剛柔正変 前篇
目が覚めた時、俺はフカフカした感触に包まれているのに気付いた。
上体を起こすと、自分が床に白い長い毛を敷き詰めた巣のような物の中にいる事が分かった。足の上にはモコモコした綿の様な物がある。俺の体を覆っていたであろう程の大きさだが、非常に軽かった。
「お目覚めかしら。」
頭上から涼やかで優しい声が落ちてくる。ブランカだ。
「ここは?」
「魔児の為に用意したベッドよ。本来、霊体生物である悪魔は受肉でもしない限り、眠る必要なんて無いのだけれどね。ここではしょっちゅう魔児が眠る事に為るから。」
ブランカが苦笑を浮かべる。
どうやら、悪魔にとっては気絶=就寝ということらしい。きっと、このフカフカモコモコベッドは猫兵に気絶するまで殴られた数多くの魔児達がしばしの休息を得てきた歴史が詰まっているのだろう。そう思うと、中々に感慨深い物がある。
空を見上げると気絶前に見た記憶通りの赤い空間と虹色の光る雲が俺の瞳に映った。
「俺はどのくらい寝ていたんでしょうか。」
「丁度、6時間って所かしら。日付も変わってしまったわ。」
ブランカが遠くを見やる仕草をする。俺も同じ方向を見てみると、6つ建っている白銀の尖塔が見えた。
「時間ってどうやって分かるんですか。それにここでは昼も夜も無いように感じましたが。」
「時間は、あの尖塔に表示されている数字から読みとるのよ。一番大きい左端の塔には曜日が、その右横の塔には暗黒暦、三つ目の塔には清星暦、四つ目の塔には月が、五つ目の塔には日付、一番小さい右端の塔には時間が表示されているのよ。冥界には昼夜は無いわね。」
むむ。言われてみれば、6っつの尖塔には壁面に何かの模様を彫り込んだような部分がある。あれは冥界の数字なのか。それにしても、俺が昼夜を知っている事に突っ込みが無かったな・・・。
「昼夜が無いなら、日付や時間を気にする必然性が無いのでは? それと、暦が二つあるのも謎ですが、なぜ曜日が一番大きい塔に?」
「あらあら。冥界の活動リズムはね、結構時間に正確に動いているのよ。ワルプルギスやハデッサもきっちり日付が変わる時に始まるわ。これは重要な事でしょう。ワルプルギスが終わって色々説明する機会がくれば詳しく話してあげるけど、基本的に悪魔は時を気にしなければならない生き物なのよ。でも、暦が二つ表示されているのは気にする必要は無いわ。」
ふむ。確かに、日付が分からなくなったら修行できる時間がどれくらい残されているかも分からなくなるわけだから大変だろうな。そんな状況下だと、発狂していたかもしれない。
「それと、曜日はとても重要よ。今は殆ど気にする必要はないのだけれど、曜日によって魔法の適性属性毎に強弱が出てくるのよ。聖曜日に外出しようと思う悪魔なんて相当物好きね。」
ほほう。流石はファンタジー。曜日は宗教的拘束力を越えて現実に影響するのか。
更に、ブランカから詳しく教えて貰った事をまとめると、幾つか元の世界と違う点がある事が分かった。曜日についてなのだが、まず一週間は8日なのである。曜日は、この世界の8つの魔法属性に対応している。それぞれ、聖・火・天・木・冥・水・地・鉱の順番に八曜日である。そして、ひと月は40日だった。つまり、ひと月はキッカリ5週間なのである。
因みに、一年が12カ月で同じだったのにはほっとした。季節の感覚がずれるのは困るからだ。尤も、冥界に居る間はあまり関係ない事だと言われてしまったが。閏年みたいなのもあるらしいが、40年に一度、12月を6週間にするらしい。だったら5年毎に一日追加した方が良いのではないかと思ったが、この世界での曜日の影響力の強さを考えると日付と曜日がずれていく事の不便さは、暦上の日付と実際の日付の差が8日程度蓄積される不便さの比では無いという事らしい。
まあ、俺としても小学生時代に日暦算の計算を泣きながら解いていた記憶しかないので、こっちの暦のシステムは大歓迎だがな!
今の俺にとって暦関連で重要なのは、聖曜日は訓練をお休みにするという習慣くらいのものだ。冥界に居る間は聖曜日=日曜日と思っておこう。良い事聞いたぜ。
今日は、暗黒暦6606年4月11日の天曜日だそうだ。聖曜日までは遠い。
「ということは、俺の誕生日は4月10日の火曜日か?」
「たぶん違うわね。おそらく4月8日の鉱曜日よ。魔児は生まれてから意識がハッキリし出すまで数日かかるって言われてるわ。」
そうなのか。俺はてっきり昨日が誕生日だとばかり思っていたが。とすると、厳密には昨日の鍛錬は生まれたその日に行われたわけじゃない事に為るのか。まあ、こっちの意識としてはやっぱり『生まれたその日に実践訓練で殺されちゃいました。』って感覚だが。
その後、ブランカから数字や曜日を象徴する記号などを教わっていたら、スーノ教官が現れた。スーノ教官は数字を学ぶ大切さを説く俺を無視して、無理矢理例の湖畔まで俺を引っ張っていった。
「さて、今日はやる事が多い。オマエがキビキビ行動すれば空いた時間で幾らでもお勉強が出来るぞ。さて、じゃ、早速始めるか。『武器具象』」
スーノ教官が呪文を発すると、教官の尻尾の先端が膨らむと同時にそこから何かがカチャンと軽快な音を鳴らして落ちた。ひと振りの大きな両刃剣だった。
お、今日は武器の扱いの授業か。柄にもないが、ちょっとワクワクするな。ロマンある男子諸君ならファンタジーとくれば剣と魔法と答えてくれるはずだ。
「持て。」
スーノ教官の指示に従い、両刃剣を拾う。う~む、俺の体が小さいせいか結構大きく感じる。厚みも中々あるし、幅広で正面に構えると俺の顔がすっぽり隠れてしまいそうだ。重さの方は制御できる程度かどうか、試しにブンブンと振り回してみた。ちょっと、振り回されている感じがある。ただ重量があるので、威力はそれなりに高そうだ。
「ちょっと、そのまま振ってろ。ブランカ、レベル4を20体出してくれ。全部整列した状態で。」
俺の目の前で、次々と筋肉猫兵が生み出されていく。4列縦隊で全員腰に手を当ててドッシリ立っている。昨日はうろ覚えだった柔道技が上手くはまってくれたから勝てたが、それは相手が一匹だけだったからだ。いくら武器を与えられたからと言ってもいきなり20体相手は流石に無いんじゃないかと思う。でも、スーノ教官ならやりかねない。
俺がどうやって立ち回ろうか考えていると、スーノ教官は更に20体の筋肉猫兵に細身の両刃剣を与えていく。俺は冷や汗が吹き出した。20体いるのは武器持ちの俺と武器無しの猫兵の戦力を釣り合わすための人数だと思っていたからだ。というか、普通そう想像すると思う。俺は剣なんて扱った事は無い。普通の日本人と同じく、唯一扱った事がある刃物は包丁だけだ。初めて持った武器で、あの屈強な剣士集団を相手にしろとか無理ゲーにも程があるんじゃないだろうか。少なくとも秘められた不思議パワーにでも開眼しなければ、今日は速効で串刺しにされそうである。
「ん? なんだ青い顔して。ああ、20体同時に戦うと思ったのか。ははは。流石に吾輩もそこまで鬼じゃないぞ。安心しろ。」
スーノ教官が俺の方を振り向いて豪快に笑う。なんだ。そうなのか。まあ、そりゃそうだよな。初心者にいきなり集団戦やらせるわけ無いか。昨日も集団戦になったのは3回目からだったし、あれも2体だけだったしな。4体に囲まれて腹部をぶち抜かれた記憶はデリートだ。
「さ、準備万端だな。よし、5対1だ。スタート! 因みに逃げたら吾輩がオマエを斬るからな。」
俺が引き攣った笑みを浮かべたのは言うまでも無い。
結論から言うと、俺は首チョンパされた。マミられた。死ぬかと思ったよ。むしろ、生きているのがとっても不思議。悪魔って不思議だね。
スーノ教官によると、教官の可及的速やかな対処によって、俺は一時間の気絶で済んだとのことだ。
出だしは悪くなかったと思う。
まず、5匹が横並び一直線に進撃した所、素早く片端に駆け込んで一匹に下から掬うように斬りつけた。俺の体は小さいので低位置からの攻撃の方が防ぎにくいと思ったからだ。しかし、一刀目は受けられたので、俺はそのまま斬りつけの動きに乗る。両刃剣に遠心力を加えて体の周りを斜めに一回転させてから今度は水平に斬り放つ。今度は剣が相手に入った。どうやら、先程の低位置からの攻撃に対応しようと態勢が崩れてしまっていたらしい。ただし、それでも直ぐに受けの刃が来たので胴部を深く切るまではいかなかった。
と、この時点で他の4匹が迫ってきたので一端距離をとって離脱する。ただしそのままでいるとスーノ教官に後ろから斬りつけられるかもしれないという恐怖感があるので、直ぐに戦線復帰だ。
先程斬りつけた一体は動きが遅くなったらしく、他の4体か先行してやってくる。俺は再び片端の一匹を狙い撃ち作戦に出る。次はいきなり相手の顔に白砂を投げつけた。我ながら昨日も同じことをしているので芸が無いが、戦術として有効なので仕方ない。実際、反応が少し遅れた所をついて手を持っている剣ごと斬り落とす事に成功した。
俺はこの成功に気を良くした。そして調子に乗った。滅茶苦茶調子に乗った。だってねぇ。人生初めて持った武器振り回して自分よりデカイ敵に勝ったんだよ。やり方は汚かったけれども。ちょっと、自分には才能あるんじゃないかとか思ってしまったわけよ。まあ、剣なんていうロマン溢れる武器を手にしてテンションが上がっていたのは間違いない。筋肉猫兵恐るるに足らず、雑魚は幾ら集まっても雑魚じゃ。などとアホな事を考えていた。
で、勢いに乗る俺は続けてもう一匹の所へと斬りかかった。今度も素早く白砂を拾い上げて投げつける。反応が遅くなった一瞬を付いて振りあげた剣を急降下させようとした時、俺の腕は停止した。
「え?」
間抜けな疑問符をあげる俺の腕をさっき片手を斬り落とした『雑魚』が無事だった方の手で掴んでいた。強力な筋力による締めあげを伴って。それに気付いた時には全てが遅く、何時の間にやら間に割って入ってきた別の『雑魚』の振るう剣が俺の首元へと迫り・・・。
「初めてにしては悪くなかった。気を取り直して次だ。」
スーノ教官は俺の首チョンパ等些細な事という風に次の用意を始めた。俺は気になって仕方ないので首を両手でペタペタと触っている。ちゃんと繋がっているようだが、手を離すと繋ぎ目からポロッと落ちてしまうのではないかという恐怖感が俺を支配する。繋ぎ目なんて別に無いんだが。
「おい、いつまでも気にしてないで、さっさとこれを持て。」
スーノ教官が俺の足元にレイピアのような物を投げて寄こす。俺は気が進まないものの、首チョンパの恐怖感にスーノ教官に対する恐怖感が勝ってしまったので、剣を手に取った。しかし、レイピアなんて初めて見るな。いや、両刃剣だって本物は初めて見たんだけれども。
しかし、どうやって戦えばいいのかね。刺突系の武器だという事は分かるが。そう言えば海賊映画とかではたまに出てくるな。確か、効き腕にレイピアを持って、もう片方の腕は邪魔なだけだから体の後ろに回すんだったか? 戦い方としては多分前後に素早く移動し続ける事が必要だろう。
俺は並んでいる筋肉猫兵をチラリと見やる。彼らは鈍重だし、ノロマだが、決してただ突っ立っているだけでも、闇雲に剣を振り回すだけの敵でも無い。一対一なら、恐らく俺程度の遅い動きでも敏捷さで上回れるだろう。ただし、この超軽量のレイピアという武器の威力が分からない。どれだけ、あの筋肉を傷つける事が出来るのか。完全に行動不能にするには相手の何処にどれだけ突き立てねばならないか。最初の一匹に対して行うべきは仮説の構築と実証実験。結果が出次第、一体辺りを確実に倒す方法と、その所要時間を割り出し、殲滅の為の行動の連動を考えねばならない。
俺はレイピアを右手に持つと、真っ直ぐ前に突き出すように構える。左手は背中に回す。手の中に白砂が握られているのは緊急用だ。危機的状況を回避するための備えとしてである。
「よーし。準備は良いようだな。また5対1だ。首が飛んでも問題無いから気軽に行け。」
気軽に? お断りだ。首チョンパなんて二度と御免である。チョンパされたくなかったら敵をチョンパするしかない。俺は深く深く深呼吸した。進撃し始めた5匹の筋肉猫兵を観察する。奴らは雑魚などでは無い。敵だ。天敵だ。顔が可愛らしい猫なのは相変わらずだが。可愛い? 俺の首をチョンパした連中が可愛いわけが無い。油断はしない。確実に一体ずつ仕留める。
俺は一度目の時と同じように片端の一匹へと猛然と駆け寄る。体が接触しそうなほど近づいてから素早く離れた。離れながら俺は再び突撃するための態勢を整え始める。ターゲットはさっきまで直ぐ側にいた俺を斬ろうとして剣を振り下ろした所だった。左足で思いっきり地面を踏みしめて前方へ跳ぶ、関節が外れるかと思う程勢いよく限界まで右腕を伸ばした。腕の先に伸びる輝くレイピアの細い刀身がターゲットの左肩に突き刺さる。俺は手応えを感じた瞬間、再び後方へと離れる。肩を刺されたターゲットは動きが鈍る。ダメージが通っているようだ。援護が入る前に突けるのは次の一回だけだろう。それ以上やると周りを囲まれてしまう。俺の体は既に前方へと跳んでいた。狙うべきはあそこだが。
ターゲットにも流石に俺の意図は分かったのだろう。胸元へと伸びる俺の刀身に対応するように自分の両腕をクロスさせる。心臓の位置はキッチリとガードしてきた。まあ、ただのフェイントだから別に構わないんだけどな。
俺はターゲットの直前で倒れ込むようにして身を屈めていき、ターゲットの右足首に刃を振るう。そして、出来る限り早く離脱した。距離を取るため二度三度後方へと跳ねると、俺がさっきまでいた場所を筋肉猫兵達の刃が通過していた。
本音を言えば、一撃目から心臓に討ち込みたかった。狙ってはいたが、必死だったので一撃目から正確に狙うだけの余裕はなかった。結果、少し上に逸れて左肩に刺さった。し損なったのだ。二撃目も対応パターンを考えていたからフェイントになったが、あれも仕留めたかったのが本音である。肩に刺さった感触から言って、両腕を付き通すのはまず無理だと思ったから予定していた行動に移ったという事に過ぎない。
ターゲット達の隊列が崩れている。俺を包囲しようとしてバラバラに動いたからだ。俺はその中から一番他の4匹から離れている位置にいる奴の側へと駆け寄った。振り落とされる剣を後方へ跳ねて避けると再び前方へと身を伸ばす。タイミングはさっきのターゲットでおおよそ分かっている。上方に反り過ぎないように慌てず、素早く、正確に。レイピアの刃がターゲットの胸元に沈み込む。伸ばしきった腕を急いで戻して俺は後方へと逃げる。次の一撃に移ろうと前方へ跳ぼうとした時、ターゲットの動きが停止している事に気付いた。そして、ゆっくりと此方側へ向かって倒れ伏して来る。危ない。危ない。気付かなかったら、ぶつかって最悪の場合は下敷きで身動きが取れなくなるところだった。
これで急所に入れれば一撃で仕留められる事が分かった。尤も、未だ生きている可能性もあるが。顔面が見えていたら泡を吹いているかどうかで判断出来るのだが、ターゲットはうつ伏せになっている。
他の筋肉猫兵がやってきたので、俺はそこから離れて距離を取る。次はもっと速く、もっと正確にだ。死体とおぼしきものから遠く、かつ他の3匹と離れている所にいたターゲットに俺は走り寄る。ターゲットも俺に気付き剣を振り下ろして来る。俺はその剣を右に避けた。後方では無く、右側に。前の二匹と行動パターンが同じだったからだろうか、自然と剣の軌道が読めた。読めるとワザワザ後ろに跳ぶ必要は無くなった。そのまま俺のレイピアは刃先をターゲットの心臓部に沈めていた。
倒した後で気付いたが、このターゲットは最初に足首を斬っておいたターゲットだった。剣の軌道が読めたのは怪我のせいで動きが遅くなっていたからかもしれないと思い、俺は気を引き締め直し残り3匹に立ち向かう。
3番目と4番目のターゲットも仕留めた。5番目の時心臓に刺さったはずなのに何か固い物に阻まれた感覚があって慌てたが、肋骨だろうと思い再度刺突を繰り出せばキチンと刃は刺さった。
「殲滅完了か。クリアだな。」
スーノ教官の言葉で初めて俺は全身の張りつめていた神経を緩める。緊張感が無くなった瞬間、俺はヘタリと地面に座り込んでしまった。
「へっ。どうだ。初日にド穴開けられて殺された効果がでたってもんだろう。」
スーノ教官が満足そうに笑う。
どういう意味だ??
「ちゃんと剣を振るえていただろ。」
は? 俺がさっきレイピアを振るえていた事が初日の腹部突貫工事とどう関係があるんだよ。
あれ? そう言えば、不思議だ。なぜ俺は初めて手にした武器であれだけ戦えたのだろうか。才能? 天性の素質?
「違げえーよ。自惚れんな。もともとレベル4は反応速度も剣速も通常の魔児の速さにはついてこれないスピードに設定してある。だから武器の使い方が正しく、戦闘方法を間違えなければ理論的には必ず勝てる相手だ。5対1だろうがな。」
ふむ。なるほど。だから俺が勝てたのは当然なのか。そんなものか。
そんなものなのか?
理論的には、なのである。そんな簡単に理論通りになるものだろうか。そもそも、真剣を持った勝負なんて始めは恐怖でビクつくものじゃないだろうか。木刀では無く真剣を持つという感覚にビビり、それが誰かを何かを傷つけてしまいかねない事にビビり、敵に殺される可能性にビビり、攻撃を当てるための一歩を踏み込むリスクにビビる。俺は別に少なくとも前世においては豪胆豪放な性格では無かったと思うし、今世の俺がそういう性格に変化しているようにも思わない。俺は基本的にビビりだ。尤も、一か八かで起業したりもしていたから、ギャンブラー気質があるのは確かではあるが。
幾ら、ギャンブラー気質があると言っても、その気質が効力を発揮するには越えなければならない条件の様なものはあるはずだ。少なくとも前世の俺がいきなりレイピアを渡されて同じ様に動けたとはとても思えない。能力的には可能であると説明されても、腰が引けて動きは硬くなり、刺突の間合いに詰め寄る事さえ出来なかったろう。
しかも、俺はその前に首チョンパされたばかりだったはずだ。現にあの時は嫌々レイピアを拾ったのではなかったか。
「悪魔には霊体復元がある。霊的に完全破壊されない限り、あらゆる死は疑似的であり、ただの眠りに過ぎない。それを体感として理解していたオマエには『死』の恐怖は存在し得ない。殴られるのも、貫かれるのも、斬られるのも全て痛みを伴う。だが、それだけだ。嫌なものだが、根源的な恐怖と結びつかなくなる。故に、敵と自分の間合いが重なる事は然程リスクの高い行為では無くなる。自分の方が能力が上である事を理解していて、かつ万が一の場合も最上のリスクはタダの一時間ほどの眠りだと知っている。ギャンブラーなら、相当控えめな性格の奴でも賭けに乗るだろう。敵に害されるリスクにビビる事は無い。敵を害する事へのビビりは初日に追い込んだ経験で無くしていたからな。それと、初日に殺させたのは、今日が初めての『死』の経験にならないようにだ。刃物での死が最初に為ると刃物に対してトラウマを生み易い。先に経験させておけばショックは緩和される。だから、首を切断されてもオマエは例え乗り気はしなかったとしても次へ進む事が出来た。まあ、こんな訓練方法が許されるのは霊体生物の特権だろうな。」
スーノ教官の解説は俺を納得させるに充分だった。
だから戦闘素人の俺があんな風に立ち回れたのか。
「ああ、言っておくが、見ている限り剣の振り方も形も軌道も体捌きもド素人のそれだったからな。才能も特には感じなかった。」
その台詞は蛇足やで。