神都
広間を出た俺達はすぐに建物の外に向かった。
べつに、奴らから逃げてるってわけじゃ……ない。
俺が取ったんじゃないけど、結果的にアイツらのお金でたらふく飲んだのは確かだし、今更返すお金も、黙って殴られる事も出来ない。だから、可能な限り接触をさけるのは当然の行動なのだ。うん、うん。
広間から出て廊下を歩くと、すぐに外の光が見えてきた。
建物の中が少し暗かった事もあって、走っていきなり外に出た瞬間に目が眩む。
目の前にかざした手を退けて、眩しさにぎゅっと瞑った目をゆっくり開けてみる。
「「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」」
す、凄い!
なんて言うかキラキラしていて、町中真っ白で綺麗だ。
「すごいデシ!!」
「ローラリンで話には聞きてたけど、本当にあのマザーホワイトの穴の中に町があるんだな!」
穴の外に広がる景色も広大で遥か下に川や町らしきものも見えた。
らしきもの、と言うのは小さくてほんと言うとあんまり良く分からないからだ。
大樹とは言え、俺たちの住んでいた村からじゃ、ほとんどマザーホワイトの幹本体までくっくりとは見えなかった。だからまさか本当に幹の中に神都があるなんて聞いた時には驚きで顎が外れるかと思った。
「チエル見るデシ!綺麗なお城があるデシ〜!」
ダチュラがリュックの上から俺の髪を引っ張った。
振り向いてみると見た事もないような、大きくて、マザーホワイトに負けないぐらい白く美しい城が立っている。
「す、すんげぇーーーー!!」
「ははは。お前たち始めて来ました感満載だな!」
横から人間の背丈よりも大きくて、首と足のすらっと長い鳥に跨ったお兄さんが声をかけてきた。
「こ、こんにちは……。」
言われて、急に恥ずかしくなる。
「いやいや、俺も昔初めて来た時同じリアクションして同じように声をかけられたもんでな。つい、懐かしくなってよ。ところでお前らは今回の収集で来たんだよな?それだったら時間が許す限り神都を案内してやろうか?」
そう言ってお兄さんは鳥から降りてきた。
「い、良いんですか!ありがとうございます。」
「ちょうど仕事終わりだったんだよ。俺はフォンだ、よろしくな。」
「チエルです。よろしくお願いします。」
「ダチュラデシ。」
こうして、田舎者丸出しの俺達は運良くフォンさんに神都を案内してもらえる事になった。
俺たちはフォンさんが乗っていた鳥に、人が乗る用の車体を取り付けてもらい、町中を移動していた。
「すごいですね。鳥もですけど、町も現実なのか分からないぐらい綺麗です。」
「この鳥はミュミュって鳥でな、ほとんど飛べない代わり力と走りに長けてるんだ。人間にもとてもなつきやすいから良く移動の手伝いをしてもらっているんだよ。……確かに、俺も初めて来た時はそう思ったよ。ここはな、出来るだけマザーホワイトを汚すことのないようにと、マザーホワイトと同化させるって意味で極力建物や、道なんかも白く作られてるんだ。その象徴がさっき見てたあの城だよ。」
指差す方には町の上部にそびえ立った屋根まで白い城が立っている。
「ここの穴は横から横から見たとき、斜めに貫通してる穴でな、神都ではその一番上に城が立ってるのさ。その城から階段状に町が下に続いてるんだよ。また城に行く機会がある時にじっくりみるといいさ、幹から滲み出た大量の水が城の周りで湖になって、そこから町に流れ出てるのさ。すんげえ綺麗でさ、俺も嫁にそこの湖で告白したんだぜ。」
「ロマンチックだなぁ〜。俺もそんな所に女の子と行きたいなぁ。」
「俺様が一緒に行ってやるデシ!」
「お前と行ったってどうすんだよ。」
「ははは、チエル。男はな……漢気だぜ。」
「お、漢気?」
「そうよ!変な男に言い寄られていた彼女をたまたま助けてな、そこから仲良くなれたんだ。女を守れる漢、そんな男になるんだな!」
「な、なんかカッコいい。でも、俺すんごく弱いんですよね。」
「強さは二の次よ。その気持ちが行動に出た時、相手にそれが伝わるもんなのさ。」
「な、なるほど……。参考にさせてもらいます。」
そんな話をしながら、教会や、市場、新兵育成所、オススメのショップなんかを一通り見て回った。
一通りと言っても、ざっと見て回っただけで、回り終わる頃には日が落ち始めていた。
「良かったらうちの隣が宿屋なんだ。そこで良いなら連れて行ってやろうか?」
「ありがとうございます。助かったー。なんか宿探すのトラウマで……。よろしくお願いします。」
「よくは分からんが、了解した。じゃあそこに連れてくよ。コル、あと少し頼んだぞ。」
するとコルと呼ばれた鳥がグァーっと声を上げてさっきよりも速い速度で走り出した。
ちなみにその時、バランスを崩した俺は前の座席に顔をぶつけて鼻血を出した。
10分くらいで目的の宿に着いたようで、車が止まった。
フォンさんが先に降りてコルの鞍を外して餌と水をあげていた。
俺も降りてコルにお礼を言って真っ白な背中を撫でてみた。
見た目どうりふわふわであったかい。
「お疲れさま。今日はありがとうな。」
コルも嬉しそうに俺の頭を突きにきた。
「お前達もお疲れ様。そこが言ってた宿だから先に入っててくれ。」
荷物を片付けながらフォンさんが灯りのついた宿を指差す。
片付けの手伝いを申し出たけど断られてしまったので、俺達は先に宿に入ることにした。
リンリーン。
扉を開けるとそこに付けられていた鈴が鳴って、奥から綺麗な女の人が出てきた。
「いらっしゃいませ。宿屋、“とまり木“にようこそ。」
「あ、こんばんは。俺、フォンさんにここを紹介してもらって……。」
「あら、フォンに?そうだったの。さぁ、どうぞ上がって。」
そう言って中に案内してくれた。
店と言うより、オレージー村の自分の家を思い出すような作りで、とてもホッとする。
暖炉のある部屋のオレージー色の布がかけられたソファに案内されて腰掛けると、1日の疲れが身体に一気にやってきた。
「ふぅ。今日は特に何もやってないのに以外に疲れてたんだな……。」
「そうだろうな。半日近く鳥力車に引かれてたら以外に疲れるんだぜ。」
片付けを終えたフォンさんがそう言いながらテーブルを挟んで向こうにあるソファに腰掛けた。
「どうりで帰りが遅いと思ったわ。」
さっきの女の人が俺とフォンさんの前ににコーヒーとクッキーを置きながら言ってきた。
「たまたまコイツらと会ってな。……おっと、この人は俺の嫁のリンだ。」
フォンが、そう言うとリンと言われた人がニッコリ微笑んだ。
「フォンの妻のリンです。今日はこの人に連れ回されて大変だったでしょ?今日はあなたしか泊まる人いないから、ゆっくり休んで行ってね。」
そして、ご飯を用意するわねと言ってまた奥の部屋に入っていった。
「フォンさんの奥さん綺麗な人ですね。奥さんの店なんですか?」
「だろ?俺も見たとき一眼惚れだったんだよ。それから、ここはリンの両親の店だよ。手伝ってるんだ。あいつの作る飯、すげぇうまいからたくさん食って行ってくれ。」
そう言って、リンさんが持ってきたクッキーを渡してきた。
程よく甘くてしっとりしたクッキーがとてもコーヒーに合って美味しい。
「美味しい。お腹減ってるんで、晩御飯も楽しみです。」
するとクッキーを顔にいっぱいつけたダチュラが言ってきた。
「それにしても、神都って言うだけあって人がすごい多いデシね。」
「まあ、神都は国と国を繋ぐ中継地みたいなもんだからな。」
おんなじようにクッキーを顔につけたフォンさんが答えた。
「中継地?」
「そうだよ。チエルはあんまりしらないか?この世界にはマザーホワイトの根で区切られた7つの国から出来てるんだが、それぞれの国に行くにはこの神都を経由していく必要があるんだ。国境を示す根はあまりに大きく、成長もすごい。だから道を作ろうにもすぐに元に戻ってしまったり、他の植物のせいですぐに通れなくなるんだよ。」
「それで、中心地のここを通って行くって事デシか。」
「そうだったんだ。知らなかったなぁ。逆に普通には来れないってイメージあったなぁ。」
「だから神都にはそれぞれの国のアイテムや食べ物があったり、文化が入り混じってたりするんだよ。確かに貴族だったり商業でもしてない限りここへの転移魔法陣は使えないから、それ以外の人はあんまりこないんだけどね。」
「転移以外にはどうして来るんデシ?」
「歩いて下から登れる道があるんだよ。俺はそこから登ってここまできたんだよ。それで住み着いたってわけさ。」
さらっと言ってるけど、結構すごい事なんじゃ……。
10回ぐらい死にかけたとか言ってるし……。
魔法陣あって良かった、なんて俺はひっそりと思った。
そんなこんなでしばらく話していると、奥から美味しそうな匂いがしてきて、俺は出てきた料理をダチュラと取り合うように平らげた。
その後は明日のことも考えて、早めに部屋で休息をとった。
ーーん?ここはどこ、だ?
白くぼんやりとした空間に俺は立っていた。
あれ?またダチュラがいない。またアイツ飯でも食いに行ったのか?
それとも、ここは俺の夢、か?
頭がボーッとして、でもなんだかあったかくて気持ち良い。
しばらく歩いて行くと小高い丘の上についた。
その丘の上に白い苗木が1本立っている。
風に揺られてとても気持ちよさそうだ。
俺は苗木の横に座って目を閉じる。
「……げろ。……せ。」
ーーなんか、声が聞こえたような?
目を開けるとあたりは暗くなって、冷たい風が吹いている。足元の芝もみるみる萎れていく。
慌てて立ち上がると、俺と苗木を囲んで7つの黒い影がゆっくりと近づいて来ていた。
「なんなんだよ。く、来るな!」
それでも影はゆっくり近づいてくる。
後ろに下がろうとすると、バランスを崩して尻もちをついた。
「痛っ、な、なんだこれ……。」
足に黒い根が絡み付いていた。
根はどんどんと絡み付いてくる。
「うわぁぁ、ぐ、クソっ。」
根を必死で引き剥がそうとするけど、なかなか外れない。
必死になって身体をよじった時に、腕が白い苗木に当たった。
すると、苗木がどんどん成長し黒い根を引き剥がしながら俺を包んでいく。
俺を包む幹の中に虹色に光を反射する大きな水晶があって、キラキラと光っていた。
あったかい……。
ふと前を見ると俺を包む白い幹の隙間からさっきの黒い影の1つが、俺の方に手を伸ばして来ている。
そして、俺の目の前までその手が迫って……
「 」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
ガバッ……っと布団から飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
……ゆ、夢か。びっくりした。
壁に掛けてある鏡に映る俺は汗びっしょりで、肩で息をしてる。
ついつい、さっき影が触れた頬に自分の手を当てる。
まだ、感触が残っているような気がする。
「チエル、急にどうしたんデシ?この歳でお漏らしでもしたデシ?大丈夫デシ。俺様はそんな事で嫌いになったりしないデシ。」
シーツの隙間からダチュラが眠たそうに出てきた。
「お、お前、俺と同じ布団に入ってきてたのかよ。お陰で、あれ?なんか、夢を見てたような……。うーん。」
ダチュラを見てたらだんだんとさっきの記憶に靄がかかって、分からなくなってきた。
……なんで俺、こんなにも怖かったんだろう?
「チエル、なんか変なもの食べたデシ?」
「お前じゃないからそれは無い。」
トントンと扉を誰かがノックした。
「チエルくん、おはようございます。朝食の準備が出来てるから昨日の部屋に来てくださいね。」
と、扉越しにリンさんの声が聞こえた。
「おはようございます。すぐに行きます。」
朝食のいい匂いが漂ってきて、俺はとりあえず夢の事は忘れて朝食の事を考える事にした。




