アンドリューの5連休①
執事ロレンスがクローディアに好意を持っていると聞いてから数か月後。アンドリューは5連休をクローディアのいる別邸で過ごそうと楽しみにしていた。
しかし、待ち受けていたのは元子爵夫人に付き添ってのガーデンパーティ。
引退したご老人たちが孫の将来のために少しでも役に立てば、と考えて田舎貴族の自分たちの孫である年頃の男女を集めてのガーデンパーティで、アンドリューは自分の将来を左右する人物に出会う。
そして、帰りの馬車で告げられた衝撃の真実・・・。
アンドリューは図書室のソファに腰掛けて溜息をついていた。
今日は元子爵夫人の命令で、元子爵夫人の古くからの友人、フィーシャー子爵家で開かれているガーデンパーティに元子爵夫人をエスコートして来ていた。
アンドリューは、教師たちの研修のために寄宿学校の学生に与えられたこの5連休は、愛しいクローディアに洋服の仕立てを何着か依頼し、あわよくば街に二人で買い物にでも出かけてプレゼントをあげたりして気をひこう、などと考えていたのに、クローディアのいる別邸からは馬車で半日ほども離れたこのガーデンパーティに連れてこられてしまったのだ。
元子爵夫人の古くからの友人の孫の誕生日パーティだというが、子爵家を中心とした貴族の子女の出会いを期待したパーティであることは間違いなかった。
パーティの中心にいるのはあまりあか抜けない娘。フィーシャー子爵家の次女らしい。
その少女を取り囲む娘たちが4~5人。その娘たちを遠巻きに見ている若者も4~5人。
いずれもこの周辺に住む田舎貴族。家族ぐるみでの付き合いがある者たちもいる様子だが、子どもの頃のように男女一緒に無邪気に遊ぶという訳にもいかず、このパーティの意図もおぼろげながらに理解していることもあり、皆、気まずそうにお互いの様子を伺っていた。
アンドリューは最近こそこの田舎の別邸に通い詰めているが、本来は本邸のある首都に住む裕福な子爵家の長男。王家や公爵家などの豪華で刺激的なパーティに幼いころから参加していたアンドリューにとって、この田舎の、しかも知らない人ばかりの地味なガーデンパーティは退屈極まりないものだった。
アンドリューは娘たちの輪にも若者たちの輪にも加わらず、元子爵夫人の後ろにひかえていた。時々、娘たちがアンドリューのほうにチラチラと目線を送りながら何か噂話をしているのを、アンドリューは眼の端で捉えてはいたが、敢えて気付かないふりをし、元子爵夫人とその話し相手の話を聞いているふりをしてやり過ごそうとしていた。
そんな時、玄関のベルが新たなる来訪者の存在を知らせた。
老紳士と腕を組んで現れたのは金色の髪にエメラルドグリーンの瞳の、今までここにいた善良な田舎の子爵家の子女とは全く異質なとても美しい娘だった。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます。」
美しい娘がにっこり笑うと、それまでもじもじしていた若者たちはたちまち頬を赤く染め、ひきつけられるようにその美しい娘の周りに集まった。
「あの、私は、ドーソン子爵家の二男、フレデリックです。あ、あの、お、お名前は?」
その少年の中でも一番背の高い若者が甲高い声で美しい娘に問いかけた。
「アンジェラ。アンジェラ・ストラスフォードですわ。」
美しい娘はどう笑えば自分が一番美しく見えるかを熟知しているかのように、にっこりと笑った。
「ストラスフォードというと、ストラスフォード伯爵家のお嬢様ですか?」
眼鏡を掛けた茶髪の若者が聞いた。
「・・・。」
まだ名乗っていないその若者の質問にはアンジェラは小首を傾げるだけで応えなかった。
「あ、失礼しました。ロックウッド子爵家の長男、トラヴィスです。ミス・アンジェラ。」
「ミスター・トラヴィス、初めまして。ええ、確かに、私はストラスフォード伯爵家の次女です。」
「御一緒の紳士はストラスフォード伯爵様ですか?」
「いいえ、既に引退した元伯爵、私の御祖父様です。」
若者たちがアンジェラを囲んで盛り上がっていると、フィーシャー子爵家の次女を中心とした娘たちも勇気を出してじりじりとアンドリューに近寄り、話しかけた。
「こんにちは。私はこの家の娘の キャロライン・フィーシャーです。あなたは、御祖母様のお友達のステッド子爵家の方ですわよね?」
「こんにちは、ミス・キャロライン。私はアンドリュー。ステッド子爵家の長男です。」
「天使の用に美しい方が来るわよって御祖母様から聞いていましたが、本当に教会の絵から抜け出ていらしたようですわね。」
キャロラインは適度に社交的で話はそれなりに楽しかったが、彼女の周りにいる娘たちが二人の会話を一言も聞き漏らすまいと聞き耳をたてていて、二人の会話に反応はするものの、誰もその会話には入ってこないので、アンドリューは1対1の会話以上に気疲れしてしまった。そこで、隙を見てその息の詰まる場から逃げ出した。
この屋敷に来る馬車の中で、元子爵夫人からこの屋敷の図書室は本が充実していて一見の価値があると聞いていたので、本に興味のあるアンドリューはその充実した図書室に逃げ込もうと考えていた。
図書室といえば玄関の近くだな、と思いながら歩いていると、扉が開かれている部屋があった。
アンドリューがその部屋を覗いて見ると、赤い絨毯に座り心地の良さそうなソファのある図書室だった。
来客がある時に扉が開かれている図書室は、客が自由に出入りしていいという証だ。
はあぁぁぁぁぁぁ。疲れた。
アンドリューはどすん、と図書室のソファに体を沈めて溜息をついた。
やはり、女性が大勢いるところは疲れる。
御祖母様はあのキャロラインとかいう娘と自分を結婚させたいのだろうか。
・・・。
キャロラインと結婚すればクローディアを愛人に迎えられるだろうか・・・。
だめだ、発想が健全じゃない。
気晴らしにこの図書室の蔵書を見せてもらうとするか。
そう思ってアンドリューはソファから立ち上がり、それほど広くない図書室の蔵書を眺め始めた。
ふむふむ、ここは過去の戦記。ここは歴史書か。ここは自然科学?ふーん、悪くないな。
ぐるりと歩きながら蔵書の背表紙を眺める。
小説や詩集よりは歴史書が中心で、最近はやりの自然科学や天文学の本
も多いな・・・。
自然科学や天文学はアンドリューも学校で興味を持っている学問だった。
あ、これは最近、発行禁止になって手に入らないヤツじゃないか。
お、それにこっちは数年前にこの学説は間違っていたとして発行中止した
ヤツ・・・へええええ。
そんな事を考えながらさっき座っていたソファの裏側ぐらいまで移動してきたところで、アンドリューの興味を引く本が増えてきて、アンドリューは夢中になって背表紙の題名を追っていた。
その時だった。
むぎゅう。
アンドリューは何かを踏んづけてしまった。
クッションか?猫か?
と思い目線を下に向け、アンドリューは驚いて声をあげた。
「だ、大丈夫ですか?」
アンドリューが踏んづけたのは女性だった。
「・・・。」
女性はうずくまって動かない。
「あ、医者を呼んできましょうか?」
「あ、いえ。」
「よかった、声は出るんですね。すみません、まさかこんなところに女性が・・・。」
アンドリューはそこまで言って考え込んだ。
気分が悪くて倒れていたにしては、うずくまっている女性の頭の下には本が広げられている。
この女性はいったいここで何をしていたんだろう?
まさか、床に本を置いて読んでいたのではないだろう。
そういう体勢としか思えないとしても。
しかも、女性はパーティ用のドレスを着ているから、図書室を掃除していた召使いという訳でもなさそうだ。
「あの、大丈夫、ですか?」
アンドリューは女性の顔を覗き込むようにして聞いた。
「だ、大丈夫ですっ!」
女性はガバっと立ち上がり、床に広げていた本そのままにして図書室から走り去った。
「あ、ちょ、ちょっと!あの!」
アンドリューは立ち上がって追いかけようと図書室の扉まで行ったが、すでに女性の後ろ姿は見えなかった。
「何だったんだろう・・・。」
図書室の扉にもたれてこめかみを右手で押さえていると、元子爵夫人が庭から図書室の方向に向かって来ていた。
「アンドリュー、何をしているんです?」
「御祖母様、今、ちょっと不思議な出来事がありまして・・・。」
「そんなことより、ケーキを切り分けるようですから、パーティ会場に戻りなさい。キャロラインがアンドリューがどこかで気分でも悪くしているのではと心配していましたよ。」
「すみません。」
アンドリューは一度図書室の中に戻ると、広げられたままの本を閉じてあるべき場所に戻した。
「天体と時間、距離についての一考察」
彼女が広げていた本の背表紙にはそう書いてあった。
アンドリューも以前からその内容が気になっていて、読んでみたいと思っていた本だった。
そして、アンドリューは女性でこの本に興味を持つ人がいるとは思ってもいなかった。
さっきの女性に、彼女の体のどこかを踏んづけてしまった事を謝らなければ。
アンドリューは改めてそう思った。
「アンドリュー、まだですか?」
元子爵夫人に催促されて、アンドリューは書斎の方を振り返りながら元子爵夫人の後を追ってパーティ会場に向かった。
勢いで書いておりますので、設定ミス、誤字脱字などあるかもしれません。
ご容赦ください。