アンドリューの5連休②
アンドリューがパーティ会場に戻ると、キャロラインが瞳を輝かせていた。
「ミスター・アンドリュー、お加減が悪いのではありませんよね?」
「今日の主役に心配をさせてしまって申し訳ありません。御祖母様からこちらの図書室は充実していると伺っていたもので、少し拝見させていただいておりました。」
「まあ、ミスター・アンドリューは本に興味がおありですの?」
「はい、特に自然科学や天文学の本が充実していて興味深く、つい長居をしてしまいました。」
「おお、さすがステッド子爵家の血筋だな。私の図書室の良さがわかるとは。」
「御祖父様、そんな言い方、失礼ですわ。」
「ああ、すまないな、キャロライン。亡きステッド子爵、ヴィクターとは様々な本について何度も夜を徹して議論した仲でな。あいつも自然科学や天文学について議論するのが好きだったもんさ。懐かしいなあ、クロエ。」
「まあ、その名前で呼ばれるのは夫が死んで以来初めてですよ、クリストファー。」
「あら、いくら幼馴染とはいえ、私の前でファーストネームで呼び合うとは失礼じゃないかしら?」
「浮気の心配なら無用だぞ?キャサリン。私は今でも君に夢中だ。」
「あら、そうだった?あなたは昔から私といるよりヴィクターとクロエと本の話をしているのが好きだったわよね?」
「いいえ、キャサリン。クリストファーは私たちとの議論に疲れるとキャサリンのピアノを聞きながらお茶を飲みたいって溜息をついたものよ。」
祖父母の青春時代の話を聞きながら、アンドリューは期待に満ちたキャロラインの視線から逃れられた事に安堵していた。アンドリューはキャロラインの期待に応えられないので、これ以上の接触は望んでいなかった。
そして、視線をめぐらせてふと気づいた。
パーティに遅れてやってきた美しい娘の横に、先ほどはいなかった少女が座っている。
その少女が着ているのは、先ほど書斎で自分が踏んづけてしまったドレスだ。
あの少女は誰だろう?
赤みの強い茶色の髪で、長い前髪を左右に分け、後ろはアップにしている。緑の大きな瞳の上には意志の強そうな眉。
どこかの子爵家の子女だろうか?
しかし、彼女の隣には伯爵家の美しい娘と眼鏡を掛けた茶色い髪の若者の保護者が座っている。
あの若者は、確か、ロックウッド子爵家の長男。
ロックウッド子爵家の長男の年の近い妹かなにかだろうか。
まあ、帰っていくときに注意して見ればわかるだろう。
謎の少女を見ながらアンドリューが考えをめぐらせていると美しい娘と目があった。
美しい娘、アンジェラは頬を染めてにっこりと笑った。
夕方になり、長かったガーデンパーティは終わりをむかえた。
アンドリューが気にしていた謎の少女は美しい娘と一緒に帰って行った。
別邸に向かう馬車の中で、元子爵夫人とアンドリューが向き合っていた。
「気になる女性はいましたか?」
元子爵夫人がアンドリューに聞いた。
「・・・、まあ。」
「・・・。いたんですか?」
「あ、ええと、まあ。」
「はっきりしませんね。そういうところがだめなんですよ、あなたは。」
「女性として気になったかと聞かれると微妙ですが、気になる人はいました。」
「あの金髪の美人に気を惹かれたんじゃないでしょうね?」
「は?」
「やけに彼女の方を見ていたでしょう?」
「え?あ、ああ。ちがいますよ、御祖母様。その隣にいた女性の事を見ていたんです。」
「その隣?」
「茶色い髪の女性がいたでしょう?」
「ああ、ストラスフォード元伯爵が連れて来ていたもうひとりの少女ですね。」
「あの女性をご存知ですか?」
「ええ、確かストラスフォード元伯爵の娘さんの子どもだったと思いますよ。」
「金髪の女性は?」
「彼女はストラスフォード元伯爵の息子の子ですよ。」
「・・・お嫌いなんですか?」
「何のことです?」
「ストラスフォード元伯爵の事がお嫌いなんですか?」
「どうしてです?」
「いえ、違うのでしたらすみません。」
今の話題で、いつも厳しい表情の元子爵夫人の眉間のしわがいっそう深くなったから・・・などとはアンドリューは口が裂けても言えなかった。
「元伯爵は人格者ですよ。」
「では現伯爵に問題が?」
「・・・。」
「・・・。」
「で、その茶色い髪の少女がどうして気になったのですか?」
「図書室で一緒になったのです。」
「少女とですか?」
「はい。正確に言うと、彼女が先に図書室にいて、僕が後から図書室に入って、私が彼女の存在に気付いた時には彼女が走って逃げてしまいまして・・・。」
「逃げた?」
「えーと、声を掛けたのですが、返事ができなかったようで・・・。」
「それで気になったのですか。」
「はい。僕の読みたかった本を読んでいましたし。」
「気になったのなら手紙でも出してみたらどうです?本が好きなら話も合うでしょう。名前ははっきりとはわかりませんが、確か、スペンサー伯爵家のハリエットだったと思いますが。ロレンスに言えば調べてくれるでしょう。」
「・・・考えてみます。ところで御祖母様。」
「何です?」
「僕は今日から5連休なのですが。」
「それは昨日も聞きましたよ。」
「できればクローディアと一緒に街に買い物に行きたいのですが。」
「クローディア?クローディアは昨日、街に買い物に行ったばかりだし、しばらくは私のお友達の夜会着と出産祝いのプレゼントにするベビー服を作るのに忙しいから無理でしょうね。」
「え??昨日?」
「ええ、ロレンスと一緒に生地屋やボタン屋やレース屋などを回って思う存分仕入れをしたと言っていましたよ。」
「え!!ロレンスと一緒に?」
「ええ。あの二人は最近、よく一緒に出掛けているのを知らないのですか?」
「・・・知りませんでした。」
「先週は私が二人に首都へお使いを頼みましてね、そのついでに美術館を見てきたと言っていましたし、その前の週には隣町で開かれた輸入品市場に行ったと言ってましたかねえ。その前の週は・・・」
「え゛・・・。それは毎週デートしているという事ですか?」
「まあ、そうとも言うでしょうねえ。」
「御祖母様はロレンスとクローディアの交際を認めたのですか?」
「ええ。」
「ええって!ええええええ??」
「せまい車内でうるさいですよ、アンドリュー。」
「認めたのですか??」
「何も問題ないでしょう?二人とも独身で健康な男女です。」
「・・・。し、使用人同士の恋愛は禁止では?」
「ロレンスは私の使用人ではありませんから問題はありませんよ。」
「そういうものですか??」
「そういうものですよ。」
「・・・。」
「だから、あなたが新しい素敵な女性を見つけられるようにと思ってこの会に連れてきたんですよ。」
「・・・そうだったのですか・・・。」
「ええ、孫思いでいい祖母でしょう。」
「・・・そうですね。」
「今日いた女性の中ではキャロラインがあなたに合うとと思っていたのですがね。」
「・・・。」
「まあ、都会の女性より田舎でのびのび育った女性のほうがあなたに合うかと思っただけですけどね。」
「・・・そうですか。」
「言っておきますが、クローディアの好みのタイプはしっかりした大人の男だそうですよ。」
「しっかりした大人の男・・・。」
「ちなみにキャサリンの情報によるとキャロラインは綺麗な顔の男の人が好きだそうよ。」
「・・・それはただ僕のいい所は顔だけだと言いたいのですか?御祖母様。」
「まあ、顔だけでも良くて良かったですよ。親に感謝なさい。」
「・・・。」
「ひいては私にも感謝する事ですよ。」
「・・・。」
「こういう時に黙り込むのではなく感心するような切り返しができれば女性にももてるでしょうに。」
「お言葉ですが僕は女性に不自由した事はありませんよ。」
「それはあなたの顔のおかげでしょう。」
「・・・。」
「ほらみなさい、言い返せない。あなたは内面で人を惹きつける事ができるタイプではないでしょう?ならば外見のいい人が好きだという女性を選ぶしかないでしょう。」
「・・・。」
「まあ、大学を卒業したら結婚相手を決めなければならないでしょうから、それまでにどんな相手が自分に合うかよく考えておくことです。結婚相手は一生の良し悪しを決める大事な要素ですからね。」
「・・・御祖母様は御祖父様とどうやって結婚したのですか?」
「親同士が決めた相手ですよ。」
「でも今日の話では幼馴染だったと・・・。」
「ええ。私とヴィクターとクリストファーはこの田舎で育った幼馴染でした。」
「え?御祖父様は首都に住んでいたのでは?」
「ヴィクターは体が弱くて子供の頃はこちらに住んでいたんですよ。」
「そうだったんですか。」
「この辺りの子爵家で集まりがあると3人で本の話ばかりしていたので、ヴィクターの両親が私の両親に結婚させてはどうかと持ちかけたのですよ。」
「どうして御祖母様はフィーシャー子爵でなく、御祖父様を選んだのですか?」
「別に私が選んだわけではありませんよ。選んだのはヴィクターの両親です。」
「でも、御祖母様の事ですから御祖父様の事がお好きでなければ結婚など受け入れないでしょう?」
「私に選ぶ権利などありませんでしたが、ヴィクターは文句のつけどころのない人でしたからね。」
「・・・。御祖母様、僕の結婚相手は父上が決めるんですよね?」
「最終的にはそうなるでしょうが、ヘンリーはあなたに希望があれば多少は聞いてくれるでしょう。」
「では、僕がここで誰がいいとか言うのは無意味では?」
「ですから、色々な女性を見てどんな女性が自分に合うか考えておきなさい、という事ですよ。」
「はあ・・・。」
「連休中は気になった女性に手紙でも書くといいでしょう。」
「・・・わかりました。」
まだ続きます。