんなに避けられると、流石に僕も傷つくなぁ。」
軍服が席から立ち上がって、近づいてくる。
「そっちが……あんな事するからだろ。」
俺は反射的に距離を取るように後ずさるけど狭い部屋の中だ、すぐに壁に追い詰められる形になった。
俺の顔の横に肘をつかれて、横に逃げることもできない。
「あんな事って……どんな事?」
コイツ、どんな事って……しらばっくれやがって!
俺が無言で睨んでいると、奴の顔がグッと近づいてきた。
ち、近い……。
「今は邪魔者もいないし。君をチンピラから守ってあげたんだから、相応のお礼ぐらい、もらってもいいよね。」
誰もお前に頼んでないし!と言おうと顔を上げると、壁についてない方の手で顎を固定された。
……えっ?
ゆっくり近づいてくるアイツの顔が怖くなりギュッと目を瞑る。
ちょっとだけ涙が出た。
「こ、……これ以上は俺様の中身が出るデシ……。」
背中に背負っていたリュックからダチュラの消え入るような声が聞こえた。
「「……あ。」」
慌てて離れる俺達、と言うか軍服。
た、助かった。ナイスタイミング!!
「ごめん、ダチュラ。大丈夫か?」
するとリュックの後ろに引っ付いていたダチュラがモソモソと肩に上がってきた。
「ったく、オマエら俺様を完全に忘れてたデシ?虫をなんだと思ってるんデシ!お陰でこのマシュマロンボディーから、もうちょっとでグロテスクな中身をぶちまけながら圧死する所だったデシ!」
そう言われて想像したら結構気持ち悪い。
「ごめんよ。またうっかり君の事忘れてたよ。」
そう言って、軍服が机からクッキーを取ってダチュラに渡した。
「ウッヒョー!もう全然気にしてないデシ!てか、またってどう言う事デシ?」
軍服の野郎ダチュラを食い物で丸め込んだだと?!
オマエも簡単に釣られやがって。
「チエルから聞いてない?僕達昼間会ったんだよ。君は伸びてたけどね。」
「もしかして、チンピラを追い払ったのがお前デシ?」
「そう言うこと。」
そう言って軍服は微笑んだ。
「せっかく同じ部屋になったんだ、チエルにダチュラ、これからよろしくね。」
なんだかんだ、軍服とダチュラは打ち解けたようでテーブルでコーヒーとお菓子をつまんでいる。
「ほら、いつまでそんな端っこで立ってるのさ、チエルもこっちにきて座ったら?」
「チエル!このクッキー美味しいデシ!」
あ、アイツら……。
「俺はあんたのこと……信用してないんだからな。」
「大丈夫、大丈夫。反応が面白くてちょっとからかっただけだよ。僕別にチエルに嫌われる事したいわけじゃないし、ね!ほら、コーヒー入れたから飲みなよ。」
ね!じゃねぇーよ。
からかっただけってなんだよ!
ちくしょう!なんか経験値の差を見せつけられたようでイケメン腹立つな〜。
「……じゃあ、もう変な事するなよ。」
「分かった、分かった。」
とりあえず身の安全が確保できたので、席に着く。
「どうぞ。」
軍服がコーヒーを俺の前に出してくれた。
「ありがとう。」
コーヒーから香ばしい豆のいい匂いがする。
「あの、ちょっと気になってた事があるんだけど……。な、名前なんて言うんだ?」
流石にこれから先、軍服と呼べないので気になっていた名前を聞く。
軍服は向かいの席に着いてから、
「そういえば、何にも言ってなかったよね。僕は、ログ・ローズライト。ログって呼んでよ。改めて、よろしく。」
そう言って手を差し出してきた。
「……ログ。よろしく。」
俺もその手を取って握手する。
「所でさ、俺ここの部屋で大丈夫なの?だってログって、上司になるんだろ?」
「あぁ、そんな事言ったっけ。そう言えばあの人達も手を引くと思って、言っただけだよ。僕も家の都合で神都には何回か来たことあるけど、今まで国で引きこもってたからね。」
僕の演技もなかなかだったでしょ?なんて言ってるけど、あんだけ強かったら誰だって信じるに決まってる。
「ログの国はどこなんデシ?」
「僕の国はシャスタ王国だよ。うちの国は小国の1つなんだけど、魔物の侵略が激しくてさ、戦ってるうちに嫌でも強くなっちゃうんだよ。今回の収集も白界全域にかけられてるけど人数が人数だからね、全員を1度に神都に呼ぶ事は出来ないから、各大国と、3つの小国で時期をずらして収集してるみたいだしね。」
「なるほど。じゃあ今回集まってるのは小国から集められた人って事か。」
「そーゆー事。」
確かに神都は物凄く広いけど、全国から一斉に人が集まるのは無理だよな……。
それにしても、ログの国も魔物に……。
あんな奴らと戦ってきたなんてログもきっと大変だったんだろう。
「どうしたのチエル?顔が暗いよ?」
ログが俺の顔を覗き込んでくる。
「い、いや、俺の村は魔物から逃げるだけで精一杯だったからさ。やっぱログはすごいな……。それとちゃんと言えてなかったけど、昼間はありがと。来てくれてなかったら今頃死んでたかも……なんちゃって。」
するとログが俺の手に自分の手を重ねて真剣な顔をして言った。
「大丈夫だよ。チエルの事は何があっても僕が守るから。」
言われて恥ずかしくなって、俺は慌てて手を引っ込める。
本当にこれじゃあまるで、ミザリーの絵本に出てきた王子様だ。
「そう言う事は、好きな女の子にでも言えよ……。」
するとログはまたにっこり笑って、
「別に友達にも言ったっていいんじゃない?もちろんダチュラもね。」と言った。
「俺様もオマエ達を守ってやるデシ!友達だからデシ!」
友達……か。
俺はその言葉に少し心があったかくなる様な気がした。
世間話も終えて、俺達は明日に備えて各自に支給された戦闘服の確認をしていた。
白を基準とした生地のジャケット、トラウザー、ブーツにTシャツ。胸についたポケットにある7色のライン。あまり俺の住んでいた所では見ない服装だ。
なんでも有名な発明家が考案した服だとかなんとか。
階級の低い俺達は、日常から式典まで基本この服で過ごす事になるらしい。
予備で1人3着も支給されたので、嬉しい限りだ。
「チエル、似合ってるね。」
そう言ってくるログは着こなしすぎていて、もはや眩しい。
「ログに言われてもなぁ……。」
「すごく可愛いよ!」
「出来ればカッコいいって言って欲しいんですけど。」
思ってだけど、やっぱりログは少しおかしいやつだ。
もぅ、あんまり突っ込まない様にしよう。
「あ、チエル。」
思い出した様にログが俺に向かって何かを投げてきた。
見てみると俺の無くしたバッチだ。
「あ、これ。俺本当無くしたと思ってたんだよ。拾ってくれてありがとな!やっぱ昼間の時に落としたのかな。」
「次は無くさないようにちゃんと付けときなよ。」
そう言ってログはシャワーを浴びに浴室に入っていってしまった。
俺も無くさない様にジャケットにしっかりとバッチをつけて、明日のテストとやらに備えて寝る事にした。
分かりにくかったかもしれませんが、ログがチエルと再会するためにのバッチを故意に取っていた自作自演、という設定です。
その事をチエルが知るのはもう少し後の話……となる、つもりです。




