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憂鬱と邂逅

「くそっ。邪神め。アイツ絶対邪神だ。よく物語りで最終的に倒される裏ボスに違いない。世界の争い事はきっとあの邪神を楽しませる為のゲームなんだ。そして、最後はそれに気付いた勇者と魔王のタッグマッチでボコボコにされるんだ。」


 ラノベ脳全開で俺は一人悪態をつく。赤茶けた空間に俺の独り言は虚しくこだまする。


 今思えば、転生先は女神の自由にはならないものである可能性が高そうだ。

 ゴキブリ合唱は単に俺を虐める為だろう。


 俺は深呼吸する。

 

 冷静になろう。あの女神をいくら呪った所で何も変わりはしまい。いや、むしろ壁に耳あり障子に目ありで女神に聞きつけられたら、どんな過酷な運命に放り込まれるか分かったものではない。転生先を決める力が無かったからと言って、世界に何の影響も及ぼせないかどうかは分からない。

 

 そう言えば、女神の部屋では状況の異常さと目まぐるしさからテンションがずっとおかしくなっていた気がする。落ち着いて状況を確認しよう。そしてゆっくりと思考を巡らせてみるべきだ。


 まずは、余命20年の宣告について考えてみるか。


 どんな風に生きようが、毎日善行をつもうが、女神ハナコの社を建てまくろうが、20年後には勇者のレベルアップの為の経験値と化す事が確定しているのだ。

 最悪だ。 

 これではまるで家畜ではないか。食べ頃になるまで丸々と太らされ、時期が来ると刈り取られる為だけに生きる。どれだけ頑張って生きて強くなっても、それは更に勇者の口に美味な肉を運ぶだけだ。 


 え? 召喚された後で返り討ちに出来るぐらい強くなれば良いじゃないかって? チート満載確定の勇者に対して勝てるわけ無い。というか、そもそも勇者に使徒化って叫ばれた瞬間、俺は唯のサンドバックになってしまう。いっそのこと、殺す価値も無いほど弱弱しい悪魔として現れようか。いや、やっぱり駄目だな。スライムやゴブリン代わりにされるのが落ちだ。レベル1勇者の戦闘経験にされる事になんら変わりない。


 転生後、早々に俺は生きる気力を無くし始めていたのだった。


 「はぁ。」


 重い溜息をつく。それにしてもここはどこなのだろうか。俺が本当に悪魔として今さっき誕生したのだとすれば、地獄に類する領域なのだろうが。

 赤茶けた空間を眺めまわした眼を下に向ける。


 俺は自分自身を観察してみる。小さな色素の薄い手足だ。体全体の長さの比率に違和感がある。この体は何頭身ぐらいだろうか。鏡が無いのでよく分からないが、誕生したてにしては育っているように思う。少なくとも赤ん坊ほどの不自由さは感じない。悪魔はみんな幼児の形で誕生するんだろうか。


 と、そこで俺は体型よりも自分が既に服を着ている事に今更ながら驚いた。考える事が多過ぎて全く気付いていなかったが、誕生したばかりで服を既に着ているというのは妙な話だ。尤も、これが悪魔の誕生における仕様なのかもしれないが。因みに、着ていたのは純白で絹の様な触り心地と光沢のある布地の裾の長い貫頭衣一枚だけだった。短いが袖も付いている。下も確認すると、カボチャパンツのようなものを履いていた。これも悪魔の様式美なんだろうか。


 さて、生まれたはいいが、ここから何をすれば良いだろうか?

 俺は自分の座っている白い鉱石の台座をコツコツ叩いてみたり、飛び跳ねてみたりしたが、何も起こらなかった。グルグルと回って不可思議な空間を眺めてみるが、相変わらず複数の大地がフワフワ浮いているだけである。着ている服を伸ばしたりと色々やってみる。


 飽きた。


 特に、何かしたいという欲求も湧いてこない。もし、俺が異世界転生にワクワクドキドキしていたなら、他の大地に飛び移れないだろうかとか、魔法使えるか試してみようとか考えてもっと試行錯誤に励んでいただろうが。あいにく、俺の活力は超低水準を推移中である。何かしてみようかと思う度に勇者への生贄という未来が俺の気力を削ぐ。

 絶望というほど、御大層な感傷に浸っているわけではない。何もしたくないという訳ではないのだ。好奇心は辛うじて生きている。だから、何かしてみようかとまでは思うのだが、そこで終わってしまう。頑張って何かしてみるという所まで気分が乗らないのだ。


 そういうわけで、猶予の20年、ただここでぼけっと過ごしていようかと諦観に沈みだした頃、何かが背後から近づいて来る気配がした。俺は座ったまま、振り返る。

 俺の所へ空間を高速で飛行して向かってきていたのは、二つの巨大な存在だった。一つは紫色のドラゴンみたいな奴で、もう一つは透明な多角柱の結晶体の内部に黄金の目玉が入っていて、外部に黄金の羽根の様なものが二枚付いている変な物体である。どちらも強烈な存在感を放っている。


 あれ? これって、逃げるか隠れるかしないと食べられたり殺されたりしちゃうパターンですかね。周囲を確認するが、隠れる事が出来る場所なんて無い。勿論、逃げるにしても向かうべき場所も無い。詰んだな。まあ、ここを生き伸びた所でどうせ勇者に殺されるわけだし、気にする事も無いか。

 俺はどうにでもなれという気分でドッカリと台座の上で胡坐をかいてドラゴンと結晶体の方を眺めた。すると、向こうは今初めて此方に気付いたという様子になる。


「おい、クリステ。魔児だ。ワルプルギスが始まって未だ5日だってのに。早いお目覚めだな。」


 ガラガラした粗雑な声でドラゴンが相方の結晶体に話しかける。


「ふむ。そのようですね。白色大地にいるという事は白玉魔ですか。しかも見た目からすると特殊魔のようですね。ブランカさんの所へ連れて行くべきでしょう。」


 冷静沈着な声音が返答をする。おそらく、結晶体のものなのだろうが、どこから声を出しているのやら。


「よおし、坊主。俺様達が良い所に連れてってやるからなぁ。怖がらなくて良いぞ~。」


 ドラゴンが非常に無理して作りだした猫なで声で誘拐犯の台詞と共にすぐ傍までやってきた。デカイ。6階建ての建物を真下から見上げるとこれくらいだろうか。硬質な鱗に覆われた腕が此方に伸ばして鋭い爪を向けてくる。怖い。怖すぎる。一瞬前まで、殺されたっていいやとか考えていたのに、防衛本能が働いたのか体がビクリと震えて縮こまってしまった。


 ドラゴンが酷く傷ついた表情をした。


「子供を怖がらせるのは感心しませんね。メジスト。」

「い、いや、俺様はそんなつもりじゃ。怖がらなくて良いと、ちゃんと言ったんだが。」

「現に怖がらせているではありませんか。言い訳無用です。」

「な・・・、じゃあ、お前やってみろよ。」

「ええ、いいでしょう。コホンッ。初めまして、生まれたての魔児。私は金剛魔卿クリステ。実は、白玉魔公ブランカという方に白玉魔の魔児を見つけ次第彼女の所に連れてくるように依頼されているのですよ。彼女はこの冥界では珍しく同じ白玉魔の魔児を育てる事を習わしにしています。ということで、私達と一緒に来なさい。」


 優しげな声で話し終えると、金剛魔卿クリステは自分の黄金の羽根の一枚を俺の座っている台座の横にピタリと浮遊した状態で停止させた。おそらく、これに乗り移れば良いのだろう。最後が命令形だった所を考えると拒否権は多分無い。尤も、今までなされた会話が全て真実の情報であるならば、これを拒む理由など無い。吹けば飛ぶような小さな存在となっている俺にわざわざ嘘をついて騙す必要性等無いだろうし、そもそも、悪い事を企む奴らなら俺の同意なんて形式上ですら必要とせず引っ掴んで連行できるはずだ。まあ、一番の理由はここでボケっとしていた所で仕方が無いという点だが。


 ただ、ひとつここで直ぐに乗ってしまうに当たって気がかりな点が・・・。俺はチラリと渋面を作るドラゴンをみやる。金剛魔卿クリステはその俺の視線に気付いたらしい。


「子供に気を使われていますよ。メジスト。」

「うぐっ。」


 ドラゴンが呻く。本気で苦しそうにしている。可哀そうだ。ここで躊躇していると更に精神的ダメージを与えかねないので、俺はいそいそと金剛魔卿クリステの用意した羽の上に乗った。外見の硬質なイメージと違ってちょっとフカフカしていたのが驚きだ。俺はその上でドラゴンに向かってペコリとお辞儀した。


「先程は済みませんでした。意図しない条件反射でした。」

「ああ、いや、気にするな。俺様も慣れている。・・・俺様は紫晶魔卿メジストだ。」


 俺の謝罪の言葉にメジストは一瞬驚いた顔をした後、自己紹介をした。デカイし、威圧感はあるし、顔もドラゴンのそれで厳つい。でもきっと、この竜は性根が優しいに違いない。

 悪魔なのに優しいんだな。


 そんな事を思っている内に、一行は出発した。飛行中、風は感じなかった。この空間を満たしているものは空気じゃないのだろうか? あるいは金剛魔卿クリステの何らかの魔術的作用でも働いているのか。そう言えば、クリステは飛行している時に、羽根は全く動かしていない。動かしてたら、当然、そこに乗っている俺は真っ逆さまに落ちてしまうだろうが。

 風も感じず、当然風切り音のようなものも聞こえず、ただ風景が近づいてきては上下左右に過ぎ去っていく。異様だ。

 前世の常識に引き摺られ、夢と現の感覚に悪酔いし始めた頃、突然流れていた風景が止まった。

 

「おお。」


 俺は思わず驚きの声をあげていた。

 眼前に広がるのはさっきまでいた大地と同じく白一色が広がっているが、所々で虹色の輝きを発している。しかし、ただゴツゴツした鉱石があるのではない。雪が降り積もった様な真っ白の草や花や木々が茂っているのだ。そして、広がる白砂の間を、白銀に輝く液体がゆっくりと流れている。遠くには銀光の飛沫を輝かせる滝も見えた。この液体はなんだろう。水銀だろうか。だとしたら触りたくないが。

 そして、その大地を見下ろすかのように聳え立つ白銀の尖塔が6つ。その塔の上からは虹色の霧がユラユラと湧きでて天へと昇っていき、上空へと広がっている。


 クリステとメジストは俺を連れてその幻惑的な大地の上をユックリと飛行する。暫くすると下降し始め、大きな白銀の湖の前に広がる白砂の地面に降り立った。俺もここが到着地点なのだろうと推察してクリステの羽根から飛び降りる。

 砂の上に立つとキュキュという可愛らしい音がした。鳴き砂というやつだろうか? 湖畔を囲む白い森を見やる。上空から見た時は硬質なイメージがあったが、木々も草花も柔らかそうだった。


「ブランカ様。魔児を見つけてきましたよ。」


 クリステが湖面に向かって静かな声を投げかける。

 俺の視線もつられて湖面へと向かった。

 水面が揺れる。揺れる。


 次の瞬間、湖面が持ち上がった。

 そしてドバッーという轟音を立てながら白銀の水を垂らす何かが湖の中心に屹立していた。それは、此方の方へと目を向けるとブルブルと体毛を震わせて銀の飛沫を撒き散らす。髭を一撫でしてこちらへと近づいてきた。


 一言で言うと、巨大な白猫だった。ただ、尻尾が多いように思える。いや、あのウネウネした軟体動物を彷彿とさせる背中から生えている触手の事を尻尾と呼んでいいのか分からないが・・・。吸盤は無いので、猫がイソギンチャクを背負っているような感じだ。これは、クァールとかいう猫型モンスターだろうか。でも、クァールの触手は背中じゃなくて耳から生えていたような記憶が・・・。まあ、細かい事はどうでも良い。

 俺はこちらへと歩みを進める巨大な白猫を観察する。金色に輝く瞳はその巨体に似合わずどこか優しげだ。そうでなければ、きっとメジストに感じた以上の存在感に圧倒されて逃げ出してしまっていたかもしれない。猫はギュギュという音を立てながら砂地まで上がってきた。俺達の前まで来ると、腰をおろして座る格好をする。背丈はクリステやメジストよりも大きい。

 

「有難う。クリステ。メジスト。御苦労さま。それにしても、もう目覚めたなんて早いわねぇ。」


 柔和な声が落ちてくる。恐らくこの猫の声だろう。


「いえいえ、散歩中に拾ってきただけですから。来て早々ですが、私達は寄る所があるので、これでお暇いたします。」

「分かったわ。いつでもいらっしゃい。」

「ああ。そんじゃ、坊主。お前も頑張れよ。」


 クリステとメジストは飛び去る。メジストの頑張れはどういう意図なんだろうか。頑張って生きろって意味なら俺にとってはドンピシャの励ましかもしれないが、そういうわけではあるまいし。しかし、唯の挨拶にしては、今のメジストの『頑張れ』には何かもっと深い想念が含まれていたような気がする。『お前も』の『も』の部分も気に為る所だ。


 「さて、そろそろいいかしら。」


 俺が飛び去る二人を見送って手を振っている背後から、巨猫の優しげな声が響いた。

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