08 アンドロイドは電気羊に夢を見る(1)
【鬱展開注意】
今日は村の特別な日らしい。
普段は着せて貰えない上等な着物がこの日の私の服だった。浅葱色の着物はやけに軽くて、一見麻のような見た目だけど、触り心地や柔らかさは絹のようにさらさらしっとりしている。この生地は村の伝統的な製法で作られていて、今では織り師も数える程度になってしまったの。
着付けが終わると、その伝統工芸の極みと言えそうな程薄い、半透明な細い布を包帯のように頭に巻く。布は目の部分だけを巻く事になっているらしい。周りからは私の目は見えないが、布はとっても薄くて私の方からは少しぼやけつつ、周りがよく見えた。
今日はこれで遊びに行って良いらしい。
家から出て、隣の今は使われなくなった古い母屋に行く。部屋の奥には××がいた。××はゲームをやっているようで、画面を見ながら器用そうに指を動かしている。
「なにやってるのー?」
「トランプゲームだよ。お前もやってみるか?」
と言って、××はゲームに集中して下を向いていた顔を上げ、私にそのゲーム機を渡してきたの。
「えー………ルール分からないよー……」
「1〜13までの数字を、スペードやハートの四種に綺麗に分けて並べるだけ」
そう言われても、画面上では静かなトランプゲーム。というものではなく、ピンボールとトランプが合わさったようで、凄く慌ただしく画面の中が動いている。私は不慣れな操作に上手く使えこなせず、全く思うように出来なかったの。
でも、それを見て××が笑いながら手に取れば簡単にこなしてしまう。
「××は上手過ぎだよー」
まずこの村にはゲームという物がないので、私が上手くないのは当たり前なんだけどさぁ……。
つい二ヶ月ほど前にこの村にやって来た××は、全身傷だらけで倒れている所をお父さんが見つけたらしいの。
一ヶ月くらいは寝たきりみたいに過ごしてたけど、ここ最近は起きて家の手伝いをしたり、休んでる時は大抵ここで読書をしてたりして、私も会える様になった。
このゲームは××が来た時に持っていた物の一つで、彼は動けない時はつまらなさそうな顔でゲームをしている。もう飽きてるらしい。
なんで××はゲームが上手なんだろう。周りの村だってゲームがある所なんて聞いたことがない。
「ねぇ、××はなんでゲーム上手なの?」
彼は私の顔をちらりと見てから、上向きに顔をかしげた。前髪が長めで目元がよく見えないけど、視線も上に向いてるような感じ。
「あーー……もっと難しいのやった事あるし…………それと比べれば……」
どうやら世の中のゲームはもっと難しい物があるらしい。
「へー。じゃぁ、××はそんなゲームのある所から来たんだーー」
私はこの山間に点在する小さな村しか知らない。きっと、凄く大きい街とかかもしれない。
「まぁ、な……」
そう言った××の顔はなんだか曇っていた。なぜか悲しい気持ちになって来たから、私は少し××の側に寄って座り直した。
俺が出来たのは、現在ある都市の中でも大きな所の研究施設だ。
現在の人間は、科学実験の中で自分達の作った生き物が逃げ野生化し、独自に繁殖をして群れを作り、そいつらに脅かされる生活をしている。
俺は人間たちの尻拭いをするために、対実験動物用アンドロイドとして造られたのだ。一つ、他のアンドロイドと違うところと言えば、俺の設計者は天才と言われるある科学者という事。研究施設から厄介者扱いされて出ていき、今は谷の底。なんて辺境の地で自分の研究所を構えている変人だ。
その変人天才博士だが、やはり才能は自他ともに認められるものだった。そのため、彼女の方式でのアンドロイドを再現する研究チームが都市の研究施設で勝手に立ち上がり、そのプロジェクトで俺は造られたって訳だ。
今まで戦闘を目的として作られていたアンドロイドだが、その博士はより人間らしいアンドロイド。なんて世間の意向を全く無視したコンセプトのアンドロイドばかりに熱を入れている。だから、俺は人間と区別ができない程の人工知能や情緒、身体機能を備えているらしい。
俺はプロジェクトでの実験の末、その博士の所へ厄介払いされた実験成果を果たした手に余る残りカス。
噂の通り、変人であるその博士の研究所は面白いものだった。
俺の他に、アンドロイドは男女の二体が居て、男の方は馬鹿力な天然ボケ。話してると気が抜けるくらい世間知らずで、素直になんでも信じたりする。
女の方はまだ体の構築が不安定で、会話のやりとりとかは出来るけど、有機的な構造もあり培養液のカプセルから出てこれない。こちらは打って変わってとても見識は広く、優しい子だ。
それと、居候の人間が一人。寂れた村が実験動物に襲われていた時近くに居合わせて、助けた次いでに住むことになった。古風で俺より無口で、少し堅いけど信頼は置ける。いい奴らばかりだと思う。
博士は熱が入ると研究室にこもり、役に立つ様などうでも良い様な、ふざけた物を開発しては遊んでいる。悪戯が好きな人で、俺もよくからかわれて新発明の実験をやらされたり。お騒がせで手のかかる飽きない人だ。
そこで暮らし始めてしばらくしたある日、研究所に俺を造った研究施設の要人が交渉にやって来たのだ。
博士の研究に興味を持つ若者が新しく増えたので、厄介払いで押し付けたがサンプルとして数年、俺を貸して欲しい。という趣旨のものだった。
「行きます」
いくら博士が天才だとしても多勢に無勢。権力や武力と、力として巨大な組織に逆らったらどうなるかなんて、AI搭載してなくても分かる話だ。
「……………そう……」
博士はいつもの陽気な顔には似合わない表情をしていた。多く語らないが、俺の考えは分かっているようだった。酷く悔しそうに口を歪めて、そんな顔にしたいわけでは無かったけど、それだけで俺には十分な返事だった。
皆に挨拶をして、手早く荷物をまとめて出立した。持ってく物なんて殆ど無い。全部、ここに置いておきたかったんだ。
「久しぶりの故郷だ。どうだね?」
移動中のヘリの中、俺の隣に座る要人であるジジイは、久しぶりに会った俺にそんな事を聞いてきた。
「特になにも」
建前上、反吐が出るとは言わなかった。
ジジイは笑いながら窓に映る俺の姿を眺めていた。
生まれ故郷である都市の研究施設に着いたのは夕方で、外は赤くオレンジ色に日が差している。
「早速だが、明日の朝には話していた若手のプロジェクトに参加してもらう。君は今回、我々の仲間でありつつ、客人でもある。これから数年間、君をサポートする者をつける。スケジュールや日々の雑務は任せていい」
ジジイはヘリから降りた後、施設内にある建物に俺を連れて行った。今日からこの建物のどこかが俺の部屋で家になるらしい。
「君、挨拶したまえ」
ジジイが言うと、入り口の陰から人影が出てきた。そして俺は舌打ちをした。
「はじめまして、××様。私が本日から××様のお世話をさせて頂きます。名はありません。お好きな様にお呼びください」
濃い紫のストレートの髪を腰まで伸ばし、瞳も同じく紫を持つ。身長は俺よりも低くて、色白で華奢まではいかないが細めな体型…………………あの、変人天才博士と瓜二つの見た目をしている。ただし、目の前の相手にはあの明るい表情はない。
「…………いい趣味してますね」
「ホッホッホッ。どうだい。これなら毎晩寂しくないだろう?ここに何年も住むんだ。客人をもてなすには最高だと思うのだがね?君専用に用意したんだぞ。一つ屋根の下だ。好きな様に使うがいい」
悪趣味め。と口に出さず横目で睨みつける。それを受け、下衆びた笑いを残してジジイは去っていった。
「××様、お部屋へご案内いたします」
今朝まで聞いていたあの声と同じもので俺の名を呼ぶ。あのジジイは悪くとも、彼女に非はない。
「これからよろしく」
俺は微笑んで返した。その表情は俺の意思どおりには上手くいかず、ぎこちないものでしかなかった。
案内された建物は俺達以外誰もいない様で、辺りはシン……と静まり返っていた。
一階のロビーからエレベーターで三階に着く。エレベーターホールにはソファーとテーブルが並び、一本道の廊下を歩くと部屋が左右に二つづつ、計四つ並んでいる。俺は左側にある一番奥の部屋に案内された。
「××様のお部屋はこちらになります。お食事ですが、一階の食堂スペースにて取ることが出来ます。シャワーは室内のものを。尚、××様の生活は全て私が補佐いたしますので、お食事の際は私の方からご案内いさせて頂きます。夕食の予定時刻まではあと三十七分になります。私は××様の隣部屋にて今後生活させて頂きますので、何かあればお声掛けください。では、三十六分後にお食事のご案内に参ります。明日以降のご予定につきましてはその時にお知らせいたします。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
そう言って、彼女は一礼すると部屋を出て行った。
アンドロイドの俺に食事。とも思うが、博士は人間に近いカタチのアンドロイドを目指していたので、食事からの補給、新陳代謝からシャワーや排泄と人間そっくりな設計をしている。耐久は人間よりもいいので、栄養バランスとかは細かく考えなくても良いが………他のアンドロイドと比べれば面倒臭いというか、こだわりの感じられる作りだ。
そして客人なんて上っ面なのも知れたことである。俺はここでは研究モルモットなので、彼女を通して生活の全てを管理、観察されるって事だろう。まぁ、慣れてるのでプライバシーとかどうでも良いが。
俺の自室は全部で十畳より少し広い程度のものだった。シャワールームやトイレが扉を開けると右側に並んでおり、そこを抜けると部屋が一つ。ベッドと丸いテーブルに椅子が一脚。小さな棚とクローゼットがある。実際に過ごすこの部屋は六畳程度かもしれない。
適当な場所に持ってきた鞄を置いた。中にはタブレットが一つ。服もどうせこっちで揃えられるから、何も持って来ていないので空っぽなもんだ。
窓からは研究施設の敷地が見えるだけだった。機密漏洩防止の為に壁に囲まれ、ID登録のある者しか出入りが出来ないようになっている。建物が並び小さな街となっており、この施設内だけで一生が過ごせる設備が整っている。四年ほど前からさほど変わっていない、見慣れた風景だった。ふと、窓から見える道を歩いていた時の事を思い出した。あの時はそれなりに楽しかったかもしれない。もう、無いんだが。
「××様、お食事の時間となりました。ご案内いたします」
扉の外から彼女の声が聞こえて、窓際から離れた。扉を開けて廊下に出る。
「では、食堂にご案内いたします。こちらへ」
彼女はそう言って先導していくので、俺は黙って付いて行く。
一階のエレベーターとは反対側にある食堂は、二人きりの貸し切りには大分広いものだった。二〜三十脚の椅子が並ぶもので、そんな中にぽつりと二人、向い合って食事をとっている。メニューも決まっているらしく、用意された物がトレーに乗ってカウンターへと運ばれてきた。黙々と食事をとる中、彼女が口を開く。
「××様とはこれから長い時間を共に過ごさせて頂きます………食事、というものはコミュニケーションの一つの場でもあると聞きました。円滑な意思の疎通には欠かせないと」
彼女はそんな事を言いながら、表情を変えず丁寧に料理を切り分け口に運ぶ。
俺の後に博士の設計で、アンドロイドが造られたという話しは聞いてはいない……なにより一旦中止となって俺が厄介払いされ、今回再始動の為に呼ばれているのだ。彼女に食事の必要性があるなら多分、人間の可能性が高い。わざわざ博士の外見に似せて生まれてきて、アンドロイドの俺よりも感情の乏しい人間。いかにもこの研究施設らしい。
「…………そうだね………貴方は……何か話したいことある?」
名前を呼ぼうとして、彼女に名が無い事を思い出した。呼ばれる名前が……自身と認識できて、されるものが無い事。そんな時期は俺にもあったので、何か付けてあげた方が良いのかな。と同情と共感が入り混じった考えがかすめた。でも名前なんて付けたら、きっと俺の方こそ情が湧いてしまう気がする。この、慣れ親しんだ姿に。
「私が、話したいことですか……明日のご予定についてですね」
「あ……‥…う、うん。明日からの事も聞きたいな……」
これは………本当にこの為だけの人かもしれない。困った。やはり、ビジネスライクに付き合うのが良いのかもしれない。彼女だってきっと、中途半端な事よりその方が幸せにも思える。
食事が終わり、彼女はタブレットを一つ取り出して今後のスケジュールを説明し始めた。
「××様にはこの若手研究チームでのプロジェクトに参加して頂きます。××様のデータ解析、並びに精密調査。××様の設計での、アンドロイドの再現プロジェクト再始動の為、あの研究所での××様の改良処置は聞き及んでおりますので。旧設計からの変更点の確認、それの作動についての解析など……やはり天才と言われる方の考えを我々が汲み取るのは時間のかかる行為となります。長期の研究協力、どうぞよろしくお願いいたします。明日は顔合わせとして、プロジェクトの担当者達と今後の計画と××様の設計に関して意見交換を行っていきます。日時は……」
そんな事を彼女は言った。博士の設計についての資料は、博士がここから出ていった頃のかなり昔の物である。多分、最新の資料も多少渡しているかと思うが、読み解いて再現できるかはまた違う話だ。なにせ、考えている博士自身もまだ試行錯誤を繰り返しているものだし。
「最後に××様も伺ってはいるかと存じますが、私は××様のプロジェクト専属としてあります。どうぞ、お好きにご指示ください」
と、言ってきた。夕方のジジイの言葉を思い出させる。彼女もそんな事を吹きこまれていそうだ。
「いや……俺からは特に無いよ。君も気ままに過ごして欲しいかな。俺にとって、ここは初めての場所では無いし」
「気ままに……ですか……………承知いたしました」
こんな状態だと、人間らしいものなんて無い方が良い気もするけど。やっぱり同情なのかな。彼女には甘い……いや、酷になるような対応を、俺はついしてしまう。
「おやすみなさいませ、××様」
「おやすみ」
彼女の一礼を見て、自室の扉を閉めた。軽くシャワーを浴びてベッドに横になる。
「……………そうか、ここは施設が明るいから星が見えにくいのか……」
つい、半日ほど前まで居た谷底の研究所。辺りは夜になると真っ暗だから、年中真冬の空みたいに星がよく見えた。ここは明るい光が窓からチラチラと見える。
でも、あの谷底より暖かく感じない。これから数年、夜は寒そうだ。
ベッドで丸くなり、二人しか居ないこの建物はしんと静寂に包まれていた。
今回は「07 アンドロイドは電気羊の夢を覚えていない」の続編と言いますか、関連話になります。
実はこのアンドロイドと世界観、彼岸が当時、高校生の頃友人と作ったコメディ話のものとなります。
本来は谷底の変人天才博士と××、他三名のドタバタ日常ギャグでありまして、この様なシリアスな設定は微塵も考えてないのになんでお前人の夢に勝手に出てきて外伝や過去設定作ってんだおいこの野郎しかもなんつー長期に渡る鬱展開やってんだこら。という代物であります。夢見た自分も意味が分かりません。自分達が考えた物より濃厚な設定とエピソードが夢で勝手に出てくるとか、物語考えるのくじけます。俺はなんか知らないけど無意識の何かに勝てないっぽい。
一晩で全部見た夢ですが、エヴァみたいにワンカットがガーーーッと連続で切り替わり続け、年単位の設定と物語の解説や心情などなどが頭に全部入ってくる。という形式でした。
とても長いので数話に渡りお送りいたします。
ではまた、今夜も良い夢を。