影の憂鬱
私は影だ。彼の影。どういうわけか、影である私は『私』という人格を持ってしまった。
不思議である。
しかし、彼は知らない。私は影であるから、彼にとっても私は影でしかない。彼と同じように動く私に、彼は気づいていないのだ。それは仕方のないことだ。私は影なのだから。
「よーう。前田」
おっと。誰かが話しかけてきた。私は影として、様子を見ることにしよう。
「おう。水口、っはよー」
登校中のようだ。これから学校へ行くのだ。
実は私は学校が嫌いなのだ。彼と同じく勉強しなければならない。居眠りしてしまえば、先生に怒られるし、無理して友人に話を合わせたり、気になる女子には取り繕わなければならない。それが嫌だ。私はそんなことしたくないのだが、彼はやってしまうのだ。彼の影である私は、彼のまねをして、同じ動きを強いられる。正直つらい。
「っでさー、山崎が言うんだよ。宿題くらい自分でやれって」
「まじで? あいつもケチだな」
まただ。自分の低能さを棚に上げて、他人を見下す。嫌だ。他人の悪口など言いたくない。
「にしても暑いなー」
「ああ、暑い」
そんなことを言って何になる? 暑さはやわらぐのか? 私は暑さや寒さを感じることはできないが、そんなことを口に出しても無駄であることはわかる。暑いも寒いも自然現象だ。言って変わるものではない。
「じゃ、またなー」
「おう、じゃな」
水口とは別れたようだ。たしか別のクラスだ。
ああ、これから授業が始まるのだ。無意味とも思える時間がやってくる。彼が授業に出なければ、私も勉強せずに済むのだが、どうも彼には、そんな勇気はない。授業をサボって遊ぶということが、彼にはできないのだ。
それは私にもわかる。彼は自分で自分を縛りつけているのだ。私がそうであるように、彼も同じなのだ。
他人ばかりに目がいって、己を見失っている。自分がどういう人間なのか。どんな性格なのか。本当のことを彼は知らない。知ろうともしない。多分、知りたくないのだろう。私にはわかる。
彼は、恐れている。私もそうであるように、彼もまた、怖いのだ。何に恐れているのか、そこまでは私にもわからない。ただ怖くて、動けない。自由になれない。私も彼も。だからこそ、私は彼と同じ行動を取るし、彼も私と同じことをする。私たちは、決して離れられないのだ。
「……だるいな」
私は今日も、彼の影なのだ。
私は短いものしか書けないのかもしれない。
長いものを書く気がないのかもしれない。
そんなこと読んで下さる方々には関係ないかもしれない。
いや、関係ないです。
失礼しました。
田崎史乃