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ステッド子爵家の若様と執事の話  作者: るい
ステッド元子爵家の女仕立て屋
1/8

ステッド元子爵家の女仕立て屋①

お話は今後も続く予定です。

とある国の田舎にあるお屋敷の一室。


磨きこまれた皮のソファが置かれた部屋で二人の男女が向かい合っていた。


「今日も綺麗だね、クローディア。」


「ありがとうございます。」


ウェーブのかかった金髪に水色の瞳の天使のような顔つきの10代後半の男と黒髪をキッチリまとめ、緑色の瞳の凛々しい顔つきの20代前半の女。


頬を染めて女の顔色をうかがい、なんとか気をひこうをしているのはステッド子爵家の長男、アンドリュー。


女はアンドリューの祖母であるステッド元子爵夫人お抱えの女仕立て屋。



「今度、二人で出かけないか?」


「そうですか、ありがとうございます。」


「・・・。」


「仮縫いをいたしますので、問題があればおっしゃって下さいませ。」


「・・・。」


「肩は窮屈ではありませんか?」


「肩は問題ないが、胸が苦しいよ。」


「胸が?見た感じは問題はないようですが、もう少しゆったりとした感じにいたしますか?」


「いや、洋服ではなくて、心臓が苦しいんだよ。」


「心臓は私の専門外ですから対処しかねます。お医者様にご相談下さいませ。」


「・・・。」



そこへアンドリューの専属執事、ロレンスが入ってきた。


黒髪をなでつけ、すっと通った鼻筋、切れ長の目に銀縁の眼鏡を掛けた長身のロレンスは20代後半で、将来、アンドリューがステッド子爵家を継いだ際には家令としてステッド子爵家を取り仕切る事になっている男。



「若様、そろそろお茶の支度をさせますか?」


「いや、仮縫いが終わってからテラスでもらうよ。クローディア、付き合ってくれるね?」


「お茶だけでしたら。」


「よかった。じゃあ、ロレンス、それまではここはいいから。」


「かしこまりました。」


部屋の扉を静かに閉めたロレンスは主人に聞こえないようにため息をつく。




若主人のアンドリューは普段は寄宿学校に通っているので屋敷にはいない。


アンドリュー専属の執事であるロレンスは、若主人不在の間、将来に備えて家令の仕事を学ぶべく、現ステッド子爵、ヘンリーの家令であるロレンスの父について子爵家の資産管理を手伝っている。


ヘンリーは人格者という訳でもないが、適度に情けのある人物で、自分の専属執事だったロレンスの父と子爵の妻エリザベスの侍女の間に思いがけず子供ができ、処遇について悩んでいるのを知ると、二人を結婚させ、そのまま仕事を続けさせた。その時生まれた子供がロレンスである。そして、ロレンスの父の優秀さ、そしてロレンスの出来の良さを感じたヘンリーは子爵家の家令の職を親子で受け継がせようとしていた。そんな環境で育ったロレンスは、まだ思春期を抜けきらない若い主人のお守りをしているよりは、父の元で子爵家の資産管理を手伝うほうに充実感を感じていた。それなのに、最近になってアンドリューが月に1度は必ず「洋服を仕立てる」と言ってこの別宅に行きたがるので、ロレンスはいささかうんざりしていた。



王家から小姓としてのスカウトが来るほどの美少年だったアンドリューは、順調に美青年へと成長しているが、特別着飾ることに興味がある訳ではない。田舎に隠居した祖母の屋敷となっている別宅に遊びにいった時、住み込みで働いていたお抱え仕立て屋、クローディアを一目見て恋に落ち、クローディアに会いたい一心で洋服の仕立てを依頼したいと言ってはこの屋敷に何度も来ていたのだ。



ロレンスはアンドリューが恋に落ちた日の事を思い返していた。



外見の良い若主人は幼い頃から女性たちの様々な思いに振り回されたせいか、思春期を迎えたころにはすっかり女性不信になっていた。


寄ってくる女性はどうせ自分の外見しか見ていない。


心が通じ合ったと思ってもすぐに女性は他の男に目移りして離れて行ってしまう。


そんな事を言ってすねている若主人にロレンスはわずかな同情と大いなる苛立ちを感じていた。


若主人は、女性が寄ってくるのは若主人の外見の良さだけでなく、羽振りの良いステッド子爵家の跡取りという地位と財力を狙ってのことだと気付いていないのか。しかも、心が通じ合ったと思った女性が離れていくのは若主人が気が弱く奥手で、気の利いた会話もできない、女性にとってあまりにもつまらない男であるせいだし、さらに言うなら、ステッド子爵家の夫人として相応しくない相手にはロレンスが手切れ金を渡して消えてもらっているせいでもあった。それにまったく気付こうとしない若主人の洞察力のなさにロレンスは苛立っていた。こんなことでステッド子爵家の将来は大丈夫なのか、そして欠点は多いものの愛すべき若主人が無事立派な子爵家の跡継ぎになれるのか、ロレンスは心配でならなかった。



そんな若主人が初めて一目ぼれしたのがクローディアだ。



今から1年ほど前。


アンドリューが寄宿学校から長期休暇のために首都の実家に帰省していた時、アンドリューの祖母である元子爵夫人が田舎にある自宅に呼びつけた。


お小言の多い元子爵夫人からの呼び出しに渋々応じたアンドリューが元子爵夫人の居間で挨拶を交わした後、元子爵夫人が呼び鈴をならし、メイドに声を掛けた。そして、数分の後、生地の入った包みと裁縫道具を持って現れたのがクローディアだった。


「最近住み込みで働き始めた仕立て屋ですが、腕がいいのであなたの上着を1枚仕立てようかと何枚か生地を用意させたのです。」


元子爵夫人がそう言うと、クローディアは会釈をすると何も言わず包みを差し出した。



「どうかしたのですか?アンドリュー。ぼーっとして。」


「・・・。」


「アンドリュー!ゼンマイがきれたのならロレンスに巻いてもらいますか?」


「・・・。」


「・・・ロレンス、この壊れた孫を動くようになさい。」


「・・・若様?ちょっと失礼します。」


ロレンスは断りを入れるとアンドリューの目の前で大きな音で手をたたいた。


バアアアン


「はっ!」


「突然私の家で気絶などしては迷惑ですよ?」


「あ、御祖母様おばあさま、えっと、この方は?」


「は?」


「この美しい方はどなたですか?」


「私の話を聞いていなかったんですね。全く。住み込みの仕立て屋ですよ。で、あなたの上着です。どの生地にするか選びなさい。」


「仕立て屋・・・。あの、名前は?」


「・・・。」


「自分が名乗る前に女性に名前を聞くとは何事ですか。」


「あ、失礼。僕はアンドリュー。御祖母様の孫だ。君は?」


「私は大奥様のお屋敷に住み込みでお世話になっております、仕立て屋のクローディアです。」


「クローディア・・・。名前も綺麗だ・・・。」


「・・・。」


「・・・。」


「・・・ロレンス。」


「はい。」


「この馬鹿者を連れて帰りなさい。」


「かしこまりました。さ、若様。」


「え?あ、いや、あの、クローディア、一緒にお茶でもどう?」


「いえ、私は仕事がありますので。」


「アンドリュー!私の贈り物に対してなんの言葉もなく女性をお茶に誘うような馬鹿者はさっさとこの家から出て行きなさい。」


「あ、御祖母様、素敵な上着をありがとうございます。で、クローディア、ちょっと話をするぐらいなら、いいかな?」


「できれば生地を選んでいただいて、採寸もさせていただけると助かるのですが。」


「お茶を飲んでからじゃだめ?」


「若様の休暇中にこの上着を仕上げねばなりませんのであまり時間がありません。」


「アンドリュー、男のくせに甘ったるい声をだすんじゃありません。さっさと上着を脱いで採寸してもらいなさい。」



その日は一日、アンドリューは頬を染めてクローディアを見つめていて何度も元子爵夫人に怒られたのだった。


あの日から、アンドリューの洋服は増える一方だ。





クローディアはあの元子爵夫人のお眼鏡にかなった人物だし、子爵家の財産を狙っている様子もない。なにより若主人に興味がなさそうだったので、若主人の恋のリハビリには丁度いい相手かもしれないとロレンスは思った。クローディアの美しく、凛とした佇まいやはっきりとした物言いにはロレンスも好感を持っていた。





何度目かの洋服の仕立てのためにこの別邸に訪れた際、ロレンスは元子爵夫人に呼び出された。




「ロレンス、単刀直入に聞きますよ。アンドリューはクローディアに好意を持っているのですか?」


「はい、大奥様。そのようにお見受けいたします。」


「クローディアだけは許しません。」


元子爵夫人が孫の色恋沙汰に口を出すのは初めての事だった。


「お言葉ながら、大奥様。それは片思いも許さないという事ですか?」


「片思いはまあ、いいでしょう。けれど、決してクローディアに触れさせてはなりませんよ。」


「・・・承知しました。」


「ロレンス、あなたは賢い子だからわかると思いますが。」


元子爵夫人は一度言葉を切ると、決意したようにロレンスの目を見た。


「ステッド子爵家の体面は保たれなければなりません。」


そう言って夫人は溜息をついた。


「これは私だけが知っている事です。本人であるクローディアもアンドリューも知らない事なのです。」


「・・・・・。」


「わかりましたね?ロレンス。」


「・・・承知しました。大奥様。」


「頼みましたよ。」


元子爵夫人は持っていた杖をドンっと鳴らして立ち上がると、その部屋を出て行った。




クローディアは10歳の冬に母親を亡くした。


母親は首都で小さな仕立て屋を営んでいたのだが、その仕立て屋が火事になり、その火事で亡くなった。


その日、母親に頼まれて買い物に行っていたクローディアは無事だったが、母子家庭だったクローディアは孤児となってしまった。


母親はとある貴族の愛人で、クローディアはその私生児だった。父親から金銭的援助は受けていたものの、クローディアは父親に会ったことはなかったし、父親の名前も知らなかった。「何かあった時はこれを売ってお金にしなさい。」といって6歳の誕生日に母親がくれた金のネックレスがあったが、火事で全てを失い、母親との数少ない思い出の品となってしまったそのネックレスは売る気になれなかった。頼るべき父親も親族もいなかったクローディアは、母親の死後、孤児院に引き取られた。自由のない生活を強いられ、いつも空腹と寒さに耐えなくてはならない孤児院の暮らしは厳しく、クローディアは、人に施しを受けるのではなく、手に職をつけて自分の力で生きて行こうと決意した。13歳になるとクローディアは、孤児院を抜け出した。昔、母親の店で働いてて、クローディアをかわいがってくれたマリアンネが独立し、店を出したという風の噂を聞きつけ、その店に行き、住み込みで働かせて欲しいと頼み込んだ。マリアンネはクローディアの母親の店で働いていた時に出会った羽振りの良い男爵の援助を受けながら貴族相手の仕立て屋をしていた。それなりに儲かっていたマリアンネは、母親を亡くしたクローディアを可哀そうに思い、住み込みを許可し、わずかだが給金も支払ってくれた。クローディアは、マリアンネの仕事を見ながらお針子として働き、じきにマリアンネと共に貴族の屋敷に出入りして採寸や仮縫いの手伝いもするようになった。その頃、ステッド元子爵夫人と出会った。


クローディアの仕事ぶりを気に入ったのか、クローディアの顔に元子爵夫人の若い頃の肖像画と似たところがあったからか、何着かの洋服の仕立てをクローディアに頼み、それが出来上がるとマリアンネにまとまった額の支度金を払いクローディアをステッド子爵家お抱えの仕立て屋として引き抜いた。


その日からクローディアはステッド元子爵夫人のお屋敷に住み込みで働いている。


元子爵夫人の夜会着、外出着、普段着などの仕立て、夫人の親族や友人への様々なプレゼントの作成、夫人の服を気に入った夫人の友人から依頼された服の仕立て、ステッド子爵家の使用人のお仕着せの仕立て、とどんな仕事でも元子爵夫人の期待以上の仕事をし、その凛として美しい容姿も相まって今や夫人ご自慢の女仕立て屋だ。



「また来ているのですか?アンドリュー。」


ノックの返事を待たず元子爵夫人がドアを開けた。


御祖母様おばあさま、ご機嫌いかがですか?」


「そういう挨拶は屋敷の玄関に入ってすぐにするものですよ。」


「すみません。クローディアに会いたくて気が急いていて。」


「アンドリュー、あなたももう大人なのですから、しっかりして下さいよ。」


「はい、御祖母様。」


アンドリューはクローディアにこのやり取りを聞かれたことが恥ずかしく、小さな子供のようにしょんぼりと下を向いた。


クローディアはそんな会話は耳に入っていないかのように表情を変えず、部屋に入ってきた元子爵夫人に会釈をした後は、手を休めることなく仮縫いを続けていた。


「クローディア、また私のお友達があなたに外出着の仕立てを頼みたいそうですよ。」


「ありがとうございます。」


「アンドリューの服はどうせ急ぎではないでしょうから、先にできますね?」


「若様次第ですが、どういたしましょう?」


「もちろん、僕は急がないから大丈夫だよ。」


「では、大奥様のお友達の外出着を優先させていただきます。」


「そうですか。では、後日屋敷に来てもらうように言っておきますよ。」


「はい、かしこまりました。」


「で、今度はどんな服を頼んだんですか?アンドリュー。」


「もうじき大学に進学だから、大学で着る上着を。」


「次から次へとよく思いつくものですね。」


「御祖母様、そんな言い方をしなくとも・・・。」




くすくす


神経質で物言いのきつい元子爵夫人と楽天的で気の弱いアンドリューのやりとりにめずらしくクローディアが頬を緩めた。


「クローディアは笑った顔も綺麗だね。」


「アンドリュー、もう少し気の利いた褒め言葉はないのですか?」


「え、気が利いていませんでしたか?」


「少なくとも私がそう言われたら笑顔も苦笑いになりますよ。」



クローディアは仕事をしていく上でも、生きていく上でもなるべく感情を出さないようにしていた。感情を表に出していい事のあった記憶がなかったからだ。感情を表に出して損をするのはいつも身分の低い者、立場の弱い者だ。


今だって、この若者の軽口に乗ろうものなら、すばらしく居心地の良いステッド子爵家のお抱え仕立て屋という立場をあっという間に失うだろう。ステッド元子爵夫人は威厳のある人物だが、使用人に対して貴族独特の人を見下した態度をとることはなく、尊敬できる人物だ。クローディアは、そんな人の元で働ける幸運を手放すつもりは全くなかった。


「私はクローディアが針仕事をしているのを見ているのが好きだから、ここで仕事を見させてもらいますよ。」


元子爵夫人はそう言ってソファに座ると、仮縫いをしている二人の姿を目を細めて眺めていた。




あくまで中世風、欧州風、です。


時代考証等していません。ご容赦ください。

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