キリキリ
私は、銀で小さな飛び立つ鶴が幾つもあしらわれた美しい白装束を纏い、暗く乾いた穴の中に居る。持ち物は、清めの特製の餅と甘酒のみ。あとは、神に捧げる供物の野菜やら穀物やら餅や米や酒やらが周りに丁寧に飾られているだけだ。
軈て、洞穴の前で村長を先頭に御祓いをしていた村人達の手によって、重厚な石の扉が閉められた。外からの光が差し込んでいた洞が、闇に閉ざされる。
……と言っても、供物と共に設置された蝋燭に灯された、か細い明かりはあるのだけれど。それも、消え失せるのは時間の問題だろう。此れが消えれば、此処は正真正銘の真っ暗闇だ。
そして、私は一生此処から出られ無い。自殺するか、供物やらを食べ尽くして生き延びて何時かは餓死するか、何れにせよ死ぬまで私は閉じ込められる事になる。
私が何でこんな事になっているのかと言うと、別段、珍しい事では無い。勿論、私がこんな所に閉じ込められる程、悪い事をしたという訳でも無いのだ。
広大な山の深奥部にひっそりと存在する此の村には、代々よりの忌まわしき風習があった。
十五歳の誕辰を迎えた生娘を、“きりきり様”と呼ばれる神がおわすとされる山の深奥の洞窟に、供物として捧げる事である。
現代まで斯様に古い仕来たりに縛られる村は、山道すら危うい獣道が幾つか通るだけの山の奥深くに存在する為、近代的な法律やら何やらは軽く無視されている。
しかし、此の“十五供物”と言われる生娘を捧げる儀式は、村の存続の為に必要不可欠らしい。誰だって死にたくはないのだ。こんな理不尽な風習が残る村など、いっそ滅びた方が良いのかも知れないが、皆が皆、そんな事は考えられず素直に習わしを受け入れてしまっている。
――戦国時代、村には既に、神を崇める為に村人達の手で設けられた神聖な
“墮莅竒漓之社”が在った。社には、もっとずっと前の時代より伝えられていた、刀や織物、金銀や鏡や珠など意匠の立派な金品が納められていた。
……しかし、時代は乱世。老若男女、人を生け捕りにし、売り捌いたり、徹底的な金品の奪取、収穫物を根刮ぎ掻っ払い、田畑を荒らし回り、生きるか死ぬかの瀬戸際、成功した人間は飯にありつけ、遣られた方は飢饉に陥り餓死者が続出し、大名としても此れは相当困る事だ。因って、多くの戦国大名も此れを戦略として多いに活用していた。そして此れ等の窃盗と共に、女性への陵辱も普通に行われていた。そんな無法の時代。
軈てどうにも生活が苦しくなった村人達は、代々よりの宝物を売り捌いてしまったのだ。
宝物は高く売れ、村には沢山の金が入り、生活は豊かになった。 しかしきりきり様は大層お怒りになり、村人が原因不明の凄惨な死を一人、また一人と遂げて行く……。村人達は「きりきり様の呪いじゃ」と口々に紡ぎ、戦慄、震撼した。
此れに際し、村人達は愈山に赴き、きりきり様に直接赦しを乞うた。
此れに対し、きりきり様は
『其ガ罪穢レ祓ワント莅ムナラ,孟秋ニ,齢十五ニ成シ清キ女子ヲ贄トセヨ』
と仰られたそうだ。
詰まり、『御前達が其の罪(穢れた行為)の容認を望むのなら、秋の初めに、十五歳の清い女子(生娘)を生贄として捧げろ』という事である。
その年の陰暦七月頃、村人達は、社があった辺りにポッカリと開いた穴に、或る村の男の娘を追い遣った。
すると、パッタリと村人は死ななくなり、以来、七月六日は毎年、村の娘が一人選ばれ、生贄となった。
陽暦になってからは、陰暦は七月から九月が秋であったが、陽暦は九月から十一月までが秋――詰まりきりきり様の指定した初秋の月は九月なので、きりきり様に其の旨お伝え申し上げてからは、九月六日に生贄の生娘を捧げているという。
何の力も無いヒトという非力な、もっと言えば無力な生き物は、神のお怒りを買った手前、其れしか手段が無かったのだ。
過去に一度、齢十五になる娘が村長の子しか無く、彼は娘を生贄にするなんて厭だと拒否した事があった。
村人達にとって、村長は村の創設者であり、村一番の大きな家と金を持つ、偉人である。村人達がそんなに強く長を説得できる筈も無く、その年はきりきり様の許に生贄は届かなかった……。
そうして、其の次の日の九月七日――十八時頃に、悲劇、惨劇が起きたのだ。
酉の刻(午後六時頃)は、逢魔時。この時刻に、きりきり様は洞穴より這い出て、村人達を見境無く襲ったのだ。
村は血に染まり、きりきり様は村人二○ばかりを喰い荒らし、やっと穴に帰って行ったという。
此れにより、矢張り仕為たりは仕為たり。贄を怠ってはならぬ。という傾向に拍車が掛かった。
以来、贄の附与を休んだ事は一度もないと言われ、十五の生娘がどうしても居ない時は、適当な女子を攫って来るなどの無法も行われた。
そんな気狂いの村に生まれた私は、丁度、今年の九月の一日に十五歳になったばかり。当然、村を出た事も無く、男性経験などあろう筈も無い生娘である。だから、生贄に選ばれた。私が白装束なんて珍妙な格好でこんな恐ろしい洞窟に居るのは、そんな極めて単純明快で、けれども悍ましい理由である。
僅かな巌の隙間から、咒咒という気味の悪い風音が漏れている。湧水が淋漓と、ピチョンという音も時折、紛れ込む。心細いどころの話では無かった。怖い。恐い。私が何をしたと言うのか。そんな昔の村人達の罪など、私には知ったこっちゃないし、現実味も丸でわかない。何故、何百年も昔の人が犯した過ちで、何も知らずに生まれて来た人間が幾人も幾人も犠牲にならなければいけないのか。
私は懊悩した。
「……」
頭が真っ白になって来た。慌てて頭を振る。もう狂気がその支配を始めている。時計も無い。日の光も無い。唯一、明かりの蝋燭は頼りなく、何れ消える。こんな所に一人でずっと居たら、誰だって可笑しくなる。
(厭だ……こんな所で死にたく無い……)
私は――行動する事にした。きりきり様とやらが一体、何の生き物やら。寧ろ生き物であるのか。何の神なのか。私は何も知らない。
周りにある物を全部使って足掻いたって、どうせあの一尺(約30.3cm)以上もある分厚い石の扉を開ける事なんて不可能なのだ。ならば――。
私は振り返る。其の先に拡がるのは、果てし無い深淵。何時まで続くか、何処まで在るのか、判らない闇黒。 一歩踏み出す。後は難しく無かった。ただ只管に足を動かす。其れだけだ。きりきり様と呼ばれる神とやらを、餓死だの自殺だのする前に……
正気の頭で、
正常な眼で、
尋常な脳で、
拝んで遣ろうじゃないか。其れだけの目的で、私は歩き出した。
巌の道は、意外と優しかった。下を向くと白く痩せた足が見える。私は裸足だ。もっとゴツゴツと岩肌はざらついていると思っていたが、偶に足ツボマッサージのような感覚があるだけで、裸足にしっとりと馴染む。
暫く行くと、妙な音が聞こえた。……そうだ。此れはあの、咒咒という呪いの音だ。
(まさか此れが、きりきり様の……鳴き声?)
変な考えが浮かんだ。身震いし、辿り着いた考えを拒否しようとする。するも、出来ない。拒否出来ない。
其の時だった。
『咒……咒……』
「ひっ…?!」
直ぐ近くで声が聞こえた。短く悲鳴を上げ、ビクリと痙攣して振り向いた先に、何やら“奇妙なモノ”が居た。
逆三角形の頭を持ち、土気色の顔をして、眼は蜻蛉のような複眼で、両目がくっつく程デカい。
躯の曲線と、ふくよかな二つの胸を見る限り、人間の女性に似ている。……似ているものの、両の手は揃えて胸部に畳まれ、肘から先が蟷螂のように鎌状に変化し、良く見るとそれは複雑な鎌形の刃が幾つも折り重なっているようだ。其の幾つもの刃が、忙しなく蠢動し、蛇が鎌首を擡げるように私を狙いすましている……。
背中には蝸牛のような巻き貝があり、其処から淡黄色の強烈に臭い液体が滲出していた。
脚は馬のような形で、筋肉隆々に発達していたが、乾き切ってザラついた蛇のような肌であり、一ミリもない小さな無数の鱗がうぞうぞと蠢き、其れがポロポロと地に落下している。
尻はプリプリと新鮮な伊勢海老のように潤いを帯びていて、粘着性のある深緑色の刺激臭のする粘液に包まれた巨大な針が見え隠れし、蜂のような模様であるのだ。
其の余りの悍ましさと言ったら、凄まじい生理的嫌悪感に即座に激しく鳥肌が立ち、とてつもない悪寒が襲い、ブルブルッと強い身震いが起こった。此れがきりきり様か。其の昔、村人達は許しを乞うたと伝承があるが、何が話せるんだ。殺されるだけではないのか。
『咒……咒……』
きりきり様は、徐に此方に歩みを進めて来る。私は動けない。
わらう膝が、
付いた足が、
剥いた眼が、
震える手が、
固まる躰が、
痺れた脳が、
私を、その場から一歩も動け無くさせた。
膝を笑わせ、
足が離れず、
目を見開き、
手を震わせ、
体は硬直し、
頭は真っ白。
(逃げなきゃ逃げなきゃ)
思考が、体が、目の前の現実に追い付いていない。考えても、動かない。動けたとしても、考えが足りない。余裕が無い。
『咒ゥ……咒ゥ……』
遂にきりきり様が目の前に来た。私はまだ動けない。
(あぁ……死ぬんだ……私)
其れを私は酷く客観的に眺めていた。表情はもう、虚ろだった。覚悟したと言うより、諦めた。私は、生きる事を、足掻く事を諦めたのだ。『……キ……』
「え?」
その時、きりきり様が何か呟いたように聞こえた。気の所為かも知れないが、どうせ絶体絶命なので善く善く耳を澄ましてみる。
『……キル…コトヲ…』
「?!」
私は驚愕、愕然ときりきり様を見詰めた。もう其の悍ましさは、此の際、気に出来なくなっていた。咒咒しか紡いだ事の無かったきりきり様が、始めて言葉を発したのだ。
『生キル……事ヲ……望ムノカ?』
その落ち着いた問い掛けに、私は迷わずに答える。
「……当たり、前です……。生きたいですっ……! こんなの理不尽です! 後世を生きる人に罪は無いっ……!!」
『……承知シタ。娘ヨ……此処ヲ行ケ。生キル事ヲ……望ムナラ……』
きりきり様が鎌の手で示した先には、先程まで無かった横穴が、御出でとでも云うようにぽっかりと口を空けていた。
「え……?」
私が顔を戻した時には、既にきりきり様のお姿は其処には無かった。
(……助かったの……?)
虚空を見詰め、少し固まった後、声に出してみる。
「……“助けて呉れた”の……?」
私は暫し、茫然自失とする。
軈て横穴へ向けて歩き出した。長い道だった。吐息が荒い。全身が熱い。断続的に熱っぽい息を吐きながら、手足で岩を掴むように進む。暗闇の中、只管に私の吐息だけが響き続けていた。
どれくらい、そうして居ただろうか。不意に、感じた風。水の流れ。外だ。外が近いんだ。私は、もうきりきり様に導かれた時から既にそうであったが、更に一心不乱に道を進んだ。
ちらちらと星影かげろう、霧のようにもやもやとした黒紫色の空の下、不吉な霧雲に朧げに浮かぶ朧月に照らされた其処は、短い間だったけれど夢にまで見た外の世界。
(外……! 外に出た……!)
全身に微風を感じ、山に流れる河川のせせらぎを聞きながら、私は一人狂喜した。
(ああ……喉が渇いた……)
普段しないようなハードな動きを長時間続けた所為か、先程から喉が渇いて仕方ない。
熱くて熱くて堪らない喉を潤す為に、私は聞こえて来るせせらぎに従って少し歩いた。
直ぐに上から下までずーっと山を流れる川があった。上には滝があり、下は麓に河口がある、天然の河川だ。
私は此の際、形振り構わず顔を突っ込み、がぶがぶと天然のきんと冷えた山水を飲んだ。沢山、沢山、飲んだ。それでも、まだ足りない。喉が熱い。渇きが、満たされない。「ぜぇ、はぁ……」
私は、固い土と夜露がころりと光る柔らかな草に手を付いたまま、肩で息をした。形振り構わず水を飲んだ口や顎は濡れ、そこから唾液と混ざった水が滴る。
――ガサッ。
不意に背後から響いた音に私は振り向いた。
「あ……あぁ……」
紺と水色のウインドブレーカーにコヨーテ色のワークパンツ、黒のスパイクシューズを履いた村の男だった。小さく折り返したニット帽をピッチリと被り、顎に髭を生やした男だ。その顔は、恐怖に染まっている。
月や星や、男が持つ懐中電灯の明かりが在ると言えど、夜の闇の中、その姿はやけに鮮明に浮かんでいた。
全てが矢鱈と鮮明に映るのは、真っ暗闇の洞から這い出て来たばかりで、月星や松明が眩しいからだろうか。だがその場合、逆に眩むのではなかろうか。否、どちらも暗いのには変わらないのだ。果たして此れくらいで眩むだろうか。
まあどうでも良い。助かったのだ。きりきり様に助けて頂いたのだ。村の人達に、危険は無いと知らせないと。私の足は顎鬚の男へと向かって行く。
……だが、おかしい。私が近付く度、男が一歩、また一歩と下がる。供物として捧げた私が出て来てしまったので、災厄が降り懸からないか、きりきり様がお怒りでないかを怯えているのだ。大丈夫だという事を伝えなければ。
「っ……しぅっ……」
しかし、どうにも上手く喋れ無い。掠れた変な音が漏れるばかりだ。あれだけ水を飲んだにも拘わらず、喉が熱く渇いている所為だろうか。……不味いな。何とかしなくちゃ。私の右手が、男の方へと伸ばされる。その瞬間だった。
「う、うわぁああぁあぁああ…!!」
男が恐怖に染まった顔で叫声を上げ、私に背を向けて駆け出したのだ。此の、山特有の難路を危なっかしく、何度も転びそうになりながらも一心不乱に、転がるように走り去って行く。
何も姿を見ただけで叫んで逃げ出す事はないじゃないか。確かに昔、惨事が発生したという言い伝えがあれば怯えるのは分かるが。と、少し不満に思った私は、男を追い掛けた。
不意に、私をおかしなものが包んだ。追い掛けながら、考える。先程男に手を伸ばした時、自分の手が酷く湾曲しているように見えた気がしたが、あれは気の所為だろうか。また、私はこんなに足が速かったであろうか。
男が去ってから数秒経った後に追い掛けたのに、あのスピードで駆け出して行った男の背中がぐんぐん近くなって行く。地を掴むようにして走る私。此れ又、おかしな感覚だ。地にサクサクと何か刺さるような感触。
私が思考に囚われたのは数秒程度だったが、考えている内に男を追い越してしまった。ブレーキを掛け、振り返った先には――
首無し男が居た。
それは頸の断面から、太い管を覗かせて夥しい量の鮮血を噴射する男だった。
男は頭が無いまま暫く膝を崩れ落ちそうにガクガクと笑わせると、軈て弾力のある赭土と柔い草の中へ、ドシャッと没していった。
訳が解らず、茫然とする私。それは唖然と表現する失望漂う驚愕に固まる顔ではなく、ただきょとんとする子供のような表情である。
不意に、何かが足に当たった。下を向くと、恐怖に染まった男の顔と目があった。頸から切り落とされた男の頭が転がっているのだ。
(ああ……そうか。此れで切断したのか)
幾重もの刃で構成された鎌と化した自分の手を見ながら、酷く客観的にそう思う。脚も馬のような筋肉質に発達し、鱗が出来ている。
もう私は駄目だった。何かにガッチリと抑え付けられたように、心が動かない。胸の奥が、沈んで行く感覚。揺らぐ視界がセピア色に染まる。丸で私の意識だけ自分では無い誰かや何かの中に入って、此の世界を見ているような。私の意識はあるけれど、最早、心は失われ、脳は思考を停止して機能せず、自らの意志無く存在する躯だけが動いているような感覚。
“私”という人間を掌る核、魂を喪った肉体は、“私”の意志を置き去りにして勝手に始動する。
醜悪に変貌を遂げた躯は、
何の意味も無く、
何か理由も無く、
静かな眠りを待つ余生少なき者、此れから羽撃いて行く者、人生の半分を終え若葉を教導させるべく仕事に奉仕する者、一切合切関係無く、其の寿を絶つべく動き出す。
生理的な嫌悪感を抱かせる、正に死人の其れである無表情に、パッと見、普通の人間と変わら無いような眼は、善く見ると微々たる目が幾つも収縮した蜂の巣状の複眼と化し、尻からは粘性のある深緑色の液体が纏わり付いた巨大な針が飛び出して着物が破けた。背は避け、其処から某ゾンビゲームであるように、ピンクの血混じりの淡黄色の液体を流出させながら、鋼鉄のように硬い貝状のモノが生え始めている。
山を下り、髭の村男の惨状を知らぬ村人達が寝静まる村に闖入する。
「ん? なん――お、御前っ!?」
侵入した家で、私を認識して寝惚けが一気に覚め、何か言い掛けた白髪の爺さんの首が飛ぶ。綺麗に弧を描く首の断面が空中で血を噴射し、辺りに撒き散らされる。
「何だよ、爺さん。五月蠅――ひいっ!? た、助けて、誰か……っ!!」
また頸が飛んだ。
爺さんの大声を聞き付けて、文句を言いに無断で家に上がり込んだ若い男が、髭男と同じ恐怖に染まった顔で鎌に斬られる。
今度は若者の声を聞き付けた人間が来て、また其の人間の声に気付いた人間が駆け付け、一つ、また一つと頸が増えて行く。
幾重もの刄が、幾人もの首を撥ねる。
呪われた躰が、
呪われた頭が、
強引に活動し、罪無き命を狩って行く。
此れは罪無き罪への罰だ。私はあの時、きりきり様に問われた時、生きたいと答えた。そしてきりきり様が指し示す先へ向かった。生贄として、村の為に死ぬ事を選ぶのでは無く。「私は贄として捧げられた身――。其れは出来ません」と答えるのでは無く。
生きたいと答えても、贄としてあの場に留まるべきだったのだ。其れだけの強固な精神を、村に生まれ、贄とされた者として、持つべきだったのだ。
此れを理不尽と云うなら、其れは現代人の考えだ。泰平の世に慣れ切った、甘ちゃんの思考だ。
現代のような学の無い無法の時代で、譬え子供でも、否が応でも、鞏固な精神の在り方を強いられた。昔は、もっともっと酷い“理不尽”を、大人小人問わず受け入れる強さが必要だったのだ。
此れを古風だと思う人は、時代が移り変わるにつれて出来上がった法律などにより護られた枠の中で、些細な理不尽を苦に思ってぬくぬくと育った現代人の戯れ事だ。
時代を言い訳にし、そんなのは昔の事だと顧みる事もせず、微々たる理不尽に愚痴を垂れ流し、ちょっと酷い理不尽があれば直ぐに“法律”や“常識”などの泰平が作り出した虚名に頼る、惰弱過ぎる典型的現代人の角砂糖一気食いよりも甘い思考。
私は、自らが犠牲になる道を選べ無かった。甘々な現代人の私は、贄として正式に捧げられたにも拘わらず、自分が生きたいが為に勝手なアクションを起こした。
だから私は罰を受けた。きりきり様のコピーに、本物のきりきり様より未だ未だ未熟な、きりきり様の子供バージョンと化した。
だから村人は罰を受ける。村に生まれた者達の宿命として、贄として捧げられた供物の勝手な行動の責任を負う義務、寂滅を強いられた。
私は鮮血に塗れ、悪血を吸いながら、頸を刈り続ける。そうして、此れからも魂を失くした儘、此の醜悪な外形で未来永劫、生き続けなければならない。きりきり様の力が及ぶ山からも出られない。
――そう、私は村人も、迷い込むなどして山に来た人間も、一人残らず頸をきる。
切り切りと。
斬り斬りと。
「咒……咒……」
此れは、きりきり様の 咒い――。
‐E N D‐