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08 アンドロイドは電気羊に夢を見る(2)

挿絵(By みてみん)



 朝目が覚めて、周りを見回して新しい自分の部屋を眺めた。


 そろそろ、アンドロイドのくせに寝坊なんてする馬鹿に向かって、枕を投げつけて起こす時間だ。あれは馬鹿力で寝相が悪い。研究所に来た当初は知らなくて、起こしに行ったら寝ぼけていたそいつに酷い目に合わされた。それ以来俺は、枕を顔面に投げつけて起こしているんだ。博士もあんな所まで人間を再現しなくても良いと思う。やるならせめて、あの馬力を人並みにして欲しい。

 そんで、その後は博士の研究室に向かう。結構な割合で徹夜していて、朝食を食べないで寝始める事もある。まだ眠たいとうるさい二人を引っ張って、研究室内のあの子に挨拶する。彼女はまだ出来上がってないから、培養カプセルから出てこれない。「おはよう、もうすぐご飯ができるらしいよ」と、同居人がしてくれてる朝食の様子を教えてくれる。

 同居人の男はマメな奴で、料理に関しては一番上手い。博士は手先は器用だが、基本的に探究心が明後日の方向なので絶対にキッチンには立たせてはいけない。



 なんてのは、昨日までの話しである。



 あと二十分すれば、朝食の時間とあの人が呼びに来る。食事が終わったら今日のスケジュールが始まる。これから数年かかる日々のスタートだ。

 着替えて出る用意をする。終わった頃に、部屋にノックが響いた。

「おやようございます。××様。朝食のお時間になります」

「……おはよう」

 やはり一晩経っても慣れない。今まで毎日見てきた顔が表情無く俺を様付して、淡々と話しかける。


「どうかされましたか?」

 ぼうっとその様子を見ていた俺を、覗きこむように彼女の顔が見えた。

「いや、なんでもないで……」

 いつも博士に使っていた敬語が出てきた。途中気が付き、終わりの言葉を飲み込む。

「大丈夫だよ。早く食堂に行こう」

 俺はもう一度言い直した。彼女は俺よりも後に生まれて来た年下で、あの博士とは違う人物だ。見た目が似ているだけだ…………分かっている。でもやり辛い。

「はい。××様」

 相変わらず表情の薄い顔で、一言が聞こえた。



 食堂ではまた、黙々と静かに料理を口に運ぶ。

「本日は一日快晴の予報です。ただ日が沈む頃から気温が急激に落ち、寒くなると出ております。本日の意見交換の場は、夜の六時半が終了予定時刻の為、上着を一枚お持ち下さい」

 会話のない食事の中、彼女はそんな天気の話題と今日のスケジュールを話しだす。

「あ、ありがとう。冬も近づいて寒くなってきたし…………そう言えば真冬になると、ここでも空気が澄んで星空が見えるんだよな。あと二ヶ月くらいしたら時期かな……」

 彼女の会話を拾ってなんでか俺は話しを続けていた。


「星空ですか。私は一年経っていませんので、まだ冬の夜空を見たことがありません」

 予想できるような答だったが、なんと返せは良いか戸惑った。いや、なんで馴れ馴れしく話しなんてしてしまったんだろう……。

 俺が返事を考えていると「その星空は綺麗なのでしょうか……少し、二ヶ月後が楽しみです」と口元が緩やかに上ったのが見えた。嬉しいような、馬鹿な事をしてしまっているような……曖昧に笑って誤魔化してしまった。




 朝食の後、本題であるプロジェクト参加の為、施設内の中央にある研究施設が多く立つ地区へ向かう。俺の案内として彼女も一緒に歩いている。と言っても、俺はここに何年もいたので勝手知ったる場所である。向かう棟の名前を聞いてすぐに思い出せた。確かに、新人や学生を中心とした若手の集まる棟の一つ。


「はじめまして。お会いできて光栄です」

 と、握手を求めてくる担当者達。今この場に居るのは五人だった。アンドロイドにお会いできて光栄です?なんだか笑ってしまいそうになりながら、社交辞令な挨拶を交わして本題に入る。

 研究自体は至極まっとうなもので、博士の設計での再現を忠実に行おうとしている様子だ。第一印象と表向きでの話しでだが。俺はこの研究施設を徹底的に信用していない。


 博士の研究所では手伝いとしてラボに出入りしていたし、研究内容も今まで聞いて補佐をしてきた。流石に、具体的に自分自身がどのような構造や手順を踏んで造られたか、詳細を知るのは今回が初めてだったけれど。

 俺が把握している構造や性能を、資料と照らし合わせ話しを進める。過去の設計と現在改良されている最新版を見比べ、その成果が出ているらしい俺の調査や解析へとなる。

 今日は結局、書類上での設計の話しと、口頭での質疑応答に、俺の目線での性能の実感や感覚なんてもののアンケートだとか、今後のスケジュールにつての打ち合わせで終始した。明日は精密検査を受ける。


「××様、お疲れさまでした」

「あ……お疲れさま」

 帰るために席を立つと彼女が声をかけてきた。一時姿が見えなかったが、いつの間にか帰ってきている。

 俺は施設内の様子でも見に行こうと帰りがてら辺りを散策しに行った。彼女は後ろを黙って付いてくる。

 帰り道で見てきた様子だと、四年前から変わりはないようだった。俺が今住んでいる建物はゲストハウスのはずだ。全く縁がなかったので、前を通りかかったくらいしか印象がなかったけど。


「………………………………」

「………………………………」

 辺りは日も落ちてきて、薄暗くなっている。辺りの窓から見える照明の明るさが目立ちだす。

「………………………………」

「………………………………」

「…………………貴方は……この辺の研究施設の地理……詳しいの、かな?」

 なんで俺の方が無言の空間に耐えられないんだろう………おかしい。

「研究施設内は、一通り歩き見て回りました」

「じゃ……じゃぁ東通りにあるケーキ屋さん知ってる?この施設内だとあそこくらいしか専門にやってなくて……」

 だから、俺の方が気を使って話題を探すのをやめたい。もっと事務的で良いんだって。仲良くなったら大変なのは分かってるんだ。彼女の境遇に同情しても、お互いなんにもならない。分かってるのになんで、こんな事をしてしまうんだろう。人間らしさ?これがなのかな。





 夜、部屋で取り留めも無く彼女への対応を考えていた。ずっと思ってきた同情かもしれないし、昔の自分を投影しているのかもしれないし、あの顔に笑顔が見たい、ホームシックな甘えなのかもしれない。

 どれにしても、ろくな事にはならないんだ。

 あれからここに来て、もう三ヶ月は経つ。一人寝る前になると研究所のみんなの事を思い出す。思い出さないようにしても、見知った姿を毎日見ているので忘れろ。というのも難しいものだ。


 相変わらず彼女には名前を付けないままだった。話す会話では、彼女の言葉が少し多くなってきた様にも思える。向こうなりに親しくしようとしてる様に見えた。表情が殆ど無いのは変わらないんだけど。

 この件は考えても堂々巡りになるばかりだった。博士とは性格が全然違うので、別の人間として見ることは出来るようにはなった。だが、私情なんて捨てると結論は出てるのに、既に情が湧いている俺は吹っ切れた対応が出来ない今を続けていた。

 ただ、早く帰りたい。という気持ちや寂しさが日増しに増す事は確かであった。







 あれから二年も月日が経った。プロジェクトは順調で、開発は進んでいる。

「××様、本日もお疲れ様でした。明日のご予定は午後からとなりますので、午前中はゆっくりできるかと」

 彼女の顔は少し表情が出てきていた。俺はここでの生活に慣れてきて、研究所のみんなの事を忘れようと努めた。思い出す事が無くなった代わりに、彼女の表情の変化が嬉しく思えてきてしまう。これはこれで、駄目な方に進んでいるんだよな。とは思っているだけだった。


「そうだね。午前中はどうしようかな……」

 そう言って立ち上がると、酷い立ち眩みに襲われ体がふらつく。慌てて彼女が駆け寄り、俺の体を支えた。

「××様、大丈夫ですか?」

 視界がグラグラ揺れうつむく中で、彼女は俺の顔を覗き込む。酷く心配した不安げな表情だ。

「だ、いじょうぶ……少し、疲れたのかな……」

 そんな訳がない。痛覚はあるが、疲れや体調不良なんてものは俺には無いはずだ。仕組まれていることはすぐ分かった。

「お部屋までご案内いたします。早く横になりましょう」

 そのまま、彼女の肩を借りてふらふらと部屋まで戻った。その間も目眩に足はおぼつかない。

 俺をベッドに寝かせると、彼女はずっと部屋に居た。毛布を被せた後は、椅子に座りながら時々こちらを覗き込み、頭を撫でられた。

 その晩はずっと、うとうととはするがろくに眠ることが出来ずに時間が過ぎたていった。



 酷い頭痛に目を開けた。

 辺りを見回せば朝になっている。六時過ぎ………ベッド脇には椅子に座ったまま眠る彼女が居た。

 こんな体への症状は初めての経験だ。かなり辛い。頭の中が何かで叩き割られているような感覚と、視界が前後左右に揺さぶられていて、天井や部屋の壁が迫ったり遠ざかっている。しかも、目をつぶっていてもその感覚が続く。

 呻きながら顔を動かして周囲を見るのがやっとだ。人間の頭痛や目眩ってこんな酷いのか……?

 寝返りを打とうと動くと、その気配で彼女が目を覚ました。


「おはようございます。××様………具合の方はいかがでしょうか?」

「…………昨日より悪くなってそうだ。頭痛なのか?それも出てきた……」

「困りました。××様は頭痛薬など効果があるのでしょうか?」

 彼女は心配そうに俺の頭に手を当ててくる。熱を出す機能はなんでかある。高熱なんて出した事は初めてだけど。

「効くらしい。と聞いてるけど……試したことはない」

「今、お持ちしますのでお待ちください」

 そう彼女が持って来た薬は一向に効く気配はなく、俺の体調不良は三日目に突入した。



 頭痛と目眩は相変わらず激しい。あれから、視界が揺れてない方が少ないくらいだ。意識が段々朦朧としてきて、俺はぼんやりぐるぐると回る部屋と彼女を眺めた。それも気分が悪くなるので、直ぐに目を閉じた。

 気が付くと夜になっている。症状が治まってきたか分からない。段々、この状態も慣れてきた気がする。

 暗い部屋には誰も居なかった。まだ続く目眩の中、酷く暗闇に不安を覚える。

 彼女はどうしてるのかな。と、自分の体調よりもなんでかそんな事が気になった。

 部屋を出て、隣の部屋を見るが彼女は居ない……もう夕食の時間を過ぎているのに。

 建物の中をふらふらとした足取りで見て回った。どこにも居ない。玄関前のホールまで出ると、外から帰って来た彼女が扉を開けているところだった。


「××様、お体の具合はもういいのですか?」

「いや………それより、こんな遅くにどうしたんだい?」

 目眩が止まないので、壁に手をついて支えながら彼女の方を見た。彼女は少し困った顔をしながら

「××様の具合がよろしくないので、しばらくプロジェクトに参加出来ない旨と、××様のご体調を整える準備をお願いしに行っておりました」

 じゃぁ、明日にでも何か行われるんだろう。何の実験なんだか……。

「そうか………ありがとう……俺は部屋で休んでるから」

「ご一緒します」

 彼女に支えられつつ部屋に戻った。触れる温もりがやけに心地よく、なんだか寂しさや心細さが増していく気がする。

 部屋に戻ってベッドに座り込む。彼女が隣で座ってこちらを見ていた。気分が悪い中、彼女の肩に持たれたまま倒れこむ。ここに来た初日、ジジイに言われた言葉を思い出した。つかの間の夢を見るような。

「慰みなのかな………ごめん」

 懐かしいあの人に似た、横たわる彼女の肌は暖かいと知った。





 翌日の精密検査が行われた。その間、俺の意識は無い。気がついて目が覚めると頭痛や目眩といったものは無くなっている。

「××様の今回の異常につきましては、データの詳細をまとめているそうです。後日お届けすると」

 何時もと変わらず会話を交わす。俺に体調が回復した事に安堵した表情に、何も言えなくなった。


 行われた精密検査……何をされているのか。多分公開された物も、本当の事は隠された物なんだろう。やはり、俺はこのままこの研究施設に居て良いのだろうか。みんなの所には帰れなくなるのかもしれない。覚悟はしていたが、改めてその状況が見えてくるとキツイものがある。だからと言って、彼女にはもう逃げたくはない。





 それから半年ほどの時間が流れた。以前の不調については、やはり確信に繋がる部分は隠されたような、上手くまとめられた報告を貰っただけだった。体は徐々に弱っていき、不調な状態が常時となっている。


 食事の後、ひどい吐き気に襲われ廊下を歩いてる最中に倒れた。這いつくばったまま、口から出てきた嘔吐物が床にびちゃびちゃと音を立てて跳ねる。

 しばらく吐き出し胃の中身が無くなっても、胃が返るような不快感のまま、食道にこみ上げてきた物を出す。唾液や涙の代わりに分泌されている物が、口や鼻、目から止めどなくだらだらと流れ顔を汚した。


 立ち上がろうと手をつくが、上手く力が入らない。壁際まで這いずり、手すりや壁にしがみ付きながら立ち上がる。膝はガクガクと震え、立っているだけで精一杯だ。


 ここでこのまま死ぬのかもしれない。いや、壊れるかな。そう思った。でも、それで研究所の皆が無事なら目的は果たせているんだし、いいのか。

 そんな事を考えながら、壁に寄りかかったまま歩こうとした。膝が笑って一歩踏み出すのも辛い。出す物なんてとっくに無くなっているのに、吐気も止まらない。

 ここで壊れる事を考えた。その方がきっと楽だと思う。でも、それを知ったらまた、あんな悲しそうな顔をするのかな。別れた時の、あの日みたいに。



 ふと、出立した日の事を思い返した。途端、不思議なように膝の震えが無くなる。部屋に急いで向かい、あの日と同じ鞄を手に取った。

 今、彼女は用事でこの建物には居ない。俺の脱走が彼女の落ち度にならない事を願って施設内の大通りを駈け出した。きっと追われるから連れては行けない。

 雑踏の中で、作業服に身を包んだ知らぬ相手からIDカードを盗む。運送関係の服装だから、出入りに不自然さも少ないはず。

 前々から調べておいた抜け道を通り、セキュリティーの甘い部分を抜ける。後は無我夢中でどうしたかよく覚えていない。

 息を付いた頃には夜になっていて、施設の明かりは遠くにチラチラと光って見える。




 体調は勿論悪い。逃げてしまったこの状況もきっと酷い。彼女にも悪い事をしたと思う。でもやっぱり、帰りたいんだ。


 暗い山道では、夜空がよく見えた。

遅くなりすみません。

前回のあとがきにも書きましたが、見た映像がワンシーンや静止画カットだけだったり、設定や解説だけ理解出来てる。

なんてダイジェスト感溢れる夢なので、出来るだけ脚色しないでまとめるのに悩みました。そのまま書くと時間の流れ早すぎて三年あっという間だし、でもなんか三年間ぐずぐず悩んだらしくて、すんごい辛かったっぽい!をどう書こうかなぁ。とか。


よく目眩を起こす描写がありますが、小さい頃、不思議の国のアリス症候群みたいな事が時々あったので、目眩って身近な症状だったのかな。とか夢日記読み直して思いました。

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