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悪魔の幼児教育一日目 後篇

 気が付いた時、俺は赤茶けた空に虹色の雲が漂っているのを見上げていた。


 死んでないのか??


 俺は上体を起こす。腹から激痛が走り、全身を駆け巡った。苦痛に呻きながらも、俺は恐る恐る自分の腹に手を当ててみる。穴は空いていなかった。

 周りを見ると、スーノ教官が腕組みしながら傍に立っている。その背後にレベル3のノッポ猫兵4匹が同じく腕組みしながら整列していた。


「お、気が付いたか。」


 スーノ教官がニヤッと笑った。俺の事を心配して看病してくれていたという風には全く見えない。

 俺は腹に手を当てながら、尋ねてみる。


「あの。俺、なんで?」

「ああ、悪魔があれくらいで死ぬわけ無いだろ。悪魔はパッシブスキルとして霊体復元(リストアソール)を先天的に持っているから体は元に戻る。」

「・・・」 

「けど、さっきは面白かったな。どんな敵でも倒してやるぜって感じに闘志盛んだったオマエが、青い顔して縋りつく様な表情してたからな。中々、ソソルものがあったぞ。」


 スーノ教官が極めつけな下衆い顔でニタリと笑う。

 俺、この人嫌いだ。大嫌いだ。


「さっきの戦いは無様だったな。アイツらの触手は同時攻撃しているように見えて、実は一本ずつで攻撃しているだけだ。次の一本が攻撃に移るまでのタイミングを見計らって反撃するというのが正しい対処法だ。複数匹相手に為ると、それぞれでタイミングが異なって来るから器用な対処が求められる。というわけだ。オマエは別に不器用には見えないが、要訓練ってことに変わりないな。」


 なるほど、対処できない相手ではなかったのか。2匹だけなら同時攻撃してくるのはそれぞれ一本ずつで、合計2本だから両腕で捌きながら足で蹴り倒すとかも可能だったのではなかろうか。でも、4匹になった時点で詰んでしまうのは明らかだ。2匹追加投入した時点で、俺の腹がぶち抜かれる未来はこの下衆野郎には見えていたはずだ。


「さてと、それじゃ休憩は終わりにして、次行くか。ブランカ。次は・・・」

「もう、たくさんだ! やってられない! なんでこんな訓練やらなきゃならないんだ。わけ分からんわ。ふざんけんな。」


 冷然と次の訓練へ移ろうとするスーノ教官に対して、俺は貯め込んだ愚痴を叫ぶようにぶちまけると白色の森に向かって走り出した。あの森に逃げ込めば見つかるまい。そうだ、始めからこうすれば良かったのだ。スーノ教官の鬼軍曹な雰囲気に当てられて無益な殺生地獄に放り込まれたが、付き合ってやる必要など元より無かったのだ。ブランカには悪い気もするが、嬉々としてスーノ教官を手伝ってたから同罪だろう。しばらく、森の奥で潜伏しよう。白色魔の幼児を集めて教育すると言っていたから、そのうち俺以外の悪魔の幼児たちが集まって来てその世話で手一杯になれば俺の事は放っておいてくれるはずだ。よし、後はあの鬼軍曹から逃げ切れば良いだけだ。


 俺が森の入口にまで辿り着いた時、目の前に何かが降ってきた。スーノ教官だった。おそらく、元いた所から跳躍して来たのだろう。とんでもない飛距離だ。しかも、着地の瞬間は恐ろしく静かで華麗だった。


「ほうほう。オマエは分かっていないようだが・・・」


 俺はスーノ教官の口上を無視すると、傍の太い樹を裏側に回り込む。それから、再び森の中へと猛然と走り始めた。こういう障害物の多い森の中では体が小さいと便利である。俺はスーノ教官が見失いやすいように出来るだけ鬱蒼とした方向へと分け入った。光沢を持つ白色の草花は硬質に見えたが、その実とても柔らかく、枝葉が顔や肌に当たっても少しも痛くはなかった。逆に、下地に落ちている枝や落葉は硬質なバキバキという音を鳴らして折れるか、硬い鉄の棒を踏んずけた様な感触だった。どうなっているのだろうか。本体の樹から離れると硬質化するのだろうか。

 俺は後ろを振り返ってもスーノ教官の姿が見えない事に安心して、そんな事を考えながら走るのを止める。俺の体は未だ三度の戦闘の疲労から回復していなかった為、ただ走るだけでも結構辛かったのである。


「鬼ごっこは終わりか?」


 頭上から声が響く。慌てて上を見上げれば、スーノ教官が俺の経っている所へと、天から降ってきた。またか。俺は急いで茂みの中に飛び込むと走り出す。息が上がっている。この分だと長くは走れない。どうするか。というか、どうして、俺の場所が分かったんだ。


「ははは。無駄だぞ。吾輩には感知スキルがあるからな。どこまで逃げても無意味だ。」 


 俺の丁度いた場所に立って高笑いするスーノ教官が俺の疑問を解消する。流石、異世界。カクレンボなんて出来ないらしい。

 それにしても、困った。逃げる事が無意味となった今、早めに降伏してしまう方が良い様な気もしてきたが・・・。いや、それは癪に障る。感知スキルということはきっと千里眼のように俺が見えているわけではなく、俺の位置が分かるだけのはずだ・・・。

 俺は走りながら地面に落ちている出来るだけ長く太く鋭い樹の枝を見つくろって拾っていく。腕に一抱え集まると、窪地を見つけて飛び込んだ。アレが降って来る前に急がないといけない。俺は窪地の中に硬質な鉄の槍の様にも見える枝を突き刺していく。それから、槍の隙間に自分の小さな体を捻じ込んだ。さあ、下衆野郎。飛び込んでこい。

 空を見上げていると、スーノ教官が放物線を描いて飛んでくるのが見えた。まじで、跳躍だけでここまで来れるのか。化け物だな。

 俺はスーノ教官の着地点がおよそ槍衾の上であることを目視で確信すると、体を槍衾から引き抜く。ほぼ同時にスーノ教官が落ちてきた。さあ、穴だらけの苦しみを味わいやがれ。悪魔はその程度じゃ死にはしないんだろう?

 俺の期待の籠った視線の中、スーノ教官は槍衾に着弾した。と、思った瞬間、ググッと一本の槍の柄を軋ませながら足の指に挟みこむようにして体を中空に停止させる。そこからヒラリと宙返りをすると俺の目の前に舞い降りた。体操選手顔負けの華麗な着地であった。思わず見とれてしまい、逃げるのが遅れてしまった程だ。


「なるほど。なるほど。中々面白い趣向だな。体を貫かれる所を笑ってみていた吾輩に仕返しする為に、吾輩の体を貫く仕掛けを施そうとしたというわけか。吾輩に反抗的な態度を取った生徒は数多くいたが、これほど論理的で凶悪な手法に出たのはオマエで二人目だ。ソソルじゃないか、ハクア。これは鍛え甲斐がありそうだ。」


 ねっとりした笑みを向けるスーノ教官。俺はビクリと震える。逃げ出したいのに足が動かない。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。スーノ教官は震える俺の前で腰から抜いたレイピアを掌にピシピシ打ち鳴らす。


「そうだな。吾輩は親切で優しい教師だからな。お前に選択肢をやろう。まずは今まで通り、分離猫兵(セパレートキャット)を使った訓練を行う普通コースだ。でも、オマエは嫌がったからなぁ。特別コースを紹介してやろう。分離猫兵(セパレートキャット)なんかより一万倍強い吾輩と試合して切り刻まれるコースだ。お勧めは特別コースだがな~。オマエが平伏してどうしてもどうしてもどうしても普通コースで鍛えて下さいとお願いするなら仕方なくそっちで鍛えてやらん事も無いが?」


 俺は平伏して、普通コースで鍛えて頂ける時間が最高に幸せな時間ですと答えた。



~~~~~



 俺達は再び、湖畔に戻っていた。ブランカは満面の笑みで俺達にお帰りなさいと言った。悪戯っ子を見守る母親の様な眼差しだった。

 俺は再び訓練地獄が始まるのかと思うと溜息が出る。尤も、スーノ教官に聞きつけられると特別コースにご案内されそうなので、非常に小さな溜息に抑え込んだが。心情的には盛大につきたかった。ブランカはそんな俺を見て尚も微笑みかける。

 

「ねぇ、スーノ。貴方、ハクアちゃんに訓練しなきゃいけない理由を説明し忘れたんじゃなくて?」

「あーーー、ああ!」


 ブランカに指摘されたスーノ教官はそう言えばそうだったという顔で俺の方に向き直ると白砂の上にドカリと腰を下ろした。

 

「そう言えば、そんな説明するのも忘れてたな。ま、吾輩がオマエを鍛え上げる事に変わりはないからオマエが理由を認識していようがしていまいがどっちでも良い事だが。とはいえ、生徒のモチベーションを上げるのも教師の役割だ。オマエが死ぬほど訓練したくなる理由を説明してやるよ。」


 スーノ教官が不敵な笑みを浮かべる。死ぬほど訓練したくなる理由か・・・。ものすごく嫌な予感しかしないのですが。


「さてと、まず冥界にはワルプルギスという3年毎に3カ月続く期間がある。この期間には新しい悪魔、魔児が誕生する。そして、魔児は約3年間を冥界の奥で過ごしハデッサを迎える。このハデッサというのは次のワルプルギスが始まる直前に5日間ある期間だ。ハデッサは魔児に試練を与えて悪魔としての基本魔法である暗黒魔法の習熟あるいは能力獲得を促すものだ。試練自体は暗黒魔法の適性があれば極めて容易だ。このハデッサを経て魔児は悪魔の階級を一つ上げて九級の魔小姓になり、冥界外縁部へと居住を移す事に為る。今、オマエを訓練しているのはハデッサを無事乗り越えるためだ。」

「試練は容易だと言いませんでしたか?」

「ああ。言ったが、前置きがあっただろ。暗黒魔法に適性があればだ。」 

「と言う事は、つまり俺には暗黒魔法の適性が無いと?」

「ああ、99.9%無いと思うぞ。」

「・・・」

「そして、適性が無い奴にとって、この試練は結構過酷だ。残念ながら適性が低い奴の死亡率はそれなりに高い。因みに、言わなくとも分かると思うがこの試練はどんな魔児も強制的に参加させられる。適性がある奴らにはイージーゲームなんだがなぁ。」


 うわぁ。何それ。つまり、生まれつき暗黒魔法に適性がある悪魔は楽にハデッサという試練をくぐり抜けれるのに、俺のように適性が無い奴は死の危険があるのか。とすると、本来暗黒魔法に適性があれば楽にクリア出来る関門を体術とかを使って無理矢理押し通る必要があるって事なのだろう。


「それでも、生まれた日にいきなり訓練を始めなくても・・・。」

「馬鹿言え。さっきも言っただろう。死亡率は高いって。オマエの生存率を上げるには、一日も無駄には出来ねぇーってことだ。だいたいオマエは今日から訓練できる事を感謝すべきだろう。未だワルプルギスが始まってから5日しか経ってないからな。運の悪い奴ならワルプルギスの終わり頃に目覚めて2年と9カ月しか訓練出来ないんだぞ。」


 うっ。確かにそうだろう。3ヶ月の差は大きいに違いない。そして、訓練期間が3年も有ると考えるか、3年しかないと考えるかでも、見方は変わって来るだろう。俺の体型は6歳児のそれだ。小学校一年生が武道を習って小学校4年生になった時にどれほど強くなれるというのだろうか。

 これは本当に『訓練をして頂いている』という風に意識するしかないらしい。


「ところで、俺が暗黒魔法に適性が無いと言うのはどうして分かるんですか?」

「ん? ああ、単純な事だ。ただでさえ俺達白玉魔は暗黒魔法の適性が高くはない。しかも、オマエは特殊魔だ。特殊魔は普通、暗黒魔法の適性がゼロだ。以上、説明終わり。」


 本当は、悪魔の階級の事とか、暗黒魔法の内容や、特殊魔って何とか、色々質問したい事はあったのだが、雰囲気的に言いだせなかった。スーノ教官は時間を無駄にせず俺の生存率を上げるために訓練をさっさとしたいようである。俺もハデッサの話を聞いた以上、もう森に逃げ出そうとは思わなかった。下手をすると、女神ハナコに課せられた呪いで20年後に死ぬ前に、もっと早く3年後に死んでしまうかもしれないのだ。この転生人生はハードゲーム過ぎじゃないだろうか。


 俺は直立してスーノ教官に向き直ると日本人ご自慢のお辞儀をする。


「宜しくお願いします。スーノ教官。」

「おう。・・・フンッ。最初からこの話をしておけば良かったか? 良い目になったぜ。」


 スーノ教官は嬉しそうに笑う。スーノ教官の笑みは好きになれそうに無いが、この人を信頼するより他に生き残る術はないのだろう。


 それから、俺は訓練を続行した。

 

 レベル2の猫兵が背中から生えている2本の触手の腕をブンブン振り回している間を掻い潜って攻撃するよう言われて、手に掬った白砂を一掴み猫兵の顔面に投げつけて眼潰ししてから脳天に蹴りを入れて倒したら、訓練にならないとスーノ教官に叱られた。ブランカには何故か誉められたが。


 それから連続して、ボクサーのような引き締まった筋肉が付いていて、しかも身軽に動き回るレベル5の猫兵とも戦わされた。かなり苦戦した。攻撃して来た腕や脚を掴もうとするも強引に力で振りほどかれ、柔道技を掛けようにも直ぐにこちらの間合いから離れてしまう。眼潰しの砂もかわされてしまった。そうやって悪戦苦闘していると更にレベル5の猫兵を追加投入されてしまい、最後は5匹のレベル5の猫兵にど突かれたり蹴り飛ばされたりしているうちに、俺のダメージはついに限界を超えてしまったらしい。俺は何時のまにか意識を失ってしまっていた。

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