雪片
この作品は、「ひとふゆの*」シリーズです。ですので、完全に完結していません。オチを知りたい場合は、シリーズを読まねばなりません。面倒なことをしてスイマセン。しかし、続きを書くかはわかりませんw
すっかり闇に包まれた空に、雪が降り積もっている。ひらひらと舞い降りる雪片がぼんやりと浮かぶ月の光を反射してきらきら光っていた。
今日は、終業式。そして、クリスマスイブだった。往来を歩く、人目も気にせずイチャつくリア充を半眼で眺めながら、私はある人を見つけるべく校門の陰であたりの様子を窺っていた。例年通りのイブを過ごすなら友人と二人で帰路につく時間――要は、校則で決められた最終下校時刻だったが、今日は別だった。
『先輩、今日の午後、暇ですか?』
そんなメールを送ったのは今日の昼休みだ。女子トイレで、教師にばれないようにこっそりとメールを組み上げ、読み返さないようにしながら、震える指でキャンセルボタンを押しそうになるのをこらえて送信した。あの緊張感は今でもありありと思い出せる。そして、思い出すと胃がきゅうと締め付けられる。
――そして私の心臓をすり減らすナイフを孕んだメールは、五時間目、物理の授業中に受信した。
期待の気持ちと、思い上がるなと自分を戒める気持ちとを混ぜた、もごもごした想いを胸に秘めながら、しかしどこかで可能性を肯定してにやけを抑えきれないまま、手馴れた指の動作で暗証番号を入力し、一度携帯端末に拒否されつつもなんとか開く。
『ごめん 弟とか妹の面倒見なきゃいけないんだ』
「――――!」
“先輩”と名づけられたフォルダの一番上にともるソレはあまりにも冷たく、あまりにも無機質なものだった。心臓の奥がきゅっと詰った。思わずこみ上げた熱いものには、どうにかしてお帰りいただく。誰かにバレていないかと辺りを見回したが、物理教師は、四十人の生徒のうちの一点でしかない私のことなど構いもせず、スーパーボールで重力の説明をしていた。少し寂しく感じたのは、そのとき窓から木枯らしが吹き入ってきたからなのかなんなのか。
それからしばらく物思いに耽り、虚無に包まれた六時間目を経て、なんとかいつものテンションを取り戻した私は、ふとした拍子にあることを思いついた。思いついたそれは、人として、常識として、絶対にやってはいけないことだとは分かっていたし、私の中のどこかで拒絶反応が起こっているのも感じ取っていたが、それでも何故か、やるしかないと思えた。ジブンというサブスタンスが、偶像のような何かしらにとり憑かれ、操られているように思われた。
友人には先に帰ってもらって、無事探し人を発見した私は今、すっかり暗くなった闇に浮かぶちかちかネオンばかりの繁華街に身を潜めている。
探し人であり私の憧れである藤本先輩は、学校を出たところで笠城先輩――面白いけど少しだらしない先輩――と少し話したあと、駅前の繁華街にあるファミレスでステーキ定食を食べて、その後、その隣に位置するゲーセンに入り浸っているのだ。
そう、私がやっていたのは紛れもなく“ストーキング”である。
「弟? 妹? 何よ、ゲーセンにいるだけじゃない」
そう毒づいてはいるものの、さっきからUFOキャッチャーを一人で楽しんでいる先輩の姿に、何ともいえない満足感を覚えていた。
――私の先輩なんだから、クリスマスは私以外の人といるわけなんてないものね。
普段から友人とふざけて言っているネタ的、とはいえ無意識のうちに芽生えていたどこか危なげな気持ちを、その気持ちを抱いた自分を、それを抱かせてくれた先輩を、心の中で満足しながら肯定し、再び監察を始めた。
それから二時間もの間、私は同じ電柱の影から飽きることもなく先輩を眺めていた。最初に崩した千円をすぐに使い果たしてしまったらしく、頭を抱えて両替機に歩み寄り、両替機に抱きついている先輩を見たときは、もう少しで盗撮してしまうところだった。反則的なかわいさだった。なぜ抱きついているのか少し疑問だったが、それは彼の変態性を表しているのか、それともショックのあまりふらついて、両替機がその支えになっているのか、私には分かりえなかったが可愛ければそんなものは瑣末な問題だった。
ぎゅぅう。
根気よくストーキングを続けている私よりも先に情けない声をあげたのは、私のお腹だった。携帯のディスプレイを確認すると、もう八時を回っている。我が家の夕ご飯は毎日七時なので、例年通りのイブを過ごすなら、今頃は姉とケーキの争奪戦を繰り広げていることだろうが、今日は別だった。
ちらと先輩のほうを窺うと、両替機に再び長方形の紙を何枚か挿入していたので、まだどこかには動かないだろうと踏んで、目星をつけていたコンビニへ入る。クリスマスセールで安くなっているちょっとリッチなスイーツ(笑)に目移りするが、すぐに自分に鞭打って、オーソドックスな三角形おにぎりコーナーへ行きかけ……クリスマスセールのワゴンにあんぱんが並んでいるのを発見してすぐさまそちらへ歩み寄る。あんぱんは好きだ。こと、ここのコンビニのあんぱんは。
手際の悪いバイトに当たり、イライラしつつもあんぱんを受け取る。袋には入れてもらわず、二円でもケチる。そして、丁度パン祭りのポイントがたまったので、商品であるブランケットを受け取る。強がって手袋もマフラーもしていなかったのでありがたい。八時ともなると外は極寒だった。
ブランケットを羽織って、コンビニを出るや否やすぐにあんぱんを開封した。コンビニの外にあるゴミ箱に袋を投げ入れ、あんぱんにかぶりつく。コンビニの外にいたホームレスにじろりと見られたが、関わらないに限ると目を逸らした。
慣れない夜道に今更恐怖を覚えつつも、てけてけと電柱に戻り、先輩を探す。……が。
「……いないっ!?」
いつのまにか、先輩はいなくなっていた。他の台に移ったわけでもなさそうで、私はため息をつく。だんだん、冷静な気持ちに戻っていく自分が分かった。私は何がしたかったんだろう。そのうちこうなるのは分かっていたはずなのに。いくら見失わなかったとしても後をつけて何がしたかったんだろう。声をかける? メールとの矛盾を問い詰める? 大胆にも告白? 世間話?
どれでもなかった。私はただ、私の弱さに操られていた。
「――帰ろう」
家へ帰れば、ケーキが待っている。この時間なら、もう既に姉が一番大きいのを略奪してしまっているだろう。けれど、それでもいい。何か、目に見えないあたたかさに触れていたかった。
そう思って、私が振り返った瞬間だった。
「――――」
言葉を失った私が見たものは。
もみの木の下で、涙目で先輩をじっと見つめる見知らぬ女の人と。
少し前かがみになって彼女の肩を掴む先輩で。
「ああああああああああああああああああああああ」
絶叫にびっくりしたのか先輩が振り返るが、その目には応えられそうにもなく、私は踵を返してただただ走った。
「雪花!」
私の声を呼ぶ、大好きな人の声が聞こえる。しかしその声にはもう、私を引き止めるだけの力はなかった。
先輩は、あの女のものだ。
先輩は、私のものじゃない。
先輩は、もう遠い場所にいる。
先輩は、もう私を見てくれない。
先輩は、先輩じゃなくなったから。
藤本蒼沙は、もう私の先輩じゃない――
そうだ、先輩は誰でもよかったのだ。
先輩にとっての私は、“櫻葉雪花”ではなく、ただの“後輩の女の子”でしかなかったのだ。そこに“後輩の女の子”がいれば、それは櫻葉雪花でも山田花子さんでもAさんでもBさんでも、なんでもよかったのだ。所詮、私は“後輩の女の子であるところの櫻葉雪花という名前がついた生き物”でしかなかったのだ。
走り出した先では、白と黒に塗り分けられた道路を、赤い灯が照らしていた。右から、左から、白い灯を振り撒いて自動車が流れていく。ちらと後ろを振り返ると、長い髪の女の影が見えた。紛れもなく、さっきもみの木の下にいた、彼女だった。彼女は、だんだんとこちらへ近づいてくる。右手には何かを持っていた。ピンクや青のネオンを反射して光るそれは、ナイフのように異彩を放っていた。
「っ」
恐怖を感じた。まさかナイフではないと思うけれど、黒尽くめのコートや、意識すると不気味に見えてくる長い黒髪、だんだんはっきり見えてくる切れ長の黒い瞳、それら全てを総合して、彼女からは不穏な空気しか感じられなかった。
――逃げよう。
くるりと、踵を返す。そして、自動車の流れが滞ったのを見計らって車道に飛び出した。そこでふと、何かの光が私を煌々と照らす。
「あっ……!」
曲がり角から、自動車が曲がってきた。口元を押さえるOLが目に入った。本能で、直感で、死ぬことを確信した。
しかしそう思って目を閉じようとした矢先、自動車の運転手も私似気づいたのかブレーキを踏んだようだ。きゅぃぃぃ、と音が鳴り、安堵しかけ、しかしそこでふと気づく。
生き残ったところで、私には何があるの?
“先輩”がいない。私にとっては命の恩人でもあり友人でもあり尊敬できる先輩でもある、私の“先輩”はもう存在しない。私の生活の大半に存在していた藤本先輩は、彼女に奪われてしまった。彼女の持つナイフで、コートで、漆黒の瞳で、完全に奪われ去ってしまった。
生きていたところで、先輩がいない毎日なんて過ごしたくない。
――――……
気づけば私は、何の感情もそこに宿していない真っ白なところにいた。
「雪花」
優しく微笑み、こちらに寄ってくるのは先輩だ。あまりにも愛しく優しい彼を見、つい頬がほころぶ。
「ごめん、一華はちょっと怖い人だから。怖がらせたかもしれない。彼女は、僕の従姉だ」
あ、夢か幻聴か、それともここは冥土なのか。そう思った。解釈があまりにも私の願望に忠実すぎる。イチカ、というのはおそらく彼女の名前なのだろうが、何故それを私が知っているのだろうか。
「なぁ、雪花。聞いてる?」
聞いてるよ。聞いているけど、これは幻聴だから鵜呑みにしてはいけないんだ。
心でそう思ったが、もちろん幻覚の彼には伝わるわけもなく、彼は首を傾げる。そして、
「また、来るから」
そう言って、私の視界から消えた。
ああ、ちょっと和んだから、少し寝よう。そう思って、私は目を閉じた。
そのあとのことを、私は何も覚えていない。気づけば、“彼女”がいたのだった。
どうも、茶月です。
もうこんな時期ですね。しかもこの時間って本当に「そんな時期」ですね。23:00ですよ。ぼっちはネット、リア充はお楽しみ♥ですよ。うぇぇ。
すいません、年齢のせいもあってか、だんだん周りにリア充が増えてきているので荒んでいます。といっても一人なんですけど、それはさておき、そのおかげで雪花がふられました。
あと、こんな心の狭い人間はリア充になれないことくらい自分でも承知なのでほっといてください。しかし、私はリア充にならない限り毎年不幸作品を投下するのでかなわない人は私と付き合ってください。
はぁーあ、何書いてるんだろね私は。
とりあえずサンタさん期待して寝ます。リクエストを聞かれていないのでない可能性のほうが高いですけど、お菓子くらいなら買ってくれるんじゃないでしょうかね。
ではおやすみなさいです。