【第一話】CEO
2018年の秋が終わりを告げ本格的な冬へと変わる頃、
ニノーのホセCEOが収賄の容疑で帝国拘置所に拘留された。
その衝撃は国内はもとより世界中に広がった。
会計報告されている役員報酬に対して、実際には何倍も多くの現金を受け取っていたのである。
世界的企業のトップが拘束される事態に企業の株価は急落、
事なかれ主義のこの国がとった検察の強硬姿勢に各国の首脳陣も驚きを隠せずにいた。
中東の王族から出資された金で行なっていた投資の損失を、会社の金で充当したとの報道もあがった。
大衆はどうせ「莫大な保釈金を払って釈放なんだろう」と冷ややかな態度であった。
しかし最高裁の判決でこれらの背任行為を理由に実刑が確定された。
裁判の判決結果が出たのは、年が明けて初雪が観測された日だった。
この様なケースでは異例のスピード判決で懲役刑が言い渡された。
無罪を訴えるホセであったが、その判決が覆ることはなかった。
その結果に日本へ進出している外資系企業のトップ達は戦々恐々となっていた。
これは他の企業に対する見せしめかもしれない、
特に政治的問題が重なる周辺東アジアに対しての警告と。
ホセの弁護団側は判決後も抗議を続けている。
あるジャーナリストが言うには、
「ホセは経済成長が目覚ましい共産主義国家の幹部と接触しており、
そこで電気自動車の市場を独占する見返りとしてニノーおよび関連会社の技術の譲渡、
経営人事に党幹部を配置する密約があったとも言われております。
ニノーは自動車以外に実は防衛装備品にも関わっております。
法律で同盟国以外に軍事転用できる製品の輸出規制があるにもかかわらず、
第三国を経由して流そうとしていた様です。
これはあってはならない事です。
この密約を同盟国側が察知して、我が国の政府に処罰するよう指示したとの噂が出ています。」
ホセは幼少期を北中米で生まれ育ち、16歳で親とともに移民としてヨーロッパに渡り
名門大学で経営学を習得している。
その後は経営コンサルタント会社に就職、各国のインフラ事業を成長へと導き
その手腕買われ様々な企業の経営陣と招かれ今のニノーCEOに就任した。
実は両親が某国の諜報員でホセ自身にも様々な黒い噂が絶えない。
ヨーロッパへ渡ったのも諜報活動が本当の狙いで、
ホセのキャリアも某国のサポートがあったと考えられる。
この経歴も作られたものかも知れないが・・・。
今年一番の冷え込みを見せる早朝、ホセは帝国拘置所から東京プリズンへ移送された。
世間を賑わす公人との事もあり、到着後特別に所長室へと呼び出された。
看守の付き添いのもと東京プリズン最上階にある所長室へと連れられた。
重厚な木製の扉を叩き看守がホセを連れてきた事を報告した。
呼ばれて中に入ると一面ガラス張りの部屋は応接室を兼ねた内装となっていた。
ホセと同年代と思わしき、肥満体型の男が椅子から立ち上がり声をかけた。
男は笑顔でホセに近づいた。
「君があのニノーのCEOのホセ君かね。失礼、元CEOだったな。
ようこそ東京プリズンへ、私が所長の浅田だ。
これだけ世間を賑わしているもんだから、囚人達の間でも君の噂で持ち切りだそうだ。
君を他の囚人と同じ扱いには流石にできないとは思っていたし、
特別待遇をする様にと政府からも達しが来ているよ。
まぁ、君は日本語も堪能だからここでも心配は無いと思っているよ。
お互いトップ同士、困ったことがあったら気兼ねなく言ってくれたまえ。
あっ、もう君はトップでは無かったか。またも失礼ハッハッハ。」
所長はベルトのバックルをいじりながらホセの肩を、ポンポンと叩いた。
「さっさと俺の弁護士を呼べ!」ホセは浅田に命令した。
「まあまあ、そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるんだし、焦らなくても大丈夫だよ。
そんなことよりもせっかくだし世間話でもしないか。
たくさんお金を稼いで何に使うつもりだい?」
ホセは答えない。
浅田は咳払いをした。
「私はそろそろ車を買い替えようかと思っていたんだがニノーの車を売り込むチャンスだと思わんか?
監獄内で売り上げに貢献したら大したもんだと思うがね。
今はスズモトの高級ハイブリッド車だが、次はニノーの電気自動車に乗ってあげてもいいと思うんだよ。
ハッハッハ、好感度をあげようかと思ってね。」
「お前はまず痩せる為に歩いたらどうだ?自分で管理もできない体型でトップも何もないだろう?」
ホセは上から見下す感じで返した。
締め切った部屋の中にいる浅田の髪が一瞬揺らいだ様に見えた。
「さあ、もう行きなさい。」
そう浅田が言うとホセは看守に腕を掴まれて部屋の外に出された。
ホセは二人の看守を睨みつけながら両腕を振り払った。
窓の外には灰色の雲が空一面を覆っていた。
ノンフィクション作品を意識しながら作ってみました。