天使様からの手紙。②
誰かしら?
ハリエットが玄関を気にしていると、小さな足音が近づいてきてノックした。
「リタねえちゃま、アンジーがおかしもってきてくれたよ。」
ハリエットとパトリシアが手をつないで応接室に入ると、話をしていた伯爵夫人とアンジェラがぴたりと話をやめて二人を見た。
「かあさま、リタねえちゃまつれてきたよ。」
「ありがとう、トリシャ。」
「こんにちは、リタ。今日はね、おいしいと評判の焼き菓子を持ってきたの。」
「アンジー。いつもありがとう。」
「私の家でお茶をしてもつまらないから私がこちらにお邪魔してるだけよ。」
「じゃあ、お茶にしましょう。用意をお願いしてくるわ。」
「トリシャ、今日はね、粉砂糖がたっぷりかかったカリカリの焼き菓子よ。」
「トリシャ、あまいおかし、だいすき!」
「これはね、コロネっていってね、中にカスタードクリームも入ってるんですって。」
「わあ!リタねえちゃま、たのしみねえ!」
紅茶のいい匂いがしている。
この紅茶もアンジェラがおいしい紅茶を見つけたから、と持ってきてくれた物だった。
パトリシアはアンジェラが持ってきてくれた焼き菓子にかぶりつき、口の周りを粉砂糖まみれにしていた。
「リタねえちゃま、これ、おいしいねえ。」
満面の笑みで焼き菓子を食べる妹を見て、ハリエットは複雑な気持ちになった。
アンジェラがいなかったらパトリシアはこのお菓子も紅茶も口に入れることはできなかった。
我が家が用意できるのは味がするのかしないのか微妙な紅茶と年老いたメイド長が作ってくれるスコーン。それも、クロテッドクリームをたっぷりつけるなどという贅沢はできず、料理好きなメイド長がたくさん作って保存しているイチゴジャムかラズベリージャムだけをつけて食べるくらいだ。メイド長のスコーンに不満がある訳ではないが、1年の半分以上はこのスコーンでお茶をするので、パトリシアも毎回この笑顔で食べてはくれない。
ハリエットは、普段贅沢をせず、たまに美味しい物が食べれるからこそ喜びが大きいのだと分かっている。しかし、パトリシアはまだその事に気づいておらず、まだ自分の境遇を不幸だと思っていない。ただそのおいしいお菓子を食べて幸せを感じている。その事をひどく不憫に感じた。同じ伯爵家でも裕福で、しかも、誰もが羨む美貌の持ち主であるいとこのアンジェラを、このかわいいパトリシアもいつか複雑な気持ちで見ることになるのだろうか・・・。
「・・・ねえ?リタ?」
ぼんやりと考え事をしていたハリエットは話を聞いていなかった。
「え?何?」
「何?聞いてなかったのね。ステッド子爵家のご子息からお届け物があったという話をしていたのよ。」
「あ、ええ。そうなの、アンジー。本としおりをね、頂いたの。」
「へえ。あの天使様から?でも、リタはあの日、誰ともお話はしなかったって言ってなかった?」
「ええ。誰ともお話はしなかったんだけど・・・」
「リタねえちゃま、ふまれたんですって。」
「ふまれた?」
「リタはフィーシャー子爵家の図書室でその若者に足を踏まれたんですって。」
「図書室で?馬車に酔ったからちょっと休憩させてもらうって言ってた時?」
「そ、そうなの・・・図書室で休憩をさせてもらっていて・・・。」
「で、なんで図書室で足を踏まれるの?」
「お互い本に夢中でお互いに気づかなくて・・・。」
「・・・?図書室に二人でいて偶然足を踏むなんて不自然じゃない?」
「そ、そうかしら?」
「そうよ、図書室で一緒になったらまず挨拶とかするでしょ?どのタイミングでお互いに本に夢中になって足を踏まれるの?」
「ま、まあそこは・・・。えっと・・・。」
「・・・何かされたんじゃないでしょうね?」
「えっ!!な、何かって・・・。違う違う、何にも・・・。」
「ねえ、リタ、そのお届け物って私にも見せてもらえないかしら?」
「え?ええ、もちろん、いいわよ。」
「じゃあ見せてちょうだい?リタの部屋にあるの?」
「ええ。」
「じゃあ、行きましょう。」
アンジェラはハリエットの両肩を掴むとハリエットの体を押すようにして居間の扉に向かった。
その時、アンジェラが振り返ってスペンサー伯爵夫人に軽く目配せしたのだが、ハリエットはそのことには気づかなかった。
まだ続きます。